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五章
宿泊者名簿No.17 勇者ライト1/10(幼き日の夢)
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この世界は残酷だ。奪い奪われ、殺し殺され、そしてその過程で、俺たちのような哀れな子どもが生まれてくる。
大昔から変わらない人類の業。安定したと思ったら乱れ、また安定したと思ったら乱れる。有史以来、そんなことばかり繰り返されている。
神様はどうしてこんな残酷な世界を作ったのか。どうして俺たちのことを助けてくれないのか。どうして余所の恵まれた子と同じような人生を歩ませてくれなかったのか。俺たちに試練ばかり課すのか。人間は平等ではない。
その意味を物心ついた頃からずっと探し続けていた。ずっとずっと考え続けてきた。
「ライト、神父さんが呼んでたよ」
「わかったよセイン。今行く」
幼きある日。世話になっている教会の庭で剣の素振りをしていると、幼馴染のセインが声をかけてきた。
セインも俺と同じ戦争孤児だ。生まれた時から親はいない。
帝国との国境――ボーダラン川沿いの小さな村で、俺たちは幼い頃からずっと一緒に育ってきた。
教会には俺やセイン以外にも似たような境遇の孤児が大勢いた。俺たちの生まれ育った村はエビス教の偉い人の出生地らしく、エビス教の総本山から手厚い支援があるのだとか。
それで何もない寒村だけれど、孤児の俺たちでも生きてこれたというわけだ。そうでなければ俺もセインも、幼い頃にとっくに死んでいただろう。
「ライト、お前さん凄いぞ。勇者様だぞ!」
「えっ? 意味わかんないですけど……」
「お前さんは勇者様なんだよ!」
「神父さん、ついにボケちゃったの?」
「違うっつーの! お前さんは勇者様なんだよ!」
興奮気味に言葉足らずなことばかり言う神父さん。
落ち着いてから詳しく話を聞くと、先日孤児院にいる子どもの持っているスキルを調べたのだとか。その結果、俺の持っているスキルが凄いということが、判明したらしかった。
俺は【勇者】という恵まれたスキルを持っているらしい。その時、初めてわかった。
「セインも回復魔法系スキルを生まれながらに持っていたし、お前たちは未来の勇者様と聖女様なのかもしれんのぉ。ふぉっふぉ、その頃までワシも生きておれたらいいんじゃが」
神父さんはとても喜んでいた。
伝説の聖人が生まれたこの地において才能ある俺とセインが生まれたことは、きっと何か意味がある。この乱れた世を治めるために天が遣わしたに違いない。きっと神の思し召しに違いないと、そう言って喜んでいた。
それからというもの、神父さんはことあるごとに俺とセインのことを勇者様と聖女様なんて、冗談めかした口調で言うようになった。神父さんの言動につられ、他の孤児や村の住人たちもそう言うようになっていった。
みんなみんな、俺たちのことをこの世の救世主、救世の光だと持て囃した。
(勇者か。本当になってやろうじゃないか!)
子どもというのは乗せられるものである。それが自分に与えられた使命なのかもしれないと、俺は純粋に思うようになった。こんな残酷な世界を変えられる救世の光となれるのならば、そうありたいとも思った。
人々を魔物から救い、名声と力を手に入れ、人同士の争いをやめさせる。そうして戦乱の世を終わらせる。
そんな誇大妄想じみたことを、幼い頃の俺は本気で考えていた。
そんな青臭い話をセインにもしてやると、意外なことに彼女も賛同してくれた。
「素敵な話ね。そうね。きっと神様の思し召しよ。ライトと私が特殊な力を持って、二人ともこのような境遇で生まれ育った意味。きっとそうに違いないわ。スキルは神様からの授かりものだもの」
「そうかセインもそう思ってくれるか。だったらやろう。俺たちで世界を変えてやろうぜ」
「うん、私、ライトにどこまでもついていくね!」
こうして俺とセインは幼き日に誓い合った。いつか二人でこの乱れた世の中を正そうと、俺たちのような孤児が生まれないで済む世の中を作ろうと。
そう誓い合ってからというもの、俺は勇者として相応しい武と品格を、セインは魔法使いとしての魔力と淑女としての品格を鍛え続けてきた。
教会の仕事を手伝いつつ、ひたすら力を伸ばし続ける。お互い、清く正しく強く美しくあろうと努力する。
(セイン……いつ見ても聖女様みたいに美しい……くそっ、俺はまたセインのことを考えてしまった! ダメだ! そんなの!)
日々美しく成長していくセインに心惹かれることも多々あったが、俺はその欲求をひたすら押し殺して剣を振るった。
勇者がふしだらな思いに駆られてはいけない。大志を育み、それを成就させるためには、鉄のように硬い心が必要だ。
清い心は清い肉体にこそ宿るのである。きっと神様だけはそんな俺たちの努力を見ていてくれて応援してくれる。
そう思って、ひたすら欲望を押し殺して努力してきた。色を覚え始めた男がそれを堪えるのはかなりキツいものがあったが、それでも頑張って耐え続けた。
「神父さん。今までありがとうございました」
「私たち、本当になんとお礼を言っていいのかわかりません……」
そしてある春、俺たちは世に出ることを決めた。
故郷の孤児院に別れを告げることにしたのだ。神父さんと教会の伝手を頼りに、ギルドのある大きな町へと引っ越すことにした。
冒険者として世のため人のために働いて修行を積む。教会に所属せずにそうしている教会関係者も多くいると聞くし、俺たちも先人に倣いそうすることにした。それが出世するには一番近いと感じたからだ。
教会に所属して働けば教会内では出世できるかもしれないが、それではダメなのだ。教会は俗世の争いには基本的に中立の立場だ。積極的に介入していないので、教会でいくら働いても、世の争いを鎮めるという俺たちの願いは叶わない。
だから冒険者になることにしたのである。まずは冒険者になって名を上げ、それからどこかしらの勢力に所属して権力を握る。そうして世の中に影響力を持って世の争いを収めようと考えたのであった。
「うむ。ワシももう歳じゃ。これが今生の別れとなるじゃろう。二人とも達者でな。ワシはいつまでもお前たちのことを見守っておるぞ」
「はい。神父さんもどうか達者で長生きしてください」
「いつまでもお元気で、さようなら」
神父さんの言葉通り、それが最後の別れとなった。神父さんは俺たちが出て行ってまもなくに亡くなったらしい。老衰による穏やかな最後だったそうだ。
神父さんに俺たちの活躍はほとんど聞かせてあげられなかったのだけど、空からきっと見守ってくれているだろう。そう思いながら頑張ることにした。
故郷の村に近い町で冒険者として活動を始めた俺たちは、一ヶ月ほどで鉄等級に上がることができ、それから一年ほどみっちりと修行を積んだ。そして折を見て、王都に上ることにした。
大昔から変わらない人類の業。安定したと思ったら乱れ、また安定したと思ったら乱れる。有史以来、そんなことばかり繰り返されている。
神様はどうしてこんな残酷な世界を作ったのか。どうして俺たちのことを助けてくれないのか。どうして余所の恵まれた子と同じような人生を歩ませてくれなかったのか。俺たちに試練ばかり課すのか。人間は平等ではない。
その意味を物心ついた頃からずっと探し続けていた。ずっとずっと考え続けてきた。
「ライト、神父さんが呼んでたよ」
「わかったよセイン。今行く」
幼きある日。世話になっている教会の庭で剣の素振りをしていると、幼馴染のセインが声をかけてきた。
セインも俺と同じ戦争孤児だ。生まれた時から親はいない。
帝国との国境――ボーダラン川沿いの小さな村で、俺たちは幼い頃からずっと一緒に育ってきた。
教会には俺やセイン以外にも似たような境遇の孤児が大勢いた。俺たちの生まれ育った村はエビス教の偉い人の出生地らしく、エビス教の総本山から手厚い支援があるのだとか。
それで何もない寒村だけれど、孤児の俺たちでも生きてこれたというわけだ。そうでなければ俺もセインも、幼い頃にとっくに死んでいただろう。
「ライト、お前さん凄いぞ。勇者様だぞ!」
「えっ? 意味わかんないですけど……」
「お前さんは勇者様なんだよ!」
「神父さん、ついにボケちゃったの?」
「違うっつーの! お前さんは勇者様なんだよ!」
興奮気味に言葉足らずなことばかり言う神父さん。
落ち着いてから詳しく話を聞くと、先日孤児院にいる子どもの持っているスキルを調べたのだとか。その結果、俺の持っているスキルが凄いということが、判明したらしかった。
俺は【勇者】という恵まれたスキルを持っているらしい。その時、初めてわかった。
「セインも回復魔法系スキルを生まれながらに持っていたし、お前たちは未来の勇者様と聖女様なのかもしれんのぉ。ふぉっふぉ、その頃までワシも生きておれたらいいんじゃが」
神父さんはとても喜んでいた。
伝説の聖人が生まれたこの地において才能ある俺とセインが生まれたことは、きっと何か意味がある。この乱れた世を治めるために天が遣わしたに違いない。きっと神の思し召しに違いないと、そう言って喜んでいた。
それからというもの、神父さんはことあるごとに俺とセインのことを勇者様と聖女様なんて、冗談めかした口調で言うようになった。神父さんの言動につられ、他の孤児や村の住人たちもそう言うようになっていった。
みんなみんな、俺たちのことをこの世の救世主、救世の光だと持て囃した。
(勇者か。本当になってやろうじゃないか!)
子どもというのは乗せられるものである。それが自分に与えられた使命なのかもしれないと、俺は純粋に思うようになった。こんな残酷な世界を変えられる救世の光となれるのならば、そうありたいとも思った。
人々を魔物から救い、名声と力を手に入れ、人同士の争いをやめさせる。そうして戦乱の世を終わらせる。
そんな誇大妄想じみたことを、幼い頃の俺は本気で考えていた。
そんな青臭い話をセインにもしてやると、意外なことに彼女も賛同してくれた。
「素敵な話ね。そうね。きっと神様の思し召しよ。ライトと私が特殊な力を持って、二人ともこのような境遇で生まれ育った意味。きっとそうに違いないわ。スキルは神様からの授かりものだもの」
「そうかセインもそう思ってくれるか。だったらやろう。俺たちで世界を変えてやろうぜ」
「うん、私、ライトにどこまでもついていくね!」
こうして俺とセインは幼き日に誓い合った。いつか二人でこの乱れた世の中を正そうと、俺たちのような孤児が生まれないで済む世の中を作ろうと。
そう誓い合ってからというもの、俺は勇者として相応しい武と品格を、セインは魔法使いとしての魔力と淑女としての品格を鍛え続けてきた。
教会の仕事を手伝いつつ、ひたすら力を伸ばし続ける。お互い、清く正しく強く美しくあろうと努力する。
(セイン……いつ見ても聖女様みたいに美しい……くそっ、俺はまたセインのことを考えてしまった! ダメだ! そんなの!)
日々美しく成長していくセインに心惹かれることも多々あったが、俺はその欲求をひたすら押し殺して剣を振るった。
勇者がふしだらな思いに駆られてはいけない。大志を育み、それを成就させるためには、鉄のように硬い心が必要だ。
清い心は清い肉体にこそ宿るのである。きっと神様だけはそんな俺たちの努力を見ていてくれて応援してくれる。
そう思って、ひたすら欲望を押し殺して努力してきた。色を覚え始めた男がそれを堪えるのはかなりキツいものがあったが、それでも頑張って耐え続けた。
「神父さん。今までありがとうございました」
「私たち、本当になんとお礼を言っていいのかわかりません……」
そしてある春、俺たちは世に出ることを決めた。
故郷の孤児院に別れを告げることにしたのだ。神父さんと教会の伝手を頼りに、ギルドのある大きな町へと引っ越すことにした。
冒険者として世のため人のために働いて修行を積む。教会に所属せずにそうしている教会関係者も多くいると聞くし、俺たちも先人に倣いそうすることにした。それが出世するには一番近いと感じたからだ。
教会に所属して働けば教会内では出世できるかもしれないが、それではダメなのだ。教会は俗世の争いには基本的に中立の立場だ。積極的に介入していないので、教会でいくら働いても、世の争いを鎮めるという俺たちの願いは叶わない。
だから冒険者になることにしたのである。まずは冒険者になって名を上げ、それからどこかしらの勢力に所属して権力を握る。そうして世の中に影響力を持って世の争いを収めようと考えたのであった。
「うむ。ワシももう歳じゃ。これが今生の別れとなるじゃろう。二人とも達者でな。ワシはいつまでもお前たちのことを見守っておるぞ」
「はい。神父さんもどうか達者で長生きしてください」
「いつまでもお元気で、さようなら」
神父さんの言葉通り、それが最後の別れとなった。神父さんは俺たちが出て行ってまもなくに亡くなったらしい。老衰による穏やかな最後だったそうだ。
神父さんに俺たちの活躍はほとんど聞かせてあげられなかったのだけど、空からきっと見守ってくれているだろう。そう思いながら頑張ることにした。
故郷の村に近い町で冒険者として活動を始めた俺たちは、一ヶ月ほどで鉄等級に上がることができ、それから一年ほどみっちりと修行を積んだ。そして折を見て、王都に上ることにした。
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