拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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2 箍とは、嵌める時点で外すことを前提としている

獣人のこと 2

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「閣下?」

 サライとヴィルを見比べ、栞里が首を傾げると、あまりにも自然な仕草でヴィルは栞里の髪を撫でた。本当は、ふわふわとどこかに行ってしまいそうな子をまたしっかりと腕の中に閉じ込めたいのだが。寿命が縮む、と言われたのは、正直なかなかに堪えた。


「俺は、公爵位を持っている」


「こうしゃく」


 あまりに馴染みのない言葉にぽかんとしながら、栞里はとりあえず話の腰をまた折りそうになってしまったと謝りながらサライに先を促した。



「公爵、なるほど」

 サライは一つ頷く。王者が王位を持たず、臣籍降下しているのか、そもそも公爵家に生まれたのかまでは知らないが。ただ、サライが知る頃の王族の状況を思えば、おそらく、臣籍降下したのだろう。




「栞里は、さっきわたしの年齢に驚いていたが。獣人の寿命は長い。人族に比べれば、はるかに。50年など、大したことではないから。この地でわたしを受け入れた人がこの世にいる間は、ここにいようと思った。そうしても問題ない程度しか、人族は生きないから」



 気の遠くなるような話だ、と思いながら栞里は薩来をみる。

「薩来、て名前は?」

「音は、本当の名だ。漢字は、彼が面白がって当てただけだ」



 自分にコーヒーの淹れ方を教えてくれた人を思い出し、栞里は笑う。


「彼は、この場所を守っていた。わたしのいた場所と、この国をつなぐ場所。そして彼が、望んだ。奥様を、守れ、と」

 サライの目がオーナーに向けられ、彼女は微笑みを返す。50年前。つまり、オーナーたちが少女のような年の頃から、サライはここにいたということ。

「ずっと、あなたの姿は変わらないわね。気にするな、と言われても、わたし達にとってはとても長い時間引き留めているから。あなたを待つ人が心配なのに」
「待つものは、いない」


 そうサライは言う。何度も繰り返した会話なのか。ただ目を伏せるだけで、オーナーもそれには何も返さなかった。




「獣人は、人族より寿命も長く、身体能力ははるかに優れている。魔力にしても、人族より多い」


 正確には、様々な種の中で、人族は劣ると言って良い。だが。人族が最も大手を振って生きている。



「獣人には番、と言う概念がある。他の種族にも似たようなものがある種はいくつかある。だが、人族にはない。番が、獣人同士だけならばここまでにはならなかったのだろうが。番を見つけられず、そのような獣人同士で婚姻を結び種を残そうとするものもいる。だが、そのあとで番が見つかれば、番が優先される。その辛さを知っているから、獣人は番を探し続ける、待ち続けるものが多く、そして、数を減らした」



「え?」


 サライが何を話そうとしているのか分かるヴィルは気遣わしげに栞里を見下ろす。老婦人はもう知っている話なのか、穏やかに、栞里が出したコーヒーを口に運んでいるだけだ。
 腕を回す代わりにヴィルは尻尾を栞里の腰に回す。無意識に栞里が当たり前のようにそれに触れるままにさせ、そんな様子を眺めながらサライは先を続けた。



「獣人の番が、人族に生まれることもある。獣人が数を減らせば、なおさら。だが、彼らには番などと言う概念はない。そして、獣人を恐れた。番とは、獣人にとって最悪の、急所なんだ。見つからない、それならばまだいい。見つかったのに手に入れられない、見つけたのに失う。狂うものもいれば、命を落とすものもいる」
 それは、栞里にとっては物語で読んだ獣人の番の姿に通じるもの。違和感なくそこまでは受け入れるのだけれど。ただ、ヴィルの気遣わしげな様子がこの先を不安にさせる。尻尾を与えたのは彼なりの気遣い。


「ある時、猫族の娘が、番を見つけた。人族の男だったが。彼には恋人がいた。番、と言う概念がない人族が番だった時。その番に既に相手がいれば、諦めることが掟とされている。諦めて、では他の似た境遇の獣人と結ばれるかと言えば、番を見つけてしまった以上、それができないほどに、獣人の執着は強い。それでも、そばにいることを望んだ娘は、男の家で働くようになった。力の弱い人族が、獣人を隷属させた。それが可能であることを人族が知った」



「聞いていて気持ちの良い話ではない。獣人に番だと求められ、命を絶った人族がいた。熊族のその獣人は、人族が100人でかかったとしても敵わないような戦士だったが。たったそれだけの事で、命を落とした。人族は、残忍だった。番という逃れられない枷を利用して、獣人を減らし、追い詰め、昔はあらゆる種が混在して生活していた土地の大半を独占し、他の種をそれぞれ限られた土地に追いやった」




 栞里の手に無意識に力が入る。握られた尻尾からそれを感じながら、ヴィルはたまりかねて栞里の肩に大きな手をおいた。小刻みに震える体を宥めるように緩く撫でてやれば、浅い呼吸が落ち着いてくるのが耳に届く。

「薩来は滅びたはずの種だって。そうやってって事?」

「わたしは、少し違う。だから彼は驚いたんだ。跳兎は少し特殊な役割を担っていた。だから、狙って滅びに導かれた。その生き残りのわたしを待つものは、いないんだよ」


 そんな顔をするんじゃない、50年も前の話だ、とサライが言えば、栞里はきゅ、と口を引き結ぶ。


「あなた達にとっては、一瞬なんでしょう?」



「ああ、そうだ」


 少し、老婦人が笑みを深めるのを感じ、サライは苦笑いになりそうになる。軽く視線を向ければ肩を竦められてしまう。よほど自分より若い老婦人が、その一生の大半を生きたものの余裕なのか。いつからか年上のように達観してしまっていて。



「そうして、わたしはここにいた。あの庭の、樹の下に。泉のほとりに。一方通行、ということはないようだ」

「それは」

 思わず口を開いたのは、ヴィル。それにサライは軽くうなずいた。

「わたしがここにいる間に現れ、そしていなくなった者がいるからな」






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