無能勇者の黙示録~勝手に召喚されて勝手に追放されたので勝手に旅に出ます~

枯井戸

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第2章 丹梅国グルメ戦記・四象の蛇亀

第145話 沼地のヌシ その3

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 私は急いで起き上がると、紅月の視線の先を見た。

 私はてっきり、打ち上げられた魚のように、地面の上をのたうち回るものだとばかりおもっていた。
 しかしそれ・・は、地面から少し浮いたまま、ゆらりと漂っていた。
 水中と同じように滑らかに。
 そして、こちらを睨みつけていた。

 巨大。あまりにも巨大。
 陸上で見るそれ・・は、水中で見るものとは明らかに異なっているものだった。
 全身はびっしりと敷き詰められた甲冑のような、ぶ厚い板状の鱗で覆われており、一枚一枚が刃物のように尖って、硬質な光沢を放っていた。
 鱗の隙間からは、ぼんやりとした光が漏れており、その内には生物とは思えない光源があるようだった。

 龍を思わせる頭部からは、威厳を感じさせる長い髭が左右へ伸び、背面には、裂けた雷雲のような巨大な背ビレが立ち、胸には、うねる水流そのもののような立派な胸ビレがある。
 そして、なによりもその瞳には知性が宿っているように見えた。
 捕食者の本能を宿しながらも、人間が自分に何をしたのか理解している・・・・・・ような目。
 地上に引きずり上げられた屈辱を、苛立ちを、その瞳に滲ませている。
 どうやら、戦いはまだ終わっていないようだ。

「……二人とも、まだいけそう……?」

 私が二人に問いかけると――

「水中じゃないなら、妾はいけるぞ!」
「この苛立ちをぶつける相手を探していたところよ」

 戦闘意志は問題なし。
 私も、手こそ怪我をしているが、継戦は大丈夫そうだ。
 そうして、私たちが構えたところだった。

 〝ズガンッ!!〟

 耳をつんざくほどの、空間を切り裂くような破裂音。
 次の瞬間、それ・・は――その場で糸が切れたように倒れ込んだ。

「……はあ?」

 おもわず頓狂な声が口をついて出る。
 紅月がおそるおそる近づき、伸ばした足で、それ・・をつんつんとつつくが――

 紅月が首を横に振る。
 死んだのか、気絶したのか。
 いきなり地上に釣りあげられ、その気圧差でやられた……というふうには見えなかったが、一体、この一瞬で何が起きたのか。

『おうおう、こいつぁ……まさか本当に釣りあげちまうとはな……』

 背後から声が聞こえ、振り返る。
 そこには、棒のようなものを肩に担いだ呂さんが立っていた。

『も、もしかして、今の、呂さんが……?』

 私がそう尋ねると、呂さんは軽くアゴをしゃくって肯定した。

『でも、どうやって――』
『な、なぜです』

 私の声を遮るように、いつの間にか私の隣に立っていた紅月が声をあげる。

『貴方は手を出さないと言ったはず……ですが、なぜ……私たちだけで対処できないと……思われたのでしょうか……?』

 私としては、呂さんが対処してくれるならそれでべつに構わなかったのだが、どうやら紅月はそうは思っていなかったようだ。
 彼女は不満げに、しかしあくまで遠慮がちに呂さんに対して怒りを向けている。
 それに対し、呂さんはニヤリと大きく口の端を上げると――

『おう、言ったなあ。たしかに言った。この釣りの勝負、俺は手を出さねえと』
『で、では、なぜ……!』
『試練はあくまでも釣り・・まで……だ。おまえさんらは、コンを釣り上げた。なら、その時点で試練は終わり。俺が何をしようが関係ねえ。そうだろ?』
『そ――』

 屁理屈にしか聞こえない答えを聞いた紅月は、そのまま、何か衝撃を受けたように固まってしまった。

『……紅月?』
『そ、その視点はありませんでした……!』
『またそれかい』
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