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第1章
第2話 登校初日
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——————二〇〇七年、四月。
障子窓から差し込む朝の柔らかい光で、浅い眠りから目を覚ました。
昨日の入学式で感じた緊張の余韻が、まだ体のどこかに残っている。それに、登校初日の緊張と期待も加わって、昨晩から胸がざわざわと落ち着かない。
ついに、待ち望んだ大学生活が始まるのだ。
進学先は、東京郊外にある、私立大学の文学部史学科。第一志望は国立大学だったのだが、合格することができず、こちらに進学した。
群馬の実家から離れての一人暮らしとなるため、大学から自転車で二十分ほどの場所に部屋を借りた。
新居は、家賃五万円のアパートの一階で六畳の和室。風呂とトイレが別という条件だけはどうしても譲れず、少し通学に時間のかかる場所になってしまった。
ふりかけとご飯だけで簡単な朝食を済ませたあと、シャワーを浴びて、大学へと出発。大学のある丘までは平坦な道が続き、爽やかな風と新しい町の雰囲気を感じながら自転車を漕いだ。
丘を登るためのきつい坂は、自転車を押して進み、校門脇にある広い駐輪場へ自転車を停めた。駐輪場から大学のキャンパスへは、さらに上り坂になっていて、僕と同じくキョロキョロと周りを見ながら歩く新入生の流れができていた。
今日の日程は、新入生へのオリエンテーション。まずはパンフレットと学内の掲示を頼りに、本館の建物を目指した。正門から続く坂の上は少し開けた敷地になっていて、そのすぐ正面に本館の建物はあった。
入口の大きな柱の間を通って建物の中に入り、広く天井の高い本館のロビーを通り抜け、三階にある大きな階段状の教室に入った。
職員に案内されるまま、自分の学籍番号が書かれた席に座り、資料に目を通しながらオリエンテーションの始まりを待つ。
周囲の学生たちは、すでに小声で雑談をしている学生もいるが、まだ大半の学生が緊張した面持ちで一人ずつ座っている。この機会に、近くに座った学生に声をかけてみようかとも思ったが、拒絶される恐怖がよみがえり何もできなかった。
一時間ほどでオリエンテーションは終わり、三十人ずつ十ヶ所の教室に分かれて、移動することになった。
職員に連れて来られた教室で十分ほど待たされたあと、クラスを担当する講師の先生が入ってきてホームルームの説明が行われた。
先生の話によれば、このクラスは外国語授業で一緒なだけらしい。それ以外は専攻や希望によって授業が分かれるため、ホームルームではあるが、高校までのクラス分けとは全く違うもののようだった。
説明はそれほど時間がかからずに終わり、今日はこれで解散となった。
他の学生たちが、軽い会話を交わしながら、パラパラと教室を立ち去っていく。僕もそそくさと教室から抜け出し、建物の外へ向かった。三月と変わらないまま、とても僕らしい一日が静かに過ぎていこうとしていた。
なんだかとても嫌な感じがする。
教室の隅で息を潜めていた日々が、形を変えてまた始まろうとしているような気がして胸が締め付けられるようだった。
不安な気持ちのまま外に出ると、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。その声は、とても楽しげで、怖かった。まるで、僕がその輪に入れなかった高校時代の放課後を、再び見せつけられるようだった。
だからこそ、僕はその方向へ足を向けた。そこに向かわなければならない理由があったからだ。
様子を見ながら、ゆっくりと喧騒へ向かって進んで行く。そこでは、案の定、サークルの勧誘合戦が繰り広げられていた。
大学生活にあたって、サークルには入るつもりでいた。
高校の三年間で味わった感覚は、環境が変わったからといってすぐに消えるわけではない。おそらく一生消えることはないのだろう。タールのように、僕の心にこびり付き続ける。
だから、サークルの狭い輪の中で、同じような嗜好の人間の中に紛れ込みたかった。その方が、拒絶される可能性も少なくなると思ったから。
入学前に郵送されてきた、大学の説明資料の中には、会員を募集しているサークルの一覧も同封されていた。
一通り目を通し、二つのサークルに目星をつけていた。
一つ目は、考古学をメインとして活動している考古学研究会。もう一つは分野を問わず歴史学全般を扱う史究会だ。
史跡散策同好会というサークルもあったが、そちらは雰囲気が合わないような気がした。
僕が進学先に史学科を選んだのは、小学生の頃から歴史が好きだったからだ。祖母が毎週見ていた大河ドラマを一緒に見始めたのがきっかけだった。そのまま中学時代で興味が醸成されていき、高校三年間の図書室通いでさらにのめり込んだ。
だから、きっと、歴史学のサークルなら自分でもやっていけるだろうと思った。
少なくとも、同じことが好きな人間の中なら、あの沈黙の三年間よりはずっと生きやすいはずだ。
——そうであって欲しかった。
各サークルの勧誘ブースの配置を、配布された資料でもう一度確認し、それから意を決して、喧騒の中に一歩足を踏み出した。
障子窓から差し込む朝の柔らかい光で、浅い眠りから目を覚ました。
昨日の入学式で感じた緊張の余韻が、まだ体のどこかに残っている。それに、登校初日の緊張と期待も加わって、昨晩から胸がざわざわと落ち着かない。
ついに、待ち望んだ大学生活が始まるのだ。
進学先は、東京郊外にある、私立大学の文学部史学科。第一志望は国立大学だったのだが、合格することができず、こちらに進学した。
群馬の実家から離れての一人暮らしとなるため、大学から自転車で二十分ほどの場所に部屋を借りた。
新居は、家賃五万円のアパートの一階で六畳の和室。風呂とトイレが別という条件だけはどうしても譲れず、少し通学に時間のかかる場所になってしまった。
ふりかけとご飯だけで簡単な朝食を済ませたあと、シャワーを浴びて、大学へと出発。大学のある丘までは平坦な道が続き、爽やかな風と新しい町の雰囲気を感じながら自転車を漕いだ。
丘を登るためのきつい坂は、自転車を押して進み、校門脇にある広い駐輪場へ自転車を停めた。駐輪場から大学のキャンパスへは、さらに上り坂になっていて、僕と同じくキョロキョロと周りを見ながら歩く新入生の流れができていた。
今日の日程は、新入生へのオリエンテーション。まずはパンフレットと学内の掲示を頼りに、本館の建物を目指した。正門から続く坂の上は少し開けた敷地になっていて、そのすぐ正面に本館の建物はあった。
入口の大きな柱の間を通って建物の中に入り、広く天井の高い本館のロビーを通り抜け、三階にある大きな階段状の教室に入った。
職員に案内されるまま、自分の学籍番号が書かれた席に座り、資料に目を通しながらオリエンテーションの始まりを待つ。
周囲の学生たちは、すでに小声で雑談をしている学生もいるが、まだ大半の学生が緊張した面持ちで一人ずつ座っている。この機会に、近くに座った学生に声をかけてみようかとも思ったが、拒絶される恐怖がよみがえり何もできなかった。
一時間ほどでオリエンテーションは終わり、三十人ずつ十ヶ所の教室に分かれて、移動することになった。
職員に連れて来られた教室で十分ほど待たされたあと、クラスを担当する講師の先生が入ってきてホームルームの説明が行われた。
先生の話によれば、このクラスは外国語授業で一緒なだけらしい。それ以外は専攻や希望によって授業が分かれるため、ホームルームではあるが、高校までのクラス分けとは全く違うもののようだった。
説明はそれほど時間がかからずに終わり、今日はこれで解散となった。
他の学生たちが、軽い会話を交わしながら、パラパラと教室を立ち去っていく。僕もそそくさと教室から抜け出し、建物の外へ向かった。三月と変わらないまま、とても僕らしい一日が静かに過ぎていこうとしていた。
なんだかとても嫌な感じがする。
教室の隅で息を潜めていた日々が、形を変えてまた始まろうとしているような気がして胸が締め付けられるようだった。
不安な気持ちのまま外に出ると、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。その声は、とても楽しげで、怖かった。まるで、僕がその輪に入れなかった高校時代の放課後を、再び見せつけられるようだった。
だからこそ、僕はその方向へ足を向けた。そこに向かわなければならない理由があったからだ。
様子を見ながら、ゆっくりと喧騒へ向かって進んで行く。そこでは、案の定、サークルの勧誘合戦が繰り広げられていた。
大学生活にあたって、サークルには入るつもりでいた。
高校の三年間で味わった感覚は、環境が変わったからといってすぐに消えるわけではない。おそらく一生消えることはないのだろう。タールのように、僕の心にこびり付き続ける。
だから、サークルの狭い輪の中で、同じような嗜好の人間の中に紛れ込みたかった。その方が、拒絶される可能性も少なくなると思ったから。
入学前に郵送されてきた、大学の説明資料の中には、会員を募集しているサークルの一覧も同封されていた。
一通り目を通し、二つのサークルに目星をつけていた。
一つ目は、考古学をメインとして活動している考古学研究会。もう一つは分野を問わず歴史学全般を扱う史究会だ。
史跡散策同好会というサークルもあったが、そちらは雰囲気が合わないような気がした。
僕が進学先に史学科を選んだのは、小学生の頃から歴史が好きだったからだ。祖母が毎週見ていた大河ドラマを一緒に見始めたのがきっかけだった。そのまま中学時代で興味が醸成されていき、高校三年間の図書室通いでさらにのめり込んだ。
だから、きっと、歴史学のサークルなら自分でもやっていけるだろうと思った。
少なくとも、同じことが好きな人間の中なら、あの沈黙の三年間よりはずっと生きやすいはずだ。
——そうであって欲しかった。
各サークルの勧誘ブースの配置を、配布された資料でもう一度確認し、それから意を決して、喧騒の中に一歩足を踏み出した。
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