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第六章
第201話 逆転の黒い羽根/切り札は貧乳地味眼鏡っ娘
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リリムがレイエルと死闘を繰り広げている頃の、二年B組の教室。
飾り付けの取付をしていた田村響子は、茂の一件が気になって作業に身が入らなかった。
『聞こえますか、田村響子さん』
突然頭の中に響いた声。俯きながら作業をしていた響子はばっと顔を上げ、辺りをキョロキョロと見回す。だが他の人達にこの声が聞こえている様子はない。
『本宮茂君を救いたいのでしたら、何も言わず三階東端の空き教室まで来て下さい』
(何これ? どういうこと?)
優しく穏やかに語りかけてくるその声に悪意は感じられないが、当然響子は初め不審に思う。だがやがて何かを決意したような顔をすると、急ぐように教室を立った。
声の主に導かれて、響子は指示された部屋の扉を開ける。
カーテンを閉め切った薄暗い空き教室。床には大きな魔法陣が描かれ、その中央には首から下を黒いマントですっぽり覆った男が一人立っていた。
すらっと高い背丈、ゆるやかなウェーブを描く長い銀髪、そしてさながら天から舞い降りた美の化身かと見紛うほどの顔立ち。どこか現実感の無いその男を、響子はぽかんと見ていた。
(凄く綺麗な男の人……でもこんな人学校にいたっけ?)
「扉を閉めて頂けますか?」
先程頭に響いてきたのと同じ声でそう言われ、響子はびくりとして慌てて部屋に入り扉を閉めた。
「あ、あの、どちら様でしょうか?」
「名乗りが遅れました。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
その証拠を見せるように、ルシファーの背から二枚の黒翼が姿を現す。響子はあっと驚いて目を見開いた。
「じゃあ、貴方が噂の……それで、茂君を救うというのは……」
「現在本宮君はこの真下、二階の空き教室に囚われています」
ルシファーは床を指差して言った。
「犯人は悪のキューピッド、ルナティエル。奴は人を狂気に染める力があります。本宮君が急にモテるようになったのも奴の仕業。彼に惚れさせられた女子達は、奴に操られているのです。現状本宮君自身はまだ狂気に染まっておらず、女子達の誰にも手を出してはいません。ですがそれも時間の問題でしょう。何が目的で本宮君を狙ったのかは私もわかりませんが、何にせよ本宮君も女子達も危険な連中からいいように利用されているのは確かです」
「じゃあ、早く助けに行かないと……」
「まずは落ち着いて下さい。まだ奴を倒す準備として必要な儀式の最中です」
(この魔法陣、文化祭の出し物じゃなかったんだ)
仄かに発光する魔法陣は、儀式をしているという話に説得力を感じさせるものであった。
実際この魔法陣はルシファーが魔法で出したものであるが、今が儀式の最中だというのは嘘だ。リリムが来るまで待つためにそう言っているだけで、実際に儀式を行うのはその後なのだ。
暫し沈黙が流れる。響子がじれったさを感じているのは、ルシファーにも伝わっていた。
その時だった。ルシファーは気配を感じ取った。待ち望んでいたリリムが、壁をすり抜けてこの部屋に現れた。
乳首も陰毛も丸見えすっぽんぽん。全身びしょ濡れで、いつものツインテールではなく下ろした髪からは水滴が滴り落ちている。勿論、人間には姿の見えない状態である。
脱衣ゲームでローションまみれになったためプールのシャワーで一旦ローションを洗い流した後、体も拭かず急いでここまで飛んで来たのである。
『先生ごめん! 遅れちゃった!』
『事情はわかっている。よく戦った』
ルシファーはマントを掴んで右腕を広げた。マントの下は勝負服の黒スーツ。リリムはそこに入り込み、ルシファーはそれを覆い隠すようにマントを閉じた。
「どうかされたんですか?」
「たった今準備が完了しました。田村さん、本宮君と女子達を救うためには、貴方の協力が必要です。やって頂けますね?」
「勿論です! やらせて下さい!」
「では始めましょう」
魔法陣が強く光る。それに伴ってルシファーの顔に鎖のような刺青が現れ、響子はぎょっとした。
これは罪魔の紋。実際は顔だけでなくマントに隠された全身に現れている。
これを刻まれた魔族は魔法を使う度に紋に魔力を吸収され、その際に痛みを伴う。しかも強力な魔法であればあるほど、消費と痛みは強くなるのだ。普段は隠している紋が表面に出てくるということは、それだけ多くの魔力を吸収されているということだ。
本来であれば魔界の裁判で刑罰として刻まれるものであるが、ルシファーはこれを自ら刻んだ。淫魔にとって生きるために不可欠とされていた人間との性行為そのものを、許されざる罪としてこの紋に刻んで。
ルシファーの表情が苦悶に歪み、一筋の汗が垂れた。
魔力消費と激痛もそうだが、ルナティエルの抵抗が想像以上に強いのだ。
マントの下のリリムはルシファーの表情を窺うことはできないが、その身に触れているだけで彼の抱える苦しみは伝わってきた。
少しでも力になればと、ぎゅっと強くルシファーを抱きしめる。
『大丈夫だ、安心しろリリム。お前が蒔いてくれた種のお陰で奴と生徒六人纏めて召喚するだけの魔力は足りる!』
辺り一面が眩い光に包まれて、響子は目をつぶった。そして再び瞼を上げれば、そこはさながら中世ヨーロッパの城塞の上。突然の事態に、響子はただただ困惑した。
「えっ? な、何? あ、茂君……と、校長先生?」
そして同じ場所には、本宮茂の姿もあった。新校長の月光院帝と共に。
「月光院校長がルナティエルです」
響子の背後で、ルシファーが答えた。響子は「えっ」と困惑の声が出る。
領域への召喚を無事に成功させたルシファーだが、一息つく暇もなくルナティエルと対峙。だが当初自分で言っていたように疲れ果ててとても戦えない状態ではなく、思いのほかピンピンしていた。
ルシファーのその様子を見たルナティエルは、動じることなく不敵な笑みを浮かべていた。
「へぇ、俺を領域に引きずり込むために何か策を練っているらしいことは気付いていたが、まさか本当にやってくれるとはね」
ルシファーの策とは、端的に言うならば少年時代のルシファーが自分より圧倒的に強い力を持つ淫魔を領域に召喚するために行ったのと同じ手である。
詳細に言うならば、自身の羽根を校内各所に配置することだ。文化祭のシンボルとして使われているあの黒い羽根、実は本物のルシファーの羽根である。ルシファーの羽根には魔法の触媒となり魔力を増幅させる効果があるのだ。
校内に沢山ばら撒くだけでも十分有効であるが、実は無作為に置かれたように見える羽根の内いくつかは点と点を線で結ぶと陣を描くようになっており、それが更なる魔力の増幅を生むのだ。
当初は二年B組の出し物であるメイド&執事喫茶のシンボルとして使うに留まる予定であったが、ルナティエルが四人もの生徒を洗脳したことで予定を変更。大人数の召喚に耐えうるよう、校内全域に大量の羽根を配置することにしたのだ。
そしてその羽根を文化祭のシンボルに使うことを生徒会に交渉するのが、リリムの役目であった。
つい最近ルシファーの脱衣ゲームのお陰で念願の彼女ができた生徒会長の掛川浩二は、リリムの提案を快諾。そうしてルシファーは消費を最小限に抑えながら響子とルナティエルと茂、そして洗脳された四人を召喚することに成功したのだ。
ちなみに女子四人はルナティエルの手下達が何かする可能性を考慮し、保護のため一緒に領域に召喚した上で領域内の別室に転送されている。
「なるほど……たかが淫魔だと甘く見ていたが、史上最強の淫魔は伊達じゃないということか」
ルシファーの策の内容を聞かされずとも概ね察したルナティエルは、相手を讃える素振りをしながら次の一手に出る。
そう、この発言そのものがそれだ。
「淫魔?」
「仮に私が淫魔だとしたら、貴方は私を信用できませんか?」
振り返って響子が尋ねると、ルシファーは質問に質問で返した。響子は固まって、何も答えない。
「その男は淫魔で、私は本物のキューピッド。しかも君の学校の校長だ。どちらを信用すべきかはわかっているね」
「そうだよ響子! 校長先生の言ってることが正しいよ! 君は淫魔に騙されてるんだ! そんな奴の言うことを聞いたらセックスさせられちゃうよ!」
茂がルナティエルを援護することを言うと、響子はピクリと身を動かした。
空き教室にいた段階ではまだ正気でいた茂が今はとうに洗脳されていることに、ルシファーは領域に来た時点で気付いた。領域に召喚されていることに気付いたルナティエルが、その瞬間咄嗟に矢を打ち込んだのだろう。
だがこの瞬間においては、それは思いもよらぬ効果をもたらしていた。
「貴方は茂君じゃない」
響子の発したその言葉に、辺りは静まり返った。
「茂君はシャイだからそういう単語を直接的には言わないし、女子の前では極力話題にも出さない。だから貴方は茂君じゃない」
「何言ってるんだよ響子! もしかして僕のハーレムに入れてもらえなかったのを逆恨みしてるのか!?」
響子は茂の言うことをスルーしながら、改めて振り返りルシファーの顔を見た。
「ルシファーさん、貴方がキューピッドであってもそうでなくても、とりあえず私は貴方を信用します。それが本当に茂君を助ける方法だと思うから」
「騙されてるんだよ響子!」
茂の言葉には耳も貸さず、響子とルシファーは見合って頷いた。
「さて、田村さんの意思ははっきりした。してルナティエルよ、女子四人のみならず本宮君まで洗脳し、お前は一体何が目的で人間にハーレムを作らせる? 手下達の言っていたことがお前の本心ではあるまい」
響子に話しかけていた時の優しげな口調から一転、ルシファーは声色を変えて尊大な口調でルナティエルに尋ねる。
対してルナティエルは、不真面目な面をして嘲笑。
「フッ、そんなもの決まっているじゃないか。人間を幸福にするため以外に何があるというのだね? ハーレムは男のロマンだよ」
手下達は女性視点で、優れた男性のハーレムに入ることを幸福とする。ルナティエルは男性視点で、自身がハーレムの主になることを幸福とする。概ねそういった主張だろう。
その主張自体は、絶対に間違っているとも言い切れないくらいには説得力のあるものだ。
だがそれだけでは納得いかないこともある。
「では何故本宮を選んだ。手下達とはハーレムの主に相応しい男を選ぶ基準が違うのか?」
「いかにも。手下どもには女にとって都合が良いようああやって伝えてあるが、所詮あんなものは支持を得るための方便に過ぎん。俺のような元からモテる男が無理に一人を選ばず自分を好いてくれる女複数と同時に付き合えるのも、それはそれで幸せだろう。だが元はモテなかった男がそうなった場合、その幸福感は何倍にも膨れ上がるのだ。実に合理的だろう」
「合理的、か。魔族でも人間でも天使でも、他者の心情を軽視する輩がそういう言葉を好んで使うのは変わらんな。暗君と名高いサタン四世もそうだったと聞く。その合理性のために洗脳され人格を歪まされたり、それまで築いてきた人間関係を壊された者達は必要な犠牲だったとでも言う気か?」
「我らキューピッドには人間の恋愛感情を操る力があるのだ。使えるものを使って何が悪い。人間関係を壊されたってのは、好きな女を茂に奪われた惨めな男達のことか? ならばそれも合理的に幸福エネルギーを集めるための戦術の一部だ。人の不幸は蜜の味。自分以外の男が不幸であることによって、より幸福の実感が増大するのだよ。お前には分かるだろう、寝取りのルシファーよ」
「俺のことはいくらでも蔑めばいい。だが本宮を愚弄するな。彼は優しい子だ。人の不幸で喜びはしない」
「だがその茂も今や俺の手駒だ」
虚ろな目をした茂の姿を見せびらかすように、ルナティエルは掌を茂に向ける。
「そんな状態にされた本宮が、本当に幸福だとでも思っているのか」
「確かに洗脳無しで本心から幸福に思ってくれた方が得られるエネルギーも多い。こいつは強情にも、俺の与えてやったハーレムを拒否し続けた。だがあと少しで陥落するというところでお前がこんなことをしてくれたために、やむを得ずこうしたのだ」
「被害者面するな下衆め。お前や天界の事情などどうでもいい。本宮の心情のことを言っている」
「まさかお前は俺が人間様のために無償の奉仕をしている等とおめでたいことを考えているのか? キューピッドに限らず天使の人間界での活動は、あくまでも天使が生きるために必要な幸福エネルギーを得るためのもの。全ては天界と天使のためなのだ。我々からしてみれば人間など家畜かエネルギー製造工場のようなものに過ぎん」
その発言にルシファーが奥歯を噛んで嫌悪を露にすると、ルナティエルは更に愉悦を顔に出す。
「ああ、そういえばどこかの誰かは魔族の身でありながら贖罪とか言って人間に無償の奉仕をしてるんだっけか。頭がおかしいとしか思えないな。そういえばそいつは戦時中の魔界では国家反逆者としてテロリスト扱いされてたんだったか。元々頭おかしかったわけだ。まあ我々天界からすれば敵の中にそういう自分勝手な裏切者がいたのは都合のいい話ではあったが」
煽り散らしてくるルナティエルだが、自分自身への煽りにはルシファーは無反応。
「……してルシファーよ、この問答をいつまで続ける気だ? そちらの連れてきた地味女も痺れを切らしているぞ。始めるんだろう、お得意のゲーム勝負を」
「そうだな、では始めるとしようか」
茂が洗脳されている以上、響子と茂のペアでルナティエルと戦うプランAは不可になった。よってルシファーは、プランBのゲームをこの場に展開する。
響子と茂の間の床がせり上がって正方形のステージを形成すると、そこに魔法で九マス×九マスの格子状に線が引かれた。響子にとっては、非常に見覚えのあるものだ。
「将棋盤……?」
「いかにも。玉将、二年B組将棋部、田村響子Aカップ! 王将、二年B組将棋部、本宮茂! こちらのカードで、今回のゲームを行う! 両プレイヤーは、ステージ上の王に位置へ」
飾り付けの取付をしていた田村響子は、茂の一件が気になって作業に身が入らなかった。
『聞こえますか、田村響子さん』
突然頭の中に響いた声。俯きながら作業をしていた響子はばっと顔を上げ、辺りをキョロキョロと見回す。だが他の人達にこの声が聞こえている様子はない。
『本宮茂君を救いたいのでしたら、何も言わず三階東端の空き教室まで来て下さい』
(何これ? どういうこと?)
優しく穏やかに語りかけてくるその声に悪意は感じられないが、当然響子は初め不審に思う。だがやがて何かを決意したような顔をすると、急ぐように教室を立った。
声の主に導かれて、響子は指示された部屋の扉を開ける。
カーテンを閉め切った薄暗い空き教室。床には大きな魔法陣が描かれ、その中央には首から下を黒いマントですっぽり覆った男が一人立っていた。
すらっと高い背丈、ゆるやかなウェーブを描く長い銀髪、そしてさながら天から舞い降りた美の化身かと見紛うほどの顔立ち。どこか現実感の無いその男を、響子はぽかんと見ていた。
(凄く綺麗な男の人……でもこんな人学校にいたっけ?)
「扉を閉めて頂けますか?」
先程頭に響いてきたのと同じ声でそう言われ、響子はびくりとして慌てて部屋に入り扉を閉めた。
「あ、あの、どちら様でしょうか?」
「名乗りが遅れました。私は愛の天使、キューピッドのルシファー」
その証拠を見せるように、ルシファーの背から二枚の黒翼が姿を現す。響子はあっと驚いて目を見開いた。
「じゃあ、貴方が噂の……それで、茂君を救うというのは……」
「現在本宮君はこの真下、二階の空き教室に囚われています」
ルシファーは床を指差して言った。
「犯人は悪のキューピッド、ルナティエル。奴は人を狂気に染める力があります。本宮君が急にモテるようになったのも奴の仕業。彼に惚れさせられた女子達は、奴に操られているのです。現状本宮君自身はまだ狂気に染まっておらず、女子達の誰にも手を出してはいません。ですがそれも時間の問題でしょう。何が目的で本宮君を狙ったのかは私もわかりませんが、何にせよ本宮君も女子達も危険な連中からいいように利用されているのは確かです」
「じゃあ、早く助けに行かないと……」
「まずは落ち着いて下さい。まだ奴を倒す準備として必要な儀式の最中です」
(この魔法陣、文化祭の出し物じゃなかったんだ)
仄かに発光する魔法陣は、儀式をしているという話に説得力を感じさせるものであった。
実際この魔法陣はルシファーが魔法で出したものであるが、今が儀式の最中だというのは嘘だ。リリムが来るまで待つためにそう言っているだけで、実際に儀式を行うのはその後なのだ。
暫し沈黙が流れる。響子がじれったさを感じているのは、ルシファーにも伝わっていた。
その時だった。ルシファーは気配を感じ取った。待ち望んでいたリリムが、壁をすり抜けてこの部屋に現れた。
乳首も陰毛も丸見えすっぽんぽん。全身びしょ濡れで、いつものツインテールではなく下ろした髪からは水滴が滴り落ちている。勿論、人間には姿の見えない状態である。
脱衣ゲームでローションまみれになったためプールのシャワーで一旦ローションを洗い流した後、体も拭かず急いでここまで飛んで来たのである。
『先生ごめん! 遅れちゃった!』
『事情はわかっている。よく戦った』
ルシファーはマントを掴んで右腕を広げた。マントの下は勝負服の黒スーツ。リリムはそこに入り込み、ルシファーはそれを覆い隠すようにマントを閉じた。
「どうかされたんですか?」
「たった今準備が完了しました。田村さん、本宮君と女子達を救うためには、貴方の協力が必要です。やって頂けますね?」
「勿論です! やらせて下さい!」
「では始めましょう」
魔法陣が強く光る。それに伴ってルシファーの顔に鎖のような刺青が現れ、響子はぎょっとした。
これは罪魔の紋。実際は顔だけでなくマントに隠された全身に現れている。
これを刻まれた魔族は魔法を使う度に紋に魔力を吸収され、その際に痛みを伴う。しかも強力な魔法であればあるほど、消費と痛みは強くなるのだ。普段は隠している紋が表面に出てくるということは、それだけ多くの魔力を吸収されているということだ。
本来であれば魔界の裁判で刑罰として刻まれるものであるが、ルシファーはこれを自ら刻んだ。淫魔にとって生きるために不可欠とされていた人間との性行為そのものを、許されざる罪としてこの紋に刻んで。
ルシファーの表情が苦悶に歪み、一筋の汗が垂れた。
魔力消費と激痛もそうだが、ルナティエルの抵抗が想像以上に強いのだ。
マントの下のリリムはルシファーの表情を窺うことはできないが、その身に触れているだけで彼の抱える苦しみは伝わってきた。
少しでも力になればと、ぎゅっと強くルシファーを抱きしめる。
『大丈夫だ、安心しろリリム。お前が蒔いてくれた種のお陰で奴と生徒六人纏めて召喚するだけの魔力は足りる!』
辺り一面が眩い光に包まれて、響子は目をつぶった。そして再び瞼を上げれば、そこはさながら中世ヨーロッパの城塞の上。突然の事態に、響子はただただ困惑した。
「えっ? な、何? あ、茂君……と、校長先生?」
そして同じ場所には、本宮茂の姿もあった。新校長の月光院帝と共に。
「月光院校長がルナティエルです」
響子の背後で、ルシファーが答えた。響子は「えっ」と困惑の声が出る。
領域への召喚を無事に成功させたルシファーだが、一息つく暇もなくルナティエルと対峙。だが当初自分で言っていたように疲れ果ててとても戦えない状態ではなく、思いのほかピンピンしていた。
ルシファーのその様子を見たルナティエルは、動じることなく不敵な笑みを浮かべていた。
「へぇ、俺を領域に引きずり込むために何か策を練っているらしいことは気付いていたが、まさか本当にやってくれるとはね」
ルシファーの策とは、端的に言うならば少年時代のルシファーが自分より圧倒的に強い力を持つ淫魔を領域に召喚するために行ったのと同じ手である。
詳細に言うならば、自身の羽根を校内各所に配置することだ。文化祭のシンボルとして使われているあの黒い羽根、実は本物のルシファーの羽根である。ルシファーの羽根には魔法の触媒となり魔力を増幅させる効果があるのだ。
校内に沢山ばら撒くだけでも十分有効であるが、実は無作為に置かれたように見える羽根の内いくつかは点と点を線で結ぶと陣を描くようになっており、それが更なる魔力の増幅を生むのだ。
当初は二年B組の出し物であるメイド&執事喫茶のシンボルとして使うに留まる予定であったが、ルナティエルが四人もの生徒を洗脳したことで予定を変更。大人数の召喚に耐えうるよう、校内全域に大量の羽根を配置することにしたのだ。
そしてその羽根を文化祭のシンボルに使うことを生徒会に交渉するのが、リリムの役目であった。
つい最近ルシファーの脱衣ゲームのお陰で念願の彼女ができた生徒会長の掛川浩二は、リリムの提案を快諾。そうしてルシファーは消費を最小限に抑えながら響子とルナティエルと茂、そして洗脳された四人を召喚することに成功したのだ。
ちなみに女子四人はルナティエルの手下達が何かする可能性を考慮し、保護のため一緒に領域に召喚した上で領域内の別室に転送されている。
「なるほど……たかが淫魔だと甘く見ていたが、史上最強の淫魔は伊達じゃないということか」
ルシファーの策の内容を聞かされずとも概ね察したルナティエルは、相手を讃える素振りをしながら次の一手に出る。
そう、この発言そのものがそれだ。
「淫魔?」
「仮に私が淫魔だとしたら、貴方は私を信用できませんか?」
振り返って響子が尋ねると、ルシファーは質問に質問で返した。響子は固まって、何も答えない。
「その男は淫魔で、私は本物のキューピッド。しかも君の学校の校長だ。どちらを信用すべきかはわかっているね」
「そうだよ響子! 校長先生の言ってることが正しいよ! 君は淫魔に騙されてるんだ! そんな奴の言うことを聞いたらセックスさせられちゃうよ!」
茂がルナティエルを援護することを言うと、響子はピクリと身を動かした。
空き教室にいた段階ではまだ正気でいた茂が今はとうに洗脳されていることに、ルシファーは領域に来た時点で気付いた。領域に召喚されていることに気付いたルナティエルが、その瞬間咄嗟に矢を打ち込んだのだろう。
だがこの瞬間においては、それは思いもよらぬ効果をもたらしていた。
「貴方は茂君じゃない」
響子の発したその言葉に、辺りは静まり返った。
「茂君はシャイだからそういう単語を直接的には言わないし、女子の前では極力話題にも出さない。だから貴方は茂君じゃない」
「何言ってるんだよ響子! もしかして僕のハーレムに入れてもらえなかったのを逆恨みしてるのか!?」
響子は茂の言うことをスルーしながら、改めて振り返りルシファーの顔を見た。
「ルシファーさん、貴方がキューピッドであってもそうでなくても、とりあえず私は貴方を信用します。それが本当に茂君を助ける方法だと思うから」
「騙されてるんだよ響子!」
茂の言葉には耳も貸さず、響子とルシファーは見合って頷いた。
「さて、田村さんの意思ははっきりした。してルナティエルよ、女子四人のみならず本宮君まで洗脳し、お前は一体何が目的で人間にハーレムを作らせる? 手下達の言っていたことがお前の本心ではあるまい」
響子に話しかけていた時の優しげな口調から一転、ルシファーは声色を変えて尊大な口調でルナティエルに尋ねる。
対してルナティエルは、不真面目な面をして嘲笑。
「フッ、そんなもの決まっているじゃないか。人間を幸福にするため以外に何があるというのだね? ハーレムは男のロマンだよ」
手下達は女性視点で、優れた男性のハーレムに入ることを幸福とする。ルナティエルは男性視点で、自身がハーレムの主になることを幸福とする。概ねそういった主張だろう。
その主張自体は、絶対に間違っているとも言い切れないくらいには説得力のあるものだ。
だがそれだけでは納得いかないこともある。
「では何故本宮を選んだ。手下達とはハーレムの主に相応しい男を選ぶ基準が違うのか?」
「いかにも。手下どもには女にとって都合が良いようああやって伝えてあるが、所詮あんなものは支持を得るための方便に過ぎん。俺のような元からモテる男が無理に一人を選ばず自分を好いてくれる女複数と同時に付き合えるのも、それはそれで幸せだろう。だが元はモテなかった男がそうなった場合、その幸福感は何倍にも膨れ上がるのだ。実に合理的だろう」
「合理的、か。魔族でも人間でも天使でも、他者の心情を軽視する輩がそういう言葉を好んで使うのは変わらんな。暗君と名高いサタン四世もそうだったと聞く。その合理性のために洗脳され人格を歪まされたり、それまで築いてきた人間関係を壊された者達は必要な犠牲だったとでも言う気か?」
「我らキューピッドには人間の恋愛感情を操る力があるのだ。使えるものを使って何が悪い。人間関係を壊されたってのは、好きな女を茂に奪われた惨めな男達のことか? ならばそれも合理的に幸福エネルギーを集めるための戦術の一部だ。人の不幸は蜜の味。自分以外の男が不幸であることによって、より幸福の実感が増大するのだよ。お前には分かるだろう、寝取りのルシファーよ」
「俺のことはいくらでも蔑めばいい。だが本宮を愚弄するな。彼は優しい子だ。人の不幸で喜びはしない」
「だがその茂も今や俺の手駒だ」
虚ろな目をした茂の姿を見せびらかすように、ルナティエルは掌を茂に向ける。
「そんな状態にされた本宮が、本当に幸福だとでも思っているのか」
「確かに洗脳無しで本心から幸福に思ってくれた方が得られるエネルギーも多い。こいつは強情にも、俺の与えてやったハーレムを拒否し続けた。だがあと少しで陥落するというところでお前がこんなことをしてくれたために、やむを得ずこうしたのだ」
「被害者面するな下衆め。お前や天界の事情などどうでもいい。本宮の心情のことを言っている」
「まさかお前は俺が人間様のために無償の奉仕をしている等とおめでたいことを考えているのか? キューピッドに限らず天使の人間界での活動は、あくまでも天使が生きるために必要な幸福エネルギーを得るためのもの。全ては天界と天使のためなのだ。我々からしてみれば人間など家畜かエネルギー製造工場のようなものに過ぎん」
その発言にルシファーが奥歯を噛んで嫌悪を露にすると、ルナティエルは更に愉悦を顔に出す。
「ああ、そういえばどこかの誰かは魔族の身でありながら贖罪とか言って人間に無償の奉仕をしてるんだっけか。頭がおかしいとしか思えないな。そういえばそいつは戦時中の魔界では国家反逆者としてテロリスト扱いされてたんだったか。元々頭おかしかったわけだ。まあ我々天界からすれば敵の中にそういう自分勝手な裏切者がいたのは都合のいい話ではあったが」
煽り散らしてくるルナティエルだが、自分自身への煽りにはルシファーは無反応。
「……してルシファーよ、この問答をいつまで続ける気だ? そちらの連れてきた地味女も痺れを切らしているぞ。始めるんだろう、お得意のゲーム勝負を」
「そうだな、では始めるとしようか」
茂が洗脳されている以上、響子と茂のペアでルナティエルと戦うプランAは不可になった。よってルシファーは、プランBのゲームをこの場に展開する。
響子と茂の間の床がせり上がって正方形のステージを形成すると、そこに魔法で九マス×九マスの格子状に線が引かれた。響子にとっては、非常に見覚えのあるものだ。
「将棋盤……?」
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飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
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彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
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