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第一章

47.悪夢の仕掛け人

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「お前が、女神の愛し子とやらか……ふん、気味の悪い色をしているわね」

 エリスティアは彼女の台詞に混じる侮蔑より、その姿の異常さに言葉を失っていた。
 人間の言葉を喋っているが果たして人間なのだろうか。

 脂肪で横に広がり切った体は遠くから見たら毛布を何枚も乱暴に重ねたように見えるだろう。
 その下に埋もれた豪奢なソファーが彼女が話す度悲鳴のような軋みを上げた。

 化け物だと叫ばなかったのはエリスティア自身も使用人から外見を理由に差別されてきたからだ。
 そして何より、目の前の女性らしき存在に恐怖を感じたからだ。

「ちょっと、言葉も話せないの?最低限の会話は出来るようにさせた筈だけれど」

 じゃないとこちらの命令も理解できないじゃない。
 不機嫌そうな声で言われ黒髪の少女はゾッとする。
 王宮に連れてこられて以来、自分が教育を与えられていた理由に気づいたからだ。
 目の前の煌びやかな布と宝石を纏った巨体に仕えさせる為だったのだと。


「しかしこんな学も無く話すことも出来ない小娘に妾の玉体を預けていいものかしら」

 肌に傷をつけられたらどうしてくれよう。赤い唇が忌々し気に唸る。

 恐怖を感じるのは異様な外見にだけではない。
 彼女の口から出てくる言葉にエリスティアに対する優しさは皆無だった。

「アキム様……」

 震える声で少女は傍らの少年の名を呼ぶ。
 街で自分を見初め、王宮まで連れて来た美しい彼。

 アキム・バートン第二王子。
 エリスティアが王宮で学んだ数々のことは彼の妻になる為に必要なことだと信じていた。
 だって彼が「僕の為に頑張ってくれ」と励ましてくれたから。

 エリスティアは自分の婚約者の名を縋るように呼んだ。
 あの日のように優しく微笑んで救って欲しかった。

 エリスティアをこの怪女の前に連れて来たのはアキム自身だったのに。

「いいえ、母上。エリスティアは緊張しているだけです。ちゃんと勤めは果たせます」

 まるで崖の上から突き落とされたような気持ちにその瞬間少女はなった。
 けれど次の瞬間エリスティアの手をアキムが握る。

「彼女は素晴らしい女性です。きっとお役に立つでしょう」

 素晴らしいという言葉がエリスティアの耳に甘く入り込んでくる。
 だから続く言葉に隠された不穏さを幼い少女は聞き逃してしまった。

「エリスティア、君の癒しの力が僕たち王家には必要なんだ」
「アキム様……」
「君の力で僕たちを救ってくれ、女神に選ばれた君にしかその役割は出来ないんだ」
「私の、力……?」
「そうだよ。君の癒しの力はとても価値のあるものだ。けれどまだ高みがあるらしい」

 だから今のままでは駄目なんだ。
 そう美しい顔に悲し気な表情を浮かべるアキムにエリスティアは悲しい気持ちになる。

「アキム様、泣かないで。私何でもするから……!」
「エリスティア……」

 そうして彼はこれからは自分の母、セイナ王妃の治療を担当するようエリスティアに頼んだ。
 彼女を癒し続けることが癒しの能力を引き上げる為の特訓になるのだと言って。

 ああ、そうか。始まりはそうだった。
 少年の腕に抱かれながら黒髪の少女は冷めた瞳で思う。

 これは夢だ。過去を今夢に見ている。
 何も知らない愚かな少女とそれを利用しようとする年上の少年。

 当たり前だが彼からの愛なんて無かったのだ。
 
 もし今自分がナイフを握っていたらアキムを刺しているだろうか。
 そんなことを考えながらエリスティアはぎゅっと目を瞑った。

「お父様、イメリア、レイ……」

 そうして大切な人たちの名を呼ぶ。
 過去の悪夢から現実に戻りたいと願った。
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