君に何度でも恋をする

明日葉

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第3章 空白の時間

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『えー。もう、なにやってんの』
 呆れた声がして、それに画面の中の、翔の記憶より大きくなった隼人が振り返る。声の主は、先ほどこの部屋に来た女性。電話の向こうは、花音?
『さえちゃん、どうしたの?』
 ランタンの灯りだけで、真っ暗な家の中。
『花音、隼人が気にしてるからスピーカーにするよ』
 言って、耳に当てていた電話をテーブルの上に置く。定点カメラじゃないということは、他に誰かが部屋にいて、カメラを回しているということ。
『隼人?ごめんねー。どうせまた、計画停電中止になると思って残業してたら、停電しちゃった』
『…確かに中止が続いたけど。そこは、実施される前提で動こうよ』
『咲恵ちゃんにそこ、指摘されるなんて』
『どういう意味よ』
 ぽんぽんと交わされる会話に、隼人がくすくすと笑っている。
『あー、もう。外灯もなにもついてなくて、ほんと真っ暗。真っ暗って、こういうこと言うんだね。目の前に手を持ってきても見えないんだよ?気配はするのに、何もわからないの。こんな暗闇の経験、なかなかできないね』
 いやいや、危ないだろ。
 思わず、過去の映像にツッコミを入れたくなる。暗闇の中を、要するに一人で歩いているってことか?
『ほんと、怖いくらいの真っ暗…わぁ』
 怖いのだろうと、分かるような声で言った直後に、何を見たのか。
 思わずと言った声が聞こえる。それは、危険を感じさせるような声ではなくて、むしろ、感動から出たような声。
『花音?どうしたの?』
『ねえ、外に出てみてよ。日向と日和も連れて。ちょっと出るだけでいいから。すごいよ。星!』
 計画停電の暗闇で、暗闇に怯えるのではなく星空に感動して。声を弾ませる、その声音を聞くだけで、花音の笑顔が思い浮かぶようだった。



「弓削さーん」
 不意に、チャイムも何もなく玄関が開くのと同時に、弓削を呼びながら入ってきた声に翔は振り返る。
「尚」
「よう、兄貴」
 平然とした顔でそこに立つ弟は、コンビニの袋を片手に無造作に部屋の中を歩き、奥に行く。冷蔵庫を開け閉めするような音がして、すぐに戻ってきた。
 翔と目を合わせ、すっと、尚の目が細められた。
ゆいには、一発殴っといてって言われたんだけどさ」
 1番下の妹の名前が出て、湧き上がる様々な感情を持て余していた翔は、一瞬で固まる。
「怒った顔してるの、気づいてる?兄貴。でもそれ、筋違いだろ?」
 言いながら、尚は翔の隣に座った。浅井が少し動いてスペースを作っている。
「みんな、自分で花音たちを見つけたんだ。兄貴は、それを諦めた。この時ですら」
 ちょうど、画面に流れる映像を顎でしゃくって、尚は翔を睨む。
「なあ、そんなに怖かった?花音の拒絶が」


「尚、どうしてここに?」
 尚の問いには答えられないまま、随分沈黙が流れてから、翔は結局答えずに問いかける。映像は一時停止されていた。
 尚は、無言で翔にスマホの画面を見せた。無料通話アプリのメッセージ画面。



 ばったり会っちゃったーΣ(゚д゚lll)



「…かるっ」
「だろ?」
 こんな風に気安い言葉でやり取りをするほどの距離感に、なっているということが、それこそまた筋違いと言われるのはわかっていても、妬ましい。


 そのまま、続きに目を通していく。


は?どした?


おにいさん、職場にいたのー
もう、速水さん、予告してくれればいいのにっ


また、言われてたの、聞いてなかったんじゃねぇの?


あー。あるかも


おい


とりあえず、ある意味すっきりー。と、思うことにします。
黙っててくれて、ありがとうございました


あらたまるんじゃねぇ。気持ち悪りぃ
放っておいていいのか?
邪魔するか?


今、弓削さんといるらしいの


あー
了解



 ただ、腹の底から勝手に出てくる息を吐き出して、翔は頭を抱え込んだ。
 すっきりってなんだ、すっきりって。
 尚、邪魔するって、なんだ?


 不意に、音声が聞こえてきて慌てて顔を上げる。
 尚が、無造作に映像の続きを再生していた。
 子どもたちの成長は目を離せないほどで。それを見逃さないようにとでもいうように、映像は、速水と弓削、そして仙崎がよく写っている。土師がいない理由は、わかった。ただ、土師の両親や、御調夫妻と娘は、折に触れてその姿が見える。
「あ、これ」
 川遊びをしている映像。
 花音が大笑いしている。大笑いしているのは、再会してからは見なかったな、と思う。
 子どもの頃のあの日は、よく、笑っていた。
 一際背の高い男が、小さな男の子…日向を抱き上げている。長身の速水と同じくらいあるようにみえる。その顔は、見覚えがあって、花音を見つけたあの場で、花音を隠すようにした一人。
 あとの二人も、そこに一緒にいる。そして、見かけなかった顔が、あと一人。
 見かけなかった顔は、優しげな顔に、がっしりとした体つきの青年で、悪戯っぽく笑いながら隼人と何か、川に向かって遊んでいる。そんな隼人の足下にまとわりつこうとする日和を、あとの二人の青年が自分の方に気を向けようとして失敗している様子を、花音はただただ、笑って眺めている。
『そんな、撮ってないで遊ぼうよ?』
 カメラに向かって花音がいうと、カメラがことり、とどこかに置かれた。定点で、遊んでいる様子が切り取られる。
 撮っていたのは、やはり見たことのない、小柄な女性。
「この女性ひとは、あそこで隼人と遊んでいる人の元奥さん…この時は、奥さんか」
「元?」
 ぼそぼそと解説をする尚に聞き返したが、それ以上は話してくれない。
「そこの3人とは、顔は合わせてる」
「そうなんだ」
 弓削が短く言うのに、尚はただ頷く。4人、いや、5人いる中のどの3人なのか、確認もしないことに少しの引っ掛かりを感じながら、翔は映像が流れていればそちらに気を取られて、流れていく現在のやりとりは後回しになる。
「職場の仲間で遊びに行くのに、子どもも連れて来いって。この人たちもだけど、花音の子どもの頃からの地元の仲間以外にも職場の人たちが、親戚かってくらいに、子どもらと遊んでる」
 そういう理解もあるから、仕事もしやすいみたいだと、尚は言いながら、何の屈託もなくただ楽しそうに笑い、笑いすぎて苦しくなっているような子どもたちに笑みをこぼす。
 そんな尚の表情にも、身内の視線を見てとって、翔は思わず目を逸らした。



 ひとしきり、手当たり次第に見ていって。まだ、見ていないものはあるようだけれど、ほぼ、時間が今に追いついて。
 子どもたちは成長していくのに、やはり花音が何も変わらない。
 隼人が高校生、大学生になってもあのままだったら、姉や下手をすれば恋人に間違えられるのではないかというくらいに。
 変わらない花音の姿と、成長していく子供達。
 翔にとっての空白を埋めるような映像は、同時に、翔の胸を締め付ける。
「尚、殴らないのか?」
 いっそ、そうしてもらった方が楽になる気がする。
 けれど、それが分かっているかのように、尚は肩を竦めるだけだ。
「そんな簡単に、罰を受けられると思ってるのか?その方が楽だろうから、殴るの我慢してるんだよ」
 さらっと言われれば、翔は俯くしかない。

 そうだよな。ずるいよな。
 しかも、花音じゃないやつに殴られて済ませようなんて。

「それに、そんなことして花音に怒られるの、ばかばかしいから」
 言うと、尚が立ち上がり背後の弓削を振り返った。
 何も言わないのに、弓削が歩み寄ってきて、1つ、手元からテープを入れた。


「花音に聞けと言ったが、多分、このことは花音は話さないだろう。でも、これをあんたが知らないままじゃ、何も進まない」




 隠し撮りのような画角。
 上から見下ろすような映像に、かろうじて映る人影。

「うちの…事務所?」


 翔の呟きと同時に、隣で浅井が息を呑んだ。


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