吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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一章

いざエデンへ

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 ゴブリン娘たちが仲間に加わってから一ヶ月近くが経過した。
 ダンジョンの中にいる限り季節の移ろいを感じることはないが、ダンジョンの外は夏真っ盛りといった感じだ。夏も徐々に終わりに近づいている気配がする。

 この一ヶ月で変わったことと言えば、捕虜にしていた男二人が、ミイラになって死んだことだろうか。
 ミイラになるまで生命力を吸わせていただき、美味しく食べさせてもらいました。ご馳走様でした。二人には感謝申し上げます。

 捕虜を吸血する際ついでに、スキル【魅了】を使って、持っている情報を引き出した。彼らは“ミッドロウ”という町で、“鬼狩り”という冒険者チームを組んでいたようだ。

 盗賊だと思ったら冒険者だったようだ。一応人間世界では真っ当に生きていて実力のある人間だったらしい。
 道理で、性根の曲がった盗賊にしては美味しい血だと思ったよ。

 捕虜から抜き出した情報によると、俺たちのダンジョンから近場にある人間の拠点は、エデン村とミッドロウの町、その二つあるようだな。

 ミッドロウはエデン村とは違って中々栄えている町らしい。冒険者ギルドなるものがあるようだ。エデンには冒険者ギルドはないらしい。

 いずれはそのミッドロウにも店をオープンしたいところだけど、まずは元々目をつけていたエデンという村への出店を優先することにした。

 冒険者ギルドがある町にいきなり足を伸ばすというのは少し怖い。ここは慎重にいって、まずは警戒が薄そうな移民が多いという噂の開拓村エデンを攻略することにする。ミッドロウはその次だ。

 今後、そういう方針で出店していくことにした。

 ちなみにトロの森で開業中の一号店に関してだが、この一ヶ月の間、お客様の来店はない。

 あの盗賊――じゃなかった冒険者か。あの冒険者たちが近場のゴブリン集落を全滅させたせいで、悲しいことにゴブリンの来客すらない。

 ずっと閑古鳥が鳴いている。おもてなしできなさすぎてフラストレーション溜まりまくりだぜ。まあ匿った非眷属のゴブリン娘からのマナ収入があるので、ダンジョンの運営的には困ってはいないんだけどさ。

 この一ヶ月、ゴブリンたちの住居とか防衛設備や生産設備の拡張とか、そういった諸々のことをしつつ、新規出店のためのマナを貯めていた。

 そろそろエデン村という所に様子を見に行ってもよさそうだ。エデン村に新しい店舗を出店して、そこでおもてなししまくりたいぜ。



 エデン村に向けて出立する日がやって来た。エデン村には俺とエリザで向かうつもりだ。

「タロウたち、この一ヶ月平和だったから大丈夫だと思うけど、俺がいない間は細心の注意を払ってくれ。危険だったらダンジョンを放棄してどこかに避難してくれていいから」
「わかりました」

 俺とエリザがダンジョンを留守にするのを見越し、この一ヶ月、タロウたちには野生のスライム狩りをさせたりして鍛えさせてきた。タロウたちだけではなく、ゴブララたちにも鍛えさせた。加えて、一部の眷属にはダンジョンマスターの力を使って、戦闘に使えそうな安いスキルを付与させた。

 タロウたちはそこらへんのゴブリンよりは強くなったと思う。だが人間の集団相手に戦わせるとなると、まだ厳しそうである。だから命を最優先で守るように命令しておく。

「対応しきれない何かがあれば、連絡蝙蝠を飛ばして緊急連絡してくれ」
「はい」

 繁殖させた蝙蝠が森の各地に散らばっていて、緊急連絡網みたいになっている。何かあればエデン村にいる俺まで伝えてくれるはずだ。

 緊急連絡が来たからといってすぐに対応できないが、急ぎ帰って来ることができればダンジョンの被害は少ないはずである。やらないよりマシだ。

 そんな感じで、安心を担保する策をいくつも用意してから出発する。

「それじゃエリザ。行こうか」
「はい」

 エリザと何匹かの蝙蝠をお供にしてダンジョンを出て、森の中を歩いていく。食料確保やゴブリンたちの訓練などで巡回しているいつものルートを通り過ぎ、普段通らないような道を通る。しばらく道なき道を歩いていると、人が踏み歩いてできた道が見えてきた。

「この道を北西に沿って行けばいいわけか」
「そのようですわね。反対に進むとミッドロウと繋がっているみたいですわ」

 エデン方面に向かって歩いていくが、人っ子一人出会わない。
 まあ田舎の開拓村らしいし、そんな頻繁に人の行き交いなんてしていないのかもな。辺境の村だから食い物とかは基本自給自足だろうし、他に必要な物資は決まった日とかに近隣の町などから届けられるのだろう。

「ゴブリンか」
「うふふ、おやつですわね」
「そうだな」

 誰も通らない森と林の境のような道を、俺たちはずっと進んでいく。途中、野生のスライムやゴブリンが度々襲い掛かってくるが、俺たちの敵ではない。

「いただきまーす」
「いただきますですわ」

 襲って来たゴブリンは血を吸っておやつにする。吸血して弱らせた上で、同行する蝙蝠たちに倒させてレベリングさせる。

「またゴブリンか」
「もうお腹一杯ですわ」

 出るのは相手にならないモンスターばかりで命の危険がなくてよいばかりだが、こうも湧いて来ると少々鬱陶しいな。いちいち追っ払うのが面倒くさい。
 俺たちの場合、普通に敵を倒しても経験値にならないから、相手にするだけ時間の無駄になるんだよね。

 まあ蝙蝠に相手させれば経験値の無駄にはならないが、それはそれで時間がかかってしまうからな。面倒と言えば面倒だ。

 それにしても、モンスターたちは力の差がわからないのだろうか? そんなに馬鹿なのだろうか?

「ご主人様、上位種族である吸血鬼の姿を見せればザコは勝手に引いていきますわ。モンスターの本能でそうなっています」
「へえそうなのか」

 やたらモンスターに襲われる理由をエリザが説明してくれた
 原因はスキル【変化】のせいらしい。今は人間の姿に化けているから、吸血鬼の持つ力やプレッシャーが隠れて見えるようだ。それで馬鹿な低級モンスターが襲ってくるというわけだ。

「吸血鬼本来の姿を晒せばザコ魔物など逃げていきますわ。そうされますか?」
「いや、やめておこう。どこに人の目があるかわからないし、面倒だけど人間に化けたままの状態でいこう」
「はい、わかりましたわ」

 吸血鬼の姿をしていればザコは襲って来ないみたいだが、万が一人間とかに姿を見られるという可能性を考えると、変化を解く気にはなれなかった。このまま変化したまま進むのがよかろう。

 変化がうっかり解けてしまわないように、定期的にスキルをかけ直しながら、俺たちは道を進んでいった。

 まあ結論から言うと、誰にも会わなくて杞憂だったんだけどね。こんなことなら吸血鬼の姿を晒しても良かったかな。まあ結果論だから仕方ないけども。

「――お、あれがそうか?」

 半日以上歩き、ようやく目当ての村らしきものが見えてきた。

 建物がずらりと並んでいる。中世レベルの建物なので近代的な趣は一切感じられない。ただファンタジー要素のある世界だからか、前世での中世のイメージよりかは随分綺麗な街並みであった。
 捕虜の情報によると、魔法や魔道具が普及しているみたいだから、衛生面の技術はそれなりに進んでいるのだろう。

 やっとエデン村に辿り着くことができた。

「ん? 移住者か?」
「いえ。旅人です。少し滞在したいのですが」

 村の入口には門番が立っていて、色々と尋ねられることになった。村の自警団の人みたいだ。

「そうか、こんな辺鄙な村に夫婦で訪れるなんて珍しいな。特に何もない村だがゆっくりしていけ。面倒ごとは起こすなよ。あと危害加えられないように気をつけろ。この村は開拓村だから荒くれ者が多いからな。アンタの奥さん美人だから気をつけておけよ」
「わかってます。お世話になります」

 適当な身分を偽る。色々詳しく検められるかと思いきや、そんなことはなかった。

「名前を教えてもらえるか?」
「ヨミトとエリザだ」
「ヨミトとエリザね。武器はショートソード二本……。よし、いいぞ、行ってよし」

 名前と風貌、それから武器の登録だけさせられると、俺たちはそのまま村の中に入ることができた。

 村には申し訳程度の柵が設置されており、森と村との境界線になっていた。森の中に切り開かれた村って感じだ。夜間ならわざわざ入口を通らないでも、村の内外をこっそり行き来できそうだな。

 まあ巡回している見張りはいるだろうから、見つかったら面倒そうだけどね。スキル【変化】を持っている俺たちにはあまり関係のない話だが。

 村の入口のすぐ近くには門番の詰め所があり、それを過ぎて少し歩くと、商業エリアだった。

 商業エリアといっても、特に面白そうな店は何もない。保存食みたいなのと雑貨を売っている店が数軒、あとは宿屋が数軒ってところだ。

 商業エリアの向こうには居住区画があり、その奥が開拓民たちの仕事場となっていた。

「うわ~。思ったよりもしょぼい村だなぁ。何もないじゃん」
「うふふ、ご主人様、村人に聞かれたら気を悪くされますわ。確かにしょぼい村でございますけどね。うふふ」
「ああ悪い。ついな」

 本当にしょぼい村って感じだ。
 でも最近開かれたばかりの村ならそんなもんなのかもな。これから発展していくのかもしれない。

(村はしょぼいけど念願のファンタジー世界だぜ! テンション上がるな~)

 しょぼい村だけど、村内を回っているとちょっとだけワクワクした気分になれた。こういうファンタジーな世界に来てみたいと、前世では願ったりしたこともあったからな。

 夢が叶ったな。まさかアニメみたいに死んで異世界に転生するとは思わなかったよ。

 それなりに栄えてるらしいミッドロウの町に行けばもっとファンタジー気分を味わえるだろうし、そのうち行ってみたいな。こうして実際に異世界の村を訪れてみると、夢は広がるぜ。

(うーん。思ったよりもショボいな。新たに宿屋を出店するのは厳しそうだぞ)

 一通り村を見て回った。
 開拓中の村だからか、主要な産業とかはないみたいだ。強いて言うならば森を開拓するのがメインの仕事。王都からぶち込まれる開拓費という名の税金が巡り巡って住人たちを潤している――それだけの村らしい。

 村の経済規模を計るに、宿を新規オープンしても儲かりそうになかった。既存の宿屋と競合して大変そうだ。

 俺の場合、ダンジョンマスターの力があるので無理やりでも経営を続けることができるが、無理やりな経営を続けると周囲に違和感を持たれてしまうだろう。

(それに、こんな田舎村だと新規出店すると悪目立ちしそうだな。困ったもんだ)

 土地さえ手に入れればすんなり二号店をオープンできるかと思ったが、そうはならなかった。
 中々思い通りにいかないものである。現地調査してみないと見えてこないものもあるな。

(とりあえずこの世界の宿がどんなもんか調べてみるか)

 日も暮れてきたので、ひとまず俺たちは宿をとることにした。数軒あった宿屋の内、見た目が最も綺麗な宿屋に宿泊してみる。

「いらっしゃい。二名様かい?」
「はい」

 そこそこ身なりの良いオッサンが一人で経営する小さな宿だ。小さな宿っていっても、この村にある宿はどこも似たり寄ったりだけどね。

 建物は平屋で、部屋は全部で五つしかない。それぞれの部屋にはベッドが置いてあるだけの粗末なつくりだった。

 宿の敷地内には水浴び場があったのでそれは有難かった。一日でも水浴びできないと気持ち悪いからな。

 本当は温かい風呂がいいけど、そんな贅沢も言ってられないだろう。ダンジョン基準の贅沢な生活は余所では到底無理だ。

「ご主人様の作る御飯より不味いですわね」
「こらエリザ。もっと小さい声で喋れ」
「ふふっ、失礼しましたわ」

 宿の夕食はパンとスープと焼き魚、それからアプルゥの実だった。
 パンは硬いし、スープは塩味ってだけで旨みも何もない。魚は塩漬けしたものなのか凄いしょっぱい。まあ控え目に言って、不味い食事だな。

 宿代は一人一晩1シル銀貨だった。不味い飯付き、水浴びサービス付きで、それくらいが相場らしい。

 まあ相場がわかったのは上々だ。俺たちが商売を始める際も、それを基準に考えていこう。
 夕飯は不味かったが、この世界の新しい知識が色々得られたのはよかった。
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