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第2章・出会いと別れ
第16話・見合い(後編)
しおりを挟む予想通りと言うべきか、ホーエンハイム家の3人は礼儀正しい貴族たちだった。話の中でもエリード家を立てることを忘れず、見合いの中心であるユリアのアピールも欠かさない。特にユリア本人と夫人であるナーヴィ・ホーエンハイムの話術は、まるで行商人の売り込みのように聞き入ってしまうものがあった。
ホーエンハイム伯爵も、必要なことは質問してくるが決して踏み込み過ぎない、分別のある会話をする人間だった。それは加護についてあまり話したくないウィリアムの思惑とも合致しており、互いに有意義な時間となっている。
「あら、もうこんな時間。伯爵様方、よろしければ今日はここに泊まっていってはどうかしら」
その提案をしたのは母様だった。無論会食前に父様やノースと話し合った結果なのだろうが、例えそれが無かったとしても今の母様ならそう言っていたような気がする。良いことには違いないだろうが、それほど母様と夫人は仲良さげに話しているのだった。
「それは有難い……ではご厚意に甘えさせて頂きます」
ある程度酒が入った伯爵も、気分良さげにその提案を受け入れた。その横では長旅と諸用で疲労が溜まっているのか、ユリア様が眠そうな目を擦っている。
「ユリア様もお疲れのようですし、本日は一先ずお開きと致しましょうか。フィリー、夫人と話すのもいいけどほどほどにね」
「分かってるわよ、あなた。ナーヴィ夫人、私の部屋に行きましょ! よければ寝具も運んでもらうわ」
「女子会、というものですね! 私も手伝いますわ!」
パタパタと女性2人が食堂を後にし、その後を数人のメイドが追う。父様は「やれやれ」と言いながらも、こちらもまたとある企みをしているようだった。
「では伯爵、我々はこれを……」
そう言って父様が取り出したのは、古い銘柄の酒だった。そしてそれを見た途端、伯爵の目付きが変わる。
「そっ、それは東洋の酒……!」
「我が家で働くメイドの1人がそちらの出身でして、定期的に卸してもらっているのです。伯爵はイケるクチだと耳にしているのですが……」
2人の男の口がニヤッと歪む。もちろん見ていて気分の良いものではない。
「そこまでお膳立てして頂き、どこに断る理由が御座いましょうか。このガリウス、是非ともお付き合いさせて頂きます」
「そうこなくては。今メイドたちにつまむものでも用意させますので、私の部屋にでも行きましょう」
「喜んで」
ガタガタと、2人の男が立ち上がる。
「ウィル、ユリア様は任せたよ。2階の部屋を寝室として準備してあるから、案内してあげて」
「うん、分かった。おやすみ父様。伯爵も飲み過ぎにはお気を付けてくださいね」
「ははは、流石はウィリアム様、ユリアと同じようなことを仰る。承知しました、しかと心に留めておきましょう」
上質な酒を前にした伯爵はすっかりご機嫌だった。とりあえず、両家の関係は順調に進んでいると言えるだろう。
やがて2人と残りのメイドたちが食堂を出ていき、そこには俺とテーブルに突っ伏したユリア様だけが残された。
てっきり気を遣われたのかと思ったが、ユリア様は寝ているようだし大人たちは自分たちの楽しみに夢中のようだった。気が合うのは結構なことだが、もう少し今回の主役を大事に扱ってほしいものだ。
動かない聖女様の肩を軽く叩く。
「ユリア様、起きてください。こんなところで寝ては風邪を引いてしまいますよ」
「……ユリと呼んでくださいませ」
「はい……?」
眠っているかと思われたユリア様だったが、どうやら狸寝入りだったらしい。また何かを企んでいるのだろうか。
「またあの時のように話しましょう? 敬語なんて要りませんわ」
ゆっくりと起き上がった彼女の表情は、少しばかり不機嫌そうに見えた。それとちょっぴりの眠気。寝惚けているのか演技なのかは分からないが、このままでは会話にならない。
軽く息を吐き、ユリア様に向き直る。
「暖炉の火も止まってるし、ここは寒いでしょ? 客室に案内するから、行こう。あとユリも敬語無しでお願い」
「それは出来ませんわ。私はお見合いをさせて頂く側ですもの」
「じゃあ俺も敬語を使いますね、ユリア様」
特に深い意味は無いのだが、それでも同じ貴族でありながら相手にだけ敬語を使わせるのは、どこか抵抗があるのだった。
譲らずに応えると、ユリア様は困ったような笑みを浮かべて折れてくれた。
「分かりまし……分かったわ、ウィリアム様」
「ウィルでいいよ」
「ウィル……その、こういった話し方には慣れてないから、変な所があったらごめんなさい」
「あはは、大丈夫だよ。気楽に話してくれれば」
先程もユリア様、もといユリは母親であるナーヴィ夫人にも敬語を使っていた。聖女という立場故に、普段の言葉遣いなどにも気を付けなければならないのだろう。そう考えると、自分の前でくらい楽にして欲しいと思うのだ。
「さ、お手をどうぞ」
「ふふ、敬語は無しではなくって?」
「こういうのは別だよ。細かい礼儀は疎いけどエスコートくらいなら任せて」
「じゃあ、遠慮なく」
きゅっと優しく握り返すユリの手は、女性らしく小さな可愛らしい手だった。すべすべとしている手はとても触り心地が良い。
静かになった屋敷を2人で歩く。窓から見える外は既に真っ暗で、会食が予定よりも長引いていたのがよく分かる。
「ねえウィル、私ウィルの部屋に行きたいわ」
「俺の部屋? 寝室じゃなくて?」
「ええ。あなたの部屋にお邪魔したいの。ダメかしら?」
「んー、ダメじゃないけど母様の部屋と違って面白い物とかは何も無いよ?」
「いいの! ほら、行きましょう?」
肯定的な返事を貰えたのが嬉しかったのか、ユリは笑みを浮かべながら手をぐいぐいと引っ張って歩いていく。道も分からないだろうに、元気なものだ。
「そこを右にいって突き当たりの部屋だよ」
「あそこね、分かったわ」
見合いを済ませたばかりの男女が同じ寝室に入るというのは些か宜しくないのだろうが、こちらに変な気を起こすつもりもない。もちろんユリもそれは同じだろうし、唯一の問題は母様に見つかったら質問攻めに遭うことくらいだろうか。
ユリが勢いよくドアを開ける。すると俺の寝室には既に1人の先客が居るのだった。彼女はいつもと変わらない様子で、俺のベッドに潜り込んでいる。
「ん、おかえりウィル」
「ただいま、ユキ。また寝てたの?」
「今日は魔力沢山使ったから疲れた」
「ああ、なるほどね。夕飯は食べた?」
「うん、さっきノースが持ってきてくれた」
「ならよかった」
「ていうかその人誰? 知らない匂いがする」
眠そうなユキの目線は俺の隣で硬直しているユリに向いている。そういえば俺の加護が従魔術士であることは話していたが、ユキのことはまだ話していなかった。見た目は至って普通の狼人族であるユキでも、さすがに貴族の寝室で寛いでいたら事情を知らない人間は混乱するだろう。
「ああ、ごめんね、説明するよ。こちらユリア・リグ・ホーエンハイム様。俺の見合い相手なんだ」
「ああ、ノースが言ってた聖女様ね」
「うん、そうそう。ユリ、こっちは俺のーーー」
「きゃあああああ可愛いいいいいい!!」
「うわぁっ!」
奇声と悲鳴が上がる。俺の見間違いでなければ、ユキの紹介をする前にユリはベッドのユキを目掛けて襲いかかった。
何を言っているか分からないと思うが、俺も何が起きているか分かってない。
「こんなに可愛い獣人の女の子なんて初めて見たわ! あ~、尻尾モフモフ~!」
「やっ、やめっ……!」
ユキ曰く、今の姿でも尻尾にはしっかりと神経が通っており、骨に近い部分はかなり敏感なのだそうだ。つまりあのように激しくモフられると中々に疲れるということ。ちなみにそれは耳にも同じことが言えるらしい。
「耳もふわっふわね~!」
「んっ、もう、いい加減に……!」
寝起きで体が動かないのか、ユキは毛並みを貪る魔の手からなかなか脱出できずにいる。そしてユリはそれをいいことにここぞとばかりにモフモフを堪能している。
そして限界に達したのか、体術スキルまで使用してユキは必死にベッドから脱出した。すぐさま俺の背後に回り込むと、息を荒らげながらユリの方を睨み付けている。
「ユキ、大丈夫?」
「大丈夫じゃ、ない……!」
「あっ、ご、ごめんね! 私ったらつい興奮しちゃって」
ユリも多少なり正気に戻ったのだろうが、それでもまだ目付きは若干危ない。
「えっと、この子は俺の従魔のユキ。子供の頃から一緒に暮らしてるんだ」
「ユキちゃんって言うのね! 私はユリア、ユリって呼んでね!」
「……呼ばない」
無防備な状態で身体をまさぐられたのがよほど気に障ったのか、ユキは俺の背中から離れようとしない。
「む~、呼んでよ~。ユリお姉ちゃんって呼んで欲しいなぁ~。ウィルも何か言ってよ~」
ーーーそんな無茶な……。
本音を言えばあまりユキの機嫌を損ねたくないのだが、だからといってユリの機嫌を損ねるわけにもいかない。まさにあちらを立てればこちらが立たず。八方塞がりもいいところだ。
「あ~……ユキ、良かったら呼んであげてくれない?」
現状ではユキに頼るしかない。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
すると、ユキは更に不機嫌そうに言う。
「私の体を好きにしていいのはウィルだけだもん……」
「えっ」
「まあ」
突然の言葉に思わず顔が赤くなる。もちろん変な意味ではないと信じているが、それでも不意にそんなことを言われれば照れもする。
そしてそれをニヤニヤと見つめるユリ。新しい玩具を見つけたと言わんばかりの顔は、最初に会った時の美しく儚い印象とはかけ離れている。
とはいえこのまま彼女の好きにさせる訳にもいかない。このままでは寝るどころか普段よりも疲弊して朝を迎えることになりそうだからだ。
「えーと、そういう訳なので。あまりユキにイタズラしないようにお願いします」
「はーい、分かったわ」
「ウィル、私こいつ嫌い……」
「ま、まあまあ……」
ユキがここまで明確に人を嫌うことも珍しい。見知らぬ人間にあんなことをされれば当然かもしれないが、せめてユリ達が王都へ戻るまでは顔を出すくらいはしていてほしい。
まずはこの2人を引き離す必要があるだろう。ユリには申し訳ないが、相棒としてユキにあまり嫌がることをさせたくない。
「じゃあユリ、今日はここで寝ていいから。後でメイドたちに服とか持ってこさせるよ」
「ええ、分かったわ」
「それじゃ、おやすみ」
軽く手を振り、ユキと共に部屋を出ようとする。しかしそうは問屋が卸さない。
「え、ウィルはここで寝ないの?」
「いやそれはそうだよ」
「ユキちゃんは?」
「……私はウィルと寝る」
相変わらずご機嫌ナナメなユキ。しかし何故かユリの表情にも若干の不満の色が。
「いつも2人で寝てるの?」
「え、そうだけど」
「同じベッドで?」
「う、うん」
「……」
やがてユリの頬が膨らみ始めるとともに、新たな地雷を踏み抜いたことに気付く。
「ずるい~! 私だって一緒に寝たい~!」
「ええ……」
「私だけ1人なんて、やだ……」
まるで幼子のように駄々を捏ねるその姿は、とても王都で評判の聖女様には見えない。恐らく普段の聖女としての生活の中で抑圧されている部分が出ているのだろう。
とはいえこうも騒がれてはこちらも困るというものだ。ユリは一応客だし、彼女の意に反するようなことをすれば後々面倒なことになるかもしれない。
ユキの方をチラッと見る。
「……!」
ユキは懸命に首を横に振っている。まさにデッドロック状態、既視感もいいところだ。
「ユキ、今日は我慢してくれないかな? 今度お礼するからさ」
小声で告げる。ユキは苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、愛する相棒の頼みということで何とか了承してくれた。
「分かった……」
「ありがと。ユリ、俺達もこの部屋で寝るよ。だからそんな顔しないで」
「うん、分かったわ……」
てっきりこちらが折れればすぐに笑顔になるかと思ったが、その予想は外れた。どうやらユリは本当に1人になることが嫌だったようだ。
幸いなことに、俺とユキが使っているベッドはキングサイズの特注品だ。2人も3人も変わらず広々と寝ることができる。
見合いのその日に同じベッドで寝るのはあらぬ誤解を受けてもおかしくないような行動ではあるが、今回ばかりは致し方ない。それよりも、このままユリを1人にすることの方が気が引けるのだった。
「じゃあユキ、先にどうぞ」
「え、私?」
「うん。俺がユリと隣はまずいでしょ」
同じベッドで寝ようとしているのに何を今更と言われればそれまでだが、流石に女の子の隣でいつも通り眠れるほど俺は女性慣れはしていない。思わぬ一面を目にしたとはいえ、ユリは誇張無しに美人なのだ。1人で勝手に睡眠不足に陥るような事態は避けたい。
と思っていたのだが、そう上手くはいかないようだった。
「やだ。だったら他の部屋で寝る」
「え~……」
ユキの冷たい言葉に、ユリの表情がより一層曇る。ここまで来ては、もはや逃げ場は無かった。
「分かったよ、しょうがない……。ユリ、隣いい?」
「うん……」
ベッドに潜り込むが、先程までとは比較にならないほどユリは大人しくなっている。そんな様子を心配しているうちに、ユキもベッドに潜り込んでくる。いつも通り俺の片腕をがっちりホールドすると、やがてすやすやと寝息を立て始めた。
「それじゃ、ユリ、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい……」
様子がおかしくても、今俺にできることはこうして隣にいることぐらいしかない。理由を問いつめれば、今の状態を悪化させる可能性もある。
不安の種は消えないまま、俺は目を閉じた。
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