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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手
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グラジオがロザリエの供をしていた間も屋敷の人間が部屋の換気をしていてくれたらしい。
長旅から帰ってきた特有のこもった臭いはなかった。
ベッドにそのまま寝転んでも埃まみれにはならないだろう。貴族屋敷に世話になる有難さを感じた。
赤毛の騎士は持参した布で体を拭き寛げる服に着替える。それから窓を静かに開けた。
目の前には子供のころから見慣れた大樹がある。そのがっしりとした枝には灰色の鷹が止まっていた。
「来いよ、モルガー」
そう恋人に呼びかけるようにして腕を差し伸べる。しかし彼女は男の誘いには乗らなかった。
その理由もグラジオにはわかっている。ロザリエの香りを嫌っているのだろう。
モルガーがグラジオ以外に懐かないのは今に始まったことではない。
「俺たちが帰った後に屋敷から出た奴はいるか?」
「ピ」
「へえ、あいつがねぇ……で、そいつの行先は?」
灰色の雌鷹は鳴く代わりに大きく翼を広げた。それに対しグラジオは成程と呟く。
ご苦労さんと労わる言葉を返すとモルガーはつまらなそうに羽ばたいて去った。
彼女の縄張りはルクス家の敷地にある森だ。そこに帰って行ったのだろう。餌となる小動物にも今の季節なら困らない。
グラジオは窓を開けたままベッドに寝転ぶ。暇だ。
やることは幾らでもあるが、やる気が起きない。武具の手入れをするべきだが、一度体を休めると起き上がる気にはなれなかった。
これはさぼりではなく待機状態なのだ。そうグラジオは問われてもいないのに言い訳をする。
ルクス伯爵から呼び出されてロザリエへの取り成しを頼まれる可能性が現状一番高い。
後はリリアが眠りから覚めた際、ルクス伯爵を擁護する要員としてロザリエに連れていかれることも考えられる。
悪い人ではないのだと彼を擁護するのは身内である彼女には難しいからだ。
癒し手自身は気絶したことに対し盛大に自省する性格なので女性二人で謝罪合戦になる可能性もある。
そこに空気を読まず横槍を入れる役はグラジオがやることになるのだろう。アドニスは恐らく傍観する。
ミゼリという女薬師はもしかしたら呆れつつ間に割って入るかもしれない。
リリアとミゼリ、この二人をロザリエはどう扱うつもりなのか。
彼女は王都の騎士団に逗留した村に魔族がいたことは報告しているが癒し手の件は伝えていない筈だ。
だが本気で隠し通すつもりがあるかは別の話である。本当に極秘にしたいなら援軍の馬車などグラジオに呼ばせたりはしない。
ロザリエは「聖女」を恨んでいるのかもしれない。そういう邪推が頭を過る。
彼女が肌の治療の件でお布施という名目で大金を巻き上げられたことは知っている。金だけ取られて改善しなかったことも。
リリアを教会に入信させれば瞬く間に聖女扱いされ信仰対象になる筈だ。しかしロザリエがそう仕向ける可能性はほぼ無い。
騎士団預かりにするかルクス伯爵家で雇用するかのどちらかが有力だろう。
リリア本人の意思で進路は決まるだろうか、十年間虐げられてきた彼女が何かを決定するのはまだ難しいように思えた。
彼女が追い詰められれば芯の強さを見せることは理解しているが、そこまで追い詰めるのは可哀想だというのがグラジオの気持ちだ。
暫くは癒し手であることも忘れ、年頃の娘のように街暮らしを楽しんで欲しい。
今の期間はあの村で十年耐えてきてようやく得た休暇のようなものなのだから。
ロザリエも家族や使用人以外に相性のいい同性と出会えて溌剌としている。今後も仲良くやっていって欲しい。
年長者気分でそんなことを考えているグラジオの耳に扉を叩く音が飛び込んできた。
長旅から帰ってきた特有のこもった臭いはなかった。
ベッドにそのまま寝転んでも埃まみれにはならないだろう。貴族屋敷に世話になる有難さを感じた。
赤毛の騎士は持参した布で体を拭き寛げる服に着替える。それから窓を静かに開けた。
目の前には子供のころから見慣れた大樹がある。そのがっしりとした枝には灰色の鷹が止まっていた。
「来いよ、モルガー」
そう恋人に呼びかけるようにして腕を差し伸べる。しかし彼女は男の誘いには乗らなかった。
その理由もグラジオにはわかっている。ロザリエの香りを嫌っているのだろう。
モルガーがグラジオ以外に懐かないのは今に始まったことではない。
「俺たちが帰った後に屋敷から出た奴はいるか?」
「ピ」
「へえ、あいつがねぇ……で、そいつの行先は?」
灰色の雌鷹は鳴く代わりに大きく翼を広げた。それに対しグラジオは成程と呟く。
ご苦労さんと労わる言葉を返すとモルガーはつまらなそうに羽ばたいて去った。
彼女の縄張りはルクス家の敷地にある森だ。そこに帰って行ったのだろう。餌となる小動物にも今の季節なら困らない。
グラジオは窓を開けたままベッドに寝転ぶ。暇だ。
やることは幾らでもあるが、やる気が起きない。武具の手入れをするべきだが、一度体を休めると起き上がる気にはなれなかった。
これはさぼりではなく待機状態なのだ。そうグラジオは問われてもいないのに言い訳をする。
ルクス伯爵から呼び出されてロザリエへの取り成しを頼まれる可能性が現状一番高い。
後はリリアが眠りから覚めた際、ルクス伯爵を擁護する要員としてロザリエに連れていかれることも考えられる。
悪い人ではないのだと彼を擁護するのは身内である彼女には難しいからだ。
癒し手自身は気絶したことに対し盛大に自省する性格なので女性二人で謝罪合戦になる可能性もある。
そこに空気を読まず横槍を入れる役はグラジオがやることになるのだろう。アドニスは恐らく傍観する。
ミゼリという女薬師はもしかしたら呆れつつ間に割って入るかもしれない。
リリアとミゼリ、この二人をロザリエはどう扱うつもりなのか。
彼女は王都の騎士団に逗留した村に魔族がいたことは報告しているが癒し手の件は伝えていない筈だ。
だが本気で隠し通すつもりがあるかは別の話である。本当に極秘にしたいなら援軍の馬車などグラジオに呼ばせたりはしない。
ロザリエは「聖女」を恨んでいるのかもしれない。そういう邪推が頭を過る。
彼女が肌の治療の件でお布施という名目で大金を巻き上げられたことは知っている。金だけ取られて改善しなかったことも。
リリアを教会に入信させれば瞬く間に聖女扱いされ信仰対象になる筈だ。しかしロザリエがそう仕向ける可能性はほぼ無い。
騎士団預かりにするかルクス伯爵家で雇用するかのどちらかが有力だろう。
リリア本人の意思で進路は決まるだろうか、十年間虐げられてきた彼女が何かを決定するのはまだ難しいように思えた。
彼女が追い詰められれば芯の強さを見せることは理解しているが、そこまで追い詰めるのは可哀想だというのがグラジオの気持ちだ。
暫くは癒し手であることも忘れ、年頃の娘のように街暮らしを楽しんで欲しい。
今の期間はあの村で十年耐えてきてようやく得た休暇のようなものなのだから。
ロザリエも家族や使用人以外に相性のいい同性と出会えて溌剌としている。今後も仲良くやっていって欲しい。
年長者気分でそんなことを考えているグラジオの耳に扉を叩く音が飛び込んできた。
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