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ひりつく、疵(きず) 【4】

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 何とか平静を取り繕って優里ちゃんを駅まで送ったけれど。その後、どうやって家まで帰ってきたのかは、全然記憶がない。

 気がつけば、自宅の廊下で寝ていた。寒さで目が覚めたようだ。

「うわっ! 何だ、これ」

 リビングに戻ってみれば、テーブルの上にはワインのボトルと、倒れたグラス。

「……ボトル、空になってる」

 俺が飲んだのか? いや、そうとしか思えないけど……えー? ほんとに、俺が飲んだ?

 ワイン、グラス1杯くらいしか飲めなかったはずなのになぁ。

 どうりで、頭が痛いはずだよ。それに、ちょっと気分も悪い。

「シャワー、浴びてくるか」

 もう、午前6時。とにかくサッパリして、この頭痛を何とかしなくては。

 シャワーを浴びるべく、浴室まで早足で向かう。

 二日酔いなんてしてる場合じゃない。今日もお客様はいらっしゃるんだ。

 よし、大丈夫。ポジティブに、ポジティブに! 余計なことは考えず、仕事のことだけを考えるんだ。

 熱めのシャワーを頭から浴びながら、開店までの準備事項をシミュレーションする。

 そうだ。今日のお勧めケーキは――。

「……っ」

 馬鹿な俺は、そこで千葉先輩を思い浮かべてしまった。

 昨夜、ポニーテールの女性をかたく抱きしめていた姿を。

「……ふっ」

 お似合い、だった。

「先輩……せんぱっ……」

 そりゃ、そうだ。当たり前だ。先輩の長い腕が囲うように抱きしめていたのは、折れそうなほどに細い、女性の身体。

 俺じゃない。俺なんかじゃ、有り得ない光景……。

「うっ……うぅっ」


『俺も、好きだよ……まだ』


 先日聞かされた、まだあの女性ひとを想っているという、先輩の言葉が蘇る。

「先輩……でも、俺だってっ」

 俺だって、あなたのことを好きなのに。

 こんなに、好きなのにっ。

「……うぅっ……ふっ」

 ここから出たら、気持ちを切り替える。

 でも、もう少し。あと少しだけ、あなたを想って涙を流してもいいよね?

「好き……先輩、好き……大好きっ」

 溢れ続ける涙をその都度シャワーで流しながら、同じように溢れて止まらない想いを密室で呟き続けた。


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