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財政審議を行う会議室の前で、ノインはヴァールハイトを待っていた。
護衛騎士が主君を待たせるなど言語道断だ。だがノインは気にするでもなく、フラフラとした足取りでやってきたヴァールハイトに爽やかに笑いかける。
「エレオラとは話せたかい」
「……ああ。彼女は竜殺しの騎士と結婚するらしい」
「んん?」
ヴァールハイトの言葉に、ノインが怪訝そうに首をひねる。しかしヴァールハイトは構わずに、
「それに今日のエレオラはとても可愛かった。いつも可愛いが、そうじゃないんだ。こう、最後に片目を閉じてだな……」
「こうかい?」
ノインがぱちっとウインクする。ヴァールハイトは断固として首を振った。
「違う。エレオラはもっと星が散るみたいに可憐だった。あまりの愛らしさに心臓が止まるかと思ったぞ。さすがだ」
「ああそう……」
ノインは慣れたもので、何も反論せずに頷いた。ここで口答えしようものなら、ゆうに二時間は超えるヴァールハイトの「いかにエレオラが可愛らしいのか ~聖女エレオラの生い立ちと活動から語るその尊さについて~」というようなテーマの大演説を聞かされるはめになるからだ。ノインはエレオラを従兄妹として可愛く思っているが、護衛騎士の口から淀みなく語られる従兄妹についてのプレゼンテーションには、ノイローゼになりそうだった。
「そんなに可愛いなら、もっと優しくしてあげれば良かったのに。いっつも睨みつけて可哀想じゃないか」
「睨んでなどいない。エレオラの一挙手一投足を見逃したくなくて見ているだけだ。毎秒可愛いからな」
「ヴァールハイトが通常運転で安心したよ」
エレオラが結婚すると聞いて、この護衛騎士の動向が心配だったが杞憂だったようだ。ノインはホッと胸を撫で下ろす。
ヴァールハイト・ブランがエレオラ・エレオノーレに狂っているのは、ノインにとっては当たり前のことだった。いつからこうだったかはもう覚えていない。ノインが幼い時分に、ヴァールハイトの父親であるブラン伯爵が「護衛によく使えるでしょう」と言って彼を連れてきたのが二人の出会いだった。そのときはまだ、ごく普通だった気がする。だがヴァールハイトはいつの間にか、エレオラと逢ってしまい——気づけば完全に落ちていて、奇矯な言動を繰り返している。
それは神を仰ぐのに似ていた。決して手に入らないからこそ、思うままにその影を愛し、信じることができる。
(ただ、エレオラは手の届かない星ではなくなってしまった)
エレオラの叔父は、姪をヴァールハイトに嫁がせようとは思わないだろう。ヴァールハイトは武功こそ凄まじいものの、ブラン伯爵家の次男だ。エレオノーレ公爵家とは釣り合わない、とアレンは考えるに違いない。
そのことを、ヴァールハイトはどう思っているのか。
ノインはじっと自分の護衛騎士を見つめる。その端正な横顔には、主君にも内情を悟らせない虚が漂っていた。
護衛騎士が主君を待たせるなど言語道断だ。だがノインは気にするでもなく、フラフラとした足取りでやってきたヴァールハイトに爽やかに笑いかける。
「エレオラとは話せたかい」
「……ああ。彼女は竜殺しの騎士と結婚するらしい」
「んん?」
ヴァールハイトの言葉に、ノインが怪訝そうに首をひねる。しかしヴァールハイトは構わずに、
「それに今日のエレオラはとても可愛かった。いつも可愛いが、そうじゃないんだ。こう、最後に片目を閉じてだな……」
「こうかい?」
ノインがぱちっとウインクする。ヴァールハイトは断固として首を振った。
「違う。エレオラはもっと星が散るみたいに可憐だった。あまりの愛らしさに心臓が止まるかと思ったぞ。さすがだ」
「ああそう……」
ノインは慣れたもので、何も反論せずに頷いた。ここで口答えしようものなら、ゆうに二時間は超えるヴァールハイトの「いかにエレオラが可愛らしいのか ~聖女エレオラの生い立ちと活動から語るその尊さについて~」というようなテーマの大演説を聞かされるはめになるからだ。ノインはエレオラを従兄妹として可愛く思っているが、護衛騎士の口から淀みなく語られる従兄妹についてのプレゼンテーションには、ノイローゼになりそうだった。
「そんなに可愛いなら、もっと優しくしてあげれば良かったのに。いっつも睨みつけて可哀想じゃないか」
「睨んでなどいない。エレオラの一挙手一投足を見逃したくなくて見ているだけだ。毎秒可愛いからな」
「ヴァールハイトが通常運転で安心したよ」
エレオラが結婚すると聞いて、この護衛騎士の動向が心配だったが杞憂だったようだ。ノインはホッと胸を撫で下ろす。
ヴァールハイト・ブランがエレオラ・エレオノーレに狂っているのは、ノインにとっては当たり前のことだった。いつからこうだったかはもう覚えていない。ノインが幼い時分に、ヴァールハイトの父親であるブラン伯爵が「護衛によく使えるでしょう」と言って彼を連れてきたのが二人の出会いだった。そのときはまだ、ごく普通だった気がする。だがヴァールハイトはいつの間にか、エレオラと逢ってしまい——気づけば完全に落ちていて、奇矯な言動を繰り返している。
それは神を仰ぐのに似ていた。決して手に入らないからこそ、思うままにその影を愛し、信じることができる。
(ただ、エレオラは手の届かない星ではなくなってしまった)
エレオラの叔父は、姪をヴァールハイトに嫁がせようとは思わないだろう。ヴァールハイトは武功こそ凄まじいものの、ブラン伯爵家の次男だ。エレオノーレ公爵家とは釣り合わない、とアレンは考えるに違いない。
そのことを、ヴァールハイトはどう思っているのか。
ノインはじっと自分の護衛騎士を見つめる。その端正な横顔には、主君にも内情を悟らせない虚が漂っていた。
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