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第二章
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しおりを挟むアクシデントは、突然、起こるもの。
「きゃあっ!」
「危ないっ」
叫びを聞いた瞬間、身体が動いてた。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
体育館の端。二階の観覧席から下りる途中、私の横を駆け下りてた後輩がバランスを崩したから、急いで支えた。
「は、はい。ありがと、ございます」
「良かった。次からは気をつけるのよ。階段はゆっくり下りる。慌てて下りてもゆっくり下りても五秒くらいしか変わらないんだからね」
続けて二試合の応援を終えて気が抜けたのか、もしくはコート整備のために急いでたのか。一年生だから後者だろうけど、少しきつめに注意した。
引退した先輩に叱られて可哀想だけど、うっかりミスで怪我して悔しい思いをするのは本人だもん。私みたいに、もう練習する必要がない身ならともかく、上手くなりたくて頑張ってる子たちには不用意な怪我は回避してもらいたい。
「ひーちゃん」
え?
「なんで、ひとりで我慢するの」
「な、凪?」
「どうして、俺を呼ばないの?」
「何、言って……」
「何、じゃないよ。さっき、あの子を助けた時、足を挫いただろ?」
どうして、わかったんだろう。
凪の言う通り。階段から足を踏み外した後輩の身体が宙に浮いたから、慌てて腕を回して支えた。その時、踏み込んだ右足をぐにゃって捻っちゃった。でも、どうして?
「どうして、ひーちゃんの怪我に俺が気づいたのかって顔してるね。現場を見てたからだし、駆けつける途中でひーちゃんが僅かに足を引きずったとこも見えたから、だよ。そもそも、俺がこうして声をかけなかったら、痛む足を隠して、誰にも言わずに元気なフリしようとしてたんじゃない? そんなの、だめに決まって」
「違う!」
「え?」
ほっといたら、いつまでも続きそうな凪のお説教をさえぎった。
「あんた、何してんの? こんなとこで何してんの? もうすぐ試合でしょ。ちゃんとアップしなさいよ。こんなとこウロチョロしてちゃ、だめでしょっ」
ほんとは、どうして私の考えてることがわかったのかを聞きたかった。でも、足の痛みでふらついた身体を支えてくれた子を見下ろして口から出たのは、別のこと。
「私は大丈夫だから、凪は自分のやるべきことをやんなさい」
私なら大丈夫。ちょっとズキズキするだけだもん。軽い捻挫だ。平気。我慢できる。たまたま凪にバレただけで、このままそっと帰れば他の子には気づかれない。
「うわぁ、信じらんねぇ」
え?
「まぁ、ひーちゃんだからな。これくらいの強情っぷりは想定内。でも、今だけは俺も引かないよ」
「凪? えっ……きゃっ!」
「ははっ。美人さんのハスキーボイスで聞く『きゃっ』は新鮮でいいなー」
「何、呑気に笑ってんの。おろしなさい。おろしてっ」
「やぁだよー。おろしたら、ひーちゃん、自分で歩こうとするじゃん。だめだめー」
「凪っ」
「どれだけ怒っても、おろさないよ。自分を大事にしないひーちゃんに、俺のほうが怒ってるんだからね。だから、お姫様抱っこは俺からの罰です。恥ずかしいからって怒っても、絶対、おろしません!」
違う。違うよ、凪。
いきなりお姫様抱っこされてびっくりしたし、もちろん恥ずかしいけど、違う。
「あれ? 急におとなしくなったけど、もしかして、きつく言い過ぎた? ごめん。怒ってないよ。心配なだけ」
びっくりと恥ずかしさよりもっと大きな感情が胸いっぱいに広がったから、どうしていいかわからないだけ。
「ひーちゃん? 大丈夫? 保健室あけてもらって氷と湿布を貰うまで、我慢できる?」
「……大丈夫」
二つ年下で、私より六センチ身長が低い凪に軽々と運ばれてる今の状態は、羞恥心じゃない感情を私にグサグサと突き刺してくる。
「なんで?」
「え? なんか言った?」
「何でもない」
なんで、こんなに力強いの? いつの間に、こんなに逞しくなったの?
凪って、こんなに『男の子』だった?
自分より背が低い後輩のまさかの力強さに、私、めちゃめちゃドキドキしてる。
そんな自分に、すごく戸惑ってる。
「やっぱり痛いんだろ? アクシデントが起こるのは仕方ないことだけど、俺にだけは頼ってよ。ね?」
心配そうに覗き込んでくる少し垂れ気味の大きな目に自分が映ってるのが嬉しくて、でも、あんまり顔を近づけないでほしいとも思う。
ドキドキがバレちゃう。
凪のこと、かっこいいって思ってることがバレちゃう。
ずっと素っ気ない態度を取ってきたのに、今更、何だよって思われちゃう。
それは困る……すごく困るぅぅ。
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