DAMMY

麦野 ざく

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枯日

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「──今朝八時、主勢力となる第一・第二勢力の首領による和解会談が行われました。双方とも意見譲歩の様子は見られず、衝突は今後も発展していく見込みです──」

大して悲しそうにも悔しそうにもせず、ただ無機質に原稿を読み上げているだけのニュースキャスターはまるで機械式人形のようだった。

そういう気取った態度だからテレビに出る人間も島民の反感を買うんだよ、などと鼻で笑ってみるが、自分に対しての皮肉であることに気付き、誤魔化すように鼻の下を擦った。何を誤魔化すというのだろうか。さっきから考えていることと行動が矛盾している。

(……疲れているのか)

角砂糖を七個入れたミルクコーヒーを喉に流し込み、胃袋に到着したことを確認するが、どうもまだ目が覚めない。

「姐さん、あたしは準備出来たよ。アンタもさっさと支度した方がいいんじゃないの?」

私の方が年上だと言うのに、相変わらず彼女は敬語を使えない。まあ、親同然の私に対する当たり前の境遇なのかとも納得出来るが。

「そうだな。今何時だ?」
「九時五十七分。本部を開けなくちゃいけないのは十時三十分」
「もうそんな時間か……おっと、そういうジェシカも寝癖がついてるぞ?私のヘアアイロン貸してやるから、直して来い」
「ありゃ、ほんとだ。アイロンって何処に仕舞ってあんの?」

三面鏡の扉の中だ、と教えると、ジェシカはさっさと行ってしまった。朝からなんとも忙しいが……いや、朝だから忙しいのか。それにしても、私はこの慌ただしさは嫌いではない。仕事に行くのは気が滅入るが、清々しい朝はやはり気持ちが良い。

三分の一ほど残っていたコーヒーを飲み干す。やはり朝はコーヒーに限る、と思いながら、掛けてあったスーツを羽織り、如何にも重そうな靴の紐を縛る。踵を床に叩きつけると、ゴンとよく響く重低音が鳴った。

「姐さん、忘れ物無い?スマホは?本部の鍵は?あ、あと昨日あたしが作っといた資料と証書のコピーは?」

どちらが育て親かまるで分からないな、と思いつつ、呆れたように答える。

「スマホはポケットの中、鍵は右手の中指に掛けてある、資料達はバッグの仕切りの右側のファイルに入れてある。私はもう二十六だぞ?遠足に行く前の子供じゃあるまいし、そんなに心配しなくても良いだろ」
「そう言って、この間なんか首脳会談に持っていく為の情報書忘れてたでしょ。そゆとこ」
「ふむ……ぐうの音も出ない」

そう言えばそんなこともあったか。

「じゃ、行こっか。そろそろ急がないと、皆待たせちゃうよ」
「そうだな。行くか」

何気ない会話が好きだ。
こうして話していると、自分たちがまるで平和な世界に住んでいるような錯覚に陥る。覚めてしまうのが勿体無いが、それまで楽しめるのだからそれはそれで良いだろう。

ジェシカと言葉を交わしながら、私は頭のどこかで『角砂糖を七個入れたコーヒーは果たして普遍的な朝に求められているコーヒーなのか』というどうでもいいような哲学を考えていた。


「……流石に七個は入れ過ぎか……」
「ちょっと、何の話してんのさ。さっきからぼーっとしてるけど、あたしの話聞いてる?」
「あんまり聞いてなかった」
「だろうね。ま、別に大したことじゃないから良いんだけど」

ジェシカが呆れた、とでも言いたげな優しい笑みを浮かべた。それにしても、よくここまで大きく育ったものだとつくづく感心する。育て親が言うのも野暮だが、本当に器量も気立ても良い子に育ったものだ。少し口が悪いのが玉にきずだが、環境が環境だから仕方あるまい。

「何。何か言いたげじゃん?」
「いや、大きくなったなあと感心していたところだ。、まだあんなに小さかったのになあ」

そう言って、私は左手の中心部に出来た古傷を撫でた。ジェシカの顔が曇る。

「……姐さん、そのことはもう言わないでって言ったじゃんか」
「おや、そうだったか?私にとっては可愛い子供の戯れに過ぎないよ。良い思い出だ」
「あたしが嫌なの。ほら、車出すよ」

皮肉ったつもりは無かったが、ジェシカの機嫌を損ねるのも気分が良くない。ジェシカに手を引かれながら、私は

「もう、八年になるんだな」

と、意味有りげに小さく呟いたのだった。
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