27 / 87
2 箍とは、嵌める時点で外すことを前提としている
獣人のこと 3
しおりを挟む
サライの言葉に、思わず栞里はヴィルの尻尾を握りしめた。それから、ハッとしたようにその手を離す。その動きをヴィルは目で追いながら、その意味を探ろうとする。引き留めたいと、思ってくれたのか。それとも、驚きへの単なる反射なのか。
「本当に、帰れているの?」
「再びこちらに同じ者が来た、という話は聞かないから、それは分からないが。ただ、こちらに来た者が持ち帰ったのであろう技術が、向こうにあった。水を引く技術はおそらく、持ち帰ったのだろう。全てに行き渡っているわけでもないし古い方法だが」
きゅう、と握り込まれる尻尾にヴィルは栞里を気遣いながら、サライにその目を向け直した。
「お前は、帰らないのか」
「約束を終えたら、帰る」
きっぱりと言い切る。時期まで指定して。それはきっと、方法を知っているということ。
「方法を知っているのか?」
「ああ。だが、必要なものが揃っていない。必要なものは、帰る時が来れば自然と手元に在ると言われている」
「それって…」
栞里がおそらくは無意識に、口を開く。
「あの本」
もしやと思っていたことを口にすれば、あまりにもあっさりとサライは肯定する。頷かれて、栞里はいたたまれない思いでヴィルを見上げた。それでは、好奇心からの遊びで、ヴィルはこんな場所に呼び寄せられてしまったということか。やはり、と。
「残念なくらいに考えていることが手に取るようにわかるな。シオリ、勘違いするな。ここに来たことで、俺は命拾いしている」
捨てても惜しくないと思っていた命だが。今は、惜しい。このような形で命拾いしたことを感謝する相手がいるのだとしたら、感謝しきれないほどに。おかげで、栞里が今、そばにいる。
それを読み取ったかのように、サライが喉の奥で笑った。目を向けると、長い手を伸ばして栞里の前髪をくしゃりと撫でる。
「狼なんて情の濃い種に気に入られて。重たかったら言え」
「うん?」
わかってないな、と笑うサライをヴィルがきつい眼差しで睨んでいると、オーナーがくすくすと笑って柔らかい眼差しをヴィルに注ぐ。慣れない視線に居心地悪い思いをしていれば、やんわりと、彼女は言う。
「サライもあなたも、ここで骨休めをするのよ。それには、この子くらいがちょうどいいの。わかるでしょう?」
なんとはなしに、貶されているかな、と栞里が取り囲む3人を見回していると、ヴィルの耳がパタン、と下がっている。まあ、なあと釈然としないながらうなずくしかないような様子に、栞里の方こそ釈然としない。
「わたしだけ、わかっていない気がする…」
「とりあえず、そのままでいいって言うことだ」
ものすごーく、バカにされている気がする、と、完全にふてくされたのを見て、老婦人は声を立てて笑った。そうしながら栞里に茶目っ気たっぷりに話しかける様子は、サライが見れば少女の頃から何も変わらない。
「ばかになんかしていないわよ。あなたはしたいようにしていればいいの。そうやって尻尾が気に入ったのなら、触らせてもらえるように懐いていればいいのよ」
「オーナー!完全に子供扱いしてますね?」
「あら?尻尾なんて、そう簡単に触らせてもらえないわよ?恩人で、よかったわね」
「…奥様、その言い方は栞里がひねくれるぞ」
「ヴィル、やっぱり嫌なのに我慢して」
サライと栞里の声が重なり、ヴィルが慌てて、それを否定する。いやではない。いやではないから、困ると言えば困るのだが、それはヴィルの都合だからいいのだ。
「帰る時が来れば、帰ることになるわ。だから、この平和ボケした国に来た今は、ゆっくりするといいわ。…サライ、明日にでも、彼に耳と尾を隠す装身具を持ってきてあげて。回復と防備にはあの樹のかけらをもう身につけているのね。本能かしら」
「シオリがくれました」
「ああ、じゃあ本能ね」
なんか、本当に失礼だわ、とぶつぶつと文句を言っているが、確かに、本能に近い勘だな、とヴィルもサライもそれには納得してしまう。ここで生活している人間に備わった感覚なのだろうな、と。
「ここで生活することを許されている者。つまり、栞里を害したり、栞里に拒絶されない限り、あの樹も、泉も、助けてくれるわ」
「え、わたし?」
「そうよ。彼は必要があってここに来たのでしょうけれど。こちら側の門を守っているのはあなただもの。優先順位は、あなたが上よ」
「はあ…」
「わからなくていいわ。言われなくても自然と必要なことをやるから、あなたがここにいることをあの人は望んだのでしょうし」
「オーナーではなく?」
「そもそもあの人が望まなければ、あなたにコーヒー、教えたりしないでしょう?」
言うと、空になったカップを彼女はテーブルに置き、サライを見上げる。
「そろそろ帰りましょう。狼の獣人さん。あなた自身のことは、あなたの口でその子に話してあげてね?」
「はい」
頷くヴィルを栞里はじっと見上げて、朗らかな笑い声を残して帰っていくオーナーを見送った。
「本当に、帰れているの?」
「再びこちらに同じ者が来た、という話は聞かないから、それは分からないが。ただ、こちらに来た者が持ち帰ったのであろう技術が、向こうにあった。水を引く技術はおそらく、持ち帰ったのだろう。全てに行き渡っているわけでもないし古い方法だが」
きゅう、と握り込まれる尻尾にヴィルは栞里を気遣いながら、サライにその目を向け直した。
「お前は、帰らないのか」
「約束を終えたら、帰る」
きっぱりと言い切る。時期まで指定して。それはきっと、方法を知っているということ。
「方法を知っているのか?」
「ああ。だが、必要なものが揃っていない。必要なものは、帰る時が来れば自然と手元に在ると言われている」
「それって…」
栞里がおそらくは無意識に、口を開く。
「あの本」
もしやと思っていたことを口にすれば、あまりにもあっさりとサライは肯定する。頷かれて、栞里はいたたまれない思いでヴィルを見上げた。それでは、好奇心からの遊びで、ヴィルはこんな場所に呼び寄せられてしまったということか。やはり、と。
「残念なくらいに考えていることが手に取るようにわかるな。シオリ、勘違いするな。ここに来たことで、俺は命拾いしている」
捨てても惜しくないと思っていた命だが。今は、惜しい。このような形で命拾いしたことを感謝する相手がいるのだとしたら、感謝しきれないほどに。おかげで、栞里が今、そばにいる。
それを読み取ったかのように、サライが喉の奥で笑った。目を向けると、長い手を伸ばして栞里の前髪をくしゃりと撫でる。
「狼なんて情の濃い種に気に入られて。重たかったら言え」
「うん?」
わかってないな、と笑うサライをヴィルがきつい眼差しで睨んでいると、オーナーがくすくすと笑って柔らかい眼差しをヴィルに注ぐ。慣れない視線に居心地悪い思いをしていれば、やんわりと、彼女は言う。
「サライもあなたも、ここで骨休めをするのよ。それには、この子くらいがちょうどいいの。わかるでしょう?」
なんとはなしに、貶されているかな、と栞里が取り囲む3人を見回していると、ヴィルの耳がパタン、と下がっている。まあ、なあと釈然としないながらうなずくしかないような様子に、栞里の方こそ釈然としない。
「わたしだけ、わかっていない気がする…」
「とりあえず、そのままでいいって言うことだ」
ものすごーく、バカにされている気がする、と、完全にふてくされたのを見て、老婦人は声を立てて笑った。そうしながら栞里に茶目っ気たっぷりに話しかける様子は、サライが見れば少女の頃から何も変わらない。
「ばかになんかしていないわよ。あなたはしたいようにしていればいいの。そうやって尻尾が気に入ったのなら、触らせてもらえるように懐いていればいいのよ」
「オーナー!完全に子供扱いしてますね?」
「あら?尻尾なんて、そう簡単に触らせてもらえないわよ?恩人で、よかったわね」
「…奥様、その言い方は栞里がひねくれるぞ」
「ヴィル、やっぱり嫌なのに我慢して」
サライと栞里の声が重なり、ヴィルが慌てて、それを否定する。いやではない。いやではないから、困ると言えば困るのだが、それはヴィルの都合だからいいのだ。
「帰る時が来れば、帰ることになるわ。だから、この平和ボケした国に来た今は、ゆっくりするといいわ。…サライ、明日にでも、彼に耳と尾を隠す装身具を持ってきてあげて。回復と防備にはあの樹のかけらをもう身につけているのね。本能かしら」
「シオリがくれました」
「ああ、じゃあ本能ね」
なんか、本当に失礼だわ、とぶつぶつと文句を言っているが、確かに、本能に近い勘だな、とヴィルもサライもそれには納得してしまう。ここで生活している人間に備わった感覚なのだろうな、と。
「ここで生活することを許されている者。つまり、栞里を害したり、栞里に拒絶されない限り、あの樹も、泉も、助けてくれるわ」
「え、わたし?」
「そうよ。彼は必要があってここに来たのでしょうけれど。こちら側の門を守っているのはあなただもの。優先順位は、あなたが上よ」
「はあ…」
「わからなくていいわ。言われなくても自然と必要なことをやるから、あなたがここにいることをあの人は望んだのでしょうし」
「オーナーではなく?」
「そもそもあの人が望まなければ、あなたにコーヒー、教えたりしないでしょう?」
言うと、空になったカップを彼女はテーブルに置き、サライを見上げる。
「そろそろ帰りましょう。狼の獣人さん。あなた自身のことは、あなたの口でその子に話してあげてね?」
「はい」
頷くヴィルを栞里はじっと見上げて、朗らかな笑い声を残して帰っていくオーナーを見送った。
0
あなたにおすすめの小説
病弱少年が怪我した小鳥を偶然テイムして、冒険者ギルドの採取系クエストをやらせていたら、知らないうちにLV99になってました。
もう書かないって言ったよね?
ファンタジー
ベッドで寝たきりだった少年が、ある日、家の外で怪我している青い小鳥『ピーちゃん』を助けたことから二人の大冒険の日々が始まった。
小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜
ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪
高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。
ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載!
ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!
WIN5で六億円馬券当てちゃった俺がいろいろ巻き込まれた結果現代社会で無双する!
TB
ファンタジー
小栗東〈おぐりあずま〉 二十九歳 趣味競馬 派遣社員。
その日、負け組な感じの人生を歩んできた俺に神が舞い降りた。
競馬のWIN5を的中させその配当は的中者一名だけの六億円だったのだ。
俺は仕事を辞め、豪華客船での世界一周旅行に旅立った。
その航海中に太平洋上で嵐に巻き込まれ豪華客船は沈没してしまう。
意識を失った俺がつぎに気付いたのは穏やかな海上。
相変わらずの豪華客船の中だった。
しかし、そこは地球では無かった。
魔法の存在する世界、そしてギャンブルが支配をする世界だった。
船の乗客二千名、クルー二百名とともにこの異世界の大陸国家カージノで様々な出来事はあったが、無事に地球に戻る事が出来た。
ただし……人口一億人を超えるカージノ大陸と地球には生存しない魔獣たちも一緒に太平洋のど真ん中へ……
果たして、地球と東の運命はどうなるの?
この子、貴方の子供です。私とは寝てない? いいえ、貴方と妹の子です。
サイコちゃん
恋愛
貧乏暮らしをしていたエルティアナは赤ん坊を連れて、オーガスト伯爵の屋敷を訪ねた。その赤ん坊をオーガストの子供だと言い張るが、彼は身に覚えがない。するとエルティアナはこの赤ん坊は妹メルティアナとオーガストの子供だと告げる。当時、妹は第一王子の婚約者であり、現在はこの国の王妃である。ようやく事態を理解したオーガストは動揺し、彼女を追い返そうとするが――
チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす
蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。
追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。
しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。
港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。
イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。
犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。
被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。
追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。
この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。
・世界観・設定の管理補助
・プロット段階の壁打ち
・作者による執筆後の校正
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる