凡人は美形悪役に転生するもんじゃない

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10 奇しくも最愛との縁を結んだ不幸と呪い(ブラッキー視点)

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 ブラッキー・ホワイトホール。

 それが僕の新しい名前だった。

 死にかけていた僕を救ってくれた恩人で現在の養父がくれた大切な名だ。

 今も養父が元気に暮らしているだろう村の人たちは良い意味での世話焼きばかりで、当時気力体力が尽き弱り切っていた僕がある程度回復するまで毎日代わる代わる様子を見に来てくれた。おかげで寂しくなかったし退屈もしなかったし、ふとした時に陥ったフラッシュバックによる錯乱もすぐに落ち着くことができた。彼ら村の皆がいなかったならトラウマは酷くなり克服なんてできなかったかもしれない。今も思い出すと時々ぐっと体に力が入る瞬間はあるけど、取り乱しはしない。精神的に耐えられる。

 ところで、自分で言うのもあれだけどさ、陽気が取り柄の僕にトラウマになる過去があったのかって?

 あったんだ。確か4歳だった。家族が僕の4歳の誕生日を祝ってくれたのを覚えている。

 へへっ僕はこれでも記憶力は良い方なんだ。

 その誕生日からまもなくして、僕は悪い奴らに誘拐された。

 僕には巷じゃレアな光属性の魔力があったもんで。
 光属性を持つ者はゆくゆくは魔法協会や教会に入り、誰かに師事したりして修練を積んで一人前の光魔法使いになるのが一般的だ。
 だからこそ、いずれかの組織に僕が登録される前に誘拐したんだろう。登録されてしまえば貴族程とは言わないまでも、単なる一平民の子って立場よりは目立つ存在になるから、手を出すリスクが上がるらしい。

 体に「酒瓶に絡み付く蛇」のタトゥーのあった強面の誘拐犯から小さな換気窓しかないボロい馬車に知らない子たちと押し込められて、僕は怖くて初めのうちは他の子同様帰りたいと泣いた。泣くのに疲れるとほとんどずっと抱き寄せた膝の間に顔を伏せて酷い世界から自分を護っていた。

 馬車には気丈にも泣かずにいた褐色肌の少年もいたっけ。攫われてきた子供の中ではローティーンと一番年上だったから我慢強かったのかもしれない。彼の紫の瞳は妙に落ち着いていて逆に印象深かった。

 何日も何日も走った馬車から降ろされると、皆大きな屋敷に住む白髪で片目の潰れた怪しげな魔法使いの元に連れて行かれた。黒いチェニックを着たその男は、閉じた右の瞼に大きな傷痕が見え、見える方の左目はギョロリとして迫力があり、僕たち子供を脅かすには十分だった。

 ……その場で金銭の受け渡しをしていたから売られたは売られたんだろうけど、魔法使いの腕にも強面と同じタトゥーがあったから仲間内で融通を利かせての売買だったのかもしれない。

 その屋敷の秘密の地下室では、多岐にわたる魔法実験をされた。
 人の存在や環境への作用影響が大きな魔法程、単純な呪文だけじゃ発動しなかったり、その適切な魔法陣や呪文を構築するのが難しい。だから実験は必要なんだよな。……僕たちのはどう考えても違法だったけど。
 消耗品の実験体とは言え精度の高いデータを得るためにか食事は決して粗末じゃあなかったけど、鎖に繋がれていて人間扱いなんてされなかった。
 約半年くらいはその屋敷にいて、一日何度も激痛や嘔吐するような気持ち悪さに見舞われたし、思った結果を得られないと片目の魔法使いからはよく暴言が飛んできた。幸い体を傷付ける物理的な暴力は正確なデータが得られないとされなかったけど。

 果ては、呪いを掛けられた。

 呪いとは則ち悪しき魔法。人を石にしたり病気にしたり死なせたりと様々ある。
 大抵の呪いは闇魔法で構築されていて、闇属性に一番耐性のある光属性者に効果が表れれば他の属性者にも効くだろう、と僕が選ばれた。
 あと、その地下室で呪いを試されるのは終焉を意味していた。
 被験体は数日ごとに誰かが呪いで消えていて、数日ごとに新しい誰かが入ってくる。魔法使いから呪いを試すと宣告された時は、ああとうとう僕の番なんだとぼんやり思っただけだ。劣悪な監視生活で感情はほとんど死んでいて、家族に会いたいって恋しさすら薄れていた。

 僕が受けたのは動物化の呪いだった。

 普通変身魔法は魔法の痕跡でバレてしまったり解けたりするところを、その呪いは一切魔法とわからない。つまり本物の動物だと思われる。

 しかも完全に効けば解呪ができなくなるよう設計された恐ろしい闇魔法だった。開発の最終段階だとかで僕に効けば呪いはついに完成を意味した。

 結果を言えば、僕は人に戻れなかった。

 絶望はなかった。どうせ死ぬなら姿なんて関係ないと自身を放棄していたからだ。だけど、喜ぶ魔法使いから証拠隠滅とくびり殺されそうになって反射的に抵抗し、――猫の柔軟性と俊敏さを駆使して何とか逃げおおせた。
 死に瀕して一時的に正気になったと言ってもいい。とにかく純粋に死にたくないと思ったんだ。

 屋敷を抜け出す際にたまたま鏡を見たから自分が黒猫だったのは知ってる。

 その後は自分の現在地もわからず残飯を漁って泥水を啜ったりしながら何日も何日もひたすら歩き回った末、整然とした庭園に迷い込んだ。当時は帝都だとか皇族の宮殿とまではわからなかった。
 陽気だけは良かったあの日、僕はほとほと疲れていた。
 食べ物を求めて茂みに隠れて移動していると、すぐ先の芝生に誰か人間がいると気付いて最初は警戒した。
 野良猫を追い払おうとする嫌な大人だろうかとそっと盗み見る。

 一瞬時が止まったように感じたのはきっと気のせいじゃない。

 キラキラして夢のように綺麗な少年だと、素直に称賛が湧き上がった。少女と間違わなかったのは服装のおかげだな。

 我知らず足を踏み出していた。
 近くで見てみたいと本心から思ったんだ。汚い野良猫めってここまで来る間にもそうされたように叩かれたかもしれなかったのに。

 だけど僕は幸運だったんだろう。たぶん人生の運の大半をここで使った。後の残りで養父に救われたくらいでさ。

 だって僕はスカイラーと出会えた。

 スカイラーは初め何故か逃げたけど、僕も何故か離れたくなくて追いかけた。今思うと逃げる獲物を捕まえたくなる猫の性分だったのか、それとも僕自身の執着や欲だったのかは判然としない。とにかく、追いかけなきゃって焦ったんだ。
 ちょっとしつこくしたら彼は観念した。根が優しいからこそ足を止めてくれたんだろう。
 幼い日のスカイラーは呆れとも可笑しさとも、あと戸惑いとも取れない表情を浮かべて僕を膝に乗せ、本を読みながら汚れた僕を嫌がらず優しく撫でてもくれた。

 半日も共に過ごしてはなかったけど、彼の傍が僕の世界の全てでもあったような時間だった。

 彼の青い瞳を見つめていたら、消えかけていた感情が溢れてきて、伝わる体温に安心して、いつしか微睡みに呑まれていた。溜まりに溜まった疲労と、彼からは包み込まれるような心地好い独特の空気を感じていたせいもある。どうかこのままこの時間が続けばいいな……。

 ――引き裂かれたのは唐突だった。

 僕は抵抗虚しく池に投げ入れられて、スカイラーとの関わりは奇縁が再び僕たちを結ぶまでそこで一旦ふつりと途切れた。

 体力の落ちた体には水中は酷で、口からは多量の水が入り苦しいのに手足からは力が抜けていく。
 でも生きたい生きたい生きたいって願っていた。
 そこからは自分でもよく覚えていない。
 目覚めたら後に養父になる男の顔があった。村の水場で倒れてたそうだ。

 しかも、人間に戻っていた。

 だいぶ後になってから調べてわかったことだけど、宮殿の池の水は水路で宮殿外の河川へと流れ込んでいるらしく、更には河川の下流にある村の水場へも流れとしては繋がっている。
 だけどかなり距離があり、人間であれ猫であれ、意識のない生物が溺れずに流れ着く可能性は皆無だろう。
 無意識に何らかの防御魔法を行使していた? 長距離を流れ下って無傷で済むような防御魔法なんて今だって知らないってのに?

 呪いが解けたことと関係してるとか?

 そもそもどうして解けたのかもわからない。実は呪いが未完成だったってオチもある。んんん~~何でだよ~おっ、スカイラー!

 幼かった僕にはそんな謎が学ぶ意欲にもなって魔法に精通する結果となった。養父が魔法書を沢山持っていてその道にやけに詳しい人だったのもだいぶ助けになった。かつて冒険者をしていたその記念品みたいなものだと穏やかに語ってくれたのを覚えている。

『仲間ガチャに成功したんだよ』

 なんて、ガチャとか意味のわからないことも言っていたなぁ確か。まぁ仲間に恵まれたって意味なんだろう。

 僕は自分の名前も故郷の地名もほとんど何も覚えてないと嘘をついた。村に留まれたのは慈悲深い養父のおかげだし、僕の意思で留まったのは家族に迷惑を掛けないためだ。
 家族の元に戻ればあの連中は僕が逃げ出したと知って激怒して報復しに来るだろう。本来それを報復って言うのはおかしいけど、家族に害が及ぶのは避けたかった。
 撃退できる力が付くまでは恋しさを我慢しようと決めたんだ。
 故に、実は剣の扱いとか武芸にも詳しかった養父に師事して腕を磨き冒険者になった。冒険者は平民が強くなる最短経路だったから。

 ところで、スカイラーのことは村で暮らすうちはどこの誰かもわからなかった。良家の子息なのとスカイラーって名前だけはやり取りからわかっていたけど、第二の故郷の片田舎の村を出て情報を集めるまでは冗談じゃなく何も知らなかったんだよ。

 よもや皇子様とは……。

 各地で起きていた異変の憎き元凶でもあったし。

 疑いを抱いた当初は信じられなくて何度も否定した。成敗必至と考えてずっと追っていた憎き悪党が彼だっつーんだからな。

 決定的になったのは、とある街で偶然にも再会した時だ。

 向こうはおそらくその日に新たな闇魔法を仕掛けた後だったんだろう。
 夜遅くそこの街の酒場で姿を見た瞬間は目を疑ったよ。
 大人になった彼の容姿は知っていた。探せば巷に出回っている姿絵を手に入れられるから。けどそれがなかったとしても僕はスカイラーだとわかっただろう。

 昔見た瞬間のように一目でもう目を離せない、心が惹かれるって震えた。

 スカイラーはかなりみっともなくぐでぐでに酔ってたってのになぁ~。それもボトルの減りを見るとおそらくたったの一、二杯で。ま、一滴も飲めないって下戸なわけじゃあなさそうだけど結構弱いのを知れて得した気分だったっけ。

 赤ら顔でも彼の美貌は決して無視できない。居合わせた酒場の客たちはチラチラと不埒な視線を向けていた。……神経を逆撫でされた~。
 スカイラーなら撃退できただろうけど、あの時は何も考えずに彼を護らないとって強く思ってさ、いきなり抱き上げて酒場から連れ出すなんて暴挙に走った。言っておくと酒場は前払い制だ。
 スカイラーは誰だお前って魔法収納指輪から瞬時に長剣を出して攻撃してきたよ。へへっそりゃ当たり前だよな~。

『のわっ!? ちょっと待て!』

 僕だって命は惜しい。即座に彼を放すと背中の大剣を引き抜いて応戦したけど、別に戦いたかったわけじゃない。
 でも酔っ払っていても腕は落ちないスカイラーはこっちを問答無用の敵認定。手を緩めてはくれずすぐに剣魔法を使ってきた。剣魔法には剣魔法をと僕も即座に対処し、打ち合いで砕け飛んだ互いの魔法が互いの頬に小さな傷を付けた。

 彼はあの時既に属性変換指輪を付けていたから一見魔力は水属性だったけど、僕の感覚は騙されなかった。滲み出る闇属性の気配を察知していた。

 生で彼の魔法に触れて、各地に残されていた魔法的個性と目の前の彼のそれとが僕の中で完全に一致した。仕掛けの犯人だって確信するには十分だったよ。

 元凶だって悟った瞬間、積もっていた憤りがうっかり弾けて一際大きな傷をスカイラーに与えちゃったんだけど、今思い返しても結構ザックリ入ってたよなぁあれ、メンゴ!
 それこそ、切れた頬からプシュッと散った自らの血が目の端で捉えられるくらいだった。きっとグリーン辺りが妙薬を探したんだろう、傷痕が残ってなくてホント良かったよ。

 スカイラーはハッとして動きを止め、僕はそれ以上戦いたくなくて剣を引いたっけ。

 手で己の頬を撫でた彼はなんじゃこりゃあぁあとは叫ばなかったけど、驚いたように目を見開いて血の付いた掌を見つめた。

『俺に傷を負わせた……だと?』
『は? いやさっきからお互い普通に怪我はしてんだろ。そっちの反対のほっぺにも小さいのあんぜ』
『…………』

 半信半疑な顔でそっちにも手をやって確かめたスカイラーは、どうやらそれまでの小さな傷に本当に気が付いてなかった。
 急に俯いてハハッと短く笑うと、眉を寄せて何故かこっちを珍獣でも見たみたいに凝視してきたよ。僕はまだ彼の絶対防御を知らなかったからハテナってなったっけ。

 一方、僕たちは悪目立ちしていた。ここが飲み屋街なのもあり喧嘩かとほろ酔いの野次馬たちが退屈しのぎに続々見に来る。
 すると、スカイラーは急にふらふらし出した。
 たぶんこの時の彼にとっては信じられない現象だったせいで、これは現実ではない夢なんだとでも考えたんだろう、こっちが心配して声をかけようとした矢先に倒れた。

『おいっ!? 大丈夫かっ、お……って寝てるし!』

 慌てて支えはしたけど、どーすんのこの人って途方に暮れたなぁー。変な輩に任せるよりはと仕方がないから宿の僕の部屋に運んでベッドに寝かせたよ。
 襟を少し寛げてやって、僕はベッド脇にしゃがむとスカイラーの赤ら顔を見つめた。宿の控えめな照明を受ける彼の輪郭はすっかり幼い丸みはなく成人男性のシャープさだ。

『……もうあんたの中には、昔小さな汚れた猫と過ごした記憶なんて残ってねえんだろうな』

 聞いてみたいけど、聞けない。寝てるから。

「あんたがあの時、僕を必死に助けたいと思ってくれてたのは伝わってたよ。サンキュな」

 すると、耳に煩わしかったのかスカイラーの眉間が寄った。

『ぅうっ……母、うえ……』

 母上? あぁ亡くなった母親の夢を見てんのか。
 彼の母親は、皇帝の息子を産んだにもかかわらず葬儀は皇族扱いではなかったそうだ。皇后によって死後まで不遇の身に追いやられた妃。一般国民の彼女への認識はそんな感じだ。
 綺麗な眠り姫ならぬ眠り皇子は酔いの影響なのか辛そうだ。とは言え起こすような緊急性のある様子じゃなかったからただ黙って見守っているしかなかった。

 ふと目尻に光るものを見つけてハッとする。

 どんな悲しい夢なのか、スカイラーの目尻から滑り落ちる涙を僕は無意識に伸ばした指先で堰き止めて、耳の方に行かないようにした。

 後にこの街には彼の母親の墓があるのを知って、スカイラーがどうしてほとんど飲めない酒を口にしたのかわかった気がしたよ。そりゃ複雑だったよな。

 あの時、僕の耳には何度も母親に赦しを乞う呟きが聞こえていた。スカイラーは自分を身籠りさえしなければ母親は辛い思いをせずに済んだと思ってたらしい。大人になるまでも、なってからもずっと。

『……すみ……せん、母う、ぇ……』

 誰しも人に言えない秘密だったり傷がある。
 世間じゃ優秀だけど冷酷と噂の彼の脆さなんてこの時まで全く想像もしてなかった。
 スカイラーの母親が彼を産んだのをどう思って生きてたのかは最早知る由もない。でも罪悪感に苛まれ涙すら流す彼を見ていたら、僕の口は思わず慰めの言葉を掛けていた。

『もう謝るな、あんたは赦されてるよ。いや、赦すとか赦さないって次元じゃないな。あんたがいたから最初からずっと、たとえ苦しくて辛くて泣いても幸せを感じていたんだよ。生まれてきてくれて出会えて良かったってな。母上さんもあんたのことは何よりの宝物だったよ』

 何て勝手な言いようだと文句を言われても甘んじる。事実僕の勝手な、そうだったらいいなって希望的意見だ。
 それでも何かが軽くなればいいと、起こさないような静かな声で告げてやって涙を拭って頭を撫でた。
 いつかの、僕がされて救いになったストローク。恩返しだよ。

『はは、ぅえ?』

 スカイラーがぼんやりと目を開けていた。
 いっやぁーこん時はマジに凍り付いた。またお前誰だって攻撃されたらたまったもんじゃないからな。あ、因みにスカイラーの剣は回収しておいた。念のため彼からは離してあったけど。
 しかぁーし、スカイラーは酔いのおかげか覚醒はしてなかった。目も潤んでいたからもしかして視界がぼやけていて僕の姿をハッキリ認識できてなかったのかもな。あとたぶん、無防備にも僕を夢の中の母親だと思い込んでいた。
 声を出したら即アウトーッと悟った僕は、震える手でもう一度だけそっと彼の頭を撫でてやった。

 スカイラーは嬉しそうに両目を細めて『はい、母上』と微笑んだ。

 ……………………もう、さ、何だこれ??
 でもここでしくじったらたぶん人生詰む~っと割と本気で思って、歯を食い縛って僕の中にもきっとある慈愛の母性を捻り出した。

 安心してお休みって意味合いで額にキスをしてやったら、スカイラーは聞き分けの良い子供みたいに素直に瞼を下ろしたから綱渡りは成功だ。

 内心ホッとした反面、枕元で真上から寝顔を見つめたまま、本当は起きていたりしないかと淡く期待して待ってみたけど、そこは僕の愚かな負けだった。
 その日は床にごろ寝……なーんてしてやるわけはない。僕が借りたベッドに横になるのは当然の権利だろ。
 まあでも、翌朝は一切を覚えてなかったスカイラーから不審者扱いでメンチを切られてまた攻撃されそうになった。

 何とか頬の傷を指摘したりして昨晩介抱した旨を伝えたら、予想外にも話を聞く姿勢を見せた彼の特異な体質と僕たちの不可解な関係性を互いに知ることになったんだよな。

 その時にはスカイラーへこれ以上罪を重ねないよう直接説得もした。だけど彼なりの理由があって一筋縄じゃ行かなそうだった。ただそうであっても道を正してやるのが本当は優しいスカイラーのためになると信じ、以来構ってほしいのと阻止したいのとで彼の周囲をウロチョロしたんだよな。まるっとガン無視だったけど。

 月天宮を正面から訪ねたこともあったなぁ。グリーンとか言う嫌な奴に門前払いされてスカイラーには一目たりとも会えなかったけど。きっと僕の来訪も知らないだろう。それから何度グリーンからはスカイラーへのアプローチを無にされたろう。腹立たしい側近だよ。
 だったら門前払いされないように奇をてらって突撃してやるかって決めたその予定の日、何とスカイラーたちは月天宮を突如出た。

 ――そのスカイラーと合流して感じたのは、何かが確実に変わったってこと。

 まず、雰囲気が違う。
 加えて、大半の記憶があやふやだなんて下手な誤魔化しを告げられて、僕は密かに彼の中身が別人説を考え始めた。世界にはそんな呪いもあるかもしれない。
 なのに魔力の気配はスカイラーのなんだから混乱した。 
 だから、スカイラーはスカイラーであってスカイラーじゃないのかもしれないけどスカイラーなんだと、自分でも訳のわからない論理で欺瞞するしかなかった。

 漠然と寂しさは感じたさ。でも昔と違うのが嫌だとか非難する気持ちは不思議と少しも起きなかった。

 意外にも正義感に満ちていて、すっげえ頑固で、そして僕に些か厳しいのは以前と同じなスカイラー。

 ふざけてじゃれるのは楽しかったけど、その一方じゃ彼を追いかけるのはやめるべきとも思っていた。

 なのに、気持ちは少しも消えなくて、持て余す感情は前にも後ろにも行けずどうしようもなくなっていたのに、愚かにもアプローチだけは続けた。
 こんなのは半ば自分への裏切りだ、何故なら好きでも僕のスカイラーじゃないから、とずっと自分に言い聞かせて葛藤してたってのに……。

 ――あんたは僕を、猫を覚えてた。

 どうしてだ? わけがわからない。あんたが昔のような優しい眼差しを時々ふと見せるのは気付いてた。でも別もののはずだ。そのはずなんだ。同じ楽器でも演奏する曲が違うみたいなそんな感じで。

 だのに……っ、あんたは、僕のスカイラーでもあるのか?

 僕はあんたを好きでいていいのか? 一分一秒だってあんたに心惹かれるこの気持ちは間違ってなんてなかったってことなのか……?

 こんなの、もう絶対に諦められない。

 ――ともすれば僕はグリーンもいる前でうっかり僕がその子猫だと明かして愛を叫びそうになった。

 衝動を立ち上がるエネルギーに変換して寸前でどうにか思い止まれたのは僥倖だ。後はもうその場には居られず頭を冷やすために部屋を飛び出した。だけど、無様に動揺した真っ赤な顔は見られていたはずで、絶対変に思われた。顔を合わせるのが猛烈に気まずい。
 そう憂慮しつつ、無人の廊下を全速力で駆け抜けながらついつい口元がにやけるのを止められなかった。

「くくっ、ははっ、違うのに同じだったなんてそんなの詐欺だろ詐~欺~! でも……へへっ!」
 
 頭を冷やす時間はどうせならと敵の様子を探る時間にもした。
 そういや、アレクサンダーの手下にもあのタトゥーのある奴がいたな。あれはあるギャング団の証で、人身売買に手を出すそいつらはギャングと言うよりはむしろ裏社会で犯罪依頼を請け負うダークギルドと表現するのが適当だ。

 ただ、僕に呪いをかけた隻眼の魔法使いは、他の団員よりかなり待遇が良かった。

 大体な、この国は違法魔法実験とかその手の悪行への監視が厳しい。それなのに、ガードがガバガバとまでは言わないまでも少なくとも僕がいた半年もの長い間、世間にバレずにいたのは明らかに異常なんだよな。しかも地下室は使われてそこそこ経っている感じだったから、きっと実験期間は半年どころじゃない。

 そこを踏まえると一切合切秘密裏に遂行したスカイラーって純粋にすげーよなって思う。まぁ彼のだってやったら駄目なことだけどな。

 話を戻すと、隻眼の魔法使いに関してはこれまで調べた範囲で見ても、一人だけ大きな屋敷を持っている、研究その他の資金源が不明等々、未だ背後関係がハッキリしない部分が多かった。

 ただそこも、影響力のある誰かがバックにいて上手いこと庇っていたなら納得できる。

 残念なのは、冒険者仲間と突入した時にはもう件の屋敷はもぬけの殻だった点だ。アンラッキーにも僕たちが訪れた数日前に出て行ったようだった。また別の場所で違法実験を始めているかもしれないと想像すれば苦いものが込み上げる。

 だからこそ世のためにも必ず取っ捕まえて裁きを受けてもらうぜ……って、そう密かに誓って行方を捜してもいた……んだーけーど~~お?

 諜報活動の基本と気配を消して動いていた僕の視界に、前方の通路を横切る黒服の数人の人影が現れた。

 やや開いた物理的距離と気配消し魔法のおかげで向こうはこっちには全く気付かない。こう言う時近いと魔法に敏感な奴は気付くから用心だ。例えばスカイラーとかスカイラーとかスカイラーとか。

 ふぅん、へぇー、あはっ、それにしても何て偶然だよ。

 黒服のうち一人は知っていた。

 何年経とうが忘れない。

 記憶よりも老けたな、隻眼の魔法使いさんよ。

 嗚呼、良くも悪くも人の縁とは奇なり。

 彼らが過ぎ去るのをよくよく待って改めて廊下をしかと踏み締める。
 今日この宿には一般客はいない。
 いるのは、宿の人間を除けばアレクサンダーの会合相手、つまり奴の配下のみだ。何だよ、皇子と会うからってあのダッサイ黒装束じゃなく紳士っぽく黒のフロックコートでおめかしか?

「はっ、ようやく答え合わせができたな。道理で隠蔽もできて羽振りも良かったはずだ。クズ皇子の手下ならな」

 おかげですっかり頭も冷えたので、そろそろスカイラーの部屋へと戻ることにした。 
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