吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

文字の大きさ
110 / 291
三章

宿泊者名簿No.10 気狂い校長カニバル2/8

しおりを挟む
「君たちは来年にはこの学校を卒業することになるだろう。この専攻課程を修めているほとんどの人間は王宮料理人にはなれない。市中に出て店を開いたりすることになるだろう。商売を始めることを考えている人は大勢いると思うが、いかんせん君たちには知識があっても常識というものがない。お坊ちゃんにお嬢ちゃんばかりだ。それでは商売などやっても上手くいかん。君たちには庶民の常識についてもっと詳しく知ってもらう必要がある。そこでだ」

 高等院の課程三年の内、残り一年ちょっとといった頃になると、残っている学生はワシやスイーツと似たような家庭状況の子がほとんどとなった。ゴミ庶民出身も残っていたが、いずれも裕福な者が多く、浮世離れした人間が多かった。

 学校側はそれを危惧し、お節介にも民間人の先生を登用し、常識を学ばせようとしてくれたらしい。

「紹介しよう。ベイカー先生だ。先生、入ってくれたまえ」
「おう」

 校長に導かれ、一人の男が教室に入ってきた。
 精悍な顔つきをした偉丈夫であった。年の頃は四十を超えているだろうが、その顔は年齢を感じさせないほど精気に満ち溢れたいた。

「ふぅ。校長にもらった煙草は美味いぜ。やはり貴族街で流通してるもんは格別だな」

 その男は教室内にも関わらず、校長の目の前だというのにも関わらず、堂々と煙草を吸っていた。
 そんな大それたことをしているというのに少しも悪びれた様子がない。料理人というよりは野卑な軍人と言われた方が納得できる男であった。

「何だあの男……」
「教室で煙草吸ってる……だと?」
「カッコイイ!」
「あれが庶民の常識なのか?」
「ありえない……」

 野蛮人の男の登場に、教室内はざわつき出した。

「ベイカー先生は元銅等級の冒険者だ。先の戦では王国側の傭兵としても戦ってくれ、多大なる戦果を挙げてくれた英雄だ。彼の顔にある大きな傷跡はその時できたものだ」
「よしてくれよ校長先生。過去の話だぜ?」
「君たち、失礼なことしてぶん殴られないようにな。失礼なことをすれば下級貴族の子だろうと容赦なく鉄拳が飛ぶぞ?」
「おいおい。人をそこらへんのチンピラみてえに言うなよ。勘弁してくれよ校長先生」
「実際、チンピラにしか見えんだろう。学生たちが目を丸くしておるわ!」
「ハハ、そういう校長先生も十分チンピラに見えるぜ?」
「ガハハ! 確かにな! お互い様だな!」
「違ぇねえ!」

 ベイカーは校長と豪快に笑い合っていた。

「あの新任の先生やべぇぞ……」
「ああ。鬼校長と対等に話してやがる」

 当時の校長はベイカーに負けず劣らずの偉丈夫であり、鬼校長と周囲に恐れられていた。若い頃には単身で敵陣の兵糧庫に忍び込んで高級食材を盗み出し、それを指揮下の兵士たちに振舞って士気を上げたという武勇伝を持つ男であった。

 そんな鬼校長の放つ威圧感に気圧されず、ベイカーは笑って対等に話していた。

 ベイカーという男は、極めて異質な存在であった。

 ワシたち学生は呆気に取られながら新任の先生(ベイカー)の登場を眺めていた。

「凄いね! ベイカー先生のお話って超面白いね! カッコイイね!」
「面白いのはまあ同意するが、別に格好良くはないと思うぞ」
「えー、凄いカッコイイよ~」

 スイーツはベイカーなる野蛮な男の授業にいつも目を輝かせていた。
 悔しいがワシもそれは一緒だった。こんな男は今までに会ったこともなかった。

 ベイカーは戦場を渡り歩いたという凄みを持つと同時、平民育ち特有の親しみやすさも持っていた。下級貴族の子弟が師事するのに納得するだけの戦場での武勲もあった。無論、料理の腕もピカイチだった。

 親しみやすく話も上手く頼りになる王国の英雄――それがベイカーという男だった。

 そんな男が学生たちの人気にならないわけがなかった。

(こんな男が父親だったら人生面白かっただろうな)

 ワシの父は文官気質であり、なよなよとしたところがあった。外面はいいが、家庭内では暴れ回る内弁慶。

 ワシはそんな父を内心では毛嫌いしていたので、不本意であるがベイカーに対して父性のようなものを少し感じてしまっていた。ゴミ庶民出身の野卑な男だというのに、心のどこかで憧れのようなものを抱いてしまっていた。

 男として生まれなば、かくありたかったと……。

「決めた! アタシ、卒研はベイカー先生に師事する!」
「待てよスイーツ。卒研は王宮と繋がりの深いゴマスリー先生の下でするって、前に一緒に決めたじゃないか」
「もう決めちゃったもん。カニバルはゴマスリー先生のとこで頑張ればいいじゃない。二人とも同じところにするより、コネが広がっていいんじゃない?」
「……わかったよ。それじゃあ俺はゴマスリーのところにするよ」

 スイーツはよほどベイカーという男が気に入ったようであった。貴族街では見たことも聞いたこともない話をしてくれるからだろう。

 ベイカーの研究室では、野生の魔物を捕らえて解体調理するといった野蛮なことをやっているらしかった。それが物好きな学生たちの耳目を惹きつけているようであった。世間知らずのお嬢様であったスイーツには、それがとても魅力的に感じられたらしい。

 王宮料理番に選ばれるためにはどこの研究室に所属するのが正解か、という観点から考えれば、ゴマスリーという男の研究室を選ぶのが一番合理的だった。

 だというのに、スイーツはお遊びであるベイカーの研究室を志望するようになってしまったのである。

(まあよいか。これで料理番には、俺が一番近づいたってことになるな)

 出世競争からスイーツが脱落したことにより、ワシが料理番になることはほぼ確定したようなものであった。

 貴族街にしがみつくためとはいえ、女房に庇護されるというのは出来れば避けたい事態であったので、スイーツの心変わりはワシにとっても好都合だった。

 晴れて下級貴族となり、堂々とスイーツを嫁に迎えよう――ワシはそう思った。

(今日も研究が急がしくてスイーツとは会えなかったか。だがもうしばらくの辛抱だ)

 お互い違う研究室に所属し、すれ違いの日々が多くなっていった。一日中顔を合わせない日も多くなった。

(スイーツは今日もあやつの研究室か)

 ベイカーの研究室は、ワシの所属する研究室から見て、往来を挟んだ真向かいの建物にあった。

 寂しさを感じた時、ワシはいつも研究室の窓から向かいの建物を覗いた。そこにスイーツがいるに違いないと思い、彼女の姿を想像して思い続けた。そうして忙しい中、自らの心を慰め続けた。

「あっ、あっ、んあ♡」
「毎度毎度五月蝿いなぁ。豚でも絞めているのか?」

 ベイカーの研究室からはいつも魔道具の光が漏れていた。所用のために傍を通ると、魔物か家畜でも絞め殺しているのか、甲高い鳴き声がいつも聞こえていた。

(ふん、お遊びの研究室が一丁前に今日も夜遅くまで研究か。ご苦労なことだ)

 そんな毒づいたことを思いながら、ワシはベイカーの研究室を睨みつけていた。いつもスイーツと一緒にいるベイカーという男に嫉妬していたのかもしれない。

「先生、ちゃんと貴族街入り口まで送ってくださいね~。女性をエスコートするのは大人の男性の義務ですよ~」
「ったく、しょうがねえな」

 ある時、ワシはスイーツとベイカーの二人が仲良さそうに研究室から出ていくのを目撃してしまった。仲良く手まで繋いでいた。

(まさか!? 浮気!? いや、そんなことはありえんか……でも……)

 激しい嫉妬に駆られたワシはすぐにその場へと駆け出して事情を問い詰めたいと思った。

 だがそれは叶わぬことであった。

「カニバル君、よそ見して遊んでちゃいかんよ。ちゃんと研究に集中してくれたまえ」
「あっ、はい。先生」

 ワシの研究室は昼夜問わず極めて忙しかった。些細なことに囚われている余裕などなかったのだった。

(まあまさか浮気なんてことはあるまい。ゴミ庶民出身の四十路爺と貴族街育ちの若いお嬢様じゃ釣り合わないものな。下手に嫉妬心を露にしてスイーツに小さい男だと思われては敵わん。スイーツを貴族街まで無事に送り届けてくれるあのゴミ庶民には、逆に感謝しなければ)

 ワシは嫉妬心を必死に我慢して自らの研究に邁進した。

 結婚すればスイーツとは毎日顔を合わせるようになるのだ。今だけの辛抱である。

 そう思い込み、寂しい思いを堪えながら、ひたすらゴマスリーの研究室で研鑽を重ねた。

「カニバル君、君の王宮料理番への推薦が内定したよ」
「本当ですか!? ゴマスリー先生!?」
「ああ。既に校長先生に話は通してある。後日正式に話があるだろう」
「やったー! ありがとうございます先生!」
「うんうん、よくやったな。私としても鼻が高いよ。今後ともよしなにな」
「はい、先生!」

 ゴマスリーの所での研究は面白くもなんともなかったが、出世という観点からは極めて有意義な時間を過ごせた。王宮の覚えがいいゴマスリーは、王宮料理番という役職の獲得には好都合だった。

 昼も夜もゴマスリーのところで研鑽を積んだおかげで、ワシは晴れて料理番への内定も手にすることができたのだった。

(これでやっとスイーツとのラブラブな新婚生活が送れるぞ! 念願のエッチもできる! むふふ!)

 王宮料理番への内定を正式に伝えられ、ワシは有頂天だった。後日そのことを伝えると同時、正式にスイーツに結婚を申し出ようとした。それでスイーツを貴族街にあるお洒落な飲食店に呼び出すことにしたのだった。

 その席で、ワシは衝撃の事実を聞かされることになった。

「え……? 今……なんて?」
「だからアタシ、妊娠してるのよ」

 スイーツの口から飛び出したのは、自らの妊娠を告げる言葉だった。

 ワシはただ、呆然とするしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

美醜逆転世界の学園に戻ったおっさんは気付かない

仙道
ファンタジー
柴田宏(しばたひろし)は学生時代から不細工といじめられ、ニートになった。 トラックにはねられ転移した先は美醜が逆転した現実世界。 しかも体は学生に戻っていたため、仕方なく学校に行くことに。 先輩、同級生、後輩でハーレムを作ってしまう。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

男:女=1:10000の世界に来た記憶が無いけど生きる俺

マオセン
ファンタジー
突然公園で目覚めた青年「優心」は身辺状況の記憶をすべて忘れていた。分かるのは自分の名前と剣道の経験、常識くらいだった。 その公園を通りすがった「七瀬 椿」に話しかけてからこの物語は幕を開ける。 彼は何も記憶が無い状態で男女比が圧倒的な世界を生き抜けることができるのか。 そして....彼の身体は大丈夫なのか!?

荷物持ちの代名詞『カード収納スキル』を極めたら異世界最強の運び屋になりました

夢幻の翼
ファンタジー
使い勝手が悪くて虐げられている『カード収納スキル』をメインスキルとして与えられた転生系主人公の成り上がり物語になります。 スキルがレベルアップする度に出来る事が増えて周りを巻き込んで世の中の発展に貢献します。 ハーレムものではなく正ヒロインとのイチャラブシーンもあるかも。 驚きあり感動ありニヤニヤありの物語、是非一読ください。 ※カクヨムで先行配信をしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…

アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。 そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!

最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~

津ヶ谷
ファンタジー
 綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。 ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。  目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。 その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。  その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。  そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。  これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。

処理中です...