吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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五章

盗賊団の根城調査任務8/8(女将の秘密)

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「――ねえ、ロビン。もうこんなことはやめましょう?」

 女将の声が聞こえてくる。誰かと話しているようだ。

 やはり女将がロビーにいなかったのは、ここにいたからのようだな。

「何を温いこと言ってんのよ。今更引き返せるわけないでしょ?」

 隙間から覗いてみると、確かにそこは露天風呂だった。風呂に浸かっているのは女将かと思ったが、女将ではなかった。

「でも……」
「アタシたちにはこの道しか残されてないのよ」

 女将は服を着たままタオルを持ち、特製浴場の入り口付近に突っ立っていた。湯浴みしている人のために待機しているようだ。

 風呂に入っているのは貴人か誰かだろうか。女将はまるで召使のようにして侍っているな。ここからじゃよく見えないので位置を変えてみよう。

「苦渋を舐めながらスプリングを殺したゾォークに媚び諂ってここまで来たのに、今更逃げられるわけないじゃないの。逃げようものなら命とられちゃうわよ。アタシらだけでなく、村人たちもね。王国に助けを求めた所で、既にゾォークたちに加担しているアタシらは許されるはずもなく死罪に決まってるんだから。正直に生きるだけ損だっての」

 風呂に入っていたのは、歳若い娘であった。ノビルやレイラと同じくらいの年齢かな。束ねた髪が房分れし、パイナップルみたいになっている。かなり気の強そうな娘だ。名前はロビンというようだ。

「でもママはもう限界よ。これ以上、善良な冒険者さんたちを騙し続けるのはもう嫌なのよ。罪悪感で心が張り裂けそう……」
「……そんなの知ったこっちゃねえっつの。冒険者なんて根無し草の碌でもねえ奴らばかりなんだからいいのよ。どいつもこいつも、一歩運命が違えばゾォークみたいになる最低な奴らばかりなんだから」
「そうじゃない人もきっといると思うの……」
「ウチの親父だってそうだろうが。ママを孕ませてとんずらこいたクソ冒険者だろうが」
「あの人はそんな人じゃない。きっと事情があったか任務先で……」
「おめでたいわねママは。いつまでもそんな甘い幻想に浸って。現実見なって」

 話を聞くに、風呂の中に入っているのは宿の女将の娘らしい。親子共々美人だが、あんまり似てないな。娘は父親似なのかもしれない。

「あれ、そう言えば、宿の女将の娘は盗賊たちにかどわかされたって話じゃなかったか?」
「ええそのはずですわ。どうもきな臭いようですわね。話を聞いていると、あの母娘の他、村そのものがゾォークと関わりがあるようですわ」

 俺とエリザは様子を伺いながらこそこそと話す。

「それよりママ、今月のあがりは?」
「これよ」
「順調に儲かってるわね。これもゾォークのおかげってわけか。ゾォークたちが騒いでるおかげで冒険者たちがわんさかやって来て今までにないくらい潤うなんて、酷い皮肉ね」

 女将の娘ロビンはゆったりと湯に浸かりながら、たらいの上でコインの枚数を数える。

 あのコインの三分の一くらいは俺たちが払った金だろう。この宿には一週間も泊まってるからな。エリザとメリッサが毎日揚げ物をお代わりするのでその金も支払っているし。

「少し貰ってくわよ」
「それはいいけど……。ねえ、いい加減終わりにしましょうよ。いつか痛い目見ちゃうから。二人で何もかも捨ててゾォークから逃げましょ?」
「何の力もねえ女二人逃げたところでゾォークの手の者に捕まるか、そうでなくても他の賊に捕らえられて売られるだけだっての。運よく違う町に流れ着いてもその日暮らし、仕事は娼婦でもやるしかねえ。ちっとは頭使えよ。今よりも状況が悪くなるだけだっての」
「でもこんな盗賊まがいのこと……」
「盗賊まがいじゃなくて盗賊そのものだな。脅されてるとはいえ、ゾォークとがっちり繋がってるんだからね」
「うぅ、盗賊だなんて、もうお天道様の下を歩けない……。ご先祖様に申し訳がたたない……」
「アハハ、お天道様だって。ママ可愛すぎ」
「なに笑ってるのよぉ……」

 めそめそと泣く女将を見て、ロビンは狂ったように笑う。笑っているものの、どこか悲しげな表情である。ロビンとて、賊に従っているのは本意ではないらしいな。

 この宿はゾォークと繋がりがあるようだ。娘ロビンが賊と繋がりがあり、娘繋がりで女将も賊と関係があるらしい。

「ねえロビン。今滞在している冒険者さんたちは王都から来ているそうよ。全員鋼等級の凄腕らしいわ。リーダーの人なんて毎晩隣のホットットさんの娼館に通っているの。しかも一度に三人もの娼婦を抱く上に、女の子たちは翌朝、足腰が立たなくなるくらいまでやられてるらしいの」
「毎晩だって? しかも三人? よくそんな金あるな。つか、なんだよその猿。オークが化けてんじゃねえのか?」
「王都では性豪の名で通ってるらしいわ」
「ハハ、とんだ豚野郎じゃん」

 どうやら俺のことを話しているようだ。豚野郎だなんて酷い言われようである。

 まあオークではなく吸血鬼が化けているんですけどね。魔物なので当たらずとも遠からずだ。

「笑い事じゃないわよ。お金がそれだけあるってことはそれだけ稼いでいる証拠。優秀な冒険者さんってこと。精力の強さは生命力の強さだって、ホットットさん言ってたもの。この間まで泊まっていた竜殺しの方々以上の化け物よ。銅等級のあの方々だって毎晩なんて通ってなかったわ。ママの言うこと、馬鹿にしないで聞いてちょうだい。貴方よりも頭は悪いかもしれないけど、歳の功だけ経験はあるんだから。今度こそゾォークは終わるかもしれない。だから早く逃げましょ?」
「ママは心配性すぎだっつの。そんな金、どっかからかっぱらってきた金かもしんねえだろ。金持ちのボンかもしれねえし。それに、ザコでも精力お化けはそれなりにいるっての。ゾォークのとこの手下にも何人もいるよ。ザコのくせにスケベなことしか考えてねえの。四六時中捕虜にした女とパコパコやってんの。オークみてえ。ウケる」

 女将は諌め続けるものの、ロビンは知ったこっちゃないって感じだな。異常なハイテンションでヘラヘラと笑ってる。色々と苦労重ねてメンタルいっちゃってるって感じだな。

「安心しなよママ。鋼等級だかなんだか知らないけど、ゾォークはそれ以上だから。貴族受けが悪い極悪人面な上に態度が悪かったから鋼等級より上にはいけなかったみたいだけど、本人曰く、腕っ節だけなら金等級らしいから。たぶん本当よ。なんせ、村一番の力自慢だった、アタシの大好きなスプリングを一撃で殺したんだからね」
「スプリング君のことは残念だと思ってるわ。あのことがあってから貴方がどんどん堕ちてしまって……」
「五月蝿い。そんなことはもうどうでもいいのよ。あんなザコはどうでもいいの。今のアタシはゾォークの愛人第一号なんだから、こうなったからにはゾォークに付いていって天まで駆け上ってやるわ。アタシ、過去は振り返らない主義なの」

 ロビンはゾォークと一悶着あり、それでいかれちゃったらしいな。スプリングとは元カレか何かだろうか。ゾォークに殺されたらしい。

「そのオーク野郎のチームがどんなに凄腕だろうが、ゾォークたちのアジトには辿りつけない。アルゼリア山脈の谷底にあるアジトに、ここから辿りつくことなんてできないわよ。ましてや今は冬だしね。絶対に無理よ」

 ロビンは酒を呑んでいることもあり饒舌で、好き勝手ペラペラと喋ってくれていた。

 なるほど、アルゼリア山脈の谷底か。それじゃ、いくらこの森近辺を探ったところで本拠地がわからないはずだな。仮拠点しか見つからないはずだ。

「しっ、そんな大事なことペラペラと喋ったらいけないわ。ここには誰も来ないといっても、万が一ということもあるのよ」
「だから誰も聞いてねえって。ママは心配性すぎ――っ!? だ、誰だ!?」

 ロビンは俺たちの視線に気づいたようで大声を上げる。

「にゃあ」

 俺たちは姿を現すと、人懐っこい猫のような鳴き声を上げた。

「ちっ、ただの猫じゃない。驚かせんなよママ」
「ごめんなさい……」

 勘違いして猫如きにビビって恥ずかしいと思ったのか、ロビンは逆ギレして女将に当たっていた。そして女将は何故か謝っていた。この親子はこういう関係のようだ。

「黒猫か縁起悪い。しっし」
「そんな邪険にしないの。黒猫が災いを齎すなんて迷信よ。あら、毛並みの整った可愛い猫ちゃんね」

 ロビンは黒猫である俺のことを邪険に追い払おうとするものの、女将さんは優しくしてくれた。女将さんは見た目に違わず優しげな気性をしているようだ。まあ仕方なしに賊と繋がってはいるようだが。

「ママ、まさかその猫飼うんじゃねえだろうな。やめろよ縁起悪いから」
「飼わないわよ。ちょっと餌をあげようかなって思っただけ」
「それもやめろっつの。懐いてこの近辺ウロチョロされたら迷惑だっつの。縁起悪ぃ」
「大丈夫よ。一度くらいなら懐かないわよ」
「猫だって馬鹿じゃねえ、ママが餌くれる便利な奴だってわかったら、利用するに決まってんだろ。ママはお人よしですぐ情が移っちまうんだからやめろよ」

 ロビンはぐたぐたと言いながら風呂から上がる。そして女将の手にあったタオルを乱雑に奪い取ると、浴場から出ていく。

 風呂から上がったロビンは浴場近くにあった小屋の中に入った。俺とエリザは女将の腕に抱かれながらその小屋へと入る。

(あれは転移装置か。間違いないようだ)

 小屋の中には転移装置があった。探索初日に見つけた盗賊団の仮拠点の中にあったものとまったく同じものである。

「そんじゃママ、また来るわ。しっかり稼いどいてね」
「わかったわよ」
「ママの稼ぎがアタシの出世にも繋がるんだからね。アタシはこれから村の娘たちと一緒にゾォークに媚売ってくるから。それしかアタシたちの生きる道はないんだから」

 ロビンは扇情的な格好に着替えると、そう吐き捨てるように言う。

――ブォォォオオン。

 ロビンが転移装置に石のようなものをかざす。すると彼女の足元に転移陣が展開され、彼女は転移陣に呑まれて消えていった。

「ふぅ……」

 娘がいなくなると、女将は深い溜息をついた。

 出会った時からなんとなく影のある印象だった女将だが、その理由は娘と盗賊団との関係にあったというわけだな。

「私はどうすれば……冒険者さんたちを騙して……王国を裏切って……娘を守れず……うぅ……ロビン……」

 客である冒険者への義理、不正に対する正義感、娘への愛情、盗賊に対する恐怖、将来への不安――などなど、色んな感情がごちゃまぜになっているのだろう。女将は憂鬱な面持ちでさめざめと泣いていた。

(なるほど。おおよその事情がわかったな)

 この宿はもとより、村全体がゾォーク盗賊団と関わりがある。村人たちも全員じゃないが、村の有力者たちはそのことを知っているようだ。

 行方不明の娘たちはかどわかされたというより、人身御供として賊に差し出されているみたいだな。そうすることで他の家族の身の安全を図っているのだろう。対外的にはかどわかされたってことにしてあるみたいだけど。

 ヤクザもんの暴力に屈してしまい、にっちもさっちもいかなくなってしまった村。一見普通そうに見える村だが、裏ではそんな事情があったとはな。

 ただの気まぐれの夜の散歩だったが、この村の隠れた秘密と賊の繋がりを知ることができるなんて、ラッキーだったな。

「うぅ、ロビン……」

 俺たちの前で泣き続ける女将さん。俺たちに見られたのは幸か不幸か、どちらだろうな。

 少なくとも目下の苦しみからは解き放ってやろうではないか。悪魔らしく対価はきっちりと頂くけどね。

「エリザ」
「わかっていますわ」

 俺とエリザは互いに目を合わせると、邪悪に笑ったのであった。
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