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第2章・出会いと別れ
第15話・見合い(前編)
しおりを挟む「え、父様、今何て……?」
「いや、だからその……もうホーエンハイム伯爵が屋敷に来ていてな……」
大きな出来事を乗り越え、ようやく辿り着いた我が家はこの時間に相応しくない慌ただしさを見せていた。何事かと家に入ると、仕事中のメイドの1人と目が合うや否や飛んできた父様に事情を聞かされることになったのだ。
「てことは、聖女様も……?」
「……今食堂でお前を待ってる」
冷や汗が止まらない。
父様の冷や汗も止まらない。
あまり事態を重く捉えていないユキの、運ばれていくご馳走に対する涎も止まらない。
「な、何でそんなことに……!」
咄嗟に部屋に向けて走り出す。伯爵一行を待たせている時点で既に失態だが、それでもこのボロボロの格好で見合いに出るなど失礼にも程がある。
食堂の横を通らないようにするため少し遠回りをして自室へ向かうルートの中、横を並走する父様が事情を説明してくれた。
「実は、ホーエンハイム伯爵が、この街の近くを訪れる用事があったらしくてな。それで、ついでに、見合いはどうかと、鳥を飛ばしていた、らしいんだが」
「父様、無理しなくていいから……」
昔は騎士に劣らぬ剣の腕を持っていたらしい父様も、最近では多忙なデスクワークのためにすっかり運動不足のようだ。全力疾走についてこられるのはその頃の名残だろうが、喋りながらは流石に無理があるだろう。
部屋に入り、訓練用の衣服を脱ぎ散らかす。部屋には既にノースが待機しており、見合い用の正装が用意されていた。
「おかえりなさいませ、ウィリアム様」
「ただいまノース。急ぎで頼むよ」
「畏まりました」
いつものようなゆとりやスキンシップは無い。ただひたすらに、速さを求めて2人がかりで身なりを整えていく。
「連絡用の鳥が、こちらに届いていなくてな。だからといって突き返す訳にもいかないから、今夜急遽やることになったんだ」
「あ~、なるほど……」
父様の話を聞きながらも手を動かしていく。男物の正装がシンプルな構造で良かったと思いつつ、汗を拭き取り少量の香水を付ける。今から風呂に入る時間は無いからだ。
「はい、これで終わりです」
俺が最小限の動きで着替えている間に、ノースは首から上をバッチリ整えてくれた。正直なところおでこ丸出しのこのスタイルはあまり好きではないのだが、そうも言っていられない。
「ありがとう! 父様、行こう」
「ああ」
「ノース、ユキも帰ってきてるから見かけたらお願いできる?」
「畏まりました。行ってらっしゃいませ」
ノースがウィリアムの部屋で待機しており、更にはユキの捜索と相手も務められる。それは即ちメイド長が居なくても会食の用意を恙無く進めることができる、エリード家のメイドたちの有能さを示している。とはいえ、メイドたちと公爵夫人1人で間を持たせるのにも限界があった。
会話が途切れていたのであろうか、静かになっている食堂へと足を踏み入れる。
「お待たせして申し訳御座いません!」
入口右手の方、母様が座っている席と反対側の席に座っているのは、父様と同年代に見える筋骨逞しい男性と穏やかそうな女性だった。この人達がホーエンハイム伯爵と夫人だろう。
「こちらの不手際でお待たせしてしまい、大変申し訳ない。こちら、息子のウィリアムです」
「ウィリアム・エリードです。本日はこのような場を設けて頂き、ありがとうございます」
貴族階級的には、伯爵家であるホーエンハイム家よりも公爵家であるエリード家の方が格は上になる。しかし、だからといって礼節を欠いていいものではないのだ。
相手を待たせたりあからさまに見下すような扱いをすれば、それは「俺達はお前たちを舐めている」と言っているのと同義になる。もちろん当人たちの解釈に拠るところの話ではあるが、王家はそういった不当な差別を良しとしない。然るべき措置を取られた実例もあるのだ。
だが、幸いなことにホーエンハイム家の人々は善良な方々のようだった。
「いえ、こちらこそ急に押し掛けて申し訳ありません。連絡に不備があったようで、ご迷惑をお掛けしてしまったようで。ウィリアム様、本日はよろしくお願い致します」
見た目とは裏腹に、ホーエンハイム伯爵はとても穏やかな男性だった。王都の守備隊を統括しているだけあってその体は歴戦の兵士そのものだが、このような場での礼節もしっかりと弁えているらしい。
「急な来訪でもこれだけのもてなしをして頂けるなんて、こちらのメイドたちは優秀なのですね。ステリアム様とフィリー様の人徳が伺えますわ」
伯爵とは打って変わって、夫人は軽食や屋敷内の装飾を純粋に楽しんでいるようだった。
「失礼、妻は体があまり丈夫ではなく、外出の機会が少ないのです。目新しい物を見ると興奮してしまう癖がありまして」
伯爵は申し訳なさそうに言う。
正直な感想では、好印象以外の何物でもなかった。そしてそれは両親も同じなようで、母様がその会話に食いつく。
「いえ、素敵な御趣味ですわ。ナーヴィ夫人、よろしければ後で私の部屋にいらっしゃらない? 実は私も珍しい調度品や書籍に目が無くって」
「本当ですか!? ぜひ、ぜひお邪魔致します!」
どうやら2人は気が合ったようで、どんどん会話を続けていく。気付けば母様は席を動き、夫人の隣でメイドが持ってきた小物などを見せながらガールズトークに花を咲かせている。
そんな様子を苦笑いしつつ眺めていると、ホーエンハイム伯爵はゆっくりと立ち上がった。
「失礼、こちらによろしいですか?」
「ええ、もちろん」
そう言って腰掛けたのは父様の2つ隣の席だった。恐らくあの場に留まり続けるのは骨が折れると判断し早期撤退を図ったのだろう、さすがは歴戦の兵士だ。
「これほどの歓迎、心より感謝致します」
「いえ、ホーエンハイム伯爵がいらっしゃるとなればこの位は当然でしょう。それはそうと、先程からユリア様のお姿が見えませんが……」
「ああ、申し訳ない。どうやら緊張しているようで、先程御手洗に」
「なるほど、そうでしたか」
つい先程まではそれどころではなかったが、そういえば今回は俺と聖女様の見合いなのだ。確かに緊張もするだろう。
とはいえ、俺の中では最初から答えは決まっていた。緊張しないと言えば嘘になるが、動揺してしまうほどでもない。
そう思っていた。
彼女が食堂のドアを開くまでは。
「はあ、はあ、お待たせしてすみません!」
「おお、ユリア。戻ったか」
瞬間、俺は目を見開いたまま挨拶もせず硬直した。
忘れもしない、あの少女だった。先日街で冒険者たちから助けた、美しい銀髪と金色の目を持つ少女。
「な……」
ユリと名乗ったあの少女だったのだ。
唖然とするこちらに気付いた彼女は、悪戯っぽい笑みを浮かべた後に口を開いた。
「本日はお招き頂き光栄に存じます、ウィリアム様。ユリア・リグ・ホーエンハイムと申します」
間違いない。彼女は、最初から知っていたのだ。あの時何故この街にいて、何をしていたかは分からないが、俺が名乗った時の反応の訳はこれだったのだ。
「おかえりなさい、ユリア。お腹はもう大丈夫?」
「はい、お母様。心配させてすみません」
またもや掻き乱される思考のなか、事情を知らないままに見兼ねた父様が言う。
「ウィル、どうした? ユリア様があんまり綺麗だから見惚れたのか?」
ここぞとばかりに茶化されるのは少しばかり腹立たしいが、今は助かった。
確かにあの時のことは驚きだが、今やることは変わらない。
「確かにユリア様は綺麗だけどそういう訳じゃないよ、父様」
「ふふ、ありがとうございます、ウィリアム様」
あの時と同じ笑顔だった。これほどの美しさなら、聖女と呼ばれるのも頷ける。
「改めまして、ウィリアム・エリードです。よろしくお願い致します、ユリア様」
「はい、よろしくお願い致します」
こうして、聖女様との見合いは思わぬスタートを切ったのだった。
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