吸血鬼のお宿~異世界転生して吸血鬼のダンジョンマスターになった男が宿屋運営する話~

夜光虫

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六章

港町イティーバ8/19(青年カイリ)

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「あんた何してる? あんた泥棒だか?」
「いや、ち、違うぞ! 怪しい者ではない! だから武器を構えるな!」
「だったらどうしてそんな所に立ってるだ。ここはおらんちの作業場だべ」
「いや、これはだな、ちょっとした事情があって……」
「中に誰か人さいるだか?」
「あっ、ちょっと!」

 ノビルの制止を振りきり、一人の青年が小屋の中に入ってきた。

 歳は二十歳くらいだろうか。海苔を貼り付けたような極太の眉と田舎臭い喋りが特徴的な青年だった。

 顔自体はわりと整っていて背も低くないものの、垢抜けず覇気のない気弱そうな顔をしているせいでイケメンには見えない。残念イケメンって感じの子だった。

「っ!?」

 その青年は、上半身脱ぎかけのレイラを見て顔を真っ赤にさせる。そして叫ぶ。

「ぬなっ!? 別嬪おめこぉ!?」

 これは女の子を知らない反応だね。初々しいものだ。

「君、どうしたのこんなところで? 迷子?」
「どうしたはこっちのセリフだべ……。ここはおらんちの作業場だぁ」

 野良猫のお家だと思っていたが、どうやらこの青年の作業場だったらしい。青年はレイラの方を見ないように俯き加減で話してくる。

「えっ、そうなの? ごめんね、普通に汚い廃屋だと思ってたよ」
「汚い廃屋だなんてあんまりだべ……。それはそうと、おらの作業場、変なことに使わんでけろ。あ、あ、あい、逢引だなんて、け、け、けしからんべ!」

 青年はどうやら勘違いをしているようだ。俺が舎弟のノビルに見張りをさせ、レイラと逢引するのにこの小屋を使っていたと思っているらしい。普通に吸血してただけなのにね。

 状況が状況だけに勘違いしても仕方ないか。訂正するのも面倒臭いのでそういうことにしておこう。

「そういうことは連れ込み宿にでも行ってやってくんろ……」
「いやマジでごめん。警備兵とか呼ばないでね?」
「こげなことで警備兵なんて呼ばんけども……。あー、おらの資材がびしょ濡れだべ! くっせぇ! なんじゃこりゃ! 小便まみれでねえか! なんてことするだぁ!」

 青年は小屋の中に散らばっている木材が汚れているのを見てショックを受けていた。木材には先客の野良猫たちが撒き散らしたおしっこやウンチが大量に付着している。

「それは俺たちのせいじゃないよ。野良猫たちの仕業だよ」
「ぬなぁあ!? 野良猫め、なんちゅうことを……」

 事実を伝えてやると、青年は頭を抱えてオーバーリアクション気味に仰け反った。いちいち大袈裟で面白い子だ。

「その木屑ってゴミじゃなかったの?」
「ゴミじゃねぇだ! おらが作品作るのに使ってる流木だぁ!」
「作品って、君って芸術家か何かなの?」
「芸術家なんて大層なもんじゃねえだ。おらは船大工だ。今は仕事がなくて休業中だけんども。そんで、小遣い稼ぎに装飾品さ作ってるんだぁ」
「へえそうなんだ。名前は?」
「おらの名か? おらはカイリだ」

 カイリなる青年は船大工らしい。小さな手作り船を作る職人だそうだ。

 ただし、今は休業中らしい。例の不漁騒ぎのせいで小型手作り船の需要などないのだろう。武装船以外は漁に出られないって話だもんな。

 それでカイリは流木を加工したものを売って糊口をしのいでいるらしかった。

「警備兵は呼ばんけども、その代わり、掃除を手伝ってから帰ってくんろ。変なことに使ってたんだし、多少は汚れてるべ」
「了解了解。それくらいお安い御用さ」
「本当にごめんなさい」
「ホント悪りぃな――つか、何で俺とレイラまで謝らされてんだよ! おまけに掃除まで! くそが!」

 情けない顔をしているカイリを見ると申し訳なくて、無視して帰るというわけにはいかなかった。ぶうぶう文句垂れるノビルを宥め、掃除に取り掛かる。

 掃除なんてダンジョンからスライムたちを呼び寄せてやればすぐに終わるが、ここではそんなことはできない。スライムを使わない掃除は中々大変だった。

 汲んできた水で洗い流し、モップで掃いていく。汚れた流木を洗い流し天日に干していく。最後にスキル【洗浄】を使って完璧に綺麗にする。

 何気に時間がかかり、日が暮れるまでかかる作業となった。

「もういいべ。あとはおらがやるだ」
「そうかい? 本当にゴメンね。あ、お詫びにこれを受け取ってくれ」
「そんないいべ。1シルももらえねえだよ」
「まあまあいいからお気持ちで」
「そうかぁ、それじゃお返しにこれでも貰ってくんろ」

 カイリは小屋奥に行くと、隠し戸棚から掌サイズくらいの小さな木像を取り出した。それはかなり精巧に作られた女神エビス像だった。

「くれるの?」
「ああ。副業として始めたはいいものの、観光客も来ねえからさっぱり売れねぇんだべ」

 売れないと言って自分で情けなく思ったのか、カイリは情けない顔をさらに情けなくさせる。弱り目に祟り目な思いをしているようだ。

「あんたら見ない顔だけんども、観光客だか?」
「俺たちは観光客じゃないよ。冒険者さ」
「冒険者? もしかして例の騒ぎを治めに来てくれただか?」
「そうだよ。ギルドの依頼で不漁騒ぎと海賊騒ぎの原因究明に来たんだ」
「そうだっただか。だったらこれ以上のお詫びなんていらんから、騒ぎをどうにかしてくんろ。この町の人はみんな、困ってるんだべ」
「ああ善処するよ」
「よろしくお願いするだ。この通りだぁ」
「そんな、頭なんて下げないでよ」

 俺たちが例の騒ぎを調べに来た冒険者だと知ると、カイリはペコリと頭を下げながらお願いしてきた。

 本当に困ってるらしいな。船大工の仕事がなくなったって言ってたからそれもそうか。

「それじゃ俺たちはもう行くよ」
「ああ。お仕事頑張ってくんろ。さよならだべ」

 カイリと別れて宿屋へと戻る。余計な道草を食ったと不満を言うノビルとレイラを宥めつつ、歩いていく。

「まったく、ヨミトのせいでとんだとばっちりだ」
「本当ですよ。とんだ勘違いされちゃいましたし。あの人が良い人だったから良かったですけど、本来なら警備兵に通報されて罰金くらってたかもしれないですよ?」
「ごめんごめん。あのボロボロの小屋、マジで廃屋だと思ったからさ。奥の方の隠し棚に売りもののエビス像が並んでたんだね。知らなかったよ」

 あのボロ小屋はマジで廃屋にしか見えなかった。作業小屋なら鍵くらいかけとけよって思うが、まあボロ小屋でほとんど盗むものなんてなさそうだから鍵なんてかけてなかったのかもしれない。

「それにしても結構よく作られてるなぁこの木像。真面目で手先器用みたいだし、職人としては優秀かもね」
「でもあの気弱な性格じゃ、船大工の親方なんてやっていけるんですかね? 船大工の仕事は休業中らしいですけど」
「まあ誰か助役がいればなんとかなるんじゃない? 親とか兄弟とかいるんじゃない? よく知らないけど」

 帰り道中、先の青年カイリのことばかりが話題に上る。

「それにしても野良猫にまで舐められているとは哀れな青年だね」
「ちょっとヨミトさん、そんな言い方は酷いですよ」
「いやレイラ、ヨミトの言うことも一理あるぞ。アイツ、顔にまったく気合が入ってねえ。俺より年上のくせして、だらしねえぜ」

 そんな会話を繰り広げながら、俺たちは宿に帰ったのであった。
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