【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ

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第九話 治療

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 理玖さんに腕を掴まれたまま駐車場まで連れてこられた。
 促されるまま助手席に乗る。
 掴まれたところが若干痛い気がする。

「僕は帰ったらすぐにでも対処すべきだと思っている」
「理玖さんがそう思うのなら俺はそれに従う」
「そうは言うけど、渚への負担は大きいでしょ?」

 命令を受けること。命令に従えたら褒めてもらうこと。
 この一連の行動の繰り返しを俗にPlayというが、PlayはSub側の負担が大きいと言われている。
 動く量が多いのはもちろん、ある程度の緊張状態になるので精神的負担もある。

 だが、渚は今更そんなことを気にしなければならないほどPlay初心者ではない。

「俺は平気。血が出るようなことは好まないけど、基本的に何でもできる」
「渚がそう言うのはなんとなくわかってたけど、それでもやっぱり心配なんだ。だから先に宣告しておこうと思って。僕は帰って、着替えたらすぐPlayする」
「わかった」
「……心配だな。まあとりあえず帰ろう」

 理玖さんの運転で、またあの馬鹿高いマンションに戻ってきた。
 ここの豪華さはたとえ何度見ようとも慣れないだろう。

「今の時点で体調悪かったりしない?」
「なんともない」

 車酔いするような体質ではないし、理玖さんの運転はあんな格好をしているときでも丁寧なので酔いようがない。
 中華風の服は本当にキャラ付けだ。

「じゃあ、ちょっと僕の部屋へ行こっか」
「ああ」

 理玖さんは渚をエスコートして歩くが、どこかぎこちない。
 冷えた手足から緊張が伝わってくる。

 ──危なそうなのは理玖さんの方じゃないか。

 そう言いたくはなるが、理玖さんは否定するだろうからやめた。

「僕はちょっと向こうで着替えてくるから、心の準備してな」

 寝室を兼ねた理玖さんの部屋はかなり広い。一人でいるせいでより一層広く感じる。
 リビング同様にものが少ないせいで物寂しさまである。

 手持ち無沙汰となり、寝台に腰掛けたまま部屋を見回すと渚の服が視界に映った。
 昨日来ていたボロボロの服だ。
 理玖さんによって丁寧に畳まれている。
 その服の中には渚の首に巻かれていた赤い紐が入っている。

 立ち上がり紐を取り出す。
 輪となっていた部分は千切れているが、無事な部分だけでかなりの長さがある。
 サイドテーブルの方を見れば筆記具と共にハサミが立てられている。

「理玖さんへのお返し、になるといいな」

 渚はいそいそと準備を始める。
 まず、ハサミを手に取り紐から結び目のある部分を切り取った。
 これでただの長い紐になった。

 渚は再び寝台の上へ上がると紐を半分に折って置き、その上に正座して座った。
 そうして足の両側から出ている紐を掴み、太ももの上でキツく結んだ。
 服の上からだが、縄がわずかばかりの脂肪に食い込み骨を締め付ける。
 少し痛いくらいに縛ってしまえばもう足を動かせない。
 紐を解かない限り、逃げられない。

「渚くん、入っていいかい?」
「どうぞ」

 ちょうど理玖さんが部屋へ戻ってきた。
 昼間と同じラフな格好。こちらの方が見ていて落ち着くのでありがたい。

「何をしてるの?」
「逃げないって意思表示」
「逃げないっていうか逃げられないじゃないの?」

 思ったより混乱された。喜ばれるかと思っていたから少し残念だ。
 理玖さんはおそるおそる近寄ってくると、寝台に腰を下ろした。
 ひとまず話を聞いてくれるようだ。

「俺なりの覚悟を示そうと思って」
「というと?」
「今日いろんなもの買ってもらったから何かできないか俺なりに考えてみた。それで思いついたのがこれ」
「渚は突拍子もないことを考えるね」

 理玖さんは頭を抱えている。
 だが渚には変なことをしているという自覚がないので気にしない。

「正直に言うとまだ理玖さんのことを信頼はできない。会ったばかりだしどう考えても怪しい人だし……Domだし」
「まあ妥当だね」
「すぐに信頼することはできないし、するつもりもないけど実験くらいはできる」

 一度言葉を切り、腕を使って理玖さんの方へ向き直る。

「こうしてたら、理玖さんは俺のことを好きなようにできる。生殺与奪の権は貴方の元にある。それでも殺されなければ、ちょっとは信頼できるかもしれない」
「無茶するね」
「この程度なんともない。大抵のことは平気。それより──」

 理玖さんの手を掴み、そのまま後ろに倒れる。
 前ももが伸びて引き攣るのも気にせず低反発の寝台へ倒れ込めば体勢を崩した理玖さんの顔がすぐそばにきた。
 身体を片手で支えて渚の元へ倒れ込むことこそ防いでいるが、息が掛かるほど近い。

「俺のこと、好きに扱いなよ。めちゃくちゃにして良いからさ」

 理玖さんの頬に手を当て、じっと目を見つめる。
 半年かけて教え込まれた蠱惑的に見える表情を作って理玖さんに誘いをかける。

 これが今の渚が提供できる唯一のものだ。
 しっかりと受け取って、そのお綺麗な顔の下に隠してる欲望の捌け口にすればいい。
 酷くても良い。いや、むしろ酷いくらいで良い。
 アザが残るほど苦しめられたら沢山なものを貰ってしまった罪悪感にも耐えられる気がする。

「ほら、はやく」

 片手を下ろして服の裾を捲り上げる。
 ゆっくりと時間を使って、やわらかさのない骨ばった貧相な体でも魅せるよう意識する。

 臍が見え、もうすぐ肋骨が見えようかと言うところで手首を掴まれた。

「やめな」

 理玖さんはゆっくりと身体を起こすと胡座をかいて座る。
 渚もゆっくりと上半身を起こして理玖さんに向き合う。

「僕は渚との生活の対価にそういうことを求めるつもりはない。ただ側にいるだけで良いんだ」
「俺、ヒモじゃん」
「ヒモじゃない。ペット」

 渚にしてみればヒモもペットも同じようなものだと思うが、まあ理玖さんが違うというならいいか。

「それで、ヘタレな理玖さんはPlayをしないの?」
「ちょっと待って。ヘタレって……」
「据え膳食わぬは男の恥、だっけ。俺がこんなにして誘ったのに手出してこない理玖さんはヘタレだよ」

 縄に触れ、いつかのあの人が連れ込んだ女性のように上目遣いで挑発してみる。
 だが理玖さんにため息をつかれてしまった。

「僕だって正直渚に身を差し出されてグッときたよ。でも、それは渚を乱暴に扱う理由にはならない」
「紳士だ」
「そうだよ。僕は紳士で優しい飼い主だから今日はちゃんと君を助けるためにPlayをする。良いよね」

 頭を撫でながら言われて仕舞えば、流石に反抗する気も起きない。
 渚も大人しく頷いた。

「うん、良い子だね。じゃあ始めよう。そうだね、まずは足を縛っている紐《解いて》」

 せっかく縛ったのに、とも思うが命令には逆らえない。
 大人しく紐を解く。
 縛るものがなくなった足は星座のせいで痺れかけているので片膝を立てて座ることにした。

「そう、《ありがとうね》。じゃあ《左手を出して》」

 言われるがままに左手を出すと掴まれた。
 握っていた紐もしれっと奪われた。

 何をする気かと渚が身を固めると、理玖さんは苦笑いをしていた。

「痛いことはしないから。多分、足を縛るより良いこと」

 少なくとも首を絞め殺されることはないと判断し、されるがままにしておく。
 手首へ食い込まない程度に縄がくるくると巻かれ、結ばれた。
 首に巻かれていたとき以上に紐が余っている。

「渚は《良い子だね》。俺の手首にも《結んで》」

 理玖さんはほい、と自分の右手を差し出してくる。
 何をする気かはわからないが理玖さんの手首を傷つけることがないよう慎重に紐を結んだ。

「《ありがと》。これで、渚は僕から離れられないね」
「そうだけど、足縛ってるのと一緒じゃん」
「違うよ。渚の足を縛っても渚が動けなくなる。でもこうやってたら離れず二人で一緒に動ける。僕はこっちの方が好き」
「自由だ」
「好き勝手していいんでしょ?」


 理玖さんは、本当にずるい人だ。
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