吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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三章

宿泊者名簿No.11 パン屋の見習い少年パオン2/7

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「パオン、私、来年から王都の学校に通おうと思うの」
「ああそういえば昔からそんなこと言ってたっすね」

 ブレンダには昔から夢があって、王国一の料理人になるって小さい時から常々言ってたっす。
 可愛らしい見た目してるけど、彼女の負けん気は俺よりもよっぽど強いんす。料理人目指すからには天辺獲りたいと思ってるみたいっすね。

「私、お父さんとお母さんが見た景色を一度でいいから見てみたいのよ」

 親方と亡くなった奥さんが王都で料理の勉強してたってことも影響してるみたいっすね。それでブレンダは王都で勉強することに拘ってたみたいっす。

「パオンとは三年間、離れ離れになっちゃうんだけど……」
「大丈夫っす! 節約生活して、一ヶ月に一回くらいは王都に行ける旅費を捻出するっすから! 月一では会えるようにするっすよ!」
「本当! 私のためにそこまでしてくれるの!?」
「当たり前っす! ブレンダのためなら、俺は何だってやってやるっすよ!」
「嬉しい! ありがとうパオン!」

 愛する彼女の夢を叶えるための苦労なら、そんなの苦労でもなんでもないっすよ。例え離れ離れになろうと、その境遇を逆に利用して、自分自身の研鑽の時間に充てるっす。それで三年後にはお互い一人前となり晴れて結婚する――俺はそう考えたっす。

「お父さんにも話しておきたいんだけど、パオンも付いてきてくれる?」
「勿論っす!」

 俺たちはブレンダの王都行きを親方のところに報告に行ったんす。

 そしたら――。

「ダメだ。王都になんぞ行かせられるか。あそこは悪い風が渦巻いてる。人の心を狂わせる悪い風がな。田舎育ちのお前には向いてねえ。やめとけ」
「何よ! そんなことわからないじゃない!」

 親方は珍しくブレンダの王都行きには大反対だったすね。いつもの親方らしくなかったっす。

 無論、ブレンダは猛反発したっす。王都には是が非でも行くと訴えて聞かなかったっす。

 手こそ出ないものの、激しい親子喧嘩になったっすね。親方もブレンダもおっかなかったっす。

「勝手にしやがれ! 俺は知らん!」
「ええ! 勝手にするわよ!」

 親方は頭を冷やすと言いながら、家を出て行ったっす。それで俺は親方の後をすぐに追ったんすよ。

「親方! ブレンダの王都行きを認めてあげて欲しいっす! 小さい頃からの夢なんすよ!」
「うるせえ! 半人前は黙って――うぐっ、ぐうう!」
「親方!? 大丈夫っすか!?」

 俺と話している時、親方は腹を押さえながら苦しそうに倒れ込んだんす。

 普段は痛くても痛いなんて表情にも出さない親方が、外聞もなく苦しんでいたっす。

「実はだな……」

 そこで俺は親方から衝撃の事実を聞かされたっす。

「俺はもう長くはねえんだ。医者にはあと二、三年の命って言われてる」
「っ!? なんすか……それ?」
「ブレンダには黙っておけよ」
「なんでっすか? そんな重要なこと……」
「言ったらアイツは自分の夢を諦めて俺のところに縛り付けられちまうだろうがよ」

 親方はブレンダの意思を尊重するため、あえて反対する態度をとったみたいだったす。

「親の反発くらいで諦める夢だったら、俺は病気のことも持ち出して全力で引き止めるつもりだった。だが、アイツの目は本気だった。俺はアイツの願いを叶えてやりてえと思ったのさ。だから病気のことはアイツには話すな」
「親方……」
「パオン、呆けてる暇はねえぞ。俺が生きている間にお前を一人前の男に仕立て上げる。明日からはいつも以上にビシビシといくからな。覚悟はあるか?」
「……わかったっす。俺、すぐにでも立派な料理人になって親方の店を継げるくらいになるっすよ!」
「ああ。その意気だ」

 こうして、俺は親方の病気を知りながらそれをブレンダに隠す――そんな生活が始まったんす。

 親方は定期的にブレンダの覚悟を固めさせるため、あえて口喧嘩をふっかけていたっす。

 ほとんど何も知らないブレンダはそれに応え、大いに喧嘩して王都行きの思いを確かめていたっす。

 ブレンダを騙すのは心苦しかったっすけど、親方の思いを知っているのでそこは心を鬼にして頑張ったっす。俺は親方の思いを汲み、シラをきり続けたっす。

 そんな生活がしばらく続き、ブレンダの王都に行くまで残すところ一ヶ月を切った。

 そんな時、彼らが現れたんす。

「ブレンダ、この人たち、誰っすか?」

 ある日、配達から帰ると見知らぬ六人がウチにいたっす。普通にパンを買い求めに来たって雰囲気じゃなかったっすね。

「冒険者の皆さんよ。宿にお困りだったからウチに連れてきたの」

 鉄等級冒険者の団体さんだったっす。男の人が三人、女の人が三人、ウチにやってきたっす。リーダーはヨミトさんって人だったっす。

「俺たちはこういうもので……」
「皆さん鉄等級冒険者さんっすか。優秀そうっす」
「いえいえ。まだまだですよ」

 親方も昔冒険者をやっていたので、俺は親方から冒険者の話を度々聞いていたっす。それで冒険者について、少しは知識があったっす。

 鉄等級といえば、最下級の木等級の一つ上の階級っすね。鉄等級になれば、冒険者としては一人前って評価らしいっす。

 俺とさほど歳の変わらない皆さんが冒険者として一人前に働いている――そう思うと、未だ料理人として半人前扱いの俺は少し羨ましかったっす。

「パオンさん。お皿洗い、手伝いますよ」
「え? いいんすか? じゃあお願いするっすよ。俺は違う仕事に取り掛からせてもらうっす!」

 冒険者には親方みたいな粗暴な人が多いって聞いてたんで少し心配だったんすけど、その六人組みの皆さんは皆紳士淑女な感じだったっす。常識外れのことは何もしてなかったっす。

 特に小柄な女みたいな顔の男の人は糞真面目って感じで、皿洗いの手伝いとか率先してやってくれていたっすね。

 リーダーのヨミトさんも凄い気さくな方だったんで、俺たちは夕食を共にしてすぐに仲良くなっていったっす。

(やっぱブレンダの人を見る目は確かっすね)

 ブレンダの連れてくる人に今までハズレはなかったっす。夏祭り時の臨時で雇う人も、宿に困っていて連れてきた人も、極端に変な人はいなかったっす。

 ヨミトさんたちは特にめっちゃ上客だったっす。

「そんな!? ゴルゴン金貨なんて頂けませんよ!?」
「いいっていいって」

 ヨミトさんは宿泊した謝礼として、なんとゴルゴン金貨を渡してくれたんす。

 金貨をポンと渡せるなんて、冒険者って夢のある仕事っすよね。

「冒険者さんって格好いいわよね」
「そうっすね」

 こうして俺たちはヨミトさんたちを見送ったっす。

 客商売は一期一会っすから、下手したらもう会うこともないかもしれないかと思ったら、意外と再会の時期は近かったっす。

 その時には情けないことに、俺は彼らの名前をすっかり忘れてたんすけどね。
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