従魔術士になってできたのはハーレムではなく動物園でした

颯来千亜紀

文字の大きさ
1 / 16
第1章・ウィリアム・エリード

第1話・ウィリアム・エリード

しおりを挟む

  
  足が痛い。腕が重い。喉が熱い。
  それでも動きは止めず、剣を手放すことはない。ただひたすらに覚えた動きを、教わった動きを、反復していく。

「はっ、はっ……」
 
  肉体は既にあちこちが悲鳴を上げ、限界だと叫んでいる。
  しかし、実際にまだ体は動いているのだから限界ではないのだろう。本来限界とは自分たちが決めるものではなく、文字通り身体が物理的、生物的な活動限界に達した時をいうものだ。
  青年はそれを理解していた。ただ苦しく、ただ辛い。それだけのことは限界とは呼ばないのだと。

「まだまだッ!」

  青年の名はウィリアム・エリード。ストラムの街を納める貴族、エリード公爵家の一族であり現当主であるステリアム・エリードの一人息子である。

  春季中頃の今日は、温度湿度ともに快適な過ごしやすい快晴となっている。街の人々は各々が仕事に精を出している。
  そんな中、ストラムの街の東側に隣接する森の中で、ウィリアムは日課である剣の鍛錬をしていた。
  少し開けた場所には訓練用のゴーレムやカカシが置いてあり、少し離れた場所には休憩場所も設置されている。ゴーレムは魔道具の一種なのでウィリアムには創ることができないが、それ以外はウィリアムが自分で用意したものだ。これに関しては彼のこだわりの一つだった。
  
  左足を前に、体は半身で構える。両足は肩幅より少し広い程度に開き、左手は腰の高さで指先を正面に向ける。右手の剣をほどよい強さで握り、切っ先を地面から約30度の角度で持ち体全体を脱力する。これが基本となる構え方だ。
  エリード家に伝わる剣術は受けの剣術とされている。相手の攻撃を弾き、捌き、受け流す。そうして生まれる隙を突き、早めに引くことを繰り返す。エリード家の本来は争いを好まない家色が現れていると言っていいだろう。

  万人に加護が与えられるこの世界において、それに適さない分野の訓練は基本的に趣味趣向の域を出ないものが殆どである。それがこの世界の理であり、常識であるからだ。低位、若しくは中位の加護を超える才能を持っていても、それに気付くことは無いと言って差し支えない。それほどまでに、この世界は加護の力によって形成されている。

  そんな中、数少ない者たちは加護に関係無く特定分野の努力や研究を続けている。それは伝統を守るためであったり、家族や民、故郷を守るためであったり、自由に生きていくためであったりする。エリード家が代々剣術を受け継いでいるのもその中のひとつだ。
  一般的には加護に従わない事は神への侮辱にも等しい行為だとされてきた。しかしエリード家のような、通常の加護を凌駕することもあるほどの力になればそれは一変して持て囃されるのもまた事実だ。「1人殺せば殺人者だが、1000人殺せば英雄だ」なんて格言が存在するのと同じ。常軌を逸するものは廃絶されるが、それが強大ならば利用される。

「ふう……」

  一通りの訓練を終えた後、木剣を立てかけ、汗を拭う。
  普通ではない伝統を受け継ぐ者として、この聡い少年はそんな世界の理を理解している。

「バウッ」

「おっと、ありがとうユキ」

  訓練を終えたウィリアムの元に、先程まで木陰で眠っていた狼がタオルを咥えて飛びかかった。
  ユキと呼ばれたこの白狼は、昔ウィリアムが森の中の川で助けた狼だ。当時は子狼だった彼女も今は立派な成狼として、またウィリアムの相棒として街の人々に好かれている。

  この青年は自由を好む。
  決められた道を往くことを良しとせず、自らの目で見たものを信じ、歩んでいく。
  
  本来は貴族が、ましてや公爵家の跡継ぎになるであろうウィリアムが野生の狼を相棒にするなど考えられないことである。しかし、ウィリアムの両親やエリード家に仕えるメイドたち、そして街の人々は理解している。この青年が決められた枠組みの中で生きていくような人間ではないということに。

「もうすぐ日が暮れるな……よし、帰るかユキ」

「ウォウ」

  簡単に訓練道具を片付け、ゴーレムに布を被せる。普段着に着替え、1人と1頭は日が傾き始めた街を歩いていく。
  街はまだまだ賑やかだった。冬季が終わり、これから牧畜や農業の季節となる今、住民たちには休んでいる暇などないのかもしれない。

  ストラムの街はルーベン王国の南側に位置する、農業や畜産業で栄える街である。エリード家が治める公爵領ということもあり、周辺の町村のまとめ役としての一面も併せ持っている。
  街の現当主はウィリアムの父のステリアム・エリード。「統一者」の加護を持つ、家族バカの貴族だ。息子であるウィリアムの視点からすれば親バカな言動が目立つものの、領主としての能力は加護と性格が相まって極めて高く、領民や王家からの信頼も厚い。またステリアムだけではなく妻でありウィリアムの母にあたるフィリー・エリードもまた、民を思う良き女性である。
  彼女の身分は元々はただの平民であり、本来ならば貴族であるステリアムとの結婚など有り得ないものだった。しかしメイド時代の並々ならぬ能力や「愛される者」の加護による穏やかかつ愛情溢れる物腰から、反発するはずの各地貴族を逆に味方に付け、エリード家の安定に大きく貢献した。それはステリアムの妻となっても変わらず、度々街を訪れては街娘たちを中心に「姉様」と慕われている。

  ウィリアムはそんな両親を心から尊敬していた。幼い頃より多くの愛情を自分に注いでくれた、心優しい領主の父。そして常に自分のことを第一に考え、辛い時は傍に寄り添ってくれた母。この2人こそがウィリアムの誇りであり、人生の目標とも呼べる存在であった。
  
  賑やかな街もやがて終わり。街の外れに近付いてくる。地理の関係か、エリード家の屋敷は街からは少し離れた場所にあるのだ。
  そんな時、麦畑の中から声がした。

「お、ウィリアム様。訓練の帰りですかい?」

「ああ、そうだよ。ビルも畑仕事おつかれ」

「いやいや、とんでもねぇです。カミさんなんてまだまだ向こうで働いてますし、俺もまだ動けるってとこガキに見せてやらねぇと」

「はは、まあ無理だけはしないようにね。娘さんは、今は5歳だっけ?」

「娘の歳まで覚えてくれてるたぁ……。よっしゃ、今年も美味い小麦作るんで期待しててくだせぇ」

「うん、そうさせてもらうよ」

「春季ってもまだまだ夜は冷えますから、ウィリアム様も風邪なんか引かんようにしてくだせぇな」

「ビルもね。奥さんにもよろしく言っておいて」

ーーー相変わらず元気だなぁ、ビルは。

  土まみれになりながら畑仕事に勤しむ中年の男性に応え、街の外れを歩く。いつも麦畑の世話をしているビルを含め、ウィリアムはいつも沢山の住民たちと言葉を交わす。そうして街の様子を知り、住民たちひとりひとりの様子を知るのだ。それはいずれ領主の立場を継ぎ、この街を守っていくことになるウィリアムにとっての大事な1歩だった。

『まずは民を知りなさい。次に世界を知りなさい。そうすれば、皆が自然と貴方に付いてゆくでしょう』

  かつてのウィリアムの恩師の言葉だった。彼は今はもうこの世界にはいないが、見守りがいのある教え子の青年はその意志をしっかりと受け継いでいる。

「うっ、確かにまだ冷えるな……」

  街を抜け、屋敷までの草原を歩いている1人と1頭の間をまだ冷たい風が吹き抜ける。汗をかいた体は既に冷え始めていた。
  ウィリアムが両腕を摩っていると、察したユキがウィリアムの背中に飛び乗った。

「うおっ、どうしたんだユキ?」

  尋ねられたユキは「グル」と小さく吠えると、その美しい毛並みをウィリアムの首元や腕に密着させた。
  どういう訳か、ユキには狼らしい、もとい獣らしい匂いなどはしない。屋敷に入る際は汚れたままでいることを嫌がるし、毎日風呂も欠かさないほどの綺麗好きだ。だから密着されても不快感なんてのは全く無いし、美しい毛並みは見た目通りの心地良さを与えてくれる。そんな彼女だが、ウィリアムが凍えているとなれば汗かきの体など気にならないらしい。

「暖かい……相変わらずお前は頭が良いんだな」

  ウィリアムがユキの頭をうりうりと撫でると、ユキもまた嬉しそうに小さく鳴くのだった。

  いつも通りの日常。いつも通りのウィリアム・エリードである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫から『お前を愛することはない』と言われたので、お返しついでに彼のお友達をお招きした結果。

古森真朝
ファンタジー
 「クラリッサ・ベル・グレイヴィア伯爵令嬢、あらかじめ言っておく。  俺がお前を愛することは、この先決してない。期待など一切するな!」  新婚初日、花嫁に真っ向から言い放った新郎アドルフ。それに対して、クラリッサが返したのは―― ※ぬるいですがホラー要素があります。苦手な方はご注意ください。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。

織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。 父であるアーヴェント大公に疎まれている―― 噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。

処理中です...