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21話。弟は王女に怒られて土下座して謝罪する
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ルーシーは王女近衛騎士団(プリンセスガード)を従えて、凛と立っていた。
「ルーシー、ベオグラードに来ていたのか!?」
まさか、こんな辺境に王女であるルーシーがやってくるとは思わなかった。
ここはヴァリトラの勢力圏外、危険な魔物が跋扈する土地だ。
「はい、マイス様! お父様に勝手に婚約破棄させられましたが、わたくしは、今でもマイス様をお慕いしております。婚約者を追って来るのは当然のことですわ。マイス様のいらっしゃる場所こそ、わたくしの居場所です」
ルーシーは僕と目が合うと、喜びに満ちた笑みを浮かべる。
これほどまでにストレートな好意を寄せられて、思わずドキリとしてしまう。
この4年間、ティニーを人間に戻すために錬金術に没頭していて、ルーシーとの時間をあまり作っていなかった。
彼女とは幼馴染だったこともあり、あまり異性として意識してこなかったのだけど……
改めて見ると、ルーシーはとんでもない美少女なのだ。
「さきほど、ベオグラードの街を通ってきましたが、黒死病から解放された人々の喜びの声で溢れていました。この4年間、マイス様が黒死病について研究されてきた成果ですね! この偉業は、我がエルファシア王国に……いえ、世界中の人々に喜びと繁栄をもたらすでしょう。マイス様は、まさに人類の救世主です!」
「それは、大げさすぎるな。僕はただ、ティニーを救いたかっただけだ」
ティニーを人間に戻すことに成功しても、再び彼女が黒死病にかかってしまったら無意味だからだ。
すべての人を救いたいなどと、大それたことを考えていた訳ではない。
「うっ……兄様、うれしいです」
守護竜ヴァリトラが光の粒子となって砕け、小柄な少女──ティニーとなった。彼女はハンカチで目元を拭う。
「ルーシー王女。私をヴァリトラではなく、友と呼ぶのは久しぶりですね。話くらいは聞いてさしあげます」
「まさか……本当に姉貴なのか!?」
「なんと! ヴァリトラ様が美しい少女の姿に!?」
アルフレッドが目を白黒させ、プリンセスガードたちも驚愕していた。
「アルフレッド、あなたに姉などと呼ばれるいわれはありません。私の家族はマイス兄様ただひとりです」
不機嫌そうにティニーは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「あっ、いや、さ、ささっきのは、言葉の綾という奴でぇ!?」
「あなたがヴァリトラ教団にマイス兄様を襲わせたこと。その後も、暗殺者を送り込んだり、無法者に街を攻撃させたこと……決して許しません。例え100回殺しても私の気持ちは晴れることは無いと知りなさい」
「あわわわわっ……!」
ティニーに殺意の籠もった目を向けられて、アルフレッドは蛇に睨まれた蛙のように恐懼した。
「それで、ルーシー王女。この不始末、どうしてくれるのですか?」
「も、申し訳ありませんわ、ティニー。お父様たちの暴走を止められなかったのはわたくしの不徳の致すところです。無論、幾重にもお詫びした上で、マイス様の追放処分も、婚約破棄も撤回いたします! マイス様には、わたくしの夫として、エルファシアの国王となっていただきます」
「……話になりませんね。それでは、あなたが得をするだけではありませんか? そもそも、この世でもっとも偉大な兄様を夫にしたいなど、おこがましいにも程があります。兄様が王位を望まれるのであれば、私が力づくで簒奪すれば良いだけです」
「えっ……」
取り付く島もないティニーの態度に、ルーシーは言葉を失った。
ウィンザー公爵家とエルファシア王家は親戚関係であり、ティニーとルーシーは友人でもあった。ルーシーはドラゴンになったティニーの世話をずっとしてくれていた訳だし、これはちょっとヒドイ。
「ティニー、謝っているルーシーにその態度はないんじゃないか……?」
「兄様は、やさしすぎます。それは兄様の最大の美点ですが、邪(よこしま)な者たちを付け上がらせてしまいます。ここはビシッと言うべきです」
ティニーはゴミでも見るような視線をアルフレッドに投げる。
「そうかも知れないけれど……エルファシア王国とティニーが敵対することは、僕は望まない。ルーシーとは仲良くしてくれないかな?」
「マイス様、ありがとうございます!」
僕の助け舟にルーシーが感激したように声を震わせた。
「そもそもルーシーは何も悪くないだろう?」
「……兄様に謝りたいというなら、国王が自らここにやってきて土下座するべきです。それと、そこのゴミ、アルフレッドはもう顔も見たくないので、身分剥奪の上に国外追放処分にしてください。それができないなら、私は一切、譲歩しません」
ティニーは腕組をしてそっぽも向く。
「はぁ!? 姉貴、俺様に野垂れ死ねって言うのか!?」
「八つ裂きにされるよりは、マシだと思いますが?」
アルフレッドの抗議を、ティニーはにべもなく一蹴した。
こうなると、妹の説得は僕でも難しい。完全にヘソを曲げてしまったな。
「……わかりました。それではお父様にはベオグラードにやってきていただいて、マイス様に土下座してお詫びしていただきます。アルフレッド様は国外追放。ティニー、それでなんとか、許してください」
ティニーはしばらく考えていたが、やがて首を縦に振った。
「はぁ~。わかりました。それができたら、兄様に免じて許してあげても良いです。ただし、配下の魔物たちと引き離されてしまったので、彼らがいつ暴走するかは私にもわかりません。早くした方が良いですよ?」
「ルーシー、僕からもお願いなんだけど……ティニーを戦争に利用することは、金輪際やめてもらえないか? 僕はティニーを兵器にしたくはないんだ」
他国の軍隊を撃退するために、ティニーはかなりの傷を負っていた。もうコレ以上、そんな思いを妹にさせる訳にはいかない。
これはもっと早く国王陛下に伝えるべきだったと思う。
「……マイス様、わ、わかりましたわ。マイス様の婚約者として、このルーシー・エルファシア。なんとしても、お父様を説得してみせます!」
ルーシーは絶句していたが、やがて意を決して宣言した。
ティニーに軍事的に依存し、侵略戦争を繰り返すようになったこの国が、それを変えるのは容易ではないだろう。だけど、変わっていってもらわなければならない。
きっと、その方がみんなのためになる。
「ありがとうルーシー、よろしく頼むよ」
「待って。待ってくれ、兄貴、ルーシー王女! いくらなんでも国外追放はねぇだろ!? 俺様は偉大なるパラケルススの末裔なんだぞ!」
すっかりの血の気の引いたアルフレッドが、懇願してきた。
「アルフレッド様、王国政府の名を勝手に騙り、国内で乱を起こしたこと。本来なら国家反逆罪で死刑となるところです。国外追放がお嫌なら、死刑といたしますが、よろしいのですか?」
「へっ……国家反逆罪?」
ルーシーは優雅な笑みを浮かべて告げたが、目がまったく笑っていなかった。
「い、いや、それはねぇだろう!? なんで俺様が死刑なんぞに! 俺様はヴァリトラ教団を作って、ずっと王国に貢献……!」
「それは私利私欲のためですよね? まずは、これまでのことマイス様に土下座して謝罪なさってください。今、ここでそれをしなければ、わたくしの権限をフルに活用し、いかなる手段を用いても国外追放の上で死刑といたします」
有無を言わせぬ迫力だった。
どうやらルーシーも、アルフレッドに対してかなり腹を立てているようだ。
「はわわわわっ……!」
「アルフレッド。どうやらまだ自分の立場がわかっていないようですね。今から5秒以内に土下座しなければ、私が死に勝る苦痛を与えますよ」
さらにティニーにまで追い打ちをかけられて、アルフレッドは慌てて額を地面に擦り付けた。
「兄貴、お、おおおお俺様が、悪かったぁあああああッ!」
「心がこもっていないので、やり直しです」
「ひぎゃあぁああああッ!」
ティニーにジト目で言われて、アルフレッドは屈辱に絶叫する。
「お、お俺様が、悪かったです!」
「なんですか、俺様というのは? エラソーなので、やり直しです。『俺ごとき小物風情が、神にも勝る偉大なるマイス兄様に牙を剥いたこと、お許しください』と言って、土下座しなさい」
「ひぎゃあぁああああッ!」
その後、アルフレッドはティニーに何度も土下座させられた。
「ルーシー、ベオグラードに来ていたのか!?」
まさか、こんな辺境に王女であるルーシーがやってくるとは思わなかった。
ここはヴァリトラの勢力圏外、危険な魔物が跋扈する土地だ。
「はい、マイス様! お父様に勝手に婚約破棄させられましたが、わたくしは、今でもマイス様をお慕いしております。婚約者を追って来るのは当然のことですわ。マイス様のいらっしゃる場所こそ、わたくしの居場所です」
ルーシーは僕と目が合うと、喜びに満ちた笑みを浮かべる。
これほどまでにストレートな好意を寄せられて、思わずドキリとしてしまう。
この4年間、ティニーを人間に戻すために錬金術に没頭していて、ルーシーとの時間をあまり作っていなかった。
彼女とは幼馴染だったこともあり、あまり異性として意識してこなかったのだけど……
改めて見ると、ルーシーはとんでもない美少女なのだ。
「さきほど、ベオグラードの街を通ってきましたが、黒死病から解放された人々の喜びの声で溢れていました。この4年間、マイス様が黒死病について研究されてきた成果ですね! この偉業は、我がエルファシア王国に……いえ、世界中の人々に喜びと繁栄をもたらすでしょう。マイス様は、まさに人類の救世主です!」
「それは、大げさすぎるな。僕はただ、ティニーを救いたかっただけだ」
ティニーを人間に戻すことに成功しても、再び彼女が黒死病にかかってしまったら無意味だからだ。
すべての人を救いたいなどと、大それたことを考えていた訳ではない。
「うっ……兄様、うれしいです」
守護竜ヴァリトラが光の粒子となって砕け、小柄な少女──ティニーとなった。彼女はハンカチで目元を拭う。
「ルーシー王女。私をヴァリトラではなく、友と呼ぶのは久しぶりですね。話くらいは聞いてさしあげます」
「まさか……本当に姉貴なのか!?」
「なんと! ヴァリトラ様が美しい少女の姿に!?」
アルフレッドが目を白黒させ、プリンセスガードたちも驚愕していた。
「アルフレッド、あなたに姉などと呼ばれるいわれはありません。私の家族はマイス兄様ただひとりです」
不機嫌そうにティニーは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「あっ、いや、さ、ささっきのは、言葉の綾という奴でぇ!?」
「あなたがヴァリトラ教団にマイス兄様を襲わせたこと。その後も、暗殺者を送り込んだり、無法者に街を攻撃させたこと……決して許しません。例え100回殺しても私の気持ちは晴れることは無いと知りなさい」
「あわわわわっ……!」
ティニーに殺意の籠もった目を向けられて、アルフレッドは蛇に睨まれた蛙のように恐懼した。
「それで、ルーシー王女。この不始末、どうしてくれるのですか?」
「も、申し訳ありませんわ、ティニー。お父様たちの暴走を止められなかったのはわたくしの不徳の致すところです。無論、幾重にもお詫びした上で、マイス様の追放処分も、婚約破棄も撤回いたします! マイス様には、わたくしの夫として、エルファシアの国王となっていただきます」
「……話になりませんね。それでは、あなたが得をするだけではありませんか? そもそも、この世でもっとも偉大な兄様を夫にしたいなど、おこがましいにも程があります。兄様が王位を望まれるのであれば、私が力づくで簒奪すれば良いだけです」
「えっ……」
取り付く島もないティニーの態度に、ルーシーは言葉を失った。
ウィンザー公爵家とエルファシア王家は親戚関係であり、ティニーとルーシーは友人でもあった。ルーシーはドラゴンになったティニーの世話をずっとしてくれていた訳だし、これはちょっとヒドイ。
「ティニー、謝っているルーシーにその態度はないんじゃないか……?」
「兄様は、やさしすぎます。それは兄様の最大の美点ですが、邪(よこしま)な者たちを付け上がらせてしまいます。ここはビシッと言うべきです」
ティニーはゴミでも見るような視線をアルフレッドに投げる。
「そうかも知れないけれど……エルファシア王国とティニーが敵対することは、僕は望まない。ルーシーとは仲良くしてくれないかな?」
「マイス様、ありがとうございます!」
僕の助け舟にルーシーが感激したように声を震わせた。
「そもそもルーシーは何も悪くないだろう?」
「……兄様に謝りたいというなら、国王が自らここにやってきて土下座するべきです。それと、そこのゴミ、アルフレッドはもう顔も見たくないので、身分剥奪の上に国外追放処分にしてください。それができないなら、私は一切、譲歩しません」
ティニーは腕組をしてそっぽも向く。
「はぁ!? 姉貴、俺様に野垂れ死ねって言うのか!?」
「八つ裂きにされるよりは、マシだと思いますが?」
アルフレッドの抗議を、ティニーはにべもなく一蹴した。
こうなると、妹の説得は僕でも難しい。完全にヘソを曲げてしまったな。
「……わかりました。それではお父様にはベオグラードにやってきていただいて、マイス様に土下座してお詫びしていただきます。アルフレッド様は国外追放。ティニー、それでなんとか、許してください」
ティニーはしばらく考えていたが、やがて首を縦に振った。
「はぁ~。わかりました。それができたら、兄様に免じて許してあげても良いです。ただし、配下の魔物たちと引き離されてしまったので、彼らがいつ暴走するかは私にもわかりません。早くした方が良いですよ?」
「ルーシー、僕からもお願いなんだけど……ティニーを戦争に利用することは、金輪際やめてもらえないか? 僕はティニーを兵器にしたくはないんだ」
他国の軍隊を撃退するために、ティニーはかなりの傷を負っていた。もうコレ以上、そんな思いを妹にさせる訳にはいかない。
これはもっと早く国王陛下に伝えるべきだったと思う。
「……マイス様、わ、わかりましたわ。マイス様の婚約者として、このルーシー・エルファシア。なんとしても、お父様を説得してみせます!」
ルーシーは絶句していたが、やがて意を決して宣言した。
ティニーに軍事的に依存し、侵略戦争を繰り返すようになったこの国が、それを変えるのは容易ではないだろう。だけど、変わっていってもらわなければならない。
きっと、その方がみんなのためになる。
「ありがとうルーシー、よろしく頼むよ」
「待って。待ってくれ、兄貴、ルーシー王女! いくらなんでも国外追放はねぇだろ!? 俺様は偉大なるパラケルススの末裔なんだぞ!」
すっかりの血の気の引いたアルフレッドが、懇願してきた。
「アルフレッド様、王国政府の名を勝手に騙り、国内で乱を起こしたこと。本来なら国家反逆罪で死刑となるところです。国外追放がお嫌なら、死刑といたしますが、よろしいのですか?」
「へっ……国家反逆罪?」
ルーシーは優雅な笑みを浮かべて告げたが、目がまったく笑っていなかった。
「い、いや、それはねぇだろう!? なんで俺様が死刑なんぞに! 俺様はヴァリトラ教団を作って、ずっと王国に貢献……!」
「それは私利私欲のためですよね? まずは、これまでのことマイス様に土下座して謝罪なさってください。今、ここでそれをしなければ、わたくしの権限をフルに活用し、いかなる手段を用いても国外追放の上で死刑といたします」
有無を言わせぬ迫力だった。
どうやらルーシーも、アルフレッドに対してかなり腹を立てているようだ。
「はわわわわっ……!」
「アルフレッド。どうやらまだ自分の立場がわかっていないようですね。今から5秒以内に土下座しなければ、私が死に勝る苦痛を与えますよ」
さらにティニーにまで追い打ちをかけられて、アルフレッドは慌てて額を地面に擦り付けた。
「兄貴、お、おおおお俺様が、悪かったぁあああああッ!」
「心がこもっていないので、やり直しです」
「ひぎゃあぁああああッ!」
ティニーにジト目で言われて、アルフレッドは屈辱に絶叫する。
「お、お俺様が、悪かったです!」
「なんですか、俺様というのは? エラソーなので、やり直しです。『俺ごとき小物風情が、神にも勝る偉大なるマイス兄様に牙を剥いたこと、お許しください』と言って、土下座しなさい」
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