拾われにきた獣〜氷の獣人公爵〜

明日葉

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2 箍とは、嵌める時点で外すことを前提としている

獣人のこと 3

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 サライの言葉に、思わず栞里はヴィルの尻尾を握りしめた。それから、ハッとしたようにその手を離す。その動きをヴィルは目で追いながら、その意味を探ろうとする。引き留めたいと、思ってくれたのか。それとも、驚きへの単なる反射なのか。
「本当に、帰れているの?」
「再びこちらに同じ者が来た、という話は聞かないから、それは分からないが。ただ、こちらに来た者が持ち帰ったのであろう技術が、向こうにあった。水を引く技術はおそらく、持ち帰ったのだろう。全てに行き渡っているわけでもないし古い方法だが」
 きゅう、と握り込まれる尻尾にヴィルは栞里を気遣いながら、サライにその目を向け直した。



「お前は、帰らないのか」
「約束を終えたら、帰る」


 きっぱりと言い切る。時期まで指定して。それはきっと、方法を知っているということ。

「方法を知っているのか?」
「ああ。だが、必要なものが揃っていない。必要なものは、帰る時が来れば自然と手元に在ると言われている」


「それって…」


 栞里がおそらくは無意識に、口を開く。


「あの本」




 もしやと思っていたことを口にすれば、あまりにもあっさりとサライは肯定する。頷かれて、栞里はいたたまれない思いでヴィルを見上げた。それでは、好奇心からの遊びで、ヴィルはこんな場所に呼び寄せられてしまったということか。やはり、と。


「残念なくらいに考えていることが手に取るようにわかるな。シオリ、勘違いするな。ここに来たことで、俺は命拾いしている」


 捨てても惜しくないと思っていた命だが。今は、惜しい。このような形で命拾いしたことを感謝する相手がいるのだとしたら、感謝しきれないほどに。おかげで、栞里が今、そばにいる。


 それを読み取ったかのように、サライが喉の奥で笑った。目を向けると、長い手を伸ばして栞里の前髪をくしゃりと撫でる。

「狼なんて情の濃い種に気に入られて。重たかったら言え」

「うん?」


 わかってないな、と笑うサライをヴィルがきつい眼差しで睨んでいると、オーナーがくすくすと笑って柔らかい眼差しをヴィルに注ぐ。慣れない視線に居心地悪い思いをしていれば、やんわりと、彼女は言う。




「サライもあなたも、ここで骨休めをするのよ。それには、この子くらいがちょうどいいの。わかるでしょう?」

 なんとはなしに、貶されているかな、と栞里が取り囲む3人を見回していると、ヴィルの耳がパタン、と下がっている。まあ、なあと釈然としないながらうなずくしかないような様子に、栞里の方こそ釈然としない。


「わたしだけ、わかっていない気がする…」
「とりあえず、そのままでいいって言うことだ」




 ものすごーく、バカにされている気がする、と、完全にふてくされたのを見て、老婦人は声を立てて笑った。そうしながら栞里に茶目っ気たっぷりに話しかける様子は、サライが見れば少女の頃から何も変わらない。



「ばかになんかしていないわよ。あなたはしたいようにしていればいいの。そうやって尻尾が気に入ったのなら、触らせてもらえるように懐いていればいいのよ」
「オーナー!完全に子供扱いしてますね?」
「あら?尻尾なんて、そう簡単に触らせてもらえないわよ?恩人で、よかったわね」
「…奥様、その言い方は栞里がひねくれるぞ」
「ヴィル、やっぱり嫌なのに我慢して」


 サライと栞里の声が重なり、ヴィルが慌てて、それを否定する。いやではない。いやではないから、困ると言えば困るのだが、それはヴィルの都合だからいいのだ。


「帰る時が来れば、帰ることになるわ。だから、この平和ボケした国に来た今は、ゆっくりするといいわ。…サライ、明日にでも、彼に耳と尾を隠す装身具を持ってきてあげて。回復と防備にはあの樹のかけらをもう身につけているのね。本能かしら」
「シオリがくれました」
「ああ、じゃあ本能ね」


 なんか、本当に失礼だわ、とぶつぶつと文句を言っているが、確かに、本能に近い勘だな、とヴィルもサライもそれには納得してしまう。ここで生活している人間に備わった感覚なのだろうな、と。



「ここで生活することを許されている者。つまり、栞里を害したり、栞里に拒絶されない限り、あの樹も、泉も、助けてくれるわ」
「え、わたし?」
「そうよ。彼は必要があってここに来たのでしょうけれど。こちら側の門を守っているのはあなただもの。優先順位は、あなたが上よ」
「はあ…」
「わからなくていいわ。言われなくても自然と必要なことをやるから、あなたがここにいることをあの人は望んだのでしょうし」
「オーナーではなく?」
「そもそもあの人が望まなければ、あなたにコーヒー、教えたりしないでしょう?」



 言うと、空になったカップを彼女はテーブルに置き、サライを見上げる。


「そろそろ帰りましょう。狼の獣人さん。あなた自身のことは、あなたの口でその子に話してあげてね?」




「はい」




 頷くヴィルを栞里はじっと見上げて、朗らかな笑い声を残して帰っていくオーナーを見送った。





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