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第1章・ウィリアム・エリード
第2話・エリード家の1日(朝)
しおりを挟む「ウィリアム様、おはようございます。起床のお時間です」
暖かいベッドの外から、聞き慣れた声が聞こえる。希望を述べるとすればもう少しこの幸福感を味わっていたいが、そうも言ってはいられない。今でこそ穏やかな声色の彼女だが、もしも怒らせでもすれば公爵である父親すら彼女には敵わないのだ。
「ん……おはようノース」
ノース・アルケイド。エリード家に仕えるメイドたちのまとめ役であるメイド長の彼女は、メイドでしての仕事ぶりだけでなく執務に関する相談役としてもエリード家を支えている。アルケイド家は代々エリード家の補佐役として裏表からエリード家を支えてきた一族であり、ウィリアムの恩師であるとある魔法使いもまた、アルケイドの名を持つ者だった。
今年で49歳となるノースだが、それよりも遥かに若く見える顔立ちと纏められた艶のある茶髪、そして頼りがいのありそうな目。気品高いその姿の通り、メイドたちだけでなくステリアムやフィリーからも頼りにされている立派なメイド長だ。
「はい、おはようございます。ウィリアム様はステリー様と違ってお目覚めがよろしいので助かります」
「ん~、まあ父様は朝が弱いからね……」
ベッドの脇にある椅子に腰かけ目元を擦りながら、テキパキと寝具を片付けていくノースをぼんやりと眺める。
ウィリアムにとって、ノースはもう1人の恩師であると同時に祖母のような存在でもあった。まだ幼い頃、両親が忙しく会えない時はいつも傍にいてくれたものだ。彼を本当の家族のように思っているのはノースにとっても同じだが、彼女は2人きりでない限り基本的にウィリアムにそのような接し方をすることはない。人前での照れ隠しなのか、公私混同をしないように意識しているのか定かではないが、ウィリアムにとってはそのモヤモヤ感が心地良くもあった。
「はい、お召し物です。バンザイしてくださいますか?」
いつの間にかウィリアムの後ろに回ったノースは、いつも通りの服を用意しつつウィリアムの両腕に手を添えた。
そんなノースに、ウィリアムは思わず顔を赤らめる。
「ちょ、大丈夫だよ! そのくらいは自分で着替えられるから」
「そう仰らずに。誰が見ている訳でもないのですから、もっと頼ってくださってよいのですよ?」
これが心地良いモヤモヤ感というものである。
普段はメイドとしての距離感を保っているノースだが、朝や寝る前、また他のメイドたちがいない場所で時々、本当の家族のように接してくれる。祖母にも祖父にも会ったことがないウィリアムにとっては、ノースも家族の一員といって差し支えない存在なのだ。
少し近い距離感に戸惑ってしまうのは思春期故の照れ隠しか、年齢よりも遥かに若く見えるノースの振る舞いのせいか。
「ノースには十分お世話になってるけど……」
「そんなことは御座いません。ウィリアム様と同じお年頃だった時のステリー様と比べれば、ウィリアム様は遥かに大人びています」
ステリーとはウィリアムの父親であるステリアムのことだ。公爵であるステリアムをこんな呼び方で呼ぶことが出来るのは、エリード家に誰よりも長く仕え、ステリアムを幼少の頃より導いてきたノースだけだろう。
そんなノースのお願いをウィリアムが断りきれるはずもなく。なんだかんだで家族の触れ合いの時間になるのがエリード家の朝である。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
着替えと会話、多少の触れ合いを終えた後、一旦ノースと別れ朝食へ向かう。
窓から射し込む朝日に時々目を細めながら屋敷の廊下を歩いていくと、洗濯物を抱えた黒髪のメイドと遭遇した。
「カナエ、おはよう」
ウィリアムの声に素早く反応し振り向いた彼女は、エリード家に仕えるメイドの1人であるカナエ・シュエルだ。美しい黒髪を伸ばした彼女は眠そうな様子など一切見せることなく、いつも通り真面目に働いている。
「ウィル様! おはようございます!」
洗濯物を置き、パタパタとこちらに駆け寄ってくる。ぺこりと頭を下げたカナエの頭を軽く叩く。
「相変わらず元気だね。俺は寒くて起きるのも辛いのに」
「ふふ、私たちはメイドですから! このくらいは当然ですよ!」
元気な笑顔を見ていると、なんだかこちらまで元気が湧いてくるような気がする。
カナエは東洋の島国の名家であるシュエル家の一族の1人だ。聞いた話ではより上位の名家へ嫁ぐための花嫁授業として昔から交流のあったエリード家に仕えているらしい。恋愛感情とかそういった類のものは無くても、数少ない同年代の話し相手であるカナエがいつか居なくなってしまうことを考えるとやはり寂しくもある。
「それ、重ければ手伝おうか?」
洗濯カゴには屋敷内の人間の衣類が入っており、カナエ1人で持つにはかなり重いはずだ。
「いえ、そんな。ウィル様のお手を煩わせるほどではございませんよ! よいしょっと!」
カナエはそう言うと肩紐の付いた洗濯カゴを背負った。パッと見た感じでは問題無く背負っているが、よく見れば肩紐がメイド服にくい込んでしまっている。
ーーーやっぱり重いだろうに。
「よっ、と」
「あっ、ウィル様?」
カナエから洗濯カゴを奪い取る。思った通り、濡れた衣服が入ったカゴは中々の重さだった。普段から体を鍛えているウィリアムですらそう感じるのだから、カナエはきっと見栄を張っていたのだろう。
「やっぱり手伝うよ。女の子1人で持つにはやっぱり重い」
情けないことに普段どのように仕事を割り振っているのか把握出来ていないが、少なくとも1人でこの量の洗濯を毎日こなすのは大変だ。メイドの中で1人で事足りるのはノースくらいだろう。
ーーーあとでノースと父様に相談してみるか。
そんな風に考えているウィリアムの傍で、当のカナエはというと。
「ウィル様……」
恍惚な表情でウィリアムを見つめていた。もちろんウィリアムは気付いていないが、この話はまたいずれ別の機会に語るとしよう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
場所は変わり、エリード家の食卓にて。カナエの洗濯物干しを手伝い終えた後、ウィリアムは朝食を摂るため食堂を訪れた。そこには数人のメイドと、美しい衣服に身を包んだこれまた美しい金髪の女性が座っている。
「母様、おはよう」
「あら、おはようウィル」
フィリー・エリード。ウィリアムの母親でありステリアムの妻にあたる、美しい女性だ。36歳だがノースのような若く見える顔立ちと「愛される者」の加護により、ステリアムを含めた街の人々を魅力する公爵夫人。
「今日はユキは一緒じゃないの?」
「さあ、起きた時にはいなかったよ。たぶん森か街じゃないかな」
「ん~、残念。今日は少し寒いし、モフモフしたかったのに」
ユキを屋敷に迎えるというウィリアムの提案に最初は渋っていたステリアムを、言葉巧みに説得してくれたのもフィリーだった。ユキのことも信頼しており、ユキもまたフィリーにはよく懐いている。息子想いの、自慢の母親だ。
ちなみにユキは基本的にはウィリアムと行動を共にしているが、たびたびフラッと何処かへ出掛けることがある。何処かへと言ってもその殆どが街や森の近くで、夕食時には帰ってくるので心配はしていない。
朝食を摂り始める。メニューはパンとスープ、卵の崩し焼きに数種類のフルーツ。貴族の中では一般的なメニューだ。
ウィリアムはその性格上、毎日の食事を必ず屋敷で摂るわけではない。時には街で、時には森の中で済ませることもある。しかし、そんなウィリアムでも気付く違和感が今日はあった。
「あれ、父様は?」
普段は揃って食事をするはずの父親が食卓にいない。特段用事は無いはずだが、姿は見えない。
すると、フィリーが答える前に食堂を訪れたカナエが答えてくれた。
「あ~、ステリアム様は、その……寝坊して、ノース先生に怒られてます……」
呆れたような困ったような顔をするカナエを見て、母様はクスリと笑った。
「相変わらず朝だけは苦手ね、あの人は」
とは言え、ステリアムに朝の食卓に遅刻するほどの寝坊癖がある訳でもない。恐らくは昨晩の「お楽しみ」が響いているのだろうが、聡い青年は野暮なことは口にしない。
いつの世も、何より怒らせてはいけないのは母親なのだから。
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