吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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四章

経営者は孤独

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ノビルとアキと共に、男湯の暖簾を潜る。
挨拶してくれるゴブリンたちに返事を返しながら服を脱ぎ、浴場へと向かう。

「おうノビルと新入りのアキ。それにヨミトの旦那か。ヨミトの旦那がいるのは珍しいな」
「お先に失礼しているっすよ!」

 浴場の洗い場では、多くのゴブリンたちに交じり、チュウとパオンが身体を流していた。俺たちの姿を見るなり、声をかけてくる。

「やあみんなお揃いで」

 適当に挨拶を返し、身体を十分に洗った後、湯船の方に移動していく。

「ふぅ」

 大きな湯船に身を沈め、人心地つく。人ではないから吸血鬼心地か。まあ細かいことはどうでもいい。

「あぁ、風呂は最高だね」
「はは、吸血鬼のヨミトの旦那でもやっぱそう思うのか」

 俺が思わず漏らした言葉に、チュウが反応する。

 スキル【洗浄】を使えば身体を洗う必要もないし風呂に入る必要もないのだが、それでは味気ない。

 風呂に入るのはスキルでは味わえない快感がある。ここに来ると毎度それを実感する。

「よぉ、ゴブリンの兄弟。今日も仲良いことだなぁ」
「ああチュウさん! こんちは!」

 新たにタロウたちが浴場に入ってきて、それを見たチュウが声をかける。

 銭湯は人魔問わず、眷属たちの交流の場となっているようだね。

 眷属同士の絆が深まれば、それだけダンジョンが強固になる。ダンジョマスターの俺としては嬉しいばかりだな。

 俺は湯船にゆったりと浸かりながら、眷属たちの交流を眺めることにした。

「それでリオとパンシーの奴が毎度毎度酷いんすよぉ~」
「ああ、あのお嬢ちゃんたちか。滅茶苦茶気が強そうだもんな」
「気が強いとかそういう次元じゃないっすよぉ。頭イカれてるっすよぉ。女ならちょっとはブレンダみたいなお淑やかさを見習って欲しいもんす!」

 パオンがぺちゃくちゃと仕事の愚痴を喋り、その話にチュウが相槌を打つ。

「最近じゃブレンダもあいつらの影響受けて、変なファッションに目覚め始めてるんすよぉ。耳に派手な装飾具なんて着けて!」
「ハハ、そりゃお気の毒だな」
「笑い事じゃないっすよぉ! ブレンダが都会に毒されちゃってるっすよ!」

 パオンの話を聞く限り、眷属の女性陣も仲良くやっているようだ。仲良きことは良いことだな。

「ふぅ。お風呂はいいねえ。まるで貴族になったみたいだよ」
「だな。もう馬小屋暮らしには戻れねえ」
「ええっ!? ノビルって馬小屋に暮らしてたの!?」
「あれ、言ってなかったか。まあ昔な。といっても、それほど昔のことじゃねえんだけど。一年くらい前か。ヨミトと出会う前の話だな」

 アキとノビルも湯に浸かりながらリラックスした様子で会話を楽しんでいる。

 その会話に、チュウとパオンも横から加わっていく。

「馬小屋なら俺も若い頃に何度も泊まったことあるぞ。金がなかったからな」
「自分もベイカー親方に拾われる前、方々を彷徨ってた時に経験あるっすねぇ」
「チュウのおっさんとパオンもか。何だ俺だけじゃねえのか。みんな意外と経験あるもんだな」
「みんな馬小屋暮らし経験したことあるんだぁ。僕も家畜の出産の時は動物小屋に泊まったことあるよ。それ以外はないかなぁ」

 四人は馬小屋の話で大いに盛り上がっていた。

 馬小屋なんかで暮らしたことのない俺はまったく話題に入れないぞ。少し寂しい。

 楽しく盛り上がっている四人の会話に入れず気まずくなった俺はそっと湯船から上がり、サウナの方へと移動した。

「あ、ご主人様!」
「やあタロウたち」

 サウナではタロウたち三兄弟が仲良く過ごしていた。彼らの息子であるゴブリンのちびっこたちにサウナでのマナーなどを熱心に教え込んでいた。

 タロウたちはもうすっかりお父さんだね。

「あっつー」
「もう無理!」
「アハハ、だらしないぞチビたち! オイラたちは全然平気だ!」
「父ちゃんスゲー!」
「ガハハハ!」

 暑さに耐え切れなくなったちびっこゴブリンたちが次々にサウナ部屋から退出していく。

 ちびっ子ゴブリンたちがいなくなったのを見計らって、俺はタロウたちにあの話を切り出す。

「タロウたち、ゴブリリから聞いたんだが、風呂上りのゴブリン娘たちをきしょい目で見ているのは本当かい?」
「え、あっ、そ、その……」
「本当なんだね?」
「す、すみませんつい……」

 リラックスしている所で説教することになって申し訳ないが、言うべきことは言っておかないとね。

 ちびっこたちの前で叱らなかったのは俺の優しさだと思って欲しい。俺は紳士な吸血鬼なのだ。

「とにかく、お風呂上りのゴブリン娘たちをきしょい目で見ないこと。大事な奥さんがいるんだから。いいね?」
「「「はい、気をつけます!」」」

 タロウたちに注意を終えた俺はサウナ部屋から退出する。

「あ、みんなもう風呂から上がったんだね」

 身体を流して浴場を見回すと、チュウたちの姿はなかった。

 どうやら既に風呂から上がったようだな。では俺も風呂から上がることにしよう。

 着替えてから休憩室やマッサージ機などを置いてある場所に向かう。チュウたちはそこにもいなかった。

「ゴブリリ、チュウたちってどこに行ったの? もう帰った?」

 俺はコーヒー牛乳を買って飲みながら、番台であるゴブリリに話しかけた。

「チュウさんたちなら、さっき四人で帰られましたよ。凄い盛り上がってて、この後チュウさんの家で飲み会をされるのだとか」
「あっ、そうなんだ」

 四人は風呂で会話が大盛り上がりし、そのまま飲み会をすることを決めたのだとか。

「ご主人様も顔を出してはいかがですか?」
「……いや、やめておこう」

 部下たちが個人的に開いている飲み会。そこに呼ばれてもいないのに「俺も来ちゃった♡(てへぺろ)」と顔を出す上司。

 そんなの嫌すぎる上司だろう。俺はできる上司(自称)だ。そんな真似は絶対にしない。

「俺は一号店の店番もしないとだしさ。色々忙しいんだよ」
「あっ、そうですよね。差し出がましいことを申してすみませんでした」
「いやいや気にしないでよ。色々意見を出してくれるのは嬉しいことだからさ」

 番台のゴブリリと他愛もない会話を繰り広げながら、コーヒー牛乳を飲んでいく。

「父ちゃんたち、コーヒー牛乳買って! 買って!」
「仕方ないなあ。そんなお金ないからみんなで分けて飲むんだぞ?」
「はーい」

 風呂から上がってきたタロウたちがちびっこゴブリンたちに家族サービスをしている。

 今この銭湯を訪れている客で、一人なのはどうやら俺だけのようだな。

 そう思ったら、何故かコーヒー牛乳を飲むペースが速くなってしまう。

「それじゃお仕事頑張ってね」
「はい」

 平静を装いつつ、ゴブリリにクールに挨拶をして銭湯を出る。

「さて仕事しないとな」

 次に向かうは、最初の拠点、一号店。そこに繋がる転移陣に向かう。

「ゴブルル、誰かお客さん来た?」

 一号店で留守番をしてくれていたゴブルルに声をかける。

 連絡蝙蝠が来てないから答えはわかっているのだが、一応聞いてみる。淡い希望を抱きながら聞いてみたのだが、答えは予想通りだった。

「いえ、野生のスライム一匹訪れませんでした。お客さんゼロです。来店客ゼロの連続記録を、今日も更新いたしました」
「そ、そうか……」

 やはり一号店には誰も客が来なかったようだ。

 くそ、これも全部スッチーとかいう冒険者の野郎のせいだ。アイツが近隣住民のゴブリンの皆さんを皆殺しにしなければ、この店は今も大繁盛していたんだきっと。

「ゴブルル、ここは俺が担当するからもういいよ。ありがとう」
「はい、では失礼しますね」

 ゴブルルをダンジョン内部に帰し、俺は一号店の店番を始める。いくら時間が立っても誰かが訪れる気配はない。

「ご主人様、ここにおられましたか。探しましたですわ」
「おおエリザ」

 暇を持て余していると、エリザがやって来た。

 これで少しは気が紛れると思ったのだが……。

「ご主人様、カーネラに食事会に呼ばれているのですが、行ってきてもよろしいでしょうか?」
「え?」

 聞けば、エリザはカーネラに食事に誘われたのだという。

 前に俺とも夕食を共にしたことのあるミッドロウの町にある高級レストランだ。あそこで一緒に飯を食うのだと言う。

「ご主人様もいらっしゃいますか?」
「……いや、やめておこう」

 女子会。そこに呼ばれてもいないのに、「俺も来ちゃった♡(てへぺろ)」と顔を出す男。

 そんなの最悪だろう。俺は紳士の吸血鬼(自称)だ。そんな真似は絶対にしない。

「俺のことは気にせず行っておいで。俺はこの店の店番という崇高な使命があるからね」
「そうですか。ではお言葉に甘えて行って参りますわ」

 エリザは人間形態エリザに変化すると、カーネラの宿に繋がる転移陣の方へと向かっていった。

 あのレストランの飯は美味いからか、食いしん坊のエリザはどことなくご機嫌な様子だな。軽やかな足取りでわかるぞ。

「客も来ないし酒でも飲むか……」

 夜も深まるが客は訪れない。暇を持て余した俺は棚からお酒とグラスを取り出し、庭に向かう。

 そこで独り晩酌を始めることにした。ショップ機能を使い、つまみのチーズを購入する。

「きぃきぃ」
「わかったわかった。お前たちにもやるって」

 チーズを購入した途端、庭にいる蝙蝠たちが寄って来たので、お裾分けしてやる。

 分け与えたチーズがなくなると、すぐに蝙蝠たちは所定の位置に戻っていった。

 また一人の時間がやって来る。お客さんも相変わらず来ないし、やけに時間が過ぎるのがゆっくりに感じられるな。酒の味もいつになくほろ苦い気がする。

「ふっ、経営者とは孤独に耐えられるものでなければ務まらないのさ。俺は耐えられるぞ」

 決して強がりというわけではないが、そんなことを呟いたのであった。

 経営者とは孤独だ。最終的には誰に頼るわけでもなく、自ら経営判断を下さねばならない。

 その結果、会社が消え失せることもあれば、燦然と輝くこともあるのだろう。そう、夜空に輝くあの月のようにな。

 ダンジョンもまた同じだ。ダンジョンマスターの方針次第では、ダンジョン滅亡の憂き目に遭うのかもしれない。そんなことには絶対にさせたくない。

 願わくば、俺も月のようでありたい。この世界で永遠に輝き続ける不滅の存在になりたいものだ。

 そんなことを、俺は月夜に独り思って誓ったのであった。


<四章完結>

連続更新ストップしますm(_ _)m




♦現在のヨミトのステータス♦
名前:ヨミト(lv.99) 種族:吸血鬼(ハイ)
HP:1341/1341 MP:1206/1206
【変化】【魅了】【吸血】【鬼語】【粗食】【獣の嗅覚】【獣の視覚】【獣の聴覚】【獣の味覚】
【剣術】【我慢】【起床】【睡眠】【威圧】【料理】【伐採】【裁縫】【農耕】【投擲】
【風刃】【天才】【火球】【洗脳】【狂化】【商人】【販売】【交渉】【売春】【性技】
【避妊】【癒光】【洗浄】【解体】【斧術】【槍術】【穴掘】【格闘】【毒牙】【硬化】
【舞踏】【鎚術】【怪力】【豚語】【咆哮】【免疫】【激励】【大食】【飢餓】【消化】
【暴食】【指揮】【弓術】【盾術】【騎乗】【魔笛】
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