吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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一章

閑古鳥再び

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 夏も盛りだ。森の木々は大いに生い茂り、見渡す限り一面の緑の世界を作り出している。
 家は森の中にあるおかげか、陽射しが抑えられており、夏であるというのに快適そのものである。

 まあ暑すぎて不快ならダンジョン内部に逃げればいいだけの話なんだけどね。ダンジョン内部なら年中一定の気温に保たれてるから、不快ということがないからな。

「エリザ、カキ氷作ったけど食べる?」
「頂きますわご主人様」

 庭に設置したテーブルで、俺とエリザは仲良くカキ氷を食べる。
 庭には色とりどりの花々が咲いている。そんな綺麗な花々を眺めながらゆったりとした時を過ごす。

 ダンジョンの外部に相当する家の庭は、この世界と繋がっているので、この世界の環境と連動している。ゆえに、庭に咲いている花々は全て、初夏に相応しい花々となっている。

 ダンジョン内部の花壇なら季節を無視した花を育てることができるが、それを愛でるのは些か趣がないな。やはり季節に沿った花を見てこそ趣があるというものだろう。我が家を訪れるお客様にはそんな季節感溢れる情緒を楽しんで欲しいと思っている。

 とまあ、そんな感じで異世界で初めての夏を体験しているわけだ。
 特に変わったことはなく、今までと変わらずのんびりと過ごしている。ダンジョン内の畑の手入れをしながら、家の周りの花壇を整え、お客様をいつでも迎え入れられるように準備をしている。

 いつでも準備はしているが、肝心のお客様はというと、あの泥棒カップルが来て以来、誰も訪れていない。
 客引き らちして連れてきたゴブリン客は毎日のように来たけどな。それ以外はゼロである。まあ我が宿に閑古鳥が鳴いているのはいつものことだけど。

 それで、最近の問題はその毎日来ていたゴブリン客なのであるが……。

「ご主人様、今日こそはゴブリンちゃんを捕まえられますかね?」
「そうだな。捕まえたいところだな。客が来ないと血を吸ってレベリングできないしマナも稼げないし困るからなぁ」

 毎日のように 訪れていたらちされてきたゴブリン客 であるが、ここ最近はなしのつぶてだ。警戒されているのか、 客引き らちが上手くいかない状況が続いている。
 毎日エリザに散歩ついでにゴブリンが訪れていそうなスポットを巡ってもらっているのだが、最近はまったく成果なしなのである。

「いい時間だな。そんじゃ、俺は昼飯の仕込みでもするよ」
「わかりましたわ。私はお散歩ついでにゴブリンちゃんを客引きして参りますわ」
「今日こそは頼むぜエリザ」
「ええ。お任せ下さいまし」

 庭で夏らしい水鉄砲の的当てゲームをして遊んでいるとお昼の時間になった。
 いつものように俺が昼飯の準備に取り掛かり、エリザが散歩ついでに客引きに向かう。今日こそは成果があって欲しいものだ。

「ただいまですわぁ……」

 昼飯が完成する頃になると、エリザが帰ってきた。気落ちしたような声なので、どうやら今日も成果なしだったようだな。

「ご主人様~。今日もゴブリンちゃんいませんでしたわぁ」
「マジかよ。アプルゥの実の群生地は?」
「行きました。誰もいませんでした」
「川魚の捕獲スポットは?」
「そこもいませんでしたわ。他の目ぼしいスポットにもいませんでした」
「マジかぁ……。どうなってんだよ。ゴブリンたち、全員夏バテで倒れてるのか?」

 ここ一週間ほど、ゴブリンが餌場にまったく姿を見せていない。いったいどういうことだ。

 ゴブリンを客引きできないとマナが稼げずに困るんだけどな。エデン村に出店するために貯めてるマナを切り崩すことになっちゃうぞ。

 ゴブリンがまったくいなくなったのは、何かあったに違いない。まさか本当に夏バテして倒れているんだろうか。
それとも、何か他に原因でもあるのだろうか。
 いずれにせよ、採集メインで生計を立ててるはずのゴブリンたちが採集をしなくなるなんて、異常事態だぞ。

「困ったねぇ。ゴブリンたちの集落の場所がわかれば様子を見に行くところなんだけど」
「こんなことになるなら、ゴブリンちゃんたちの居場所を以前に突き止めておくべきだったですね」
「ああ。お客様をストーカーして自宅を突き止めるのは憚られたからやめておいたが……こんなことならストーカーしておくべきだったな」

 お客様のプライベート情報を集めるのはできるだけしないようにしている。それが配慮のある商売人ってものだろうと思っているからだ。

 だがこういう異常事態ではプライベート情報がないと困るんだな。何かあっただろう時に連絡をとれないのは辛いぞ。

「まあいいか。その内またひょっこり現れるかもしれないし」
「そうですね」
「ゴブリン来客用に余分に作った料理は、蝙蝠たちと近場のスライムの餌にしよう。いつも死体処理とか残飯処理ばかりさせてるもんな。たまにはちゃんとした料理を食わせてやろう。あいつらに味の判別ができるかは不明だけど」
「ええそうですわね」

 エリザと楽しく昼食を食べる。そして昼飯後に昼寝でもしてのんびり過ごそうかと思っていた。

 そんな時のことであった。

「キィキィ!」
「もう夕飯まで食べ物はないぞ――って違う? お客さんか⁉」
「みたいですね」

 居間でごろごろしていると、蝙蝠たちが来客を教えてくれた。俺とエリスはソファーから飛び起きると、窓から外の様子を伺った。

「タロウ兄ちゃん、頑張れ。もうちょっとだ」
「あぁ……」
「頑張れタロウ兄ちゃん」

 そこには、ボロボロで傷ついた三匹のゴブリンがいた。特に一匹は重傷で、他の二匹のゴブリンに肩を担がれていた。

「おいおい傷ついてるじゃないか?」
「みたいですねぇ。何かあったんでしょうか?」
「とにかく様子を見に行くか」

 客ではなさそうだが、ともかく何があったか聞いてみるとしよう。
 俺たちは三匹のゴブリンを迎えに行くのであった。
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