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第二部:虚飾の聖女と女神の癒し手

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 稀有な力を持つ癒し手は与えられた部屋で眠り続けている。

 睡眠の深さは長旅の疲労が原因だろうが、失神自体は緊張の糸が切れたことが切っ掛けだろう。

 貴族の屋敷を訪れた結果見上げる程の大男に抱き上げられることなど想定できなくて当然だ。驚くのも恐れるのも自然な感情である。

 しかしそれでふっと気を失ってしまうような娘が、見知らぬ街で暮らしていけるのだろうか。 

 そんな懸念が先程からずっとミゼリの頭に浮かび続けていた。リリアをそのように臆病な人間にしたのは己を含めた村人たちの愚行だ。

 癒し手に依存し酷使し続けた老人たちは帰還したリリアの養い親に管理され一生を終えるだろう。

 十年間怠惰に暮らしていた人間が情け容赦ない指導の下に規則正しい生活を死ぬまで行う。

 それならば癒し手の存在を疎んじ続けた薬師である己はどうやって生きればいいのか。村から出た今でも償い方がわからない。正しい謝罪もだ。

 けれど、リリアが治療を必要とした病人であることだけは理解している。静養が必要だということも。

 十年の間老人たちに虐待され体も心も弱り切っている。その虐待の結果をなかったことには出来ないだろう。

 そうだとしても、傷ついた心を癒されぬまま抱えて生きていくのは苦しいことだ。


「……騎士様」


 ミゼリは扉の横に立つ男にそう呼びかけた。宝石のような青い目がこちらへと向けられる。その気もないのに胸がときめいた。

 整いすぎて氷の彫像のように思える。けれど中身まで冷徹な人間ではないと女薬師は知っていた。そうでなければ魔物に仕えていた人間として己も斬られていた筈だ。

  
「どうした」

「彼女には穏やかな暮らしが必要です。できるだけ刺激の少ない生活が」

「……そうだな」

「この屋敷の方々はそのように癒し手様を遇して下さるでしょうか」


 ミゼリの問いかけに騎士は僅かに困った顔をした。一瞬不快にさせたと恐れたが、そうしてくれる筈だと若干弱気な返事が来たので違うと気づいた。

 よく考えればアドニスにそのような事を尋ねるのは筋違いだった。彼はルクス家の騎士という訳ではない。

 この屋敷は女騎士ロザリエの生家だ。そして彼女がリリアに好意的でありまた執着していることをミゼリは知っている。

 巨人のような伯爵家当主の行動に悪意はないだろう。幼い頃に父から戯れに抱き上げられたことを思い出す。

 きっと似たような感覚で彼はリリアにあのような振る舞いをしたのだ。それが貴族の常識的な行動かはわからない。

 ただロザリエに説明すれば再度行われることはないだろう。

 しかし加害者側である己が癒し手を気遣い指示をすることの厚顔さがミゼリの気持ちを重くした。かといってリリア本人が申告する可能性は低い。

 彼女は大人たちに十年間命令され虐げられ続けた結果、限界が来るまでひたすら耐えるような精神構造になっている筈だ。

 ならばどの立場で物を言うと冷たい目で見られても己が話さなければいけない。ミゼリが無言の決意をした瞬間扉を叩く音が聞こえた。
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