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これからの話
しおりを挟む指定されたのは、橙子の勤め先から近い駅前。
改札を通り抜けると、すぐに目立つ人影がこちらに気づいた。
「元気そうだな」
歩み寄るのを待ってかけられた声に、会釈を返す。久しぶりに見る顔は、記憶と違わず整っていて、周囲の視線を集めている。
「迎えって、藍沢先生だったんですね」
「迎えというか、待ち合わせだな。行こうか」
スマートに先に立って歩く姿はいかにも頼りがいのある姿で、この人が5年間、緋榁や五十里と一緒に橙子を支えていたのだと思うと、やけに歯痒さが湧いてくる。
どこかに出かけるのではなく、橙子の家で、と言われたときには少しだけ面食らった。家を教えてはくれないだろうと、なぜか思っていた自分に気付いて、苦笑いが漏れる。いろんなことに頓着することなく、変わらない距離感で接する橙子に救われた思いになりながらその提案を二つ返事で受けた。
どんな家に住んでいるのだろう。
そもそも、黒パパ、と呼ぶ緋榁は既婚者で妻子もいるからないとしても、白パパと呼ぶ藍沢は生活を共にしていたりするのだろうかと、そんな疑問も自然と浮かんでしまう。
「先生は一緒に住んでいるんですか?」
「…先生、はやめてくれ。君は今は俺の患者じゃない」
先に断りを入れてから藍沢は曖昧に笑う。
「一緒には住んでないよ。まあ、住めないし、そもそも俺の勤務が不規則すぎて小さい子が同居するのはかわいそうだ」
そうは言っても、実際家庭のある救命医もいるだろうからそうも言っていられないだろうにと思うが、それは口にしない。彼なりの考えもあるんだろう。
ただ、そのときに向けられた視線の微妙なニュアンスの意味には思い至らずに、ついていって、少し、驚いた。
「ここ、ですか?」
小さな賃貸マンション。ワンルームか、もう少し大きいか、程度だろうと伺える。
「子供が小さいうちなら狭い部屋でも大丈夫だし、今のうちにお金貯めるんだと。いずれ自分の部屋が必要になった時とか、今後学費とかかかるようになった時とかに余裕なくならないように」
そんなの。
手伝わせてほしい。
口から出そうになる言葉を、なんとか飲み込んだ。どの口が言うんだと、自分でも思う。言える立場じゃない。
エレベーターはなく、階段で二階に上がりながら藍沢が苦笑いで付け足す。
「最初、一階が空いてるからって一階に住もうとして。流石に無用心だからやめてくれって緋榁ととめた」
「…想像つきます」
苦笑いを飲み込んでようやく言うのと、チャイムを鳴らす前にドアが開くのと同時で、噂の主が半身を出してこちらを見た。
「きたね。どうぞ」
ふわり、と招き入れられた部屋の中。
前に隣同士で住んでいた時よりも質素に感じる住まいは、それでもやっぱり橙子らしくて、小さな子のおもちゃやいろんな細々したものが、そこが幼子が生活する空間なのだと知らせてくれる。
中には、橙子と緋榁の息子がいて、入っていった僕と藍沢を、昔の自分によく似た顔の子が、僕とは違う屈託のない笑顔を輝かせた。
「うわぁ。人がいっぱい。ぎゅうぎゅうだね」
そんなことを幸せそうに言う子を、橙子はふはっ、と笑って視線を合わせる。
「嬉しいの?」
「うん。…白パパ、お友達?」
「お母さんの、お友達だ」
藍沢が言って、僕を促した。
「さあ、これからの話をしようか」
と。
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