凡人は美形悪役に転生するもんじゃない

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18 おまけ話2前編 魔物卵と浴室の魔法陣

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 俺、スカイラー・ヘルスは正真正銘の帝国皇子だ。
 故に、婚姻一つ取っても帝国民からは注目され、相手も当然注目の的になる。
 そんな俺の結婚となれば、本来なら大聖堂で盛大なる結婚式が執り行われ花弁の舞う中で招待客たちからの祝福と拍手喝采を浴びていたことだろう。
 だがしかし俺は、俺たちは、結婚式を挙げていない。
 婚姻そのものや挙式の有無について、父である皇帝も何も言ってこないのでよしとしている。

 それから、俺が宮殿から幽霊屋敷に引っ越したことにも何も反応はない。沢山いる息子のうち一人が親元からようやく独立したとしか感じていないのかもしれない。
 彼は次代を考えるにはまだまだ壮健だから、息子たちには暫く好きに人生を過ごさせるつもりなのかもしれない。……自分の死後は知ーらない、自由に後継者争いをしておくれーと考えていたらどうしような。健在な間によくよく経験を積んでおけよと言う意図があるのかどうかも不明だ。

 他方、あの腹黒ああいや黒幕……どちらでも当て嵌まるか、その皇后はきっと画策しやすくなるわしめしめ、とほくそ笑んだだろう……が、生憎最愛の長男アレクサンダーが宮殿にと言うか帝都に寄り付かなくなってしまって元々の思うようには行っていないだろう。
 俺との取り決めで各地の異常をメテオロスと解決して回ってくれているから忙しいのもあるんだろうが、たまに戻ってきて俺に報告をする際の雑談の中で、ギャングと密かに繋がっていた皇后に思う所があるようなことを言っていた。はは、皇后ざまあ~。
 まぁ、母親へ不満感なり不信感なりを抱いていようと、当人同士で折り合いを付けていくしかないだろうがな。
 俺と実際に対峙したみたいにさ。
 アレクサンダーのことを脇に置いておくとしても、俺も以前より宮殿を空けるからと良いように追いやられるつもりはない。

 話を戻すと、皇帝とスカイラーは元々心の繋がりの薄かった父と子だから、婚姻当初は何か……例えば婚姻無効とか廃皇子だとかいちゃもんを付けてくるかもと、正直七割方その可能性があると俺は踏んでいて、それなりの緊張感を持って日々を送っていた。しかしながら結局何事もなかったのもあり、もう俺もさして気にしてはいない。

 正直本当に、次期皇帝にならんと欲する皇子なら跡継ぎを設ける必要もあるから、いやそう言った風潮がなんの疑問もなく手堅く普通にあるから、俺とブラッキーとでは子供を作れない以上、将来的に別れるか側室を娶って子供を産ませるかしろと迫られるかもと懸念していたのに、今のところそれもない。
 良かったと言えばそうだし、音沙汰のない分逆に不穏とも言える。

 それでも、先日の皇帝の生誕舞踏会には俺はブラッキーと二人揃って招待を受けて出席した。
 ブラッキーを公式に社交界にお披露目する場でもあったそこで、俺はブラッキーと並んで皇帝への贈り物を手渡しすると祝いの言葉と恭しい一礼をしたっけ。

 因みに贈り物は、ガーデニングを密かな趣味にしている皇帝のためにさくっと休日プラントハンターをして採ってきた激レア植物だ。

 皇帝ご用達の店でも扱っていないとされる市場にはほとんど出回っていない代物でもある。何故に植物をと思うだろうが、何故なら皇帝ともなれば宝飾品は見飽きるくらいに持っているだろうからな。奇を衒ってみたんだよ。異色な贈り物をしてきた息子へどう反応するかを見たかったのもある。

 細かなところを言えば、皇帝は贈り物を受け取ってその場で開いた際に少し驚いていたが、そこはまぁスカイラーからまさか植物を贈られるとは微塵も思っていなかったからだろうな。ま、何にせよ表面的には不愉快そうにしたりはせず一切不自然なところはなかったと思う。
 皇帝の宮殿で開かれた盛大な夜会は無事に終わった。

 それにしても、子供か。
 俺は男だしブラッキー一筋だから、余所から養子を迎える可能性を考えたことはある。

 しかしまだずっと先の話だよなぁ、なんて呑気に構えていた。
 あと、この世界はオメガバースもないから出産とは縁ないだろう、とも。

 だが……人生は、いやこの世界は実に不可思議に満ちているんだと俺は身を以て知ることになった。
 なーんて、前置き長いな俺!





 まだ夏の来ない帝都の春。爛漫。
 街中には暖かな太陽光が降り注ぎ、人々の頬は寒さからの解放に緩んでいる。俺たちの屋敷にも爽やかなそよ風が渡っていく。
 だがしかし、俺の頬は緩むどころではなくなっていた。
 額に汗が滲む。

「うっ、うっ、生まれるーーーーっっ!」
「気を確かに持てっ、しっかりしろスカイラーッ!」
「スカイラー様ここは踏ん張り所です!」
「ううぅっ、ブ、ブラッキー、グリーン……俺……もう駄目かもしれない……力が、抜ける……」

 ベッドに横たわる俺は励ましをありがたいとは思いつつ、半分は投げやりだった。服の上から自らの腹部の盛り上がりを抱え込むようにして顔を歪める。

 白いくるくる巻き毛ウィッグの古い服装をした青年幽霊、名をノンレイスと言うらしいが、本名かは定かでないそいつまでが気掛かりそうに天井付近から俺を見下ろしている。
 ……正直まだそちらの仲間入りはしたくない。

「もし、俺が生まれてくるこいつに食べられたら、それか俺が俺でなくなる気配が見えたら、その時点でどうか俺を楽にしてくれ」

 エイリアンの子供が母体を食べたり、産み主に寄生して操ったりなんてB級映画じゃよくある展開だ。この場合はエイリアンではなく魔物だが。

「俺さ、最後にお前らに見守られて、幸せだったよ……」

 ガチガチの恐怖で頬が強張る俺は涙目で時に頼りになる二人を交互に見据えた。
 腹の膨らみが俺の意識とは関係なしに前後左右に揺れて、服の上からこれ以上動くなとより力を入れて両腕で押さえた。

 刹那、聞こえた。

 ピキピキピキ、ピシピシピシ、と服の下から卵の殻の割れるような乾いた音が。

 いや、ような、ではない。
 まさに卵の殻の割れる音だ。正確には大きくヒビの入る、な。
 服越しにとは言え固い表面を触っているからこそそうだとわかる。小さな亀裂だったこれまでとは違う本格的な亀裂だ。
 とうとう来るのか、キシャーッと!?

「あぁ、さらばこの美形人生……っ」
「スカイラー頑張れ、あんたには常に僕がついてるって忘れるなよ!」
「スカイラー様、この私めが大丈夫だと言ったら大丈夫なのです! ですから一人で諦めないで下さい!」

 うぅっ、お、おまいら~っっ。だがしかしエイリアンもとい魔物が生まれ出たら対処の間もなく俺はパクッといかれるだろうな。パニック映画序盤で最初にいなくなるド脇役みたいに。
 くっ、元ゲームでは主役とタメを張れる悪役だったが、この世界では実はそんなに目立たず消える定めなのかもしれない。いっそ気を失えば何も感じない?

 古風な幽霊が素早く羊皮紙に「案ずるな、魔物だろうと卵の殻は土壌の養分になる」とか完全に明後日なコメントを書いてきて、魔物が生まれたら庭の花壇に撒いて利用しろって、さも俺が生き残るのを当然として主張してきた。ははっ何て皮肉だよ、幽霊に生への希望を諭されるなんてな。気は紛れたが。

 でもな、結構体力が限界なんだ。気力でカバーできる範囲を超えてるんだ。
 この卵は殻の内側分だけでは足りないのか、俺の魔力をも糧にしていて朝も夜も僅かずつ魔力チューチューしている。
 まさに寄生されて養分を吸われている。
 一際大きく殻の割れる音が上がる。

「あぁっ!」

 一層多くの魔力を奪われ気が遠くなった。あ、もうダメ……。

「「スカイラー(様)!!」」

 二人の声に重なるようにして、ついに屋敷の寝室内に人のものとは思えない絶叫が大きく一つ響き渡った。





 そいつは、俺の腹で生まれた。
 正しくは、俺の腹の「上」で。
 リームケーユの源泉で拾った魔物の黒い卵が、本日ついに孵った。

 それで、どうして俺はたぶん白目を剥いて失神したのかと言うと、話はほんの三日前に遡る。

 通勤先たる月天宮から自宅たる幽霊屋敷に帰宅した俺は、冒険者として近隣のクエストをこなして先に帰っていたブラッキーから「今日は先にごはんにする? お風呂にする? ……それとも僕?」とか何とかわざとらしくしなを作りながらのふざけた唆しをされて「風呂かな」とお疲れモードで割とマジ回答をした。

 厄介な古狸たちとの会議の後で珍しく相手にする余裕のない返答になっていたせいか、ブラッキーは案じる面持ちになると甘えてはこずにバスタブに湯を張ってくれた。
 屋敷は広く大きな浴室もあるが、この日は一人用の猫足のバスタブで十分だった。そもそもブラッキーは水の多い広い風呂は好きじゃないからあまり使用頻度は高くない。

「ホントは一緒に入りたかったけど、かなり疲れてるみたいだからな、まずはゆっくり体を温めて血行促進して疲れを溶かせよ」
「あぁ、背中流してくれてありがと。お前だって疲れてないわけでもないだろうに」
「へへっどう致しまして~。こっちの心配はいいから早く回復しろよ? 僕はいつも体力の半分も使ってないからな~……夜がメインだし」
「ん? 最後のところよく聞こえなかった」
「へへへ~夕食のメインディッシュは僕があーんで食べさせてやるからな」
「はは、そこまではいいって…………って、あぁはいはい拗ねるなよ、期待してます」

 自らで夕飯のセッティングもするつもりらしいブラッキーが機嫌を直して浴室から出て行くと、俺は俺でバスタブの淵に背中と頭を預けて上向いてホッと緩んだ溜息を吐き出した。

「いい湯だな~」

 ぼんやりと幾何学的模様の施された洒落た天井を眺めていると次第に眠くなってきた。

「んん~? 何かあそこだけ線が欠けている気が……」

 眠かったものの何だか気になった天井のせいで頭が冴えてくる。視界に収まる天井の模様は誇張でなく幾何学的で精緻、パソコン画面に出てくるようなフラクタル図形のワンショットをまんまそこに嵌め込んだようだった。

 ただその一部に足りない線があった。自分でも良く見つけたよと感心する。劣化或いは建造当時の職人のミスだろうか。万人の目にもさぞや美しく映るだろうと感じたからこそ、俺は唯一の瑕疵が妙に残念に思ってしまった。

「んー、あそこにこう一本付け足せばー……よし、完璧」

 本気で建築物を修繕して模様を完成させようとしたわけじゃない。ただちょっとした自己満足で魔法を使って天井に線を引いた。あたかも曇ったガラスに指先で落書きをする、そんなような感じで。
 ほんのそれだけのことだった。

「う!?」

 直後、天井が一瞬とても眩しく光り、俺は反射的に目を瞑ってしまった。
 ややあって薄ら瞼を押し開いてパチパチパチと瞬きした俺は一体何が起こったのかと天井を含めた室内を見回したが、これと言って特に何も変わった様子はない。
 ちゃんと天井には俺が線を引いた跡もある。

「今の何だったんだ……?」

 疲れているせいで変に目がチカチカした可能性も否定はできない。もう少しだけ息を潜めて変化の有無を窺ってはみたものの、何も変な感覚は抱かなかったのでふぅーと安堵にも似た溜息を吐き出した。再び温かな湯で心も体もリラックスだ。

「はぁ、マジで気持ち良くて寝そうだから注意しないと」

 あんまり長湯すると心配して見に来るブラッキー君がいるからな。
 もう一人、古風幽霊ノンレイスも実はかなり心配性で前に長湯した時に覗いてきた。まぁ今思うと案じ半分下心半分だったようだが。エロ幽霊には二度と覗くなと厳命したので今回はきっと大人しくしているはずだ。さもないとブラッキーに即浄化される。
 ノンレイスはカミさんに逃げられた以外で何か大きな未練があるようでもないのに、成仏は望まず幽霊でいたいらしかった。ま、人それぞれ、幽霊だってそれぞれだ。彼は古代の魔法使いらしいので、その関係で幽霊としても長生き……と表現していいのかは微妙だが、とにかくこの世に健在だ。
 本音を言うと、ノンレイスには本当にブラッキーの浄化魔法が効くのかどうか少し懐疑的だったりもする。巷の噂で恐れられていたような悪霊ではなさそうなので構わないでいるが、願わくは俺がいつかこの屋敷を引き払う日まで無害な幽霊でいてほしいものだ。

 つらつらとそんな物思いに耽っていた俺は完全にリラックス状態だった。
 だから収納指輪の微動にも気付けたんだろう。

「ん……?」

 ふっと意識して内部のアイテムの状態を確認。

 一つ、奇妙な点があった。魔物の黒い卵が独りでに震えていた。

 今まで大人しかったから存在を忘れかけていたが、死んだ卵ではないならいつかは孵化するはずで、しかも源泉の温度を維持したまま収納したので卵内部は今日まで着々と生物の形を育んできたに違いなかった。

「一旦外に出して直に様子を見てみるか」

 俺はそう軽く考えて卵を出すと両手に掲げ持った。愚かにも。

「ぅあっち!」

 完全にうっかりしていた。卵の沈んでいた源泉の温度帯は人間が素手で触ると火傷するくらいに高温だったのに。反射的に手を離してしまって湯船にぼっちゃんだ。
 スカイラーの防御力のおかげで火傷を負ったりはしないが、感覚として熱い冷たいは感じるんだよ。触った物体の状態把握は必要だから便利と言えばそうだ。
 ただ熱さを感じるからには入浴中の裸体の上に落ちてもあっちっちってなわけで、俺はバスタブの端に寄って全力で卵を避けた。
 幸い焼け石を水に入れた時みたいにジュワーッブクブクと沸騰したりはしなかったが、ゴン、とバスタブ底に当たり結構な音を立てた。

「げっやばっ、わ、割れた……?」

 割れていたらゴメンなと口にしながら眉を下げて慎重に見下ろせば、殻が分厚いのか魔物卵なだけに頑丈なのか割れてはなさそうで胸を撫で下ろした。ついでに言うと、温泉でのように湯に黒い色を付ける様子もない。湯船の温度も急に上がるようなこともなく、その点にもホッとしつつ俺はもう一度指輪にしまった方が無難だろうと手を伸ばした。

 次の瞬間だった。

 水底の卵が自らで飛び跳ねたのは。

「へ?」

 取り落とした俺を恨んでなのか、狙ったようにこっちへと。

「え? は? お?」

 ――ぅぎゃあああーーーーーーーーっっ!!!!

 浴室内に、いや屋敷中に響き渡るくらいのいつにない声量で俺は悲鳴を上げていた。

「――スカイラーどうした変態幽霊が覗いたのかッ!?」

 おそらく浴室から離れた部屋にいただろうに、程なく俺の声を聞き付けてブラッキーがバンッと扉を破る勢いで駆け込んできた。

「……って、は? ええーとそれ何がどうなってんの?」

 すぐに切迫感の霧散したブラッキーは眇めた顔付きになってこっちを見つめた。怪訝と不可解と、そしてどこか面白がる色がその目には滲み出ている。

「笑うな。俺だって困惑しているんだ」

 全裸でいるのも嫌だからと腰にタオルを巻いただけの俺は、大きな大きな溜息を落とした。
 魔物卵はもう全く熱くはない。直前までは確かに源泉の温度に同期していてホット卵だったのに、まるで俺の体温に合わせて熱さを調節したみたいに温い。
 なら熱くもないのに俺は何故に悲鳴を上げたのか?

 ……卵がさ、俺の腹にさ、手品のようにピタリとくっ付いたからだあーっ!

 磁石のN極S極がくっ付く感じにも似ているが、明らかに異なる。俺も卵も磁石ではないのと、引っ張っても離れない点で。
 マジでわけがわからないんだが!?

「ブラッキー、冗談抜きにヤバいかも。これ引っ張っても取れないんだよ……」
「え……? マジ……?」

 浴室内に沈黙が流れた後、俺の第二の悲鳴が上がった。

「いってぇえええーっ、無理無理無理無理無理だって取れないって腹剥がれるーーーーっ!」

 浴室をロックし、使用人たちには決して覗くなと厳命したブラッキーが、俺の腹にくっ付く卵を両手で掴んで綱引き宜しく引っ張ったものの、絶対に取れない接着剤ででもくっ付いているかのように卵は離れない。しかもブラッキーが引っ張る度に俺の腹ごと引っ張られるから皮膚が剥がれそうで、涙目の俺は現状では卵を引き離すのは断念した。だって本気で猛烈に痛かった。痛いのは嫌だ。ブラッキーも俺を心配してとりあえず様子見で意見は一致。

 幸いややウエスト位置を下げる不格好にはなるがパンツもズボンも穿けたから良かったよ。上は大きなシャツを羽織るか妊婦さんみたいなゆったりした服を着るか選択肢があるが、まだ春で朝夕は冷えるしシャツの前を全開にしたまま屋敷をうろつくような破廉恥な主人にはなりたくない。

 そんなわけでブラッキーが調達してきたゆったりした服を頭から被ったわけだが、浴室からようやく姿を見せた俺を見て、何事かと案じて浴室近くの廊下に集まっていた我が家の少ない使用人たちは目を丸くした。

「でっ殿下!? いつの間に臨月に!?」
「へ? いや違…」
「まさか魔法で隠していらっしゃったのですか!?」
「だから違…」
「こうしてはいられません、産着をすぐにでもご用意致します!」
「違うから皆落ち着けえっ!」

 叫んでどっと疲れた俺は、後ろから遅ればせ出てきたブラッキー共々この件に箝口令を敷いた。

「あーくそ、源泉で見たあの日のうちに調べ始めてれば、何か手立てを思い付いたかもしれなかったのに……っ」

 ブラッキーは魔法理論や構築知識に明るくても魔物にはそこまででもないのを悔しそうに嘆き、認識が甘かったと己を後悔していた。ブラッキーに落ち度は一ミリもないのにな。
 しかし自分以上に深刻そうにするブラッキーを前にしていたら、かえって気が軽くなり前向きになった。

「お前のせいじゃないんだし、まぁそのうち何とかなるだろ。そんな悩んだ顔するなって、折角のイケメンが台無しだぞ、な?」
「嫌だよ、こんな邪魔なもんがくっ付いてたら、スカイラーを抱きしめられないだろ」

 俺のご機嫌取りは大して功をなさず、ブラッキーはむつけたような面持ちで正面から両腕を回してきた。

「ほら。すっっっっっごい邪魔」
「あー、これは確かにつっかえるな。割れたらってヒヤヒヤするし」
「それは心配ないぜ。割れるならその方がいいと思ってさっきも力入れて試したけど全然ダメだった」
「おいいーっんなこと試すな!」
「……だってバックからばっかじゃ盛り上がらないだろー」
「おいいーっ!」

 皆の前で何て意味深発言をしてくれてるんだこいつは!
 俺は咳払いしつつ羞恥に赤くなったが、ブラッキーは近いうちに魔物の論文やら事典を取り寄せようとか何とかやる気になっていた。くっ何てマイペース!
 まぁいいが、俺のために余り根を詰めないでほしいとも思った。

 その日の夜更け、箝口令を敷いたにもかかわらず側近のグリーンが屋敷を訪れた。

 優れた情報収集能力に感心していると、何のことはなかった、ブラッキーが通信魔法で伝えたらしい。……何だかんだで二人は仲良いよな。当人たちは絶対に認めないだろうが。
 この件に関しては、腹に直にくっ付いた卵がどうやっても取れないなんてコントのような展開に、さすがの独占欲MAXのブラッキーも自分一人だけでは解決できない可能性を危惧したようだった。

「急ぎ宮殿図書館の主要な文献を当たってみましたけど、魔物卵がそれ自ら人体と接着した例はついぞ見つけられませんでした」

 屋敷書斎に通したグリーンからの報告に書斎机に陣取る俺は内心で「だろうな」としか思わなかった。予想通りだ。世の中にそんな卵がほいほいあって堪るか。

 因みにブラッキーはグリーンの前だからか俺のすぐ脇で机に浅く横座りしてお行儀悪くしている。向こうの椅子に座れと注意したが駄目だった。

「ところでスカイラー様、もしや具合がお悪いのですか?」
「あー僕もそう思った。さっきから顔色が悪い。あんたが全然平気そうにしてるから様子見てたけど、その卵実は相当重くて疲れたとか? それか湯冷めした? 今すぐにでも僕の体で温めてやろうか?」
「ちょっとブラッキーあなたねえっ! この私の前でよくもぬけぬけと!」
「へへ、羨ましいだろ~?」
「キーッ!」

 おいおいどこの修羅場だよ。内心で嘆息した。

「重さはほとんど感じないが……、しかし顔色悪いのか俺? 別に寒くもないし気分だって悪くな……い?」

 椅子に座っていたが、急にぐらりと目か回った。
 うわ、立ちくらみみたいな感じだなこれ。無自覚な過労で貧血を起こしたのか俺? 体に力が入らない。

「スカイラー!」

 即座に傍で支えてくれたブラッキーがとても慌てた様子で見下ろしてくる。グリーンも机を回ってくると傍に膝を突いた。

「どこが痛いなど、何か症状はございませんか?」
「それはないが、何か妙に力が抜けるんだよ……」

 二人は深刻そうに俺を見つめたが、ブラッキーが何かに気付いたように眉根を寄せると服の上から卵を手で押さえて顔を嫌そうに歪める。たぶん卵を探っているんだと思う。

「まさか、スカイラーはこの卵に魔力を吸い取られてるのか?」
「何ですって!?」
「あー魔力を……なるほどなぁ、だからこんな風になったのか。ははっこいつは吸血ならぬ吸魔力魔物だな」
「スカイラー様笑い事ではありませんよ!」
「そうだよスカイラー。ちょっと待ってろ、今魔力回復薬取ってくるから」
「ああ、宜しく頼む」

 理由がわかれば半分は安心ってわけで俺はブラッキーが取ってきた回復薬を服用した。
 ただし、定期摂取しないと俺の魔力が枯渇して命に関わるだろうとの見立ては、俺たち三人全員と屋敷幽霊ノンレイスで一致した。
 ああうん、何か気付いたら書斎に幽霊も居たんだよ。最早観葉植物レベルでそこに居ても気にならなくなっているんだが……。

 そんなわけで公務も休養と称して暫くは余程スカイラー皇子でないとならないもの以外はグリーンに任せて三日、寝室で安静にしていたという次第だった。

 しっかしあのまま体調不良だからとただ横になって何も対処していなかったらと思うとゾッとする。もしかしたら今頃は魔力枯渇したミイラ人間になっていたかもしれない。
 マジでノンレイスの同胞として宜しく先輩って挨拶していたかもしれないんだ。
 それか、単に魔力がゼロになって魔法使いではなくなっていたのかもしれないが。

 とにかく、自転車操業も同然の魔力維持で以て俺はとうとう終に魔物卵の孵化に直面した。望まずも。

 あと、変なものはもう拾わないようにしようとの良き教訓を得たよ。
 それから、命が助かったとして、俺は考えなしにもキシャーな魔物を帝都に連れてきた咎で糾弾されるかもしれない。この件が世間にバレれば確実にそうなるな。ブラッキーは卵を捨て置けと言っていたのにな。
 はは、不用意な行動のせいで厄介事が降りかかるのは自業自得でしかない。……なのに、それなのに何でなんだろうな、不思議と後悔は感じないんだよ。
 無事に魔物が生まれたら、どこかの深山にテレポートさせて人目に触れないように生きてってもらうとか、卵の保護者としてできることはしてやろうと思うんだ。

 俺も無事に日常に戻れたら、の展望だがな。
 ううぅっ、ああくそ猛烈に目が回るうぅぅ~。

 ――暗転。
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