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就職試験
元最強騎士とハロワ
しおりを挟む火山牛。
普段群れで暮らしているような一般的な牛とは違い、基本的に単独、もしくは親子で生活を営んでいる牛型の魔物。水牛のような太く、先の尖った立派な角を持ち、その体躯は他の牛と同サイズで、一見すると他の牛とそれほど差異は無いように見受けられるが、この魔物の指定危険魔物と定められたる所以は、その気性の粗さと、異常なまでの攻撃性にある。
〝火山〟の名が指し示す通り、この魔物は激昂時、普段くすんだ紺色のような体毛が、一瞬のうちに、目にも鮮やかな紅色へと変色するのである。これは外敵に自身の存在を知らせるという色覚効果と、実際に魔物の肉が溶岩のように煮えたぎっている為である。
煮えたぎっているとは、つまり読んで字のごとく、まるで沸騰している水のようにボコボコと音を立てて、筋肉やその他臓器が脈動を繰り返している証であり、この状態の火山牛の体温は実際の溶岩と同じほど。それは触れたら大火傷では済まない温度であり、火山牛はこの状態で、外敵に対して体当たりを繰り出してくるのだ。さらにこの魔物を危険指定たらしめているのは、何が起因して激昂するかわからないその性格からである。
発情期だったから。
食事中だったから。
視界に入ったから。
なんとなく気に食わなかったから。……等々、例を挙げていくとキリがなく、郊外などでバッタリ火山牛と会おうものなら、たいていの冒険者は死を覚悟するほどの魔物。それが火山牛。
ただ、火山牛の肉は珍味とされており、とりわけ激昂状態で仕留められた火山牛の肉は、市場に出れば一瞬でなくなってしまうほどに人気のある食材でもある。
そんな魔物がグランティと他の街とを繋ぐ街道に一頭出没しており、現在、この火山牛のせいでグランティの物流がほぼストップしていた。
「──お邪魔します!!」
ギルド、波浪輪悪グランティ支所の扉が勢いよく開かれ、モニカが息を切らしながら、額に汗を滲ませながら現れた。モニカはギルドに入るなり、二日前、ガレイトの再就職の対応をした女性の前まで歩いて行った。ブリギットも、そんなモニカの後に続いた。
「……あら、モニカ、さんと……珍しいですね、ブリギットさん」
金髪の受付がモニカの顔を見ると、書類整理していた手を止め、二人に向き合った。ギルド内はすでに時間的にも遅めということもあり、冒険者の姿はなく、職員の姿しか見られなかった。
「大変申し訳ありませんが、ギルドの受付時間は終了しました。なにか依頼でしたら、また後日、改めて──」
「火山牛なの! モーセ!」
モーセ、と呼ばれたその受付の女性は、モニカの顔を忌々しそうに睨みつけると、気怠そうに口を開いた。
「……あのさモニカ、勤務中はあたしの名前を気軽に呼ばないでって言ったよね」
「だから、今はそういうことを言ってる場合じゃなくって……!」
「ごめん。ちょっと待った。火山牛? 今あんた、火山牛って言った?」
「だからそう言って──」
「いま、グランティの外にいる指定危険魔物よね? それがどうしたの?」
「だから、その魔物を討伐しに行った人がいるの! 急いで助けに向かって!」
「はあ!? 討伐しに行った!? 誰が!?」
「えーっと、ガレイト……つっても、名前はわかんないか。とにかく、体の大きい料理人志望の一般人!」
「いやいや、なんでそんな人が火山牛を……?」
「それは、こっちに色々と手違いがあって……って、今はそれよりも、早く応援をよこさなきゃ! 誰か手の空いている冒険者さんはいないの!?」
「うーん……悪いんだけど、いまグランティにいる冒険者はどれもこれも……ぶっちゃけ小粒で、火山牛の討伐に行ってくれそうな人は……というか、もっと正確に言うと、火山牛の討伐に行って、無事にその料理人志望さんを連れ戻してくれるような人は、ゼロね」
「ぜ、ぜろ……? そんな……」
「それでもあえて挙げるとするなら、えーっと……二日くらい前までこの近辺に、ガザボトリオって冒険者パーティがいて──」
「ガザボトリオ!? あの、最近ブイブイ言わせてるっていう?」
「そうそう。……でもあんた、ブイブイはないわよ」
「お願い! その人たちを呼んで! 間に合わなくなるうちに!」
「ん~……まあ、その人たちなら、たしかに火山牛も討伐できると思うけど、討伐対象も相まって、かなりの高額になってくるよ?」
「こ、高額……て、どのくらい?」
「一年間あんたのところで、死ぬほど飲み食いしてもまだ届かないくらいかな」
「う、うそ……! そんなの法外じゃん! もうちょっと安くならないの?」
「いやいや、値引き交渉する相手間違ってるから。あたしらが安くできるのはせいぜいが中間の差額分くらい。それに……」
「それに? まだなにかあるの?」
「依頼するのは別にいいんだけど、あの人たちかなり気まぐれだから、そもそも来てくれるかどうか……」
「そんな……」
「ま、すぐ呼ぶってこともできないし……どーせ指定危険魔物に挑むようなおバカさんなんだし、諦めたら?」
「あ、諦めるったって、あんたね……!」
「──あ、あのう! モーセさん!」
モニカの後ろで二人のやり取りを見ていたブリギットが、モーセに声をかけた。
「いま、この街にいる冒険者さん全員で、助けに行くということは出来ないんですか!?」
「えーっと、要するに、火山牛討伐隊をブリギットちゃん個人で編成するってことだよね?」
「は、はい……」
「出来る……には出来るけど、それだとかな~り高額になるよ? さっき提案したガザボトリオのさらに三倍くらい。それぞれの依頼料はもちろん、指定危険魔物討伐手当、傷病手当金、保険料等々を人数分……」
「は、はわわ……そんなに……ですか?」
「いや、ちょっと待ちなよモーセ。それって普通、ギルド持ちのはずだよね? なんでそこまでこっちが負担しなきゃならないのさ」
「たしかにモニカの言う通り、普段はギルドがこれを負担するんだけど、今回の相手はなんと言っても指定危険魔物。そこらへんの保証は、残念ながら適用されないの。ごめんね、モニカ。ブリギットちゃん」
「で、でも……ううん、じゃあ! 今、私がお金を払いま──むぐぐっ!」
ブリギットの口をモニカが急いで手で塞ぐ。
「おバカ! それを言ったら引っ込められないんだよ? もっときちんと考えてから発言しな!」
「ああ、それは大丈夫。ほら、あたし今ため口で話してるから、今のこれは正式な相談でも、窓口受付じゃなくて、ただの雑談みたいなものだから料金も発生しないの。だから、気軽に提案してもらっても構わないから」
「え、いいの?」
「いいのいいの。たぶん今、あたしの後ろで、ひげの上司が睨んでると思うけど、気にしないで」
そう言っているモーセの後ろでは、たしかにひげ面で眼鏡をかけた中年の男性が、彼女の事を睨んでいた。
「──とはいえ、あたし個人の意見だと、それには反対。まず現実的じゃない」
「でも、だとしても私は……!」
「……これは、ギルドの受付じゃなく、あなたたちの友人としてのお願い。あたしは、ブリギットちゃんが借金の返済に追われて、身売りとかさせられてる姿なんて見たくない。それに、ブリギットちゃんの料理が食べられないのはもっと嫌。だから、その依頼は受注しません」
「そ、そんな……でも、それじゃあ……」
「それに、その人も料理人なんでしょ? なら、少なくとも火山牛の名前くらいは知ってるはずだし、知らなきゃならない常識のはず。それでも挑もうとするのなら、それはもう自殺だよ。ブリギットちゃんやモニカが、大金払ってまで助けてあげる必要なんてないの」
「じゃ、じゃあガレイトさんを……、おじいちゃんのお友達を見捨てなきゃいけないの?」
「残念ながらね。何があったのかは知らないけど、時にはそういう残酷な選択を……」
モーセは突然口を閉ざすと、眉をひそめてカウンターに肘をついた。
「はあ?」
「〝はあ〟って、急にどうしたのよ、モーセ?」
「ちょ、ちょっと待って、いま誰さんって言ったの?」
モーセに言われ、ブリギットとモニカの二人は顔を見合わせる。
「誰さんって、ガレイトさんだけど……知ってるの? モーセ?」
「ガレイトさんって、あの身長の高い男の人? 数日前にこの街に来た?」
「え? あ、うん」
それを聞いたモーセは、力が抜けたように、椅子の背もたれに撓垂れかかった。
「あほらし。真剣に聞いて損した」
「え……ええええええ!? モーセさん、どうしてそんな酷いこと言うんですか……!」
「いやいや、酷いのはそっちでしょ。こっちはただでさえ色々と忙しいってのに……何? あんたら、ひやかしにでもきたの? そんなにこないだ割った皿の事、根に持ってるの? もう弁償したじゃん!」
「ひ、ひやかし? そんなわけないでしょ、あんたこそなに言ってんのよ!」
「ガレイトさんはいまは冒険者になる気は皆無。散々うちのギルドがあの手この手で勧誘してるのに、いまさら何を血迷ったか、魔物の討伐なんて──」
「──ああ、こちらでしたか、ブリギットさんにモニカさん!」
モーセの声を遮るようにして、ブリギットとモニカの背後──ギルドの扉が開き、そこから声が聞こえてくる。
二人が振り返ると、そこには二メートルほどの大きな、紅い牛を引きずっているガレイト姿があった。
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