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第1章
第3話 二つのサークル
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勧誘ブースは、大学の建物群から、裏門のバス停まで広がる、芝生の広場の通路沿いに設営されていた。
一つ一つのブースは小さく、高校の教室で使っていたものと同じような机が無数に並べられている。
一番広く学生の通行も多い場所には、ラグビー部、柔道部といった体育会系の団体や、テニスサークル等の活発なサークルが陣取っている。彼らが大声を出して、無差別にチラシを配布しているのが騒がしさの主な原因だ。
それらに用のない僕は、うつむいて小走りに進んだ。だが、結局、差し出されたチラシを断れず、両手にたくさんの紙切れを抱えている。
そして、この通路の途中から、横道にそれたところに目的のサークルのブースはあった。
まず、最初にたどり着いたのは、考古学研究会。脇道に追いやられた、様々な文化系団体の中では、一際、活気があるように見える。
「新入生?」
ブースに近づくとすぐに声をかけられた。
「……はい。そうです」
「チラシいっぱい持ってるね。俺たち、考古学研究会っていうサークルなんだけど、興味ない?」
「……興味、あります」
そう答えると、相手がパッと笑顔になり、ブースの机を案内してくれた。
「ほんとに? 嬉しいな。じゃあ、そこの机で説明するから、その椅子に座って。これがうちのチラシ」
差し出されたチラシを受け取りながら、言われるままに腰を下ろす。
「とりあえず、うちの活動内容について簡単に説明するね」
目の前の机には、過去の活動の写真や、遺跡の地図、研究発表の資料などが並べられていた。
「うちは、主に週に一回のミーティングと、月に一回ぐらいのフィールドワークが中心かな。あと、去年は夏に合宿に行ったりもしたよ」
説明してくれたのは、黒縁メガネに少しボサっとした髪の、どこか素朴な雰囲気の男子学生だ。その垢抜けない風貌に、緊張していた心が、少しずつ解けていくのを感じた。
「考古学って聞くと難しそうに思うかもしれないけど、歴史が好きなら楽しめると思うよ。どんな分野に興味があるの? 史学科の学生?」
質問されて、少し戸惑いながらそれぞれの質問に答える。
「あ……はい、史学科です。今は、東洋史に興味があって……春秋戦国時代とか三国志とか。あっ、でも、歴史は全般好きなので、考古学にも興味があります」
考古学専攻ではないのはまずかったかと思ったが、目の前の学生はにこやかに話を続けた。
「そっか、うちのサークルのメンバーは、ほとんど史学科だし専攻も色々だから安心して。あ、そうだ、ちょっと会長を紹介するね」
そう言って、彼は後ろを振り向いて手を振った。
「おーい、宍戸さーん!」
少し離れた場所で一人の学生が手を振り返した。その学生は小走りでこちらに近づいて、僕に軽く会釈をした。
「こちら、新入生で史学科のかた。考古学にも興味があるそうです。」
「はじめまして。三年の宍戸です。史学科なんですね。それなら、うちの活動もきっと楽しんでもらえると思いますよ」
宍戸と名乗ったその人物は、落ち着いた物腰で、姿勢もよく、どこか教師のような雰囲気を漂わせている。丁寧な口調で、こちらの目をしっかり見て話す彼は、威圧感こそなかったが、自然と背筋が伸びるような空気を持っていた。
僕はなんと返答するのが一番いいか、頭のなかで迷った挙げ句、「よろしくお願いします」と何の面白味もない返事をした。
「ちなみに、今の副会長は——」
と宍戸が言いかけたその時、
「副会長の刈谷です。よろしく」
不意に横から声が飛んできた。
声の主は、やや鋭い目つきをした男子学生だった。どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。笑ってはいたが、笑みの奥に何かを秘めているように感じられた。
「……よろしくお願いします」
彼の視線に一瞬、言葉が詰まる。
「史学科か……君、名前は?」
「えっ、あ、神原です」
名前を名乗ると、刈谷は「ふーん」とだけ言って、ほんの少し口元を緩めた。
「じゃあ、ぜひ活動の方にも来て。次の火曜日に六号館の六三〇一教室で最初のミーティングがあるから。そこで新歓の説明とかもする。」
まだ入会を決めたわけではなかったが、刈谷の有無を言わせぬ雰囲気に、つい「わかりました」と答えてしまった。
「うん。じゃあ、待ってるから。君はなかなかいいと思う」
と刈谷に声をかけられて、何を褒められたのかわからないまま、その場を後にした。
考古学研究会のブースを離れ、文系サークルの並ぶ通路を奥へ進み、史究会と思われるブースを見つけた。
考古学研究会や周りの団体と比べると、お世辞にも活気があるとは言えない。何も置かれていない机に、説明役と思われる学生が座り、文庫本を読んでいる。遠目に見る限りでは、積極的に新入生に声をかけての勧誘もしていないようだ。
独特な雰囲気に気圧されて、恐る恐るブースに近づいてみるが、先程の考古学研究会のときのように、あちらからは話しかけてくれない。
「あのー。こちら史究会のブースで合ってますか?」
勇気を振り絞って、本を読んでいる学生に声をかけた。
「うん、合ってるよ。君は……新入生かな? ようこそ、史究会へ」
その学生は手元の本から顔を上げ、右手の中指でメガネの端を押さえ、クイッと位置を直しながら僕の顔を覗き込んだ。
「ええ、少しお話を聞かせていただければと思って」
「もちろんさ。まあ、そこに掛けたまえよ」
先ほどメガネを直したままの手で指し示された椅子に座る。
「史究会はね、この大学の中でも伝統のあるサークルなんだ。昭和の頃から続いていて、知的好奇心を軸に活動している団体と言えばいいかな」
言葉の端々に、どこか気取ったような、それこそ、昭和の大学生を感じさせる話し方をする先輩だ。柔らかい物腰の中に、しっかりと自分の世界を持っている雰囲気がある。
「たとえば先日は、カエサルの『ガリア戦記』をみんなで読み合わせてね」
そう言って、彼は読んでいた文庫本を愛おしそうに撫でた。
「気付けば三時間が溶けていた……まるでローマの街道のように、一直線にね」
話の途中から活動内容のことを言っているのか、何の話をしているのか僕はよく分からなくなっていた。
ただ、その雰囲気には安心感もあった。正直に言えば、優しそうだが今ひとつ的を射ない返答の先輩を見て、自分はこの人ほどおかしくなっていないと思ったのかもしれない。
「まあ、とにかく、次の活動日程はここに書いてあるから。そのときに他のメンバーも紹介するよ」
「わかりました」と言って僕は、手渡されたチラシを受け取った。
全体的に掠れた印刷の中に、ボールペンで書かれた日付と三号館三一〇二教室の文字が浮いているように見える。おそらく毎年の使いまわしで、日付と教室だけ書き換えて使っているのだろう。
「それでは、次の会合に参加してくれるのを楽しみにしているよ」
僕は簡単に礼を言って、その場を離れた。
二つのサークルを見て、今のところ、どちらがいいのかは判断できない。
まずは、最初の活動に顔を出してから、どちらにするか決めよう。だが、確実に一歩踏み出すことはできた。それだけで十分だった。
駐輪場から自転車を出し、朝はきつかった上り坂を、自転車に乗って一気に駆け下りる。僕の横を通り抜けていく風が、緊張で火照っていた体に心地よかった。
一つ一つのブースは小さく、高校の教室で使っていたものと同じような机が無数に並べられている。
一番広く学生の通行も多い場所には、ラグビー部、柔道部といった体育会系の団体や、テニスサークル等の活発なサークルが陣取っている。彼らが大声を出して、無差別にチラシを配布しているのが騒がしさの主な原因だ。
それらに用のない僕は、うつむいて小走りに進んだ。だが、結局、差し出されたチラシを断れず、両手にたくさんの紙切れを抱えている。
そして、この通路の途中から、横道にそれたところに目的のサークルのブースはあった。
まず、最初にたどり着いたのは、考古学研究会。脇道に追いやられた、様々な文化系団体の中では、一際、活気があるように見える。
「新入生?」
ブースに近づくとすぐに声をかけられた。
「……はい。そうです」
「チラシいっぱい持ってるね。俺たち、考古学研究会っていうサークルなんだけど、興味ない?」
「……興味、あります」
そう答えると、相手がパッと笑顔になり、ブースの机を案内してくれた。
「ほんとに? 嬉しいな。じゃあ、そこの机で説明するから、その椅子に座って。これがうちのチラシ」
差し出されたチラシを受け取りながら、言われるままに腰を下ろす。
「とりあえず、うちの活動内容について簡単に説明するね」
目の前の机には、過去の活動の写真や、遺跡の地図、研究発表の資料などが並べられていた。
「うちは、主に週に一回のミーティングと、月に一回ぐらいのフィールドワークが中心かな。あと、去年は夏に合宿に行ったりもしたよ」
説明してくれたのは、黒縁メガネに少しボサっとした髪の、どこか素朴な雰囲気の男子学生だ。その垢抜けない風貌に、緊張していた心が、少しずつ解けていくのを感じた。
「考古学って聞くと難しそうに思うかもしれないけど、歴史が好きなら楽しめると思うよ。どんな分野に興味があるの? 史学科の学生?」
質問されて、少し戸惑いながらそれぞれの質問に答える。
「あ……はい、史学科です。今は、東洋史に興味があって……春秋戦国時代とか三国志とか。あっ、でも、歴史は全般好きなので、考古学にも興味があります」
考古学専攻ではないのはまずかったかと思ったが、目の前の学生はにこやかに話を続けた。
「そっか、うちのサークルのメンバーは、ほとんど史学科だし専攻も色々だから安心して。あ、そうだ、ちょっと会長を紹介するね」
そう言って、彼は後ろを振り向いて手を振った。
「おーい、宍戸さーん!」
少し離れた場所で一人の学生が手を振り返した。その学生は小走りでこちらに近づいて、僕に軽く会釈をした。
「こちら、新入生で史学科のかた。考古学にも興味があるそうです。」
「はじめまして。三年の宍戸です。史学科なんですね。それなら、うちの活動もきっと楽しんでもらえると思いますよ」
宍戸と名乗ったその人物は、落ち着いた物腰で、姿勢もよく、どこか教師のような雰囲気を漂わせている。丁寧な口調で、こちらの目をしっかり見て話す彼は、威圧感こそなかったが、自然と背筋が伸びるような空気を持っていた。
僕はなんと返答するのが一番いいか、頭のなかで迷った挙げ句、「よろしくお願いします」と何の面白味もない返事をした。
「ちなみに、今の副会長は——」
と宍戸が言いかけたその時、
「副会長の刈谷です。よろしく」
不意に横から声が飛んできた。
声の主は、やや鋭い目つきをした男子学生だった。どこか近寄りがたい雰囲気を纏っている。笑ってはいたが、笑みの奥に何かを秘めているように感じられた。
「……よろしくお願いします」
彼の視線に一瞬、言葉が詰まる。
「史学科か……君、名前は?」
「えっ、あ、神原です」
名前を名乗ると、刈谷は「ふーん」とだけ言って、ほんの少し口元を緩めた。
「じゃあ、ぜひ活動の方にも来て。次の火曜日に六号館の六三〇一教室で最初のミーティングがあるから。そこで新歓の説明とかもする。」
まだ入会を決めたわけではなかったが、刈谷の有無を言わせぬ雰囲気に、つい「わかりました」と答えてしまった。
「うん。じゃあ、待ってるから。君はなかなかいいと思う」
と刈谷に声をかけられて、何を褒められたのかわからないまま、その場を後にした。
考古学研究会のブースを離れ、文系サークルの並ぶ通路を奥へ進み、史究会と思われるブースを見つけた。
考古学研究会や周りの団体と比べると、お世辞にも活気があるとは言えない。何も置かれていない机に、説明役と思われる学生が座り、文庫本を読んでいる。遠目に見る限りでは、積極的に新入生に声をかけての勧誘もしていないようだ。
独特な雰囲気に気圧されて、恐る恐るブースに近づいてみるが、先程の考古学研究会のときのように、あちらからは話しかけてくれない。
「あのー。こちら史究会のブースで合ってますか?」
勇気を振り絞って、本を読んでいる学生に声をかけた。
「うん、合ってるよ。君は……新入生かな? ようこそ、史究会へ」
その学生は手元の本から顔を上げ、右手の中指でメガネの端を押さえ、クイッと位置を直しながら僕の顔を覗き込んだ。
「ええ、少しお話を聞かせていただければと思って」
「もちろんさ。まあ、そこに掛けたまえよ」
先ほどメガネを直したままの手で指し示された椅子に座る。
「史究会はね、この大学の中でも伝統のあるサークルなんだ。昭和の頃から続いていて、知的好奇心を軸に活動している団体と言えばいいかな」
言葉の端々に、どこか気取ったような、それこそ、昭和の大学生を感じさせる話し方をする先輩だ。柔らかい物腰の中に、しっかりと自分の世界を持っている雰囲気がある。
「たとえば先日は、カエサルの『ガリア戦記』をみんなで読み合わせてね」
そう言って、彼は読んでいた文庫本を愛おしそうに撫でた。
「気付けば三時間が溶けていた……まるでローマの街道のように、一直線にね」
話の途中から活動内容のことを言っているのか、何の話をしているのか僕はよく分からなくなっていた。
ただ、その雰囲気には安心感もあった。正直に言えば、優しそうだが今ひとつ的を射ない返答の先輩を見て、自分はこの人ほどおかしくなっていないと思ったのかもしれない。
「まあ、とにかく、次の活動日程はここに書いてあるから。そのときに他のメンバーも紹介するよ」
「わかりました」と言って僕は、手渡されたチラシを受け取った。
全体的に掠れた印刷の中に、ボールペンで書かれた日付と三号館三一〇二教室の文字が浮いているように見える。おそらく毎年の使いまわしで、日付と教室だけ書き換えて使っているのだろう。
「それでは、次の会合に参加してくれるのを楽しみにしているよ」
僕は簡単に礼を言って、その場を離れた。
二つのサークルを見て、今のところ、どちらがいいのかは判断できない。
まずは、最初の活動に顔を出してから、どちらにするか決めよう。だが、確実に一歩踏み出すことはできた。それだけで十分だった。
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