吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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三章

宿泊者名簿No.11 パン屋の見習い少年パオン5/7

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 ブレンダがカニバルというキモ親父に監禁されている可能性が濃厚となってからというもの、ヨミトさんたちは冒険者稼業そっちのけでブレンダを救出するために力を尽くしてくれたっす。方々の伝手を使って情報を集めてくれたっす。

 もしかしたら全部ガセ情報だったんじゃないかと期待してもいたんすけど、集まる情報は全てがブレンダ監禁を裏付けるものだったっす。

 犯罪者は似たような犯行を繰り返すって言うっすからね。ブレンダが被害に遭った可能性がいよいよ高くなっていったっす。

 ブレンダがカニバルに囚われている可能性が高くなった――けれど、カニバルって野郎は貴族街に住むお偉いさんで、迂闊には手が出せなかったんす。

 どこにいるかわかっているのに手が出せない。じれったい状況だったっす。

 それで俺はもう平静ではいられなくなっていったんす。一旦は回復した親方の病状も日に日に悪くなっていき、焦りは募る一方だったっす。八つ当たり気味にヨミトさんたちに当たることも多くなっていったっす。

 ヨミトさんたちは一生懸命やってくれているっていうのに、情けない話っすよね。

(ああ俺は何でヨミトさんたちに当たってるんすかぁ。まるでアホっすよぉ!)

 自分の無能さを知り、自己嫌悪でさらに情けなくなって精神が追い込まれる。

 そんな負の連鎖が続いていき、俺の精神はいよいよボロボロになっていったっす。もう考えなしに一か八か貴族街に突っ込もうかと思ったくらいっす。

 でもそんな俺の考えもヨミトさんたちはお見通しだったみたいっす。

 ノビルさんが常に傍にいたので、俺は無謀なことはできずベッドの中で情けなく泣いていることしかできなかったっす。

 そんな時、事件は起きたんすよ。

「パオンさん! ベイカーさんの行方を知りませんか!」

 朝方まで寝付けなくて、やっと寝たかと思えば悪夢にうなされて起きる。そんな感じで、寝られたのか寝られなかったのかわからない気分でベッドの中でゴロゴロしていると、部屋にパープルさんが飛び込んできたんす。

「親方がいないんすかぁ!?」
「はい! さっき様子を見に行ったらいなくなってて……」

 それを聞き、俺はノビルさんと一緒に慌てて外に飛び出ていったんす。取り急ぎ近所を回ってみたんすけど、親方の姿はどこにもいなかったんすよ。

 一旦帰って急ぎ足で飯を食い、それからヨミトさんとエリザさんと俺の三人で、親方の捜索を再開することになったんす。

「頼むぞシヴァたち」
「ワン!」

 ヨミトさんの家のワンちゃんは凄く賢くて、親方の臭いを辿って行方を探ることができたんすよ。まるで訓練された軍隊の犬みたいで格好良かったっす。

 俺たちはワンちゃんたちの後を追って古井戸のような場所へと辿り着き、そこでワンちゃんたちと別れ、三人だけで地下水道を降りていくことになったんす。

 地下水道はすっげえ臭え場所だったすよぉ。鼻が曲がるかと思ったっすぅ。

 この時はまだ親方がいるのか半信半疑だったっすけど、ヨミトさんはメガローチとかいう魔物の真新しい死骸を見て、親方がいるのを確信していたっす。

 ヨミトさんもエリザさんも途中襲い来る魔物を蝿を払うかのような気軽さで倒していて、それを見た俺は流石冒険者さんだと思ったっすよ。状況判断能力とか戦闘能力とか、凡人の俺の比じゃなかったっすから。

「親方ぁ!」

 やがて俺たちは水路の先で倒れている親方を見つけたんす。魔物に襲われているのを救出すると、既に虫の息だったっす。

 そこで俺たちは親方から最後の言葉を聞くことになったっす。俺は涙を流しながら親方の手を握り締めていたっすよ。

「ブレンダは必ず救い出して見せる。この吸血鬼の名に懸けて、必ずな」

 親方の今際の際、俺は驚愕の光景を拝むことになったんす。なんと、人間だと思っていたヨミトさんは吸血鬼だったんすよぉ。

 なんてことっすか。超驚きっすよぉ。天使みたいに良い人だと思ったら、実は悪魔の吸血鬼だったんすからねぇ。

「頼んだ……ぜ……吸血鬼さん……よ」

 親方はブレンダのことをヨミトさんに託して死んでいったっす。死ぬ直前に俺の方をチラッと見てくれたっす。

 何も言葉には出してなかったっすけど、「お前もブレンダのことを頼むぞ」といった感じだと俺は了解したっす。

「親方ぁあああ!」

 俺に右手を、ヨミトさんに左手を握られながら親方はあの世に旅立っていったっす。

 親方ぁ、死ぬにはまだ早すぎるっすよぉ。

「あとは俺が敵陣に乗り込んで片をつけてくるよ」

 親方の亡骸に泣き縋る俺だったんすけど、いつまでもそうしているわけにはいかなかったっす。

 ヨミトさんはわけのわからない魔法みたいのを使って、変な魔方陣を地面に展開していき、そして出来上がったその魔方陣の上に乗るよう、俺は言われたっす。

 ヨミトさん一人で大丈夫なのかと思ったんすけど、ザコ人間の俺が超人的な力を持つ悪魔の心配をするのも変な話なので、俺は素直にヨミトさんに全てを任せることに決めたんす。

 一人で敵陣に乗り込んでいくヨミトさんは頼りになって格好良かったっすよ。

「ほらイガ栗坊や、行きますわよ」
「はいっす」

 エリザさんに言われ、親方の亡骸を抱えてその魔方陣の上に乗ると、景色が歪んで一瞬でどこか違う場所へと移動したんす。

 どうやらあの魔方陣は転移陣ってやつみたいっす。凄い高度な魔法っすよ。

「ここはどこなんすか?」
「ここは私たちのダンジョンですわ」
「ダンジョン?」
「ええ。ヨミトさん――ご主人様はダンジョンマスターですから」
「ダンジョンマスター……聞いたこともないっすよ」

 俺はダンジョンと呼ばれる場所にやって来たんす。そこでエリザさんから色々なことを教わったっす。

 パープルさん以外は皆、ヨミトさんの眷属であるということも教わったっす。みんな吸血鬼の下僕だったんすね。

「エリザさんも吸血鬼なんすか?」
「ええ。私も吸血鬼ですわ」

 俺が尋ねると、エリザさんは自らの本当の姿を晒してくれたんす。翼が生えた絶世の美女って感じだったっす。美しくも怖かったっす。

「ここを知ったからには、坊やをタダで返してあげるわけにはいきませんわね」
「な、何をされるんすか俺は? 食べても美味しくないっすよ?」
「うふふ、そんなことはしませんわよ」

 悪魔の住処を知ったからにはそのまま帰すわけにはいかない。何をされるかと不安に思ったんすけど、どうということはなかったっす。

 ヨミトさんと契約を交わして部下になれということだったんす。

「悪魔と契約っすか……。別に構わないっすよ。ヨミトさんたちには世話になりっぱなしっすから。ブレンダを救ってくれたら、俺は何だってやってやるっすよ!」

 エリザさんに言われ、俺はヨミトさんと契約することを即決で決めたっす。

 ヨミトさんたちの力がなければ、俺はきっとここまで来れなかっただろうっすからね。親方もブレンダも両方亡くして絶望の中で野垂れ死んでいたかもしれないっすから。

 ヨミトさんたちが例え悪魔だとしても、そこらへんの往来を歩いている人間よりもよっぽど優しい人っていうのは今までの交流でわかってたっすからね。眷属にしてもらうのにさほど抵抗感はなかったっすよ。

「ただいま」
「お帰りなさいませご主人様。ご無事でなによりですわ」

 エリザさんと会話をしていると、しばらくしてヨミトさんが戻ってきたっす。

「捕まえてきたよ。こいつが犯人さ」

 ヨミトさんは気絶したハゲデブのキモい親父を抱えていたっす。ブレンダを誘拐したカニバルって男で間違いなかったっす。

「こいつっすか! 殺してやるっす!」 
「まあまあ。落ち着いて」

 俺はカニバルに詰め寄ったんすけど、ヨミトさんに制されて拳を下ろさざるを得なかったっす。

「エリザ、この親父を捕虜部屋に拘束しておいて」
「かしこまりましたわ」

 カニバルはエリザさんに引き渡されて、どこかへ連れて行かれたっす。拘束用の部屋に連れて行かれたみたいだったっす。ダンジョンには色々な施設があるんすねぇ。

「ブレンダは!? ブレンダはどうなったんすか!?」
「今連れて来るよ。とりあえずは無事だ」
「とりあえずは……?」
「一ヶ月も監禁されてたからまあそりゃね。辛いだろうけど、覚悟しておいて」

 ヨミトさんは意味深長な言葉を残し、転移陣を潜っていき、すぐにまた戻って来たっす。

 戻ってきたヨミトさんは大きな台座を抱えていて、その台座の上には一人の少女が乗せられていたっす。

 ヨミトさんの魔法によって小奇麗にされていたっすけど、俺にはわかったっす。憔悴した様子のブレンダには、暴行の痕跡が確かに存在していたんすよ。

「あぁ……ブレンダ……ううぁぁぁああああ!」

 とりあえず命は無事でほっとしたっすけど、ブレンダの大事なものが失われたと知って、俺の心は張り裂けそうだったっす。

 俺は堪らず膝から崩れ落ち、その場で慟哭したっすよぉ。
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