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一章
宿泊者名簿No.6 エデン村開拓団団長チュウ(上)
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あの吸血鬼――ヨミトの旦那と契約を果たしたことで、俺は開拓団団長としての座に返り咲くことができた。憎きゴルドの糞野郎とその一派は死に、エデン村には再び平和が訪れることとなった。
ヨミトの旦那が現れなければ、俺たち一家はどうなっていたかわからん。
妻フウは未だに売りに出ていただろうし、息子のユウは満足な飯も食えずに栄養失調になっていたかもしれん。俺は未だに寝たきりの生活を送り、家は困窮したままだったろう。
村の仲間だって、ゴルドたちに好き勝手やられていたままだったろう。俺の亡き親友ジャックの嫁のエレーナだって、ゴルドたちの慰み者のままだったろう。ジャックの忘れ形見のアリアちゃんにまでその毒牙が伸びていたかもしれねえ。
それを思えば、ヨミトの旦那には感謝しかない。俺の怪我を治した上にゴルドたちまで殺してくれ、さらには不老不死という歴代の王侯貴族が願っても叶えられなかったような望外の力までポンと気前よく授けてくれたのだからな。
とはいっても、本来、人間と魔物とが手を結ぶなんてことはあってはならないことなのかもしれない。吸血鬼なんて恐ろしい存在に手を貸してはいけないのかもしれない。
村の仲間たちを売り、知らず知らずの内に血を提供させるというのは、俺にとってそれなりに心理的抵抗があることだった。村人たちに害なんてほとんどないとはいえ、村人たちを裏切っていることには変わりがないし、人類を裏切って魔物が強くなることに手を貸しているのも同然のことだからだ。人間としてどうかと思い悩んだ。
その罪悪感も、時が過ぎるにしたがって次第に薄れていくこととなった。ヨミトの旦那は基本、善良な人間に対して殺したり酷いことをしなかったからだ。村の連中を殺したりなんて絶対にしなかった。人に施しをして、その対価に血をちょこっと頂くだけだった。
こう言っちゃヨミトの旦那に失礼かもしれないが、そこらへんにいる吸血する虫よりマシだ。虫に刺されるとかゆくなってしまう害があるが、吸血鬼に吸血されたって害なんてなかった。ちょっと血が抜けちまうだけだ。虫よりも害が少ない。
だったら別にいいんじゃないか。ヨミトの旦那って恐ろしい魔物だけど、虫よりも害がないし――そう思うようになった。
罪悪感を誤魔化して自己の行いを正当化するための方便かもしれないが、時間が経つにつれてそう思うようになっていった。
そして、ヨミトの旦那と契約を果たして幾日か過ぎたある日のことだ。村人を騙しているという罪悪感も薄れてきた頃、俺は不意に不安感に襲われた。
家族の中で俺だけ不老不死であるということに不安と恐怖を覚えたのだ。この幸せな生活は永遠には続かないと、そう思ってしまった。
不安感に苛まれどうしようもなく思った俺は、ヨミトの旦那に妻フウと息子ユウも眷属にしてもらうようお願いすることにした。妻も息子も、ヨミトの旦那には感謝しているのか、眷属になることに賛成してくれた。
「勿論いいよ。それじゃ一家で俺のダンジョンに永久就職してね」
断られるかと思ったが、あっさり承諾をもらえた。そして無事契約を終え、俺たち一家全員、吸血鬼の眷属になった。
「それじゃチュウの家もダンジョン化させて転移陣を設置しておこうか」
「ダンジョン? 転移陣?」
ヨミトの旦那は俺の家の地下に新たな部屋を作り出し、異空間に繋がる扉を作った。
そしてその扉を潜ると、そこには異世界が広がっていた。畑、防衛設備、家といったものが備わった、一つの村とも呼べる世界が広がっていた。
「ようこそ。ここが俺のダンジョンさ」
「これが、ダンジョン……」
ヨミトの旦那はただの吸血鬼ではなかった。魔王とも呼ばれる伝説の存在、ダンジョンマスターであったらしい。空間すら自由自在に操れる化け物中の化け物だったのだ。
「この家をチュウ一家にあげるよ。この家の中にある転移陣を経由して、ダンジョンの自宅とエデン村の自宅を行き来して欲しい」
「この家、エデン村にある俺の家より立派じゃねえか……」
「ハハ、そうかもね」
こうして眷属となった俺たち一家は、ダンジョン内に新たに居を構えることとなった。エデン村の家とは別の家を、ダンジョン内に持つことになったのだ。言わば別荘だ。
「父ちゃん、凄いね!」
「ああそうだな」
まさか別荘を持つ日が来るなんて夢にも思わなかったぜ。しかも家の地下を経由すれば、すぐに移動できる便利すぎる別荘だ。上級冒険者しかお目にかかることのない、魔物の巣と言われるダンジョンの中にある別荘だ。
夢にも思えることだが、それは紛れもない現実であった。
「あらチュウさん、こんにちは」
「チュウおじさん、こんにちはー」
「エレーナさん、それにアリアちゃんか。こんにちは」
ダンジョンの俺の向かいの家は、エレーナさん一家の家だった。
俺たち一家が家から出ると、たまたまエレーナさんと娘のアリアちゃんが庭仕事をしている現場に遭遇することになった。
「アリアちゃんもヨミトの旦那の眷属になったのか?」
「うん、そうだよおじさん」
「ええこの通り」
俺が問うと、二人は右手の甲に浮かんだ紋様を見せてきた。
眷属になったことを示す刻印だ。普段は隠れていて見えないのだが、それを示そうとすれば浮かび上がってくる。
どうやらエレーナさんは勿論のこと、アリアちゃんも眷属になったらしいな。刻印が浮かび上がっているのを見るに、それは間違いないようだ。
「フウさんとユウ君も、ヨミト様の眷属になったんですか?」
「ああこの通りな」
エレーナさんの問いに、俺たち一家も眷属の刻印を浮かび上がらせて見せてやる。
「アリアちゃん見て見て」
「アタシだってできるよ」
ユウとアリアちゃんは刻印を手やら額やらに何度も浮かび上がらせて遊んでやがる。なんとも楽しそうだ。
「俺一人だと寂しいからな」
「ふふそうですよね。ヨミト様ならきっと悪いようにはしませんし、一家でお仕えするのが賢明ですよ」
エレーナさんはすっかりヨミトの旦那の虜らしかった。血を吸われて、すっかり調教されちまってるようだった。吸血鬼のヨミトの旦那のことを凄い愛おしそうに、ヨミト様、なんて呼んでやがった。
「それじゃ、私たちはこれで」
「ああ」
エレーナさんたちと別れ、俺たち一家はダンジョン内の散策に戻る。
「こんにちはフウさん」
「こんにちはヒイちゃんミイちゃん」
エレーナさんたちと別れてすぐ、二人の女の子が話しかけてきた。フウがすぐに応対する。
フウとは知り合いらしいが、俺との面識はない。村で何度か見かけたことがあるので、顔は覚えているがな。
彼女たちもヨミトの旦那の虜らしかった。
「ヒイです」
「ミイです」
「ああよろしく。俺はチュウだ」
ヒイとミイ。確か最近になってエレーナの宿で従業員として働き始めた子だったか。ウチのフウも宿で働き始めたから、三人はそれなりに仲が良いようだ。
(エレーナさんも俺もあの子たちも、もう完全に悪魔の手先だな。もう後には戻れねえな)
ヨミトの旦那がある限り、旦那の庇護の下、俺たちは永遠の繁栄を手に入れることができたといえよう。素晴らしいことであるが、怖い気もする。だが……。
(フウのやつ、めっちゃ良い笑顔で笑ってやがるな)
だがそんなこと、フウたちが笑顔で語らっているのを見ると、どうでもいいように思えてくる。
(まあいいか。ヨミトの旦那の下、楽しく暮らさせてもらおう)
家族の笑顔を見ていると、もはや罪悪感も何もなくなった。悪魔に魂を売ったことに何の後悔もなくなった。この家族の笑顔は、旦那と契約しなければきっと得られなかったものだろうから。
俺は悪魔に魂を売った。人間をやめて、ヨミトの旦那に尽くす魔の道を選んだのだった。
ヨミトの旦那が現れなければ、俺たち一家はどうなっていたかわからん。
妻フウは未だに売りに出ていただろうし、息子のユウは満足な飯も食えずに栄養失調になっていたかもしれん。俺は未だに寝たきりの生活を送り、家は困窮したままだったろう。
村の仲間だって、ゴルドたちに好き勝手やられていたままだったろう。俺の亡き親友ジャックの嫁のエレーナだって、ゴルドたちの慰み者のままだったろう。ジャックの忘れ形見のアリアちゃんにまでその毒牙が伸びていたかもしれねえ。
それを思えば、ヨミトの旦那には感謝しかない。俺の怪我を治した上にゴルドたちまで殺してくれ、さらには不老不死という歴代の王侯貴族が願っても叶えられなかったような望外の力までポンと気前よく授けてくれたのだからな。
とはいっても、本来、人間と魔物とが手を結ぶなんてことはあってはならないことなのかもしれない。吸血鬼なんて恐ろしい存在に手を貸してはいけないのかもしれない。
村の仲間たちを売り、知らず知らずの内に血を提供させるというのは、俺にとってそれなりに心理的抵抗があることだった。村人たちに害なんてほとんどないとはいえ、村人たちを裏切っていることには変わりがないし、人類を裏切って魔物が強くなることに手を貸しているのも同然のことだからだ。人間としてどうかと思い悩んだ。
その罪悪感も、時が過ぎるにしたがって次第に薄れていくこととなった。ヨミトの旦那は基本、善良な人間に対して殺したり酷いことをしなかったからだ。村の連中を殺したりなんて絶対にしなかった。人に施しをして、その対価に血をちょこっと頂くだけだった。
こう言っちゃヨミトの旦那に失礼かもしれないが、そこらへんにいる吸血する虫よりマシだ。虫に刺されるとかゆくなってしまう害があるが、吸血鬼に吸血されたって害なんてなかった。ちょっと血が抜けちまうだけだ。虫よりも害が少ない。
だったら別にいいんじゃないか。ヨミトの旦那って恐ろしい魔物だけど、虫よりも害がないし――そう思うようになった。
罪悪感を誤魔化して自己の行いを正当化するための方便かもしれないが、時間が経つにつれてそう思うようになっていった。
そして、ヨミトの旦那と契約を果たして幾日か過ぎたある日のことだ。村人を騙しているという罪悪感も薄れてきた頃、俺は不意に不安感に襲われた。
家族の中で俺だけ不老不死であるということに不安と恐怖を覚えたのだ。この幸せな生活は永遠には続かないと、そう思ってしまった。
不安感に苛まれどうしようもなく思った俺は、ヨミトの旦那に妻フウと息子ユウも眷属にしてもらうようお願いすることにした。妻も息子も、ヨミトの旦那には感謝しているのか、眷属になることに賛成してくれた。
「勿論いいよ。それじゃ一家で俺のダンジョンに永久就職してね」
断られるかと思ったが、あっさり承諾をもらえた。そして無事契約を終え、俺たち一家全員、吸血鬼の眷属になった。
「それじゃチュウの家もダンジョン化させて転移陣を設置しておこうか」
「ダンジョン? 転移陣?」
ヨミトの旦那は俺の家の地下に新たな部屋を作り出し、異空間に繋がる扉を作った。
そしてその扉を潜ると、そこには異世界が広がっていた。畑、防衛設備、家といったものが備わった、一つの村とも呼べる世界が広がっていた。
「ようこそ。ここが俺のダンジョンさ」
「これが、ダンジョン……」
ヨミトの旦那はただの吸血鬼ではなかった。魔王とも呼ばれる伝説の存在、ダンジョンマスターであったらしい。空間すら自由自在に操れる化け物中の化け物だったのだ。
「この家をチュウ一家にあげるよ。この家の中にある転移陣を経由して、ダンジョンの自宅とエデン村の自宅を行き来して欲しい」
「この家、エデン村にある俺の家より立派じゃねえか……」
「ハハ、そうかもね」
こうして眷属となった俺たち一家は、ダンジョン内に新たに居を構えることとなった。エデン村の家とは別の家を、ダンジョン内に持つことになったのだ。言わば別荘だ。
「父ちゃん、凄いね!」
「ああそうだな」
まさか別荘を持つ日が来るなんて夢にも思わなかったぜ。しかも家の地下を経由すれば、すぐに移動できる便利すぎる別荘だ。上級冒険者しかお目にかかることのない、魔物の巣と言われるダンジョンの中にある別荘だ。
夢にも思えることだが、それは紛れもない現実であった。
「あらチュウさん、こんにちは」
「チュウおじさん、こんにちはー」
「エレーナさん、それにアリアちゃんか。こんにちは」
ダンジョンの俺の向かいの家は、エレーナさん一家の家だった。
俺たち一家が家から出ると、たまたまエレーナさんと娘のアリアちゃんが庭仕事をしている現場に遭遇することになった。
「アリアちゃんもヨミトの旦那の眷属になったのか?」
「うん、そうだよおじさん」
「ええこの通り」
俺が問うと、二人は右手の甲に浮かんだ紋様を見せてきた。
眷属になったことを示す刻印だ。普段は隠れていて見えないのだが、それを示そうとすれば浮かび上がってくる。
どうやらエレーナさんは勿論のこと、アリアちゃんも眷属になったらしいな。刻印が浮かび上がっているのを見るに、それは間違いないようだ。
「フウさんとユウ君も、ヨミト様の眷属になったんですか?」
「ああこの通りな」
エレーナさんの問いに、俺たち一家も眷属の刻印を浮かび上がらせて見せてやる。
「アリアちゃん見て見て」
「アタシだってできるよ」
ユウとアリアちゃんは刻印を手やら額やらに何度も浮かび上がらせて遊んでやがる。なんとも楽しそうだ。
「俺一人だと寂しいからな」
「ふふそうですよね。ヨミト様ならきっと悪いようにはしませんし、一家でお仕えするのが賢明ですよ」
エレーナさんはすっかりヨミトの旦那の虜らしかった。血を吸われて、すっかり調教されちまってるようだった。吸血鬼のヨミトの旦那のことを凄い愛おしそうに、ヨミト様、なんて呼んでやがった。
「それじゃ、私たちはこれで」
「ああ」
エレーナさんたちと別れ、俺たち一家はダンジョン内の散策に戻る。
「こんにちはフウさん」
「こんにちはヒイちゃんミイちゃん」
エレーナさんたちと別れてすぐ、二人の女の子が話しかけてきた。フウがすぐに応対する。
フウとは知り合いらしいが、俺との面識はない。村で何度か見かけたことがあるので、顔は覚えているがな。
彼女たちもヨミトの旦那の虜らしかった。
「ヒイです」
「ミイです」
「ああよろしく。俺はチュウだ」
ヒイとミイ。確か最近になってエレーナの宿で従業員として働き始めた子だったか。ウチのフウも宿で働き始めたから、三人はそれなりに仲が良いようだ。
(エレーナさんも俺もあの子たちも、もう完全に悪魔の手先だな。もう後には戻れねえな)
ヨミトの旦那がある限り、旦那の庇護の下、俺たちは永遠の繁栄を手に入れることができたといえよう。素晴らしいことであるが、怖い気もする。だが……。
(フウのやつ、めっちゃ良い笑顔で笑ってやがるな)
だがそんなこと、フウたちが笑顔で語らっているのを見ると、どうでもいいように思えてくる。
(まあいいか。ヨミトの旦那の下、楽しく暮らさせてもらおう)
家族の笑顔を見ていると、もはや罪悪感も何もなくなった。悪魔に魂を売ったことに何の後悔もなくなった。この家族の笑顔は、旦那と契約しなければきっと得られなかったものだろうから。
俺は悪魔に魂を売った。人間をやめて、ヨミトの旦那に尽くす魔の道を選んだのだった。
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