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第5章

1話 精霊の小路

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 モーリンとの念話を終え、リトス達に事情を説明した私は、土の精霊王であるレフコなんとか(覚えづらい)様を探しに行くその前に、モーリンから更に詳しい話を聞く為、あと単純に一旦家に帰って寝たい欲求を叶えるべく、メリーディエを出発する事にした。
 つか、まずはエフィ、その次にコリンさんやクリフさん達に挨拶をしていかねば。
 急用ができたからって、なんも言わずにいなくなったりしたら心配かけるし、何より不義理だ。

 そんな訳で、陽が昇ってしばらくしてから病院へ向かうと、喜ばしい事に、エフィは取り立てて身体に問題がなかった為、すぐに病院から退院する事になった、と病院の看護婦さんから聞かされ、幾らか気分が上向いた。
 よかった。本当によかった。

 なお、エフィと一緒に攫われてたはずのシスターさんは、運び込まれた病院で軽い検査を受けてすぐ、カスタニア王国の王都にある教会本部の方からお迎えが来た、との事で、その日のうちにここを去っているそうだ。何とも忙しない。
 酷い目に遭わされたんだから、1日くらいエフィみたいに、病院でちゃんと休ませてあげればよかったのに。

 つか、応対に当たった看護婦さんが言うには、そのお迎えに来た司祭だか言う人も、兵士だけじゃなく数人の騎士や魔法使いまで護衛に伴っていて、なんだかちょっと物々しい感じだったらしい。
 もしかしたらあのシスターさん、教会関係者の偉いさんの娘だったりとかするのかもね。

 ともあれ、私達は病院のエントランスでエフィと、退院の手続きをしに来たコリンさん、エフィの様子を見に来たクリフさんとアニタさん夫妻に挨拶を述べ、メリーディエを後にした。
 ちなみに、ザルツ村で起きた事は話していない。
 隠し事をするようでちょっと心苦しいけど、事実を全て話した所でエフィ達にはどうしようもないし、その分余計に心配させてしまうだけだから。



 私達は来た時と同じように、小さな幌付き荷車に乗り込んで街道を行く。
 本当はもうちょい急ぎたい所なのだが、乗ってるのが田舎の農耕馬一頭立ての荷車なので無理。下手に足を速めさせると馬が潰れかねない。
 もしそうなったら困るのは私達の方だ。
 ゆえに、どうあがいても速度を出せないのである。
 つか、そもそもそんな事になったら馬が可哀想だし。

 幌で覆われた荷台の上、シエラやリトスと、もっと清々しい気分で帰りたかったよね、なんて愚痴を言い合っていると、突然御者台の方から、馬のいななきとシエルの「うわああっ!?」という悲鳴じみた叫び声が聞こえ、荷車が急停止する。

「きゃあっ!? ちょ、なになにっ!?」

「えっ!? 何が起きたんだ!?」

「なにがあったの、シエル!」

 私達が口々に声を上げ、慌てて荷台から降りて御者台へ駆け付けると、なんと正面に、牛みたいなサイズになったウチのおキツネ様ことモーリンが、涼しい顔でお座りしてらっしゃいました。

『幾分遅い出立じゃったの、お主ら。待ちくたびれたわ』

「も、モーリン! なんでここにいるの!? つかその図体なに!?」

『なんでもなにもないわ。このままチンタラ荷馬車を操って進んでいては、村に戻るのが遅くなると思うて迎えに来てやったのじゃ』

 モーリンは、フフンと得意そうな顔で笑い、『慈悲深い妾を崇め奉るがよいぞ!』と胸を張る。

『まあそれ以外にも、アステールの忠言あったがゆえの出迎えでもあるのじゃがな』

「親父の忠言? そりゃどういうこった?」

「父さんが言い出したんなら、何か意味があるんでしょうけど……」

 怪訝な顔をするシエルとシエラ。

『それはほれ、あれじゃ。レカニス王国の兵が、村で狼藉を働きおった件について今朝説明したであろう? その兵士共が地理的に遠い王都ではなく、村よりほど近い国境へ向かったようだと、アステールが妾に知らせて来たのじゃ』

「――あ! そうか! 国境には関所以外にも、国境警備隊が詰めてる砦があるから……!」

 モーリンの話を聞いて、リトスが反射に近い勢いで声を上げた。

「そっか……。じゃあ、村の住人の私達が今あそこに向かうのは、あんまりいい事じゃないかもね。村を襲った馬鹿共とかち合う可能性もあるし、最悪の場合、素性が割れた途端、難癖付けられて拘束される可能性も……」

『うむ、アステールもそのような事を言うておったわ』

 顔をしかめながら言う私に、モーリンがうなづく。

『じゃが! この大地と緑の精霊たる妾がおれば、そのような心配は要らぬぞえ! 此度はお主らに、特別に『精霊の小路こみち』を通らせてやるからの!』

「えっ、いいの? 人間を通らせるのは骨が折れる、って、前に言ってたじゃない」

 私は思わずモーリンにそう問い返した。
 『精霊の小路』というのは、精霊を代表とする精神生命体のみが作れる、異空間の通路とその出入り口を指す総称で、いわゆるワープホールみたいなものの事。
 自分の力が及ぶ地であれば、どんなに遠く離れた場所もチョチョイと繋ぎ、秒で行き来できてしまうという、とても便利な代物だ。

 ただ、モーリンが言うには、精霊などの精神生命体でなく肉の器を持つ物質生命体は、その小路を作り出した精霊の許しと魔力による保護がなければ、通り抜けるどころか出入り口に触れる事さえできないらしいけど。

 私も昔1回だけ、『巫女としての知識と経験を蓄えさせる為』という名目で、精霊の小路を通らせてもらった事があるが、そん時にモーリンが使わせてくれた『精霊の小路』には、特に通路らしい通路なんてものはなく、白く光るまん丸い入り口に入って通り抜けると、もうそこは目的地でした、みたいな感じだった。
 私の感覚で言うなら、あれは『小路』というより『ど○でもドア』かな。

『確かにその通りじゃが、此度はそのような愚痴や弱音なぞ吐いている場合ではない。……妾の経験上、欲に駆られた人間というのは、何を仕出かすか分からぬ。
 事実、己が手中に目当てのものを収める事が叶わぬならば壊してしまえ、などと考える愚か者共を、妾は幾人も目にして来た』

 モーリンは固い声で話を続ける。
 でも確かに、モーリンの言い分も分かる気がするな。
 あのクソ王の事だ、トーマスさんが自分の命令に従わなかったと知ったら、腹いせに山に火を点けるくらいは平気でやりそうな気がするし。

『我が守り場であるザルツ山や村が、彼奴らの魔手によって損なわれるなぞ、到底納得も承服もできはせぬ。
 ゆえに妾も、できる事があるならばなんでもする。打てる手があるならば、その先にどのような労苦があろうと厭いはせぬ。つまりはそういう事じゃ』

「うん。分かった。じゃあ遠慮なく通らせてもらうわ。あと……例の精霊王様の事も、もっと詳しく教えてよね」

『無論じゃ。レフコクリソス様のお力添えなくば、流石の妾であっても、一滴の血も流さぬまま数多の兵を従える国主を打倒するなど、叶いはせぬゆえ』

「……。そういう事ならモーリンの巫女として、私も頑張らないといけないわね。――モーリンの手を汚させない為にも」

『――ふ、ふん。そうか。ならばその決意のまま、その名に恥じぬよう精々励むがよいぞ。妾の巫女としてな!』

 微妙に照れたような口調と声色で、ツン、と上を向きながら言うモーリン。
 やっぱコイツ、ツンデレ狐だわ。

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