ただ、君を恋ふ -萩と白露-

冴月希衣@商業BL販売中

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白露 【二】

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 『会いたかった』 と、二度も同じ言葉を告げられてしまえば、もう心に嘘はつけない。

「あの、私も、です。もう一度、お話をしたいと……」

「……っ、本当かっ?」

 そっと本心を告げると、弾けるように一歩を踏み出した皇子様に再び両手が掬われた。

「はい。そう思い、まかり越しました」

 目を見開き、食い入るように見つめてこられる瞳に、ゆっくりと答える。

「あなたも? あなたも、私と同じことを考えてくれていたのか? あぁ、『あなた』では、もどかしいな。名を――――名を教えてもらえるか?」

 もう、心に嘘はつけない。それは本当。けれど、守らなければいけない一線もある。

「名は、告げられません」

「何故、だ?」

「どうしても告げなければいけないのなら、このままお捨て置きください」

「……っ」

 きっぱりと申し上げた途端に向けられた、驚きに満ちた表情。もしかしなくとも、気分を害されたに違いない。

 けれど、これ以外の言葉を発することも私には出来ない。

「……では、私が無理に尋ねれば、このまま去るつもり、ということか?」

 少しの沈黙の末、低い声が返ってきた。

「はい」

「わかった。ならば、呼び名を。あなたを呼ぶ為の『名』を、教えてくれ」

「呼び名、ですか?」

「そうだ。あなたと話をしたい私の為に、だ。頼む」

「あ……」

 皇子様の突然の所作に、息をのんだ。

 頭を下げておられる。こんな鄙びた身なりの私などに。

 咲き誇る花もかくやと言う程に美しく、高貴なこの御方が。

「――白露(しらつゆ)」

 数瞬後、私は口を開いていた。

 皇子様の背後で、さやさやと風に揺れている白萩。

 その清楚な花びらの上で光る朝露に、何故か自身を投影したくなった。

「白露? 白露、と呼べば良いのか?」

 私の視線を辿られ、同じように白萩を御覧になった皇子様が問うてこられる。

 風にたゆたう白萩に重なる横顔の美しさに胸を打たれながら、わずかに頷く。

「はい、それが『私』です――――萩の君」

「えっ?」

 背までおろされた髪が靡(なび)くほどに勢いよく、こちらを振り向かれた。

 ふふっ。驚いておられますね。実は私自身もです。

 清廉な佇まいの皇子様と、清楚な萩の『白』。典雅な二つの存在を見つめているうちに、思ってもいなかった呼び名がするりと口から零れ出ていた。

「萩の君、と呼ばれたか? それは、私のことか?」

「はい、私が白露ですので」

 けれど、実際に声に出してみれば、これほどに最適な呼び名はない、とまで思えるのです。不思議なことに。

「そうか……そうだな」

 ひとしきり考え込んでおられた皇子様が、伏せていた目を上げ、真っ直ぐに私を御覧になる。

「私たちは、『萩と白露』なのだな。良い呼び名だ。ありがとう」

 何かを噛みしめるように、厳かに。真摯な表情で、私の思いついた呼び名を声に乗せてくださる。

 その表情の理由はわからないけれど、どこか吹っ切れたかのような明るい笑顔で感謝を述べられたから、これで良かったのだと思えた。

 そう、これで良い。

 ――今、この時から、私たちは『萩と白露』です。


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