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就職試験
元最強騎士とキャトルボルケイノ
しおりを挟む「──お願いします!」
オステリカ・オスタリカ・フランチェスカ店内。
月が夜空に浮かび、営業時間が終了した頃──
ガレイト・ヴィントナーズは、額をホールの床にこすりつけるようにして、平身低頭していた。
「む、ムリ、ですぅ~!」
悲痛な声を上げているのはブリギット。
ブリギットはガレイトからすこし遠いところ。
ホールと厨房の境目。
そこの壁に身を隠しながら、時折、ひょこっと半身だけ出していた。
「そ、そこをなんとか……!」
ガレイトが絞り出すような声で、ホールに頭を打ちつける。
「で、ですから、ムリですぅ……これ以上人を雇う事なんて、お金的にも……なにより、私の心的にも無理なんです~! ごめんなさ~い!」
すでに半べそをかいているブリギットに、ガレイトが続ける。
「賃金は払わなくて結構です!」
「ひぇっ」
「前職の蓄えはまだありますので!」
「ひぇ、……ひぇっ」
「それに、体も丈夫ですし!」
「……お金は要らない。前職でたっぷり稼いだ。体も丈夫……それってつまり、危ない人じゃないですか~!」
「い、いえ! そう言うのではなく……ほら! 重い物も持ち上げたり下ろしたり、また持ち上げたりできます!」
そう言って、店のテーブルを片手で軽々と持ち上げるガレイト。
「いやそれ、ただの筋トレじゃない?」
二人のやりとりを、つまらなさそうに見ていたモニカが静かにツッコんだ。
「いや、ほんと、雑に使っていただいて結構ですので、どうか俺をこの店で、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカで働かせてください!」
「ひぃえ~! モニモニぃ、この人、話聞いてくれないよぉ~!」
「え? べつにいいんじゃない?」
ブリギットに〝モニモニ〟と呼ばれたモニカが、自身の爪を見ながら言う。
「モニモニ!?」
「雇ってあげなよ」
「ンモニモニィ!? なんで裏切るの……?」
「裏切るも何も、ガレイトさんはただ働きでいいって言ってんだし」
「でもでも、〝タダ〟がむしろ、いちばん高くつくんじゃ……」
「……高いのがいちばん、高くつくんだよ」
「そ、そうだ、こうやって私たちを安心させて……あとで、このお店を乗っ取るつもりじゃ……」
「そ、そんなことはしませ──」
「いや、あんたの考えが一番怖いわ」
「モニモニ……」
「……てか、実際いてくれるだけで何かとメリットはあると思うよ。……威圧感とかすごいし、ひと睨みで、そこらへんの魔物くらい焼き殺せそうだし……」
「そ、そういう問題じゃないよぉ~……」
「そういうもこういうも、要はいろんな理由をつけてるけど、あんたが男の人が苦手だからイヤってだけなんでしょ?」
「そ、それは……そう……かもしれない、けど……」
「──わかりました!」
ガレイトが突然立ち上がり、ふたりに向けて口を開く。
「では、このガレイト・ヴィントナーズ! ブリギットさんのために、化粧をさせていただきます!」
「ふぇ?」
「は?」
ブリギットとモニカは目を点にして、口をぽかんと開ける。
「要は俺の見た目が、男でなければいいという事!」
「そうなの?」
「ダグザさんの……いえ、ブリギットさんの料理の神髄を教われるのであれば、女装するのもやぶさかではありません!」
「いやいや、やぶさかであろうよ」
「モニモニ、なんか言葉ヘンだよ……」
「……てか、ガレイトさんが女装しても、バケモノが出来るだけじゃない?」
「ば、バケ……!?」
「ちょ、ちょっとモニモニ……言い過ぎだよ……!」
歯に衣着せぬモニカの物言いに、ガレイトが固まる。
「いや、だってガレイトさん、さっきも言ったけど、目つき鋭くて怖いし」
「うっ!?」
「体も大きくて怖いし」
「ぐぅっ!?」
「声も大きくて、なんだか威嚇されてるみたいだし」
「がはぁっ!」
「たまにぶっ飛んだこともするし」
「……そ、それは……女装とは関係ない気が……」
「実際、あたしもガレイトさんに声をかけた時、ちょっと勇気が必要だったっていうか……、だからたぶん、化粧しても残念な結果にしかならないと思う。下手したら、また捕まるんじゃない?」
「くっ……!」
ガレイトが、その場に片膝をつく。
「かくなる上は、切除するもやむなし、という事か……!」
ガレイトはこぶしを床につけ、ぶるぶると震わせながら言った。
「いや、なんでそうなんの!? ……あと、どうせやるなら、きちんとした施設でやってね」
「モニモニ、そのアドバイスも違うと思う……」
ひととおり問答を終えたモニカは、ため息交じりに、カウンター席から降りた。
「……わかったから、ガレイトさんはちょっと待ってて。ブリと話してくる」
モニカはそう言うと、壁に張り付いていたブリギットをベリベリと引きはがす。
そしてふたりは、そのまま店の奥へと引っ込んでいった。
レストラン内、二階へと繋がる階段。
モニカはそこに座ると、ブリギットの手を握り、まっすぐに目を見つめた。
「……ねぇブリ、まじめな話なんだけど、本当にイヤなの? ガレイトさんを雇うの」
「う、ううん、イヤってわけじゃない……んだけど……」
モニカの真剣な問いに、ブリギットは目を伏せながら答える。
「じゃあ何がダメなのさ」
「ダメっていうか、いきなり過ぎるっていうか……」
「へ?」
「ま、まずは、その……お友達から始めたいかなって」
「なんの話してんの……?」
「で、でも、モニモニはずっと友達だし……」
「あー……」
納得したように相槌をうつモニカ。
「つまり、出会ってすぐの人とは一緒に働けないって?」
「は、働けないっていうか……なんていうか……」
「ああ、もう、じれったい!」
「ええ……!?」
「いい加減、思ってることをそのまま口に出してみたら? あんまりいじいじしてると、勝手に承諾しちゃうよ?」
「そんなぁ……」
「最近はいろいろと物騒だし、男手はあるに越したことはないんだから」
「うう……」
モニカに一喝されたブリギットは涙目になりながらも、ぽつぽつと呟き始めた。
「あの、ガレイトさんって、おじいちゃんと知り合いなんでしょ?」
「そう言ってたね」
「えと……、どんな関係だったんだっけ?」
「知らない。詳しくはね。……ただ、恩人って言ってたし、ガレイトさん自身も料理人って言ってたから、たぶん、オーナーが与えた料理ってすごかったんだと思うよ」
「うん。……でも、それって、おじいちゃんの料理が好きなだけで、私の料理なんてどうでもいいんだと思うの……」
「ん?」
「え?」
「いや? そんな事ないと思うよ?」
「そうなの?」
「うん、だって、ブリの料理が好きじゃなかったら、昨日のシチューもあんなに食べてないと思うし」
「ほ、ほんとだね。あのときは、いっぱい食べてくれて、嬉しかったなぁ……」
しみじみというブリギット。
「なら、いいじゃん」
「で、でも、シチューは割と得意料理だし、他の料理を食べて私に失望しないか、不安だし……」
「ははぁ……なるほど。つまりこういうことね。ブリは、オーナーに憧れて料理人になったガレイトさんに、もしかしたら、自分が失望されるかもしれないから、怖くて雇えないってことなんだね?」
「う……あえて言葉にすると、なんかイヤな理由……」
「イヤな理由とは思わないけど……でも、そういうことでしょ?」
「う、うん……そう、だね……でも、私、まだ人に教えられるほど偉くもすごくもないし……」
「そんなことは全然ないと思うけど……だって、ガレイトさんは実際、ブリの料理を食べて、オーナーと重ねたんだよ?」
「た、たまたまだよ……!」
「……ねえ、逆に訊くけど、たまたまオーナーと同じような料理って、作れるものなの?」
「そ、それは……無理、かも……」
「〝かも〟?」
「む、むり……です……」
「ね?」
「でも私、今はおじいちゃんが外出してるから、代わりに料理作ってるだけだもん。どうせ教えてもらうなら、おじいちゃんが帰ってきた後でもいいし……」
「でも、いつ帰ってくるかわからないじゃん」
「でもでも……!」
ブリギットは何かを言おうとしたが、途端に俯いてしまう。
「そもそも、私のせいで常連さんたちもみんな離れちゃったし……」
「あ……」
「そんな私が教えることなんて……」
二人の間に沈黙が流れる。
「──よし」
「え? なに?」
「わかった。ブリがそこまで言うなら、あたしはこれ以上何も言わない。どうしてもダメだってブリが言うなら、あたしもそれに従うさ」
「モニモニ……」
「だから、それを踏まえたうえでもう一度聞くよ? 本当に、ガレイトさんは雇わなくていいんだね?」
「……うん」
今度はしっかりとうなずく。
「ガレイトさんには悪いけど、やっぱり私なんかじゃ、おじいちゃんの代わりは務まらないよ……」
「ん、了解。あとはそれをどうやってガレイトさんに伝えるかだけど……」
「……どうしよう?」
「あの様子じゃ『あきらめてください』って言って、『はいそうですか』って帰ってくれないよね。……ガレイトさん、優しそうではあるんだけど、妙に頑固そうだし」
「うん、それに、おじいちゃんの知り合いだから、なるべく傷つかずに帰ってほしいし……」
「やれやれ、どうしたもんか……」
うーん。
ふたりが首を傾げてうなる。
「あ! そうだ! いい案を思いついたよ、ブリ!」
「いい案?」
「そう。ガレイトさんって料理人だけど、いわゆる冒険者寄りの料理人だよね」
「え? 冒険者寄り……?」
「そう。体格とかもがっしりしてるし、ブリみたいにお店で料理を作るっていうよりも、いろいろな所へ行って、色々な料理を作ってそうな感じ。もっとサバイバル的な……」
「あ、うん。わかる。ワイルドっていうか、やっぱり毎日牛乳とか飲んでるのかな? 私も飲んだほうがいいかな?」
「いや、それはちょっと違うけど……そう、まさに、その牛乳だよ」
「牛乳? 飲み比べでもするの?」
「おバカ!」
「ひゃっ」
「また昨日みたい大量に水飲んで失神したいの?」
「うぅ……思い出したら、またお腹がタプタプしてきたよ……」
「はぁ……飲み比べじゃなくて、ほら、いまグランティで問題になってるあれ。あの魔物……」
「魔物……?」
「いやいや、いろいろと邪魔になってるのがあるじゃん」
「あ、もしかして、火山牛?」
「そうそう。いろいろな所へ行ってるガレイトさんならさ、その魔物の危険性は少なからず知ってるわけじゃん」
「……も、もしかして、火山牛を倒して来いって言うんじゃ……?」
「ふふ、そういうこと」
「えええええ!? だ、ダメだよ! 火山牛って、すっごく危険な魔物なんだよ!? いくらガレイトさんでも倒せっこないよ!」
「しー……! 声が大きい……! 聞こえちゃうよ……!」
「ご、ごめん……でも、だめだよ、あぶないよ……!」
「ちがうちがう。そういう事じゃないってば」
「じゃ、じゃあ、どういうこと……?」
「火山牛を知っている料理人なら、まず手出ししようとは思わないでしょ?」
「う、うん……」
「たとえば……、ブリ」
「は、はい」
「いきなり、火山牛倒しに行けって言われたらどうする?」
「あ、泡吹いて、気絶する……かも……」
「……いや、情けないな」
「えぇ……でも、実際そうなるかも、って考えただけで──ヴォエッ!」
ブリギットは気持ち悪そうに手で口を覆う。
「いや、なに盛大に嘔吐いてんのさ」
「ご、ごめ……ウェッ、ウェッ、ウォッ」
涙目になるブリギット。
心配そうにブリギットの背中をさするモニカ。
「……まあ、ガレイトさんが気絶したり、嘔吐くことはないだろうけど、普通は諦めるよね」
「そ……そうかなぁ?」
「どんな人だって自分の命が一番だし、なによりこんな条件付き付けたら、『雇いません』って言ってるようなもんじゃん」
「……たしかに」
「だから、ガレイトさんもさすがに諦めてくれるよ」
「……そう、だよね」
「じゃあ、話がまとまったところでガレイトさんに伝えに行くよ」
「うん、わかっ……んプっ」
モニカはそため息交じりに立ち上がると、一足先にホールへと戻った。
──が、そこにはすでにガレイトの姿はない。
「あ、あれ、モニモニ……これ……?」
遅れてやって来たブリギットが指さす先──
そこには、一枚の紙きれが置かれていた。
モニカはおそるおそる紙を拾い上げると、書いてある内容を読み上げた。
「えーっと、『火山牛倒しに行ってきます。楽しみに待っていてください』ぃ?!」
「ええええええ!?」
「な、なんてこった。なんでさっきの話を……でも、聞かれてたなんて──あっ、もしかして、ブリが大声を出したときに……!」
「わわ、私のせい~!?」
「いや、誰のせいとかじゃなくて……えーっと……この場合どうすれば……ていうか、なんで本当に倒しに行くかな……もしかして、ガレイトさん、火山牛のこと知らないんじゃ……?」
「どどど、どうしよう、モニモニ! ガレイトさんが死んじゃうよ! 今すぐ助けに行かな……オエッ、助け……うぼッ」
「いやいや、あんたが行っても吐いちゃうだけだよ。……とはいえ、今からだと急いで追いかけても追いつけるかどうか……」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……」
「と、とりあえず、ギルドに行こう! 今の時間帯ならまだ間に合うと思う!」
「う、うん……!」
こうしてガレイトは街の外へ火山牛を倒しに。
ブリギットとモニカはギルドへと向かったのであった。
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