僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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来るべき初夜に向けて

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国家転覆だの王家に対して托卵を図るなど、散々やりたい放題してくれたワンダーゲル公爵家三男のトビアスとホルン伯爵令嬢は、ふたり揃って王立の研究所(通称・薬師棟)行きとなり、現在様々な治験を受けている。

違法薬物を流通させていたホルン伯爵家は取り潰し、夫人も嫡男も関係していたことから三人も揃って研究所行き。自分達が流通させていた薬なんだから、責任を持ってその反応観察と解毒薬作成には協力して然るべきだろう?

夫婦仲は冷えきっていたらしいけど、媚薬で久し振りに愛し合えるようになれたんだから感謝して欲しいくらいだ。

あっ、伯爵が囲っていた愛人や庶子は関係無しと確認が取れて王都追放に留まった。多少騒いだそうだけれど、不安定な立場だと分かってて好きなだけ贅沢をしてきたんだから、文句を言われる筋合いなんてないんだけどね。

王都を出る辺りで子供を売りに出そうとしたから保護をして、母親である愛人だけ身ぐるみ剥がして森の深淵に放置してきたらしい。出来る侍従には褒美も必要だ。

親族達は不穏な動きに気付きながらも巻き込まれるのを恐れて沈黙していたそうで、その事に対する罰として一年間の領地税収入没収とした。貴族報酬だけでも彼らはやっていけるはずだし、没収した税収入を丸ごと領地に反映させれば何かしら領主がやらかしたのだと伝わる。そして、国は決して民を見捨てない事もアピール出来るから一石二鳥…三鳥?


「ほぉ…」


国王陛下の執務室に一連の報告書と共に馳せ参じたのだけれど…解せぬ。僕にはとても解せぬ!


「父上」

「なんだ?」

「……いい加減、ラシュエルを返してください」

「とんだ言いがかりだな、息子よ。ラシュエルを返さないのは俺ではなくフランチェスカだ。変な誤解を生む、間違えてくれるな」

「同じです!さっさと返せ!!」


バンッ!!と勢いよく執務机を叩いたのはいいが、あまりの重厚さに僕の手の方が痺れてしまうことに…解せぬ!!!


「もう三日ですよ!?三日もラシュエルを僕から遠ざけるなんて…っ……早く返してくださいっ!」

「そうは言ってもなぁ…そのラシュエル自身が望んでフランチェスカの元に居るわけだし、そのお陰でフランチェスカはご機嫌だから俺は何も困っていないんだよなぁ」

「僕が困ってるんです!」

「まぁまぁ、そのうちひょっこり戻ってくるから気を長くして待っていればいい。遠ざけたと言っても同じ王宮にいるんだから。それより───」


鼻息荒く憤懣やる方ない僕をソファに押し座らせて、父上がテーブルにバサッと広げたのは色とりどりの…女性用下着カタログ!!


「いいか、マリウス。初夜で女性が身につける夜着は一瞬で儚くなってしまう運命にある。だがしかし!!その一瞬の儚さに夢と希望を詰め込みたいと思うのは男の性。こればかりは譲れないものだ」

「父上…っ」

「以前お前から教わった専門店もなかなかだが、ここは今までの専門店とは一線を画すほどで…何よりも女性からの支持がずば抜けて高い」


父上が提示したカタログには、繊細な刺繍を細部に至るまで丁寧に施されたものから宝石が縫い付けられたものまで…キラキラキラキラとひたすら輝いているものばかり。


「普段用には使えずとも、と言うときに身に付けたいと望む女性達がこぞって買い求めているらしくてな…特にこの微小な宝石を刺繍のように縫い付けた最高級品は半年以上の予約待ち」

「半年っ!?そんな…」

「項垂れるな、息子よ」

「…父上?」


ほれ、と手渡されたのは【支度依頼書】。こ、こ、これはまさか!?と父上を見ればしたり顔。


「半年待って漸く手に入れた貴重なものだが、ここ最近のお前の頑張りに免じて譲ってやろう。今すぐ依頼すれば三ヶ月後の初夜に間に合うぞ」


なんと!!

御用達の専門店ばかりを贔屓にしていたために、こんな素晴らしい新店が出来ていたなんて気付かなかった…不覚すぎる。普段使いは今まで通りとして、特別な夜はこの店の物をラシュエルに纏って欲しい。


「…っいいのですか?」

「構わん」

「ありがとうございますっ!!」


ガバッと頭を下げて感謝の意を述べ、サクサクと報告書に関する話を終わらせて通常の執務をこなすべく…と歩いていたところで、もっと重要な案件が今まさに自分の手の中にあることに気付く。


「サミュエル!今すぐ出掛ける!!」

「…御意」


共に執務室にいたサミュエルは事情を察し、僕のお忍びスタイル支度が完了するまでの間に馬の用意をしていてくれた。


「さぁ!いざ夢の実現へ向けて出発!」

「…いぇ~い」


どうにも気の抜けた返事しかしないサミュエルを伴い、男の夢と希望を叶えてくれる店へと馬を走らせていく。




******




「あら…」

「え?」


父上から譲り受けた依頼書を提示すると、特別オーダー室なる部屋へと案内されて待つこと暫し…現れたのは店主でありデザイナーの女性。

その女性が発した「あら…」に反応して顔を見れば、どこかで見たことのあるような…?


「お久し振りでございます、王太子殿下。お客様だから私からお声がけさせて頂いても宜しいですわよね?本日はご来店ありがとうございます」

「…もしかして……シャンドリヨン伯爵令嬢?」

「はい、シャンドリヨン伯爵が娘ユリフィナでございます。その節はラシュエル様にご心配とご迷惑をお掛け致しまして…申し訳ございません」


彼女の元婚約者は、メリンダ嬢暴行事件の主犯であるトリスタン・モスキュート…いや、もう貴族ではないからただのトリスタンか。

平民のアイシャに心酔して惚れ込み、自分勝手に婚約破棄をして暴挙に出た男。

ユリフィナ嬢にとって幸いだったのは、事件が起こるよりも前に婚約が破棄されていたこと。もしも継続されていたら、事情聴取として詳らかに知ることになっただろう…今も多少は耳にしているだろうが真実は闇のなかだ。


「そう言えばラシュエルが言っていたな…君の刺繍は素晴らしいから、いつか著名な職人として名を馳せるはずだって」

「ラシュエル様が?それは嬉しいですわ。是非とも今度ラシュエル様の…って、あら?もしかして、本日の依頼と言うのは結婚式の?」

「あぁ、ラシュエルが初夜で着る夜着を是非ともお願いしたい」

「光栄です。それならば少しお待ちになってくださいませ、最近仕入れたばかりの宝石と糸をお持ち致しますわ」


そう言って部屋から1度退出するのを見送り、供されたお代わりの紅茶を口に含んだ。


「まさかユリフィナ嬢だったとは」

「元気そうで何よりですね」

「確かに」


メリンダ嬢の一件は真しやかに噂となり、本当に身を隠しているだけなのかと囁かれていたが、独身を貫いていた近衛騎士団長と電撃的に婚姻が結ばれたことで「やっぱり舞台の話は本当だったんだわ!」との声が高まり事なきを得た。

身分と年の差から反対され引き裂かれていたふたりが駆け落ち同然で南へと逃亡し、時間をかけて侯爵家への説得を試みていた団長の熱意に父侯爵が根負けする形で認められた…と。


「結婚式にはメリンダ嬢も参列してくれるそうだし、ラシュエルも楽しみにしているから警備も万全で頼むよ」

「問題なく」


コンコン───


「お待たせ致しました」


戻ってきたユリフィナ嬢が広げた生地、宝石、刺繍糸はどれも最高級品で、それらをふんだんに使用した夜着など一介の貴族ではとても手が出せない代物となる。が!!僕は王太子であり個人的な資産運用もうまくいっているから、潤沢過ぎるほどのお金持ち。


「うわぁ…えげつない」


提示された金額にサミュエルは引いていたけれど、ラシュエルが身につける最初で最後の【初夜用の夜着】なのだからこれでも安いくらいだ。


「では、こちらはすぐに着手致しますのでお式の三日前にお届けにあがります」

「宜しく頼むね、楽しみにしてる」


提示金額の一部を手付金として渡し、残りは引き取り時にまとめて支払うことになった。通常は先払いだそうだが、そこは王太子とあって信用してくれているのだろう。

そうだ、ここまで来たついでに御用達の店にも顔を出して初夜以降の夜着と部屋着を注文しておこう。一週間は部屋から出ないつもりだから、ざっと30着もあれば足りるだろう…足りなければ着なくていいし。むしろ着させないために少なめに頼む?いや、そこはあくまでもラシュエルが自主的に裸でいる選択をしてくれることに意味があって──


「マリウス様?」


ぶつぶつと呟き思考に耽っていると、なんとも不快な声が耳に届いた。すかさずサミュエルが僕の前に立つ。


「やだ…そんなに警戒なさらないで。お久し振りですわ、マリウス様。相変わらずお美しい…」


メリル・シェラトン伯爵令嬢。

子を生んだと言うのに相変わらず露出の多い服を好んでいるところを見れば、やはり噂は本当だったのだと分かる。


『子供を両親に押し付けて男を渡り歩いて遊び回っているそうですよ。生まれた子供はシェラトン伯爵令嬢に瓜二つだった為に、結局のところ父親の特定も出来ずじまいです』


父親から継承したものは何一つないと断言できるほどに、母親と瓜二つの容貌を持って生まれてきた赤子。それでよかったと思う。仮にひとつでも誰かに当てはまれば、それを武器にして押し掛けたことだろうから。


「マリウス様───」

「帰るぞ、サミュエル」

「御意」


サミュエルの合図で離れた位置にいた護衛も姿を現し、厳戒体制で馬を繋いだ場所へと向かう。

待ちに待った結婚式まであと三ヶ月。

こんなところで躓くわけにはいかないし、巻き込まれるのがあんな糞女だなどお断りだ。


「…サミュエル」

「承知しております」


未だ後ろから甲高く喚く声が聞こえるけれど、下手な動きを見せるなら処罰するまで。ラシュエルの気分を害するだけでも許さない。


「はぁ…早く戻ってこないかな」





*******




(ぷち別居中のラシュエル)



「そ、それでっ、そのあとはどうすれば?」

「落ち着いて、ラシュエル」

「はっ、はいっ!」


前のめりになって義母の話を聞いていたラシュエルだが、その顔はランランと輝いておりほんのりと頬を赤く染めている。


(世継ぎは安泰だわ)と義母が内心でガッツポーズを取っていることなど知る由もないラシュエルは、興奮しすぎた気持ちを落ち着かせるために冷たい紅茶をこくこくと飲んでいる。


「ふぅ…落ち着きましたわ」

「ふふっ、本当に可愛いわね。いい?夫婦となって本当の意味で結ばれる初夜において───」


夜な夜な初夜について教鞭を振るう王妃と、それらを一言も聞き漏らすものかと齧り付く王太子妃(仮)のふたり。

そんなこんなで三日ほどマリウスの元を離れていたラシュエルなのだが、その理由を知らないマリウスはただただ悶々とした日々を過ごしている。


「何かしてしまったのだろうか…」


ラシュエルが脱いだ夜着だけは連日届けられているので、それを抱き締めて枕を涙で濡らす王太子なのでありました。








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