僕の婚約者は悪役令嬢をやりたいらしい

Ringo

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王宮女官 ※アイシャ / メリンダ

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忌まわしきあの事件から月日が流れて、もうすぐ王太子殿下とラシュエル様の結婚式。

そして、今日はラシュエル様付きの侍女となるべく王宮使用人の試験結果が発表される日であり、先刻届いた封書の中に結果が記されている。

そう、先刻届いた…それを私は未だ開封すら出来ず机の上に置いたまま、にらめっこを繰り広げているのだ。


「大丈夫…大丈夫……」


ちらっともうひとつの封書に目をやり、何度も読み返したその手紙をもう一度読もうと手に取った。

差出人は───


「メリンダ様…」


流れるように綺麗な文字が並ぶ手紙には、いつも南での生活や旦那様と過ごした日について書き記されているのだけれど、一番新しいこの手紙には私への激励がひたすらに書き綴られていた。


『貴女なら間違いなくラシュエル様のお力になれると信じているわ。懸命に努力してきた貴女だから、実力さえ出せれば試験の出来に心配などしないけれど、緊張から貴女らしさが消えてしまわないように祈りを込めて刺繍を施したの』


手紙と共に届けられたのは私の名前が刺繍されたハンカチと、メリンダ様がいつも身に付けていたスイートピーのポプリ。持ち歩いて早く香りがなくなるのが寂しくて、ハンカチを収納する棚に入れて香り付けに利用している。

もちろん、試験の日はメリンダ様から贈られたハンカチと…その日だけはポプリもポケットに忍ばせて会場へと臨んだ。

出来は…自己判断なら合格。筆記試験で分からない箇所はなかったし、面接で痞えることもなかったからきっと大丈夫。


「……ふぅ」


今回の試験に受かっていれば、卒業後には早速王宮侍女として働くことになる。結果如何によっては、数ヵ月の研修のみでラシュエル様付きとなることも可能。


「大丈夫…大丈夫…」


カサッ───


【貴殿を王宮使用人として採用とする。また、三ヶ月間の一般侍女研修を経たのちラシュエル・ノビエラ嬢付きの侍女見習いとする】


「っ……やったぁぁぁぁぁ!!!きゃぁっ!」


ガタンッ───


「ふふ…ふふふふふふ……っ」


喜びのあまり椅子ごと後ろに引っくり返ってしまったけれど、そんなことはどうでもいいわ!


「受かった…っ」


手紙と一緒に握り締めていたハンカチとポプリ。メリンダ様がくれた幸運の御守りが私を夢の第一歩に進ませてくれた。


「メリンダ様…ありがとうございます」


今尚人混みや慣れない場所に赴くことは出来ないメリンダ様だから、ラシュエル様の結婚式もきっと遠くから見届けるつもりなのだろう。それでもいい。私はメリンダ様との約束を胸にラシュエル様の側にいる。


「いてて…」


一頻り感慨に耽ってから、メリンダ様用に購入した薄茶色をした花柄の便箋を引き出しから取り出す。これはメリンダ様の真似っこ。

いつも紫やハニーゴールドの色をした便箋で手紙をくれるメリンダ様を真似て、私の髪と瞳の色をした薄茶色を選んでいる。


「もっと可愛い色ならよかったのにな」


『アイシャの髪は光の当たり具合で淡い金髪にも見えるのね。私とお揃いだわ』


まるで違うはずなのに、メリンダ様がそう言うのならそうなのだと思いたい。特徴のない平民の髪色がなんだかとても有り難いものに思えたし、それ以来太陽の下で過ごすことが楽しくて仕方ない。


「メリンダ・バークレイ様へ───」





******



(メリンダ視点)



「ずいぶん嬉しそうだね」

「えぇ、親友の就職が決まったの」


アイシャから届いた手紙には、無事王宮使用人として就職が決まったと書かれていた。研修期間を経たのちは、目標であるラシュエル様付きの侍女見習いとなる予定だとも。


「彼女はいずれ王妃付きの女官となるべく頑張っているのよ。自慢の親友だわ」

「そうか」


アイシャの就職が嬉しくて、何度も何度も読み返していたのだけれど…ふと熱い視線を感じて隣を見れば、そこにはディラン。それはそうだ。


「気にしないで。嬉しそうに読む君を見ているだけで、俺は幸せだから」

「…意地悪だわ」


陛下から『部下のためにも積極的に休め。団長が休まないから休みにくいと言われているんだぞ』と言われたディランは、可能な限り休みを取って南へと来てくれる。

今までも言われてきた事だがひたすら無視して陛下の側に仕えていたらしいが、『せめて新婚の時くらいは奥様を優先してください!』と部下達からも連日言われて今に至る。


「メル…」


ディランが醸し出す合図に応えられるようになったのは少し前。ずっと抱えてきた恐怖心を、彼への愛しさが越えた瞬間だった。

それでも、俗に言う新婚夫婦のような触れ合いはないし口付けも軽く触れるだけ止まり。


「…っ……」

「メル…大丈夫…愛してるよ」


本当はもっと彼と触れ合いたいし、可能性は無いに等しいと言われていても子を望んでしまう。それには口付けどころかもっと深い触れ合いが必要で…そんなことを想像すると体が震え出して、そんな自分が情けなくて泣けてきてしまう。


「ごめ…なさいっ……」

「大丈夫…メルが謝ることじゃない。ゆっくり進んでいこう、俺はメルとキスが出来るようになっただけでも今は満足してるから」


ぎゅっと抱き締められることにも最初は抵抗があったのに、今は何よりも何処よりも安心できる私の居場所に思えるのだから不思議。

怯えながらも先に進みたいと思っている私の意思を汲んで、『このままでいいから』とは言わず『満足してる』とか『ゆっくり進んでいこう』と言ってくれるのが嬉しい。

まだ払拭できない悪夢が甦ることが多いけれど、少しずつ進めているし結ばれたいと思っているから。


「愛してる…大好きなの…っ、、」


嫌わないで…呆れないで……


「俺も愛してるよ…俺だけのメル」


少しずつ…ほんの少しずつでも待ってくれるのなら…怯えることも隠さずあなたにぶつけるから、その恐怖ごと包み込んで欲しい。


「…ディランは…何もしないでね」

「っ……」


まだあなたからの行為を受け入れる事は出来ないけれど、愛するあなただからこそ私からだけでもしたいと思うの。

我慢を強いることになるし、これ以上進めるのはいつになるのか分からないけれど…あなたなら一緒に歩みを揃えてくれるでしょう?


「っ、、ん…メル……」


目を閉じることなく見つめ合って、震えながらも唇を奪い…割って中まで触れられるのは他でもないあなただから。

目を瞑ると怖くなるから、開けたままあなたなのだと確認する不作法も…欲を孕み耐えているあなたの瞳を確認できて嬉しくなる。


「…ディラン…もっとぎゅってして……っ…」


少し…ほんの少し目を細めて…そのままゆっくり目を閉じてみると、愛しい人の息遣いをしっかり聞き取ることが出来て…頬に手を添えれば触れる温もりは愛しい人のものなのだとしっかり伝わってくる。そして、またゆっくりと目を開けばそこにあるのは愛しい人の蕩けた表情。


「ディラン…少しだけ……っ…」


我が儘でごめんね。だけど、今日はいつもより勇気が出せる気がするから付き合って欲しい。

頑張る親友に背中を押されて、私も彼女に自慢される人間になりたいって思ったの。

だから今日は、震えても怖くなっても相手があなたなら心配ないのだと心に刻み付けたい。少しだけでも、あなたを受け入れたいの。


『メリンダ様、いつか貴女が愛しの旦那様と並んで純白のウェディングドレスを纏う日を楽しみにしています』


親友の願いとあなたの愛があれば、きっと私は前に進めるはずだから……






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