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ひりつく、疵(きず) 【6】
しおりを挟む「いらっしゃいませ。あっ、先輩さん。おはようございます!」
開店早々、優里ちゃんの声に心臓が止まりそうになった。
「おはよう。今日のお勧めは、どれかな?」
先輩、なんで? さっき会ったばかりなのに……そんなに、俺にあの女性とのことを話したい?
「先輩、先程は失礼しました。今日は、ひさしぶりに白桃のタルトを出してます。もしかして、先程いらしたのはお持ち帰りのご相談でしたか?」
笑顔、ちゃんと貼りつけられてるだろうか。
「いや、別件だ。じゃあ、食べていくから、それとコーヒーで。真南、手が空いたら少し話をしたいんだが……」
「優里ちゃん、ケーキセット頼むね。先輩、今日は本当に忙しいので、これで! すみません」
「……あ、あぁ」
頭を下げ、そのまま先輩の顔を見ずに厨房に戻った。声も届かないようにドアも閉めきる。
これ以上は、無理。でも、先輩は大切なお客様だ。俺の変な態度のせいで二度と来てくれなくなったら困る。すごく、困る。
俺は、本当に勝手だ。今は顔を見るのもつらいから先輩を避けたいのに、先輩が店に来なくなるのは嫌なんだ。
顔を見るのはつらいけど、俺のケーキを食べてくれるのは、嬉しいから。
けど、今日の先輩の行動は読めない。開店前に来たり、朝からイートインにいたり。
あ、もしかしたら、これから彼女と待ち合わせ?
そっか、それまでの時間潰しかもしれない。そういう場所だ、ここは。
「幸村さん。あの、先輩さんがですね。今日の夜もまた来るっておっしゃって帰られましたよ?」
「え?」
夜? 今、食べて帰ったばかりなのに?
「……そう。ありがとう、優里ちゃん」
どういうことだ? 先輩がわからないよ。
――その夜。宣言通り、いつもの時間に先輩は現れた。
隣に、あの女性を連れて。
「いらっしゃいませ。ご来店ありがとうございます」
仲良くケーキを選ぶツーショットを目に映し、笑顔を浮かべる。
声、震えてない。大丈夫。顔を歪ませたりするなよ。堪えろ、俺。
よし、挨拶だけは何とかこなせたはず。
急ぎの注文が入っていると言い訳して足早に厨房に戻ってから、ひと息ついたけれど、それすら息苦しい。
あー、今更だけど。俺、なんでここに店を出しちゃったんだろう。
「……ふふっ」
馬鹿だな。馬鹿すぎだろ、俺。
ここに店を出したのは、先輩がいるからだ。先輩と少しでも接点を持ちたくて浅草に来たのに、わかりきってることで弱音なんて吐くな。馬鹿。
愛してる人が幸せなら、それでいいじゃないか。
俺は、先輩にとって、ただのパティシエ。でも、最高のパティシエになればいい。
諦めようのない想いだからこそ。ここに、この店に。俺の生きる意味があるんだ。
そう、思いたい。幸せなふたりの姿を見せつけられるのは正直つらいけど、先輩が笑ってるなら、それでいいんじゃないか?
先輩の笑顔の理由。おこがましいけど、その内のひとつが俺が作ったケーキなら……それだけで、充分なんじゃないか?
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