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二章

鉄等級昇級試験1/3

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 秋も深まってきた。そろそろ日中でも肌寒い季節になった。
 そんな時節、俺とエリザは、冒険者の仕事(といっても農場の草取りとかの仕事ばかりだが)をして冒険者としてのキャリアを着実に積みつつ、ダンジョンに帰っては眷属たちの面倒を見たり――そんなことをして過ごしている。

 眷属に勧誘しようと思っている元冒険者の娼婦――レイラとメリッサ。彼女たちについてだが、眷属にするにはもうしばらく時間がかかりそうだ。

 彼女たちを身請けするためには、二人合わせて約180ゴルゴン金貨が必要である。そんな大金をすぐに用意するのは無理なので、今しばらく時間がかかる。

 金策はカーネラに一任してある。ダンジョンマスターの能力を使って“ショップ”から購入したアイテムを、カーネラに頼んで横流ししてもらって金を稼いでいる。

 ダンジョン産のアイテムの横流しは、思ったよりもいい金になることがわかった。どんな怪我でも治せる回復ポーションや魔法効果付属の装備品類はかなりの高値で売り払うことができた。
 ものによっては一品だけで数ゴルゴンも稼げてボロ儲けだった。元手は俺の宿に泊まった客から得たダンジョンマナだから、タダ同然である。最高だ。

 本当、ダンジョンマスターってチートな存在だね。転生チート万歳って感じだ。

 まあそういうわけで、ダンジョン産のアイテムはわりと高値で売れる。だから無理をすれば身請け費用の180ゴルゴンくらいはすぐに用意できるのだけれど、無理して頻繁に貴重品(俺にとっては全然貴重品じゃないけど)を横流しすると周囲に不審がられるだろうし、下手したらカーネラの背後にいる俺の存在が露呈してしまう恐れがある。

 せっかく手に入れた拠点(カーネラの宿)を潰したくはない。であるから横流しは頻繁にせず、ある程度期間を置いたりして慎重にやっているというわけだ。だからどうしても時間がかかってしまう。

 内心嫌々で娼婦をやっていて一刻も早く辞めたいであろうレイラとメリッサには悪いが、もうしばらく辛抱してもらおう。もう数ヶ月の辛抱だ。
 まあ本来なら卒業まで何年もかかるところがあと数ヶ月で済むのだから、彼女たちにとってはそれでも有難い話だろう。

 さて、話は変わるが、現在の俺はというと、エリザと共にギルドに赴いている。
 冒険者の仕事をやろうとしているわけではなく、ある目的のために訪れている。

「――おお、人がいっぱい集まっているな。全員俺たちと同じ受験者だな」
「そのようですわね」

 お昼前という微妙な時間帯。いつもなら冒険者たちは仕事に出ているので、ギルドは閑散としているはずである。

 だが現在のギルドは大賑わいとなっている。
 本日、鉄等級の昇級試験があるので、それを受けるために参加者たちがやって来ていて、それで大賑わいであるというわけだ。俺たちも受験者の一人である。

「一発合格したいなぁ」
「ですわね。もう雑用はこりごりですわ」

 鉄等級になれば町の外に出る仕事に就けるので、ようやく冒険者らしい仕事ができるようになる。
 もう農場での農作業や町中での猫探しとかの仕事は飽きた。さっさと試験を突破して鉄等級に上がりたいところだ。

「鉄等級の試験は、筆記と実技に分かれます。まずは筆記試験を受けてもらいます。受験者は一階窓口で受験手続きを済ませたら、二階の部屋へ向かってください」

 担当のギルド職員の指示に従って受験手続きを済ませ、二階の筆記試験が行われる部屋に入る。
 受験申し込み手続きを同時にやったからか、エリザは隣の席だった。

 身内同士で集まったらカンニングし放題でカンニング対策とか大丈夫なのかと思ったが、鉄等級というあまり大したことのないランクの試験だからか、ギルド側もあまり面倒なチェックはしていないようだった。きっともっと上のランクの昇級試験だと、もっと面倒なのだろう。

「――では始め!」

 試験官がそう声を上げると同時、大勢の受験者が与えられた羽ペンを一斉に手にとり、配られた問題用紙に解答を記入していく。羽ペンをカリカリと動かす音のみが会場に響く。

 前世で経験した受験を思い出してなんとなく懐かしい気分に浸れるな。こういう雰囲気は久しぶりだ。殺し合いとはまた違った緊張感で面白い。

(ゴブリンの特徴か。余裕すぎる問題だな)

 試験問題はそれほど難しいものではなかった。一般常識を問う問題やら、モンスターの特徴とかを答える問題などが出題されていた。

 俺とエリザにとって、ゴブリンの特徴を記述する問題なんて余裕もいいところだった。
 だってゴブリンなんて、ウチのダンジョンに住んでいるからね。毎日のように顔を合わせているから、精巧な似顔絵を描けって言われても楽勝だよ。

(満点とはいかないが、かなりいい線いったな)

 一般常識でわからない問題が幾つかあったが、他は全部解答できた。合格点ラインは余裕で突破できるだろう。残るは実技だな。

「お昼休憩の後、実技試験に入ります。受ける方は時間になったらギルド裏の稽古場に集まってください。筆記試験に自信がなく、今回は諦める方はそのまま帰って構いません」

 筆記試験の成果が芳しくなくてよほど自信がない人以外は、ほとんど全員が実技試験に進むようだった。

 受験者たちは試験が終わると、そのままギルド隣の酒場に移って昼飯を食い始めた。知り合い同士でまとまって、がやがやと楽しんでいる。

 ギルド隣の酒場にとって、今日はちょっとした臨時収入日となっているようだ。この時間帯、いつもはこんなに繁盛していないだろう。

「おっさん、はよ飯作れや。こっちは早く食って午後の試験に備えねえとなんだよ」
「五月蝿ぇ、デックのくせに態度でかいぞお前」
「はっ、そのデックという不名誉な称号も今日までだぜ。今日の試験を突破して、俺は晴れて鉄等級になるんだからな。行く行くは虹等級だぜ!」
「言うじゃねえか三下がよ」

 意気がった冒険者と酒場の親父が、愉快な会話を繰り広げていた。

「相変わらずこの店は下郎が多いですわね。クソみたいなお店ですわ。まあ今は昼なので、夜の雰囲気よりはだいぶマシですが」

 エリザがしかめっ面をしながら言う。
 冒険者御用達のこの店の雑多な雰囲気は、お嬢様気質のエリザにはやはり合わないようだ。
 まあ今日一日だけの話だから辛抱して欲しい。

「ヨミトさんエリザさん、お久しぶりです。空いている隣の席、いいですか?」
「ああパープル君、こんにちは。どうぞどうぞ」
「お久しぶりですわ」

 俺とエリザだけでテーブルを占領して飯を食っていると、パープルが声をかけてきた。

 この町に拠点を構えてからというもの、彼とは農場仕事とかで何度も顔を合わせており、それなりに親しくなっている。ゆえに以前よりも砕けた口調で接している。

「パープル君も試験?」
「はい。ヨミトさんたちとは別室だったようですね」

 普段はこの酒場でアルバイトをしているパープルだが、今日は俺たちと同じ客側だった。どうやら俺たちと同じく昇級試験を受けていたらしい。

「ヨミトさんたち、筆記試験はどうでした?」
「ほぼ全て解答できたよ。パープル君は?」
「ええ。僕も一応全部解答できました」
「それは素晴らしいね」

 パープルは解答欄を全部埋められたという。
 この子、頭良さそうだし、試験なんて楽勝そうだな。

「ヨミトさんたち、普段はどこを拠点にしているんですか?」
「ミッドロウの宵蝶ってとこだよ」
「えっ、あの有名な花宿ですか!? それは凄い! そこで住み込みで働いているんですか?」
「まあね。雑用してるよ」
「そうですよね。木等級だから副業しないと食べていけませんし」

 本当はバイトではなく店のオーナーなのだが、そういうことにしておこう。
 適当にはぐらかした返事をしておく。

「そろそろですね」
「ああ行かないとだね」

 飯を食いつつパープルと雑談して過ごしていると、あっという間にお昼休みの時間が過ぎていった。
 そして俺たちは午後の実技試験に臨むことになった。
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