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懐かしのヴィルヘルム

元最強騎士と海中の死闘

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 ごぼごぼごぼ……!

 上から射す日光が、海面に当たって、グネグネと屈折している海中。
 そんな、光によって熱せられ、ぬるくなっている海面よりも下──
 すこし暗く、ひんやり冷たい水深五メートル付近にて、ブリギットが口から息を吐きながら、じたばたと慌てふためいている。
 パニックに陥って平衡感覚を失っているのか、ブリギットの体は徐々に、沈んでいっていた。
 すでにその手から釣り竿は離れており、その竿を持っていったナニカ・・・も、その場から姿を消していた。
 ガレイトは両腕をまっすぐ、耳の横につけて水の抵抗を減らすと、バタバタと足を動かして、急ぎ、ブリギットの所まで泳いでいった。
 
 ガシッ。
 ブリギットに追いついたガレイトが、彼女の肩を掴む。
 しかし、未だパニック状態が続いていたブリギットはバシバシとガレイトの顔や胸を叩いた。
 それによってガレイトにダメージはないものの、これ以上続けると酸欠になってしまうと思ったのか、ガレイトはギュッとブリギットを抱き締め、体の自由を奪った。
 しばらくして、ようやく、ガレイトの存在に気付いたブリギットは、顔を真っ赤にしながら、今度はバシバシとガレイトの肩を叩いた。


「んー……! んー……!」


 何度も何度も、必死にガレイトの肩を叩くブリギット。
 しかし、ガレイトはブリギットに対し、静かにするようジェスチャーを送った。


「んー! んんんー!」


 ついにブリギットはにゅるりと、ガレイトの腕がすり抜けると、顔面に張り付き、力いっぱいガレイトの首を回そうとした。
 さすがに様子がおかしいと思ったのか、ガレイトが背後を振り返ようとするが──

 ザン!!
 ガレイトの頭の上。
ブリギットの頭上すれすれを、何かものすごい速さの物体が通り過ぎる。
 ガレイトは一旦その場で制止すると、改めて目を凝らしてそれ・・を見た。

 海中にユラユラと差し込む太陽光を受け、キラキラと輝く流線型の青い体。
 ひいらぎの葉のように、ギザギザとしていて厚みのある背びれ。
 そして、まるで三叉槍トライデントのように先が分かれているふん
 セブンスカジキである。
 カジキはしばらく直進した後、大きく弧を描くようにユーターンをすると、背びれを畳み、もう一度ガレイトたちめがけ、弾丸の如く突っ込んだ。
 その速度はさながら弾丸と同じで、カジキが通った後は、衝撃波のような環状の輪が出来ていた。
 ガレイトは顔に張り付いていたブリギットを引っぺがすと、そのまま上へ緊急避難させなげとばし、両手を伸ばし、前へ突き出してカジキの突進に備えた。

 ──ドンッ!!
 ガレイトは吻が顔面に刺さる直前で、なんとか掴んでみせたが──


「ん……ッ!?」


 水中ゆえ、踏ん張りが効かなかったのか、そのままカジキと一緒に、ものすごい速度で後退していった。

 ザバザバザバ──
 陸を走るときよりも速い速度で、水中を後退していくガレイト。
 そのあまりの水圧に、ガレイトの顔面がパグのように、皮がだるんだるんになってしまう。
 やがて先を航行していた船に追いつくと、ガレイトはなんとかして体勢を変え、船の後部へ足をついた。
 カジキと船に挟まれるような形になったガレイトは、上手く力が伝わらない水中で耐え続けたが、それでもカジキの推進力も衰えることはなく、さらに、それに押されるように船もどんどん加速していく。
 力を抜けば、串刺し。
 逃げれば、船体に穴が開く。
 さらに、思考すればするほど、体内の酸素も失われていく。
 その極限状態でガレイトが導き出した答えは──

 ぐぐぐぐぐ……!
 ガレイトは握っていた吻を順手と逆手に持ち替えると、それを根本から折ろうとした。
 しかし、セブンスカジキの吻の強度は、並みのカジキとは比べ物にならないほど強固で、鋼鉄並みの強度を誇るうえ、ここは水中。
 陸で入れる、その何倍も力を入れなければならないが──
 バキィッ!
 ガレイトはそれを難なく、根元から折ると、海底へ投げ捨て、セブンスカジキのエラに手を突っ込み、さきほどのブリギットと同じ要領で上後へと投げ飛ばした。


 ◇


 ざばぁん! ──ざぶぅん!
 海中よりガレイトに放り投げられたブリギットが、イルカの如き跳躍を見せ、綺麗な弧線を描き、ダイナミックに着水する。
 ブリギットは一旦、海上で乱れた息を整えると、思い切り息を吸い込んで、もういちど顔を水つけたが、そこにはすでにガレイトの姿はなかった。
 ブリギットは慌てて顔を上げると、辺りをキョロキョロと見回し、船が遠くにあるのを確認した。


「と……とりあえず、船に戻らなきゃ……」


 犬かきのような泳法で、のっそのっそと船へ向かうブリギットだったが、突然、船が急加速を始める。


「え? え? なんで……?」


 泳ぐことを止め、その場でぷかぷかと浮かぶブリギット。
 やがてバキッという音が水中に響くと、水柱を上げながら、吻を折られた巨大なセブンスカジキが空中へ投げ出された。
 カジキはブリギットと同じような弧線を描くと、そのまま船の上へドスン、と音を立てながら落ちた。
 船尾には、騒ぎを聞きつけて集まった乗員や、乗客が集まって来ている。


「な、なにがどうなって──」

「ブリギットさん」


 ざばぁ……!
 突然、ブリギットの近くから海坊主のような巨大なモノが現れる。


「ぴぎゃあああああああああああああ!! たべないでえええええええええ!!」


 ブリギットは絶叫し、助けを乞うと、そのまま目を回して気絶し、ぶくぶく……と海中へ沈んでいった。


「──おっと」


 水中に沈む寸前で、海坊主ガレイトがブリギットの体を支える。


「このやりとりもなかなか懐かしいな……」


 ガレイトは一抹の懐かしさを覚えると、気絶したブリギットを優しく抱えたまま、船まで泳いで戻った。
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