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第九話 グリム、無双する
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「進めい! 全ての木々をなぎ倒し、道を作るのだ! 後続軍が楽に通れるようにな!」
「はっ!」
人国の先遣部隊が険しい山々を登り、木々を切り倒していく。魔国最後の拠点へと向けて進撃するための足がかりとなる道を作っているのだ。
その数なんと一万。道を作る先遣部隊だけでその数だ。
先遣隊が道を切り開いたその後、人国軍は、第一軍から第十軍で構成される部隊で攻め込む予定である。
各軍十万、第十軍のエリック国王率いる本隊はそれ以上の数。
計百万オーバーの大軍勢での出兵である。
ただ、その出兵は思うようにいかなかった。魔国側が妨害工作を行ったからである。
「あーあー、自然破壊もいいかげんにしてよね!」
「曲者! 逃がすな!」
変身魔法を使って敵軍に忍び込んだリリスが兵糧を焼き払う。
「命よ。万緑に眠りし力よ。その眠りから目覚めて今一度生命の息吹を」
リリスが先遣隊を混乱させている間、シルヴィアは禿山となった山で魔法を発動する。
破壊された木々は、シルヴィアの放つ大魔法によって一瞬にして復活していった。
「もう時間稼ぎは終わったから。それじゃあね~」
「くそ! 逃がすか淫魔め!」
「おい! 木が生えているぞ!」
「嘘だろ!?」
リリスとシルヴィアの工作活動によって、人国側は道を作ることもままならず徒に時を費やすことになった何ヶ月もそのような状態が続くことになる。大山脈の自然の要害を生かしたシルヴィアたちの防衛戦術を前にして、人国側は手も足も出なかった。
シルヴィアたちにかかれば人国側の兵士を全滅させることなど容易かったが、そうはしなかった。シルヴィアが人を殺すことを嫌がったからである。
母となったシルヴィアは、命に対してより慈悲深くなっていた。それに影響されたグリムも、なるべく人を殺さないという方針をとることにした。
元々優しかったシルヴィアはともかく、大の戦闘狂だったグリムがそのように変わったのは信じられないことである。結婚して子が生まれると、人は変わるものである。
人国側はそんなシルヴィアたちの配慮を完全無視する。
人死にがほとんどない(シルヴィアたちの行動関係なしに行軍中や伐採中の事故等で死ぬことがあるのでゼロではない)のをいいことに、侵攻計画を諦めなかった。
業を煮やした人国側は、先遣隊の数をどんどんと増やしていくようになった。先遣隊の数は十万、二十万と徐々に膨れ上がっていく。
数年も経つ頃になると、大山脈の麓には新たに町が開拓されるようにまでなった。
魔国最後の拠点侵攻は、人国の数年がかりの国家的プロジェクトとなったのである。人国側は本気で魔国を潰す気でいるようだった。
それでもシルヴィアたちはなるべく人を殺さないように頑張った。魔国側の力を思い知らせて、攻略を諦めさせるべく、非破壊的手段によって人国の軍勢の侵攻を阻んだ。
だが人国側は人死にが出ないことをいいことに、侵攻を諦めなかった。いたちごっこが続く。
いつまで経っても山越えすらままならないことに業を煮やしたのか、やがて人国側は思い切った手段に出ることになる。
「大変よ! さっきから人国の大軍勢が我々の拠点を取り囲んでいるわ!」
とある日の早朝。リリスが慌てるように報告を伝えてきた。
「何!? どういうことだ!? 人国は山越えすらままならなかったのではないのか!?」
「それが転移してきたみたいなのよ! 一瞬で現れたわ!」
人国軍の突然の襲来。
人国軍の撃退にも慣れ、もう朝昼晩の日課のようになった作業に気負うこともなくなり家族揃って呑気に朝食を囲んでいたシルヴィアたちは、仰天することになる。
「とにかく様子を見に行くぞ!」
「ええ」
慌てて外を確認しに行く一同。
拠点の周りには多くの軍勢が取り囲んでいた。
「おそらく、大転移の魔法を使ったのでしょうな。だがあの魔法を使うには膨大な生命力と魔力がいるはず。人族でそれを扱えるなど、シルヴィア妃でもなければ無理なはず。となれば……」
「人柱ですか……」
ボルボックス爺の分析に、シルヴィアが暗い顔で答える。
「左様。数万単位の人間の命を砕き、転移してきたのでしょうな」
「なんとも惨い……」
人国軍は数万単位の人柱を使い、大山脈を一気に超える魔法を使って進撃してきたというのだ。
人国側の恐ろしいまでの執念を感じ取り、一同は言葉少なになる。
「とにかく迎え撃たねばな。ここまで来られた以上、人死にはなしなどと甘いことは言っておれん。犠牲を払っている以上、向こうも必死だ。シルヴィア、お前は下がっていろ。お前に同族殺しなどさせられん」
「グリム、ですが……」
「安心しろ。なるべく殺しはせん。向こうが立ち向かってくるならば話は別だがな。リリス、シルヴィアを頼んだぞ」
グリムはリリスにシルヴィアを預けると、ただ独りで戦場に向かう。
百万の軍勢に独り立ち向かうグリムであるが、その顔には悲愴感など微塵も感じられなかった。
「おー、おー、うじゃうじゃとおるわ」
拠点を取り囲むように百万もの軍勢が待機していた。一斉攻撃の機会を伺っているようだ。
そんな百万の大軍勢にも怯むことなく、グリムは戦場に立って声を上げる。
「人国軍よ聞けい! これより進むことは許さぬ! 一歩でも進めば命はないと思え!」
グリムは声を張り上げ、全軍に聞こえるように最後通牒を突きつける。
「アハハハハハ!」
そんなグリムの言葉を、エリックは笑い飛ばす。
「何を強がっておる! 我らが百万の軍勢に恐れをなしたか! 者共、かかれ! 魔族を根絶やしにしろ! 魔王を討った者は将軍として取り立ててやるぞ!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
エリックの声が魔法によって拡声されて全軍に伝わる。
各軍が雄叫びを上げながら進撃してくる。
「いいだろう。あくまで戦おうと言うのなら臨むところだ」
グリムは亜空間から大斧を取り出す。その斧を手に取り、斧に大量の魔力を篭めて大きく振りかぶる。そして、それを思いっきり振り下ろした。
――ドガァアアアアアアアアン。
地を切り裂くような衝撃波が地面を伝わり、人国軍の軍勢を切り裂いていく。
グリムのたった一振りによって、第一軍は半壊、第一軍の主だった将兵は討ち死にすることになった。
シルヴィアと馬鹿みたいな訓練を繰り返してきた今のグリムは、馬鹿みたいな力を身に着けていた。
歴代の魔王を遥かに超えた力を身に着けるようになっていたのだ。歴代の魔王全員が束になっても勝てないくらいだ。
人国軍は魔王グリムの力を過小評価していた。百万どころか、普通の兵を一千万、一億集めたところで意味はない。
聖女以外で魔王と対等に戦える人間などいない。その聖女は魔王の妻である。魔国側の戦力である。
つまり、人国はどうやったって魔国には勝てないのだった。
「へ?」
「何だあれ……」
雄叫びを上げて進攻していた人国軍兵士が、一斉に口を閉じて足をとめた。
グリムの力を見てそのまま引き返していくかと思いきや、そうはならなかった。
「怯むな! 今のは第一軍の魔道部隊が魔法の発動に失敗して引き起こした事故だ! 臆せず進め!」
エリックの声を受け、人国軍は進撃を再開する。
「まだ歩みを止めぬか。ならばもう一度くらうがいい。目を覚まさせてやろう」
グリムがもう一度斧を振りかぶって下ろす。すると今度は第二軍が半壊し、その主だった将兵が討ち死にすることになった。
同じことが二度繰り返されれば、人国軍もようやく気づくことになる。
あれは魔王がやったのだと。自分たちが立ち向かおうとしている存在の大きすぎる力を認識して、兵士たちは恐怖に震える。
「何をしている! 怯むな! 進め!」
エリックの命令を受け、人国軍は進撃を再開する。
兵士一同、恐怖に顔を引き攣らせるものの、進撃をやめることはない。
「何故引かん。ええい、止むを得まい!」
進撃をやめない人国軍を前に、グリムは斧を何度も振るっていく。
三度目の攻撃で第三軍が半壊し、四度目の攻撃で第四軍が半壊した。五度目、六度目――と繰り返していき、十度目の攻撃で、全ての部隊が半壊することになった。
つまり、勝敗は決した。人国軍の完全敗北である。
「怯むな! 第十軍以外は突撃せよ! 第十軍が撤退する時間を稼げ!」
エリックは慌てて撤退していく。
エリック率いる本隊は撤退するが、他の部隊には玉砕を命じてから去っていく。残る部隊は、悲壮な覚悟を決めて突っ込んでいく。
「何故引かん。恐怖に戦きながらも何故戦うのだ?」
勝てない戦いだというのに死兵となって魔王にくらいつく人国兵士たちを見て、グリムは首を傾げる。
以前戦った人国の兵士はここまで勇敢ではなかったはず。いやこれは勇敢とは違う。どちらかと言えば恐怖。恐怖に突き動かされて戦っていると気づく。
「いったい何だというのだ?」
グリムは雑魚相手の戦いに喜びも感じられず、ただただ作業として敵を屠っていく。無闇矢鱈に命を奪うことに不愉快さを感じながらも、敵を屠っていく。魔族の領土を蹂躙させるわけにはいかないからだ。
「うぉおお! 人国万歳!」
人国の兵士たちは泣きながら突っ込んでくる。
「何故引かん。どういうことだ?」
「何か事情があるのでしょうね」
「シルヴィア、来たのか。俺様に任せておけばよいものを」
「おかしな事態になっているようですから。黙って待機しているわけにはいきませんでした」
いつの間にか、グリムの脇にはシルヴィアが立っていた。グリムが攻撃を止めないのを感じ取って飛んできたようだ。
「いったいどうしたというのです? そこまでして戦う理由を、私たちに教えてくださいませんか?」
「聖女様……わかりました」
シルヴィアは敵軍の説得にかかる。
ある兵士はシルヴィアの話を受け入れたようで、ゆっくりと近づいていく。
だが……。
「死ね! この裏切り者の聖女が!」
「ッ!?」
その兵士はシルヴィアの近くにまで行くと、身体に巻きつけていた爆弾のようなものを炸裂させた。自爆攻撃である。
「シルヴィア!」
魔王が咄嗟に庇う。シルヴィアはノーダメージだったが、魔王は少なくないダメージを受けた。
ただ、どうということはない。魔王のその傷はすぐに回復していく。
「あの程度の攻撃、大した傷など負いませんのに」
「それでもだ。お前に傷を負わせる奴など俺様だけでいい。俺様以外に傷などつけさせん」
「グリム……」
グリムの愛を感じ取って幸せな気分になったシルヴィアであるが、目の前の惨状を思い出して、そんな気分は一瞬で吹き飛んだ。
「シルヴィアを傷つけようとしたこと、万死に値する。お前ら、覚悟はできているだろうな?」
グリムは獰猛に笑う。するとその狂気にあてられたのか、人国の兵士の一人が叫ぶ。
「やるしかないんだよぉ! 俺たちは!」
「やらなきゃ人質になってる妻子が殺されちまうんだ!」
「勝てなきゃ戦死するしかねえんだよぉお!」
「この光景だって見られてんだ! 国王様の命に従って死ぬしかねえんだよ!」
「いくぞみんな! 憎き魔王と裏切り者の聖女を殺せ!」
「うおおおお!」
一人の男が叫んだのを皮切りに、大の男が次々に泣き言を言う。そして決死の自爆攻撃を繰り広げていく。
程なくして攻撃は終わるが、残ったのはグリムとシルヴィアのみ。その場にいた人国の兵士たちは全員が玉砕して果てた。大地には夥しい数の骸が散らばっていた。
「そういう理由だったのか」
「そんな……人質をとっているだなんて……」
国王エリックのとった余りにも非道な手段に、グリムとシルヴィアはしばらく黙るしかなかったのであった。
「はっ!」
人国の先遣部隊が険しい山々を登り、木々を切り倒していく。魔国最後の拠点へと向けて進撃するための足がかりとなる道を作っているのだ。
その数なんと一万。道を作る先遣部隊だけでその数だ。
先遣隊が道を切り開いたその後、人国軍は、第一軍から第十軍で構成される部隊で攻め込む予定である。
各軍十万、第十軍のエリック国王率いる本隊はそれ以上の数。
計百万オーバーの大軍勢での出兵である。
ただ、その出兵は思うようにいかなかった。魔国側が妨害工作を行ったからである。
「あーあー、自然破壊もいいかげんにしてよね!」
「曲者! 逃がすな!」
変身魔法を使って敵軍に忍び込んだリリスが兵糧を焼き払う。
「命よ。万緑に眠りし力よ。その眠りから目覚めて今一度生命の息吹を」
リリスが先遣隊を混乱させている間、シルヴィアは禿山となった山で魔法を発動する。
破壊された木々は、シルヴィアの放つ大魔法によって一瞬にして復活していった。
「もう時間稼ぎは終わったから。それじゃあね~」
「くそ! 逃がすか淫魔め!」
「おい! 木が生えているぞ!」
「嘘だろ!?」
リリスとシルヴィアの工作活動によって、人国側は道を作ることもままならず徒に時を費やすことになった何ヶ月もそのような状態が続くことになる。大山脈の自然の要害を生かしたシルヴィアたちの防衛戦術を前にして、人国側は手も足も出なかった。
シルヴィアたちにかかれば人国側の兵士を全滅させることなど容易かったが、そうはしなかった。シルヴィアが人を殺すことを嫌がったからである。
母となったシルヴィアは、命に対してより慈悲深くなっていた。それに影響されたグリムも、なるべく人を殺さないという方針をとることにした。
元々優しかったシルヴィアはともかく、大の戦闘狂だったグリムがそのように変わったのは信じられないことである。結婚して子が生まれると、人は変わるものである。
人国側はそんなシルヴィアたちの配慮を完全無視する。
人死にがほとんどない(シルヴィアたちの行動関係なしに行軍中や伐採中の事故等で死ぬことがあるのでゼロではない)のをいいことに、侵攻計画を諦めなかった。
業を煮やした人国側は、先遣隊の数をどんどんと増やしていくようになった。先遣隊の数は十万、二十万と徐々に膨れ上がっていく。
数年も経つ頃になると、大山脈の麓には新たに町が開拓されるようにまでなった。
魔国最後の拠点侵攻は、人国の数年がかりの国家的プロジェクトとなったのである。人国側は本気で魔国を潰す気でいるようだった。
それでもシルヴィアたちはなるべく人を殺さないように頑張った。魔国側の力を思い知らせて、攻略を諦めさせるべく、非破壊的手段によって人国の軍勢の侵攻を阻んだ。
だが人国側は人死にが出ないことをいいことに、侵攻を諦めなかった。いたちごっこが続く。
いつまで経っても山越えすらままならないことに業を煮やしたのか、やがて人国側は思い切った手段に出ることになる。
「大変よ! さっきから人国の大軍勢が我々の拠点を取り囲んでいるわ!」
とある日の早朝。リリスが慌てるように報告を伝えてきた。
「何!? どういうことだ!? 人国は山越えすらままならなかったのではないのか!?」
「それが転移してきたみたいなのよ! 一瞬で現れたわ!」
人国軍の突然の襲来。
人国軍の撃退にも慣れ、もう朝昼晩の日課のようになった作業に気負うこともなくなり家族揃って呑気に朝食を囲んでいたシルヴィアたちは、仰天することになる。
「とにかく様子を見に行くぞ!」
「ええ」
慌てて外を確認しに行く一同。
拠点の周りには多くの軍勢が取り囲んでいた。
「おそらく、大転移の魔法を使ったのでしょうな。だがあの魔法を使うには膨大な生命力と魔力がいるはず。人族でそれを扱えるなど、シルヴィア妃でもなければ無理なはず。となれば……」
「人柱ですか……」
ボルボックス爺の分析に、シルヴィアが暗い顔で答える。
「左様。数万単位の人間の命を砕き、転移してきたのでしょうな」
「なんとも惨い……」
人国軍は数万単位の人柱を使い、大山脈を一気に超える魔法を使って進撃してきたというのだ。
人国側の恐ろしいまでの執念を感じ取り、一同は言葉少なになる。
「とにかく迎え撃たねばな。ここまで来られた以上、人死にはなしなどと甘いことは言っておれん。犠牲を払っている以上、向こうも必死だ。シルヴィア、お前は下がっていろ。お前に同族殺しなどさせられん」
「グリム、ですが……」
「安心しろ。なるべく殺しはせん。向こうが立ち向かってくるならば話は別だがな。リリス、シルヴィアを頼んだぞ」
グリムはリリスにシルヴィアを預けると、ただ独りで戦場に向かう。
百万の軍勢に独り立ち向かうグリムであるが、その顔には悲愴感など微塵も感じられなかった。
「おー、おー、うじゃうじゃとおるわ」
拠点を取り囲むように百万もの軍勢が待機していた。一斉攻撃の機会を伺っているようだ。
そんな百万の大軍勢にも怯むことなく、グリムは戦場に立って声を上げる。
「人国軍よ聞けい! これより進むことは許さぬ! 一歩でも進めば命はないと思え!」
グリムは声を張り上げ、全軍に聞こえるように最後通牒を突きつける。
「アハハハハハ!」
そんなグリムの言葉を、エリックは笑い飛ばす。
「何を強がっておる! 我らが百万の軍勢に恐れをなしたか! 者共、かかれ! 魔族を根絶やしにしろ! 魔王を討った者は将軍として取り立ててやるぞ!」
「「「「「おおおおおお!」」」」」
エリックの声が魔法によって拡声されて全軍に伝わる。
各軍が雄叫びを上げながら進撃してくる。
「いいだろう。あくまで戦おうと言うのなら臨むところだ」
グリムは亜空間から大斧を取り出す。その斧を手に取り、斧に大量の魔力を篭めて大きく振りかぶる。そして、それを思いっきり振り下ろした。
――ドガァアアアアアアアアン。
地を切り裂くような衝撃波が地面を伝わり、人国軍の軍勢を切り裂いていく。
グリムのたった一振りによって、第一軍は半壊、第一軍の主だった将兵は討ち死にすることになった。
シルヴィアと馬鹿みたいな訓練を繰り返してきた今のグリムは、馬鹿みたいな力を身に着けていた。
歴代の魔王を遥かに超えた力を身に着けるようになっていたのだ。歴代の魔王全員が束になっても勝てないくらいだ。
人国軍は魔王グリムの力を過小評価していた。百万どころか、普通の兵を一千万、一億集めたところで意味はない。
聖女以外で魔王と対等に戦える人間などいない。その聖女は魔王の妻である。魔国側の戦力である。
つまり、人国はどうやったって魔国には勝てないのだった。
「へ?」
「何だあれ……」
雄叫びを上げて進攻していた人国軍兵士が、一斉に口を閉じて足をとめた。
グリムの力を見てそのまま引き返していくかと思いきや、そうはならなかった。
「怯むな! 今のは第一軍の魔道部隊が魔法の発動に失敗して引き起こした事故だ! 臆せず進め!」
エリックの声を受け、人国軍は進撃を再開する。
「まだ歩みを止めぬか。ならばもう一度くらうがいい。目を覚まさせてやろう」
グリムがもう一度斧を振りかぶって下ろす。すると今度は第二軍が半壊し、その主だった将兵が討ち死にすることになった。
同じことが二度繰り返されれば、人国軍もようやく気づくことになる。
あれは魔王がやったのだと。自分たちが立ち向かおうとしている存在の大きすぎる力を認識して、兵士たちは恐怖に震える。
「何をしている! 怯むな! 進め!」
エリックの命令を受け、人国軍は進撃を再開する。
兵士一同、恐怖に顔を引き攣らせるものの、進撃をやめることはない。
「何故引かん。ええい、止むを得まい!」
進撃をやめない人国軍を前に、グリムは斧を何度も振るっていく。
三度目の攻撃で第三軍が半壊し、四度目の攻撃で第四軍が半壊した。五度目、六度目――と繰り返していき、十度目の攻撃で、全ての部隊が半壊することになった。
つまり、勝敗は決した。人国軍の完全敗北である。
「怯むな! 第十軍以外は突撃せよ! 第十軍が撤退する時間を稼げ!」
エリックは慌てて撤退していく。
エリック率いる本隊は撤退するが、他の部隊には玉砕を命じてから去っていく。残る部隊は、悲壮な覚悟を決めて突っ込んでいく。
「何故引かん。恐怖に戦きながらも何故戦うのだ?」
勝てない戦いだというのに死兵となって魔王にくらいつく人国兵士たちを見て、グリムは首を傾げる。
以前戦った人国の兵士はここまで勇敢ではなかったはず。いやこれは勇敢とは違う。どちらかと言えば恐怖。恐怖に突き動かされて戦っていると気づく。
「いったい何だというのだ?」
グリムは雑魚相手の戦いに喜びも感じられず、ただただ作業として敵を屠っていく。無闇矢鱈に命を奪うことに不愉快さを感じながらも、敵を屠っていく。魔族の領土を蹂躙させるわけにはいかないからだ。
「うぉおお! 人国万歳!」
人国の兵士たちは泣きながら突っ込んでくる。
「何故引かん。どういうことだ?」
「何か事情があるのでしょうね」
「シルヴィア、来たのか。俺様に任せておけばよいものを」
「おかしな事態になっているようですから。黙って待機しているわけにはいきませんでした」
いつの間にか、グリムの脇にはシルヴィアが立っていた。グリムが攻撃を止めないのを感じ取って飛んできたようだ。
「いったいどうしたというのです? そこまでして戦う理由を、私たちに教えてくださいませんか?」
「聖女様……わかりました」
シルヴィアは敵軍の説得にかかる。
ある兵士はシルヴィアの話を受け入れたようで、ゆっくりと近づいていく。
だが……。
「死ね! この裏切り者の聖女が!」
「ッ!?」
その兵士はシルヴィアの近くにまで行くと、身体に巻きつけていた爆弾のようなものを炸裂させた。自爆攻撃である。
「シルヴィア!」
魔王が咄嗟に庇う。シルヴィアはノーダメージだったが、魔王は少なくないダメージを受けた。
ただ、どうということはない。魔王のその傷はすぐに回復していく。
「あの程度の攻撃、大した傷など負いませんのに」
「それでもだ。お前に傷を負わせる奴など俺様だけでいい。俺様以外に傷などつけさせん」
「グリム……」
グリムの愛を感じ取って幸せな気分になったシルヴィアであるが、目の前の惨状を思い出して、そんな気分は一瞬で吹き飛んだ。
「シルヴィアを傷つけようとしたこと、万死に値する。お前ら、覚悟はできているだろうな?」
グリムは獰猛に笑う。するとその狂気にあてられたのか、人国の兵士の一人が叫ぶ。
「やるしかないんだよぉ! 俺たちは!」
「やらなきゃ人質になってる妻子が殺されちまうんだ!」
「勝てなきゃ戦死するしかねえんだよぉお!」
「この光景だって見られてんだ! 国王様の命に従って死ぬしかねえんだよ!」
「いくぞみんな! 憎き魔王と裏切り者の聖女を殺せ!」
「うおおおお!」
一人の男が叫んだのを皮切りに、大の男が次々に泣き言を言う。そして決死の自爆攻撃を繰り広げていく。
程なくして攻撃は終わるが、残ったのはグリムとシルヴィアのみ。その場にいた人国の兵士たちは全員が玉砕して果てた。大地には夥しい数の骸が散らばっていた。
「そういう理由だったのか」
「そんな……人質をとっているだなんて……」
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