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一章
宿泊者名簿No.4 鋼等級冒険者スッチー(下)
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トロの森に入り、ゴブリン集落を探す。間抜けそうなゴブリンの後をつければ、わりと簡単に目星はつく。集落を見つけた後は、襲うだけだ。
「そらぁ!」
「――ギガァ」
何十匹というゴブリンを斬り伏せていく。ゴブリンなんていくら束になろうと、今までに山ほど狩ってきた俺たちの敵ではない。
「確保したか?」
「ええバッチリです」
集落のオスゴブリン共を全滅させ、奥で匿われてるメスを確保する。集落の奥には想定通り、メスのゴブリンが大勢いた。
この集落には人間の女は捕らえられてなかったみたいでホッとする。ゴブリンの孕み袋にされた人間の女。あれを見るのは結構キツいからな。
「ギィギイ……」
「ギギ……」
わけのわからぬ鬼語を喋りながら、震えているメスゴブリンたち。
どいつもこいつも似たような面してやがってよくわからない。どれが族長筋で偉いメスなのかわかりゃしない。変態貴族様や学者様なら、一目見ればわかるのだろうか?
「裸にひん剥け。アソコを確認すりゃわかるだろ」
「そうっすね」
外見ではわからないので、裸にひん剥き、一匹一匹確認していく。目標となる乙女ゴブリンは、この集落には三匹いたようだ。
三匹確保できたので、残り七匹か。
この調子でいくと、あと二つか三つくらい集落を潰す必要があるな。中々難儀な仕事だぜ。
「ゴブリンのメスっていえど、裸にひん剥くと妙に色っぽいっすね。何か変な気が起きちゃいそうっす」
「お、なんだ? お前さんも変態貴族様と同じご趣味に目覚めたか? いらないメスゴブリン、始末する前に楽しんでいくか?」
「ほれ新人、ゴブリンみたいにやれや。ここに孕み袋があるぞ?」
「もぉ、勘弁してくださいっす……」
「ギャハハ!」
「おいお前ら、御託並べてねえで、目標のゴブリン以外は始末すんぞ。さっさとしろ」
「へーい」
魔物は人類の敵だ。生かしておく道理がねえからな。目標のゴブリン以外は全部始末しておいた。
「スッチーさん、捕獲したこの三匹はどうするんで?」
「俺たちが確保してても無駄に弱らせるだけだ。森の外に運び屋を手配してある。そいつに引き渡す。俺たちは目標数狩るまでこの森の中にいるぞ」
「へーい。しばらくは森で生活ってわけですかい」
「キツい仕事だが、終われば纏まった金が入る。ミッドロウの宵蝶に遊びに行けるかもしれんぞ」
「マジか、レイラちゃんと遊べるかもしれないのか」
「こりゃ頑張るっきゃねえな!」
骨の折れる仕事だとわかると、野郎たちの士気は下がり気味となる。気の利く言葉を投げかけて野郎共のやる気を引き出し、仕事を円滑に行っていく。それもリーダーとして重要な仕事だわな。
「スッチーさんたちお疲れさん」
「おう運び屋、お前らも気張れよ。道中、俺たちが苦労して捕まえた獲物を逃すんじゃねえぞ。貴族依頼だからな」
「言われなくてもわかってますよ。いつも以上に人員確保して最善尽くしてますんで」
「そうか。ならいい」
捕獲した三匹を運び屋に手渡し、俺たちは代わりに補給物資を受け取る。一日休息を入れて、身体を休ませてから、次の目標を攻略する。
そうして、二つ目の集落も問題なく落とすことができた。
二つ目の集落では運の良いことに、五匹の乙女ゴブリンを確保できた。最初の三匹と合わせ、これで八匹確保できたことになる。
残りは二匹である。まず間違いなく、次の集落で仕事は完了できると思われた。
「野郎共、次で仕事は終わりだろうぜ! そしたらミッドロウの宵蝶に遊びに行けるぞ!」
「ヒャッホー! レイラちゃん待ってろよ!」
前回と同様、一日休みを入れた後、俺たちは三つ目の集落を襲った。三度目となれば襲撃は手馴れたもんだった。
「おらっ、クソザコが!」
「ギガァッ……」
「ゴブリンなんて俺たちの敵じゃねえんだよ!」
「ギギィ……」
一つ目と二つ目の集落と同様、簡単に事は進んでいく。オス共を皆殺しにした後、集落の奥にいるメスを確保する。
「よし、いつも通り確認しろ」
「へーい」
メスたちを裸にひん剥いた後、乙女であることを確認する。この集落には三匹いたようだ。
これまでと合わせて、これで十一匹。
目標の十匹からは一匹超過することになったが問題ない。最低十匹ということだから、超過しても問題ないだろう。むしろいいばかりだ。報酬に色をつけてくれるかもしれない。
ともかく、これで依頼は完了である。
「よーし、お前ら、いつも通りいらないメス共は始末し――」
「誰なんだよテメエはッ⁉」
「あん? 何事だ?」
最後の仕事に取り掛かろうとしている時、集落の入り口の方に待機させていた仲間の怒鳴り声が聞こえてきた。何事かと思い、俺はすぐにそちらの方へと向かった。
(人間? 同業者か? それにしては……)
そこには、一人の優男風の男が立っていた。
男は大した装備も身に着けずにいた。とても同業者とは思えなかった。
こんな弱そうで碌な装備も身に着けていない男が、何故こんな森の中に一人でいるのか。色んな疑問が湧いてくる。少々不気味だった。
「嘘だ……そんなの……嘘だ……お客様……そんな……」
不気味なのは出で立ちだけではない。男は手で目を覆い、天を仰ぎながらブツブツと早口で何かを喋っていた。いかにも怪しすぎた。
「おい、どうしたんだ? この男は誰だ?」
「知りませんよ! さっきフラっと現れたと思ったら、意味のわからないことをブツブツと言って泣いてやがるんですよ! 気狂いですよきっと!」
怪しい男を前にして、対応した仲間は困惑しきっていた。「スッチーさんどうにかしてください」と言うので、俺はその男に向き合うことにした。
「おいお前、何でこんな所にいる? 冒険者なのか?」
「お前たちか……お前たちなんだな……」
「は?」
「お前たちかぁああ! ウチのお客様を皆殺しにしやがったのはぁああッ!」
男は天を仰いでいた顔をこちらに向けると、怒り狂った表情で睨みつけてきた。
「お客様? 何の話だ?」
「許さないっ、許せるわけねえだろうがああ! この害虫共がぁあああ! 死ねやゴラァアッ!」
「――ごはっ」
男は怒り狂った勢いそのままに凄まじい速度で殴りつける。近くにいた俺の仲間があさっての方向に吹っ飛んでいく。
「かひゅ」
殴られた仲間は首が変な方向に曲がり、一撃で絶命しているようだった。
「テ、テメエッ! よくも!」
「野郎ッ!」
一瞬何が起きたかわからず呆ける俺たちだったが、仲間がやられたということに気づくと、次々に剣を抜いて戦い始めた。
「スッチーさん⁉ 何事ですか⁉」
「敵襲! 敵襲だ!」
「見た目に騙されるな! こいつ、化け物みたいな力してやがるぞ!」
騒ぎを聞きつけたチームの他の仲間が集まってくる。
怪しげな男を全員で仕留めにかかるのだが、向こうは化け物みたいな速度で攻撃を避け続ける。
(何者だよこいつ⁉)
スキル【剣術】持ちで鋼等級の実力がある俺だけが、ギリギリ相手の動きについていけていた。俺以外の仲間は殴られたり蹴られたりして、次々に倒れていくだけだった。
(なんだよっ、俺は悪夢でも見ているのか⁉ こんなこと、あり得ねえだろッ⁉)
それなりに腕のあるチームとして評判だった俺たち“鬼狩り”。それがなす術もなくやられていくだけだなんて、到底信じられなかった。
「ぐぅああ!」
「お前ら⁉ 畜生がッ!」
程なくして、俺以外の仲間全員が倒れてしまった。
「うぅ……」
「た、助け……」
絶命している奴もいるが、辛うじて生きているのもいる。すぐに回復ポーションでも渡して助けてやりてえが介抱する暇もなかった。
「くそっ、化け物が!」
化け物みたいな男と対峙していたので、一瞬でも気が抜けなかった。気を抜いた瞬間、こちらがやられてしまうと思った。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「ふぅ。ゴキちゃん並みにしぶとい害虫だね君」
向こうもそれなりに消耗しているようだが、こちらの方の消耗が上だった。
それでも戦えていたのは経験の差だ。向こうはそこまで戦い慣れてないようだった。肉体面では向こうが上でも、経験ではこちらが上というわけだ。
だがこれ以上の長期戦はこちらが消耗するだけで不利と思われた。ならばここらで一気に勝負を仕掛けるしかない。俺は一か八か打って出ようとした。
「――がはぁッ⁉」
一転攻勢に出ようとした刹那。背後から鋭い一撃を浴び、俺は地面に倒れ伏すこととなった。
見上げれば、そこには見目麗しい一人の少女が立っていた。
貴族の令嬢みたいな美しいお嬢ちゃんだ。俺の恋人のワデュお嬢様よりもよっぽど美しく高貴な雰囲気を纏っていた。その容姿は整いすぎだと言っていい。人外の美しさであった。
「エリザ、ナイスアシストだ」
「この男、それなりにやるようですわね」
「ああ他の奴らよりな」
少女はどうやら男の仲間だったようだ。まさか敵にも仲間がいるとは。その可能性について失念していた。
こんな化け物級の二人が相手だなんて、最初から勝てるはずもなかったのだ。
「ご主人様、味見してもよろしいですか?」
「ああいいよ。エリザが仕留めたわけだし、お先にどうぞ」
「ありがとうございますわ」
少女は妖艶な笑みを見せて俺の方を見下ろす。
(味見? 何のことだ?)
そう思った瞬間――俺の首筋に鋭い痛みが走る。
「――ぐがぁあ⁉」
気づけば、少女が俺の首筋に噛みついていたのだった。程なくして、血を吸われているのだと気づくことができた。
「ご主人様、こいつ、ちょっとだけ美味しいですよ」
「そっか中々の強者か。じゃあ一口食って捨てていくのは勿体ないね」
「そっちの若い男もまあまあ美味しそうな匂いがします。そこまで強くなさそうですけど、純粋そうで美味しそうです」
「じゃあそいつとこいつだけキープして持ち帰ろうか。後は適当につまみ食いして捨てていこう。野生のスライムちゃんの餌にしよう」
「はい。そうしましょう」
二人は俺たちを食べ物みたいに認識していやがった。
これまでの情報から、一つの答えが導き出される。
(そうか……こいつら吸血鬼。吸血鬼がなんでこんな場所に……)
そうして、俺と一番若い仲間は捕虜になり、吸血鬼の館の地下で飼われることになった。
「三時のおやつの時間だ。今日も吸わせてもらうよー」
「嫌だって言っても吸うんだろうが……畜生……好きにしやがれ……」
気が向いた時にふらっと現れる吸血鬼たち。俺たちは奴らに血を吸われる日々をしばらく送ることになった。飯などは与えられていたものの、日に日に弱っていくこととなった。
「ちくしょう……アンタんとこのチームに入ったばかりにもうお終いだ。吸血鬼が相手だなんて聞いてねえよ」
「悪ぃな……まさかこんなドジ踏んじまうとはな……晴天の霹靂ってやつだぜ」
「俺はまだ若いのによぉ……」
「そうだな……。だが若いのは俺も同じさ。人生これからだったぜ……」
生きて帰れないことを悟ったのだろう。一緒に捕らえられた仲間は、やつれた顔で毎日泣き言を言っていた。
「俺は女だって碌に知らねえのによぉ……人生これからだってのによぉ……ミッドロウの宵蝶に一度でいいから行ってみたかった……」
「悪いな……。だが冒険者にゃ危険はつきものだ。お前もわかってんだろ」
「ちくしょう……」
涙を流しながら震えている哀れなこいつと比べると、俺はマシな人生を送れたのかもしれない。
上を見りゃあキリがねえが下を見てもキリがない。
そんな中途半端なところで、唐突に人生が終わっちまうことになるとはな。人生、何が起こるかわからないぜ。
(ベッドの上で死ねるとは思ってなかったが、まさかこんな薄暗い吸血鬼の館の地下室で終わるとはな……すまねえな旦那様……デュワお嬢様……期待を裏切っちまってよ)
こうして俺は最近知り合ったばかりの一番下っ端の若造と共に、吸血鬼の館で人知れずミイラになって死んでいくのであった。
出来ることなら、冒険者としてもっと上を目指したかったぜ。
「そらぁ!」
「――ギガァ」
何十匹というゴブリンを斬り伏せていく。ゴブリンなんていくら束になろうと、今までに山ほど狩ってきた俺たちの敵ではない。
「確保したか?」
「ええバッチリです」
集落のオスゴブリン共を全滅させ、奥で匿われてるメスを確保する。集落の奥には想定通り、メスのゴブリンが大勢いた。
この集落には人間の女は捕らえられてなかったみたいでホッとする。ゴブリンの孕み袋にされた人間の女。あれを見るのは結構キツいからな。
「ギィギイ……」
「ギギ……」
わけのわからぬ鬼語を喋りながら、震えているメスゴブリンたち。
どいつもこいつも似たような面してやがってよくわからない。どれが族長筋で偉いメスなのかわかりゃしない。変態貴族様や学者様なら、一目見ればわかるのだろうか?
「裸にひん剥け。アソコを確認すりゃわかるだろ」
「そうっすね」
外見ではわからないので、裸にひん剥き、一匹一匹確認していく。目標となる乙女ゴブリンは、この集落には三匹いたようだ。
三匹確保できたので、残り七匹か。
この調子でいくと、あと二つか三つくらい集落を潰す必要があるな。中々難儀な仕事だぜ。
「ゴブリンのメスっていえど、裸にひん剥くと妙に色っぽいっすね。何か変な気が起きちゃいそうっす」
「お、なんだ? お前さんも変態貴族様と同じご趣味に目覚めたか? いらないメスゴブリン、始末する前に楽しんでいくか?」
「ほれ新人、ゴブリンみたいにやれや。ここに孕み袋があるぞ?」
「もぉ、勘弁してくださいっす……」
「ギャハハ!」
「おいお前ら、御託並べてねえで、目標のゴブリン以外は始末すんぞ。さっさとしろ」
「へーい」
魔物は人類の敵だ。生かしておく道理がねえからな。目標のゴブリン以外は全部始末しておいた。
「スッチーさん、捕獲したこの三匹はどうするんで?」
「俺たちが確保してても無駄に弱らせるだけだ。森の外に運び屋を手配してある。そいつに引き渡す。俺たちは目標数狩るまでこの森の中にいるぞ」
「へーい。しばらくは森で生活ってわけですかい」
「キツい仕事だが、終われば纏まった金が入る。ミッドロウの宵蝶に遊びに行けるかもしれんぞ」
「マジか、レイラちゃんと遊べるかもしれないのか」
「こりゃ頑張るっきゃねえな!」
骨の折れる仕事だとわかると、野郎たちの士気は下がり気味となる。気の利く言葉を投げかけて野郎共のやる気を引き出し、仕事を円滑に行っていく。それもリーダーとして重要な仕事だわな。
「スッチーさんたちお疲れさん」
「おう運び屋、お前らも気張れよ。道中、俺たちが苦労して捕まえた獲物を逃すんじゃねえぞ。貴族依頼だからな」
「言われなくてもわかってますよ。いつも以上に人員確保して最善尽くしてますんで」
「そうか。ならいい」
捕獲した三匹を運び屋に手渡し、俺たちは代わりに補給物資を受け取る。一日休息を入れて、身体を休ませてから、次の目標を攻略する。
そうして、二つ目の集落も問題なく落とすことができた。
二つ目の集落では運の良いことに、五匹の乙女ゴブリンを確保できた。最初の三匹と合わせ、これで八匹確保できたことになる。
残りは二匹である。まず間違いなく、次の集落で仕事は完了できると思われた。
「野郎共、次で仕事は終わりだろうぜ! そしたらミッドロウの宵蝶に遊びに行けるぞ!」
「ヒャッホー! レイラちゃん待ってろよ!」
前回と同様、一日休みを入れた後、俺たちは三つ目の集落を襲った。三度目となれば襲撃は手馴れたもんだった。
「おらっ、クソザコが!」
「ギガァッ……」
「ゴブリンなんて俺たちの敵じゃねえんだよ!」
「ギギィ……」
一つ目と二つ目の集落と同様、簡単に事は進んでいく。オス共を皆殺しにした後、集落の奥にいるメスを確保する。
「よし、いつも通り確認しろ」
「へーい」
メスたちを裸にひん剥いた後、乙女であることを確認する。この集落には三匹いたようだ。
これまでと合わせて、これで十一匹。
目標の十匹からは一匹超過することになったが問題ない。最低十匹ということだから、超過しても問題ないだろう。むしろいいばかりだ。報酬に色をつけてくれるかもしれない。
ともかく、これで依頼は完了である。
「よーし、お前ら、いつも通りいらないメス共は始末し――」
「誰なんだよテメエはッ⁉」
「あん? 何事だ?」
最後の仕事に取り掛かろうとしている時、集落の入り口の方に待機させていた仲間の怒鳴り声が聞こえてきた。何事かと思い、俺はすぐにそちらの方へと向かった。
(人間? 同業者か? それにしては……)
そこには、一人の優男風の男が立っていた。
男は大した装備も身に着けずにいた。とても同業者とは思えなかった。
こんな弱そうで碌な装備も身に着けていない男が、何故こんな森の中に一人でいるのか。色んな疑問が湧いてくる。少々不気味だった。
「嘘だ……そんなの……嘘だ……お客様……そんな……」
不気味なのは出で立ちだけではない。男は手で目を覆い、天を仰ぎながらブツブツと早口で何かを喋っていた。いかにも怪しすぎた。
「おい、どうしたんだ? この男は誰だ?」
「知りませんよ! さっきフラっと現れたと思ったら、意味のわからないことをブツブツと言って泣いてやがるんですよ! 気狂いですよきっと!」
怪しい男を前にして、対応した仲間は困惑しきっていた。「スッチーさんどうにかしてください」と言うので、俺はその男に向き合うことにした。
「おいお前、何でこんな所にいる? 冒険者なのか?」
「お前たちか……お前たちなんだな……」
「は?」
「お前たちかぁああ! ウチのお客様を皆殺しにしやがったのはぁああッ!」
男は天を仰いでいた顔をこちらに向けると、怒り狂った表情で睨みつけてきた。
「お客様? 何の話だ?」
「許さないっ、許せるわけねえだろうがああ! この害虫共がぁあああ! 死ねやゴラァアッ!」
「――ごはっ」
男は怒り狂った勢いそのままに凄まじい速度で殴りつける。近くにいた俺の仲間があさっての方向に吹っ飛んでいく。
「かひゅ」
殴られた仲間は首が変な方向に曲がり、一撃で絶命しているようだった。
「テ、テメエッ! よくも!」
「野郎ッ!」
一瞬何が起きたかわからず呆ける俺たちだったが、仲間がやられたということに気づくと、次々に剣を抜いて戦い始めた。
「スッチーさん⁉ 何事ですか⁉」
「敵襲! 敵襲だ!」
「見た目に騙されるな! こいつ、化け物みたいな力してやがるぞ!」
騒ぎを聞きつけたチームの他の仲間が集まってくる。
怪しげな男を全員で仕留めにかかるのだが、向こうは化け物みたいな速度で攻撃を避け続ける。
(何者だよこいつ⁉)
スキル【剣術】持ちで鋼等級の実力がある俺だけが、ギリギリ相手の動きについていけていた。俺以外の仲間は殴られたり蹴られたりして、次々に倒れていくだけだった。
(なんだよっ、俺は悪夢でも見ているのか⁉ こんなこと、あり得ねえだろッ⁉)
それなりに腕のあるチームとして評判だった俺たち“鬼狩り”。それがなす術もなくやられていくだけだなんて、到底信じられなかった。
「ぐぅああ!」
「お前ら⁉ 畜生がッ!」
程なくして、俺以外の仲間全員が倒れてしまった。
「うぅ……」
「た、助け……」
絶命している奴もいるが、辛うじて生きているのもいる。すぐに回復ポーションでも渡して助けてやりてえが介抱する暇もなかった。
「くそっ、化け物が!」
化け物みたいな男と対峙していたので、一瞬でも気が抜けなかった。気を抜いた瞬間、こちらがやられてしまうと思った。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「ふぅ。ゴキちゃん並みにしぶとい害虫だね君」
向こうもそれなりに消耗しているようだが、こちらの方の消耗が上だった。
それでも戦えていたのは経験の差だ。向こうはそこまで戦い慣れてないようだった。肉体面では向こうが上でも、経験ではこちらが上というわけだ。
だがこれ以上の長期戦はこちらが消耗するだけで不利と思われた。ならばここらで一気に勝負を仕掛けるしかない。俺は一か八か打って出ようとした。
「――がはぁッ⁉」
一転攻勢に出ようとした刹那。背後から鋭い一撃を浴び、俺は地面に倒れ伏すこととなった。
見上げれば、そこには見目麗しい一人の少女が立っていた。
貴族の令嬢みたいな美しいお嬢ちゃんだ。俺の恋人のワデュお嬢様よりもよっぽど美しく高貴な雰囲気を纏っていた。その容姿は整いすぎだと言っていい。人外の美しさであった。
「エリザ、ナイスアシストだ」
「この男、それなりにやるようですわね」
「ああ他の奴らよりな」
少女はどうやら男の仲間だったようだ。まさか敵にも仲間がいるとは。その可能性について失念していた。
こんな化け物級の二人が相手だなんて、最初から勝てるはずもなかったのだ。
「ご主人様、味見してもよろしいですか?」
「ああいいよ。エリザが仕留めたわけだし、お先にどうぞ」
「ありがとうございますわ」
少女は妖艶な笑みを見せて俺の方を見下ろす。
(味見? 何のことだ?)
そう思った瞬間――俺の首筋に鋭い痛みが走る。
「――ぐがぁあ⁉」
気づけば、少女が俺の首筋に噛みついていたのだった。程なくして、血を吸われているのだと気づくことができた。
「ご主人様、こいつ、ちょっとだけ美味しいですよ」
「そっか中々の強者か。じゃあ一口食って捨てていくのは勿体ないね」
「そっちの若い男もまあまあ美味しそうな匂いがします。そこまで強くなさそうですけど、純粋そうで美味しそうです」
「じゃあそいつとこいつだけキープして持ち帰ろうか。後は適当につまみ食いして捨てていこう。野生のスライムちゃんの餌にしよう」
「はい。そうしましょう」
二人は俺たちを食べ物みたいに認識していやがった。
これまでの情報から、一つの答えが導き出される。
(そうか……こいつら吸血鬼。吸血鬼がなんでこんな場所に……)
そうして、俺と一番若い仲間は捕虜になり、吸血鬼の館の地下で飼われることになった。
「三時のおやつの時間だ。今日も吸わせてもらうよー」
「嫌だって言っても吸うんだろうが……畜生……好きにしやがれ……」
気が向いた時にふらっと現れる吸血鬼たち。俺たちは奴らに血を吸われる日々をしばらく送ることになった。飯などは与えられていたものの、日に日に弱っていくこととなった。
「ちくしょう……アンタんとこのチームに入ったばかりにもうお終いだ。吸血鬼が相手だなんて聞いてねえよ」
「悪ぃな……まさかこんなドジ踏んじまうとはな……晴天の霹靂ってやつだぜ」
「俺はまだ若いのによぉ……」
「そうだな……。だが若いのは俺も同じさ。人生これからだったぜ……」
生きて帰れないことを悟ったのだろう。一緒に捕らえられた仲間は、やつれた顔で毎日泣き言を言っていた。
「俺は女だって碌に知らねえのによぉ……人生これからだってのによぉ……ミッドロウの宵蝶に一度でいいから行ってみたかった……」
「悪いな……。だが冒険者にゃ危険はつきものだ。お前もわかってんだろ」
「ちくしょう……」
涙を流しながら震えている哀れなこいつと比べると、俺はマシな人生を送れたのかもしれない。
上を見りゃあキリがねえが下を見てもキリがない。
そんな中途半端なところで、唐突に人生が終わっちまうことになるとはな。人生、何が起こるかわからないぜ。
(ベッドの上で死ねるとは思ってなかったが、まさかこんな薄暗い吸血鬼の館の地下室で終わるとはな……すまねえな旦那様……デュワお嬢様……期待を裏切っちまってよ)
こうして俺は最近知り合ったばかりの一番下っ端の若造と共に、吸血鬼の館で人知れずミイラになって死んでいくのであった。
出来ることなら、冒険者としてもっと上を目指したかったぜ。
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