サークル戦記 〜そして「空気」だった青年は独裁者になった〜

高梨龍彦

文字の大きさ
2 / 14
第1章

第2話 登校初日

しおりを挟む
 ——————二〇〇七年、四月。

 障子窓から差し込む朝の柔らかい光で、浅い眠りから目を覚ました。

 昨日の入学式で感じた緊張の余韻が、まだ体のどこかに残っている。それに、登校初日の緊張と期待も加わって、昨晩から胸がざわざわと落ち着かない。

 ついに、待ち望んだ大学生活が始まるのだ。

 進学先は、東京郊外にある、私立大学の文学部史学科。第一志望は国立大学だったのだが、合格することができず、こちらに進学した。

 群馬の実家から離れての一人暮らしとなるため、大学から自転車で二十分ほどの場所に部屋を借りた。

 新居は、家賃五万円のアパートの一階で六畳の和室。風呂とトイレが別という条件だけはどうしても譲れず、少し通学に時間のかかる場所になってしまった。

 ふりかけとご飯だけで簡単な朝食を済ませたあと、シャワーを浴びて、大学へと出発。大学のある丘までは平坦な道が続き、爽やかな風と新しい町の雰囲気を感じながら自転車を漕いだ。

 丘を登るためのきつい坂は、自転車を押して進み、校門脇にある広い駐輪場へ自転車を停めた。駐輪場から大学のキャンパスへは、さらに上り坂になっていて、僕と同じくキョロキョロと周りを見ながら歩く新入生の流れができていた。

 今日の日程は、新入生へのオリエンテーション。まずはパンフレットと学内の掲示を頼りに、本館の建物を目指した。正門から続く坂の上は少し開けた敷地になっていて、そのすぐ正面に本館の建物はあった。

 入口の大きな柱の間を通って建物の中に入り、広く天井の高い本館のロビーを通り抜け、三階にある大きな階段状の教室に入った。

 職員に案内されるまま、自分の学籍番号が書かれた席に座り、資料に目を通しながらオリエンテーションの始まりを待つ。

 周囲の学生たちは、すでに小声で雑談をしている学生もいるが、まだ大半の学生が緊張した面持ちで一人ずつ座っている。この機会に、近くに座った学生に声をかけてみようかとも思ったが、拒絶される恐怖がよみがえり何もできなかった。

 一時間ほどでオリエンテーションは終わり、三十人ずつ十ヶ所の教室に分かれて、移動することになった。

 職員に連れて来られた教室で十分ほど待たされたあと、クラスを担当する講師の先生が入ってきてホームルームの説明が行われた。

 先生の話によれば、このクラスは外国語授業で一緒なだけらしい。それ以外は専攻や希望によって授業が分かれるため、ホームルームではあるが、高校までのクラス分けとは全く違うもののようだった。

 説明はそれほど時間がかからずに終わり、今日はこれで解散となった。

 他の学生たちが、軽い会話を交わしながら、パラパラと教室を立ち去っていく。僕もそそくさと教室から抜け出し、建物の外へ向かった。三月と変わらないまま、とても僕らしい一日が静かに過ぎていこうとしていた。

 なんだかとても嫌な感じがする。

 教室の隅で息を潜めていた日々が、形を変えてまた始まろうとしているような気がして胸が締め付けられるようだった。

 不安な気持ちのまま外に出ると、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。その声は、とても楽しげで、怖かった。まるで、僕がその輪に入れなかった高校時代の放課後を、再び見せつけられるようだった。

 だからこそ、僕はその方向へ足を向けた。そこに向かわなければならない理由があったからだ。

 様子を見ながら、ゆっくりと喧騒へ向かって進んで行く。そこでは、案の定、サークルの勧誘合戦が繰り広げられていた。

 大学生活にあたって、サークルには入るつもりでいた。

 高校の三年間で味わった感覚は、環境が変わったからといってすぐに消えるわけではない。おそらく一生消えることはないのだろう。タールのように、僕の心にこびり付き続ける。

 だから、サークルの狭い輪の中で、同じような嗜好の人間の中に紛れ込みたかった。その方が、拒絶される可能性も少なくなると思ったから。

 入学前に郵送されてきた、大学の説明資料の中には、会員を募集しているサークルの一覧も同封されていた。

 一通り目を通し、二つのサークルに目星をつけていた。

 一つ目は、考古学をメインとして活動している考古学研究会。もう一つは分野を問わず歴史学全般を扱う史究会だ。

 史跡散策同好会というサークルもあったが、そちらは雰囲気が合わないような気がした。

 僕が進学先に史学科を選んだのは、小学生の頃から歴史が好きだったからだ。祖母が毎週見ていた大河ドラマを一緒に見始めたのがきっかけだった。そのまま中学時代で興味が醸成されていき、高校三年間の図書室通いでさらにのめり込んだ。

 だから、きっと、歴史学のサークルなら自分でもやっていけるだろうと思った。

 少なくとも、同じことが好きな人間の中なら、あの沈黙の三年間よりはずっと生きやすいはずだ。

 ——そうであって欲しかった。

 各サークルの勧誘ブースの配置を、配布された資料でもう一度確認し、それから意を決して、喧騒の中に一歩足を踏み出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...