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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人とメモ帳
しおりを挟むティムの削り出した木や、工具が転がっている作業場。
「──あ、ガレイトさん!」
そこで、ガレイトたちの帰りを待っていたブリギットが声をあげる。
「マジで!?」
イルザードはそれを聞いた瞬間、一目散にガレイトの所まで走っていった。
腕を広げ、ガレイトに抱き着こうとするイルザード。
しかし、途中でガレイトの腕に阻まれる。
「止めろ。少年もいる」
「人がいないところならオーケーと!?」
「そういうことを話しているんじゃない」
「でも、よくぞご無事で……よかった……」
イルザードが安堵したように、息を吐く。
「ああ。それより、この少年のことだが──」
「ブジじゃないよ。ずっとうんこしてたんだ、このおじさん」
カミールが楽しそうに、ガレイトを指さしながら言う。
ガレイトは特に何も言わず、吸った息をそのまま地面へ吐き捨てた。
「おや、これはまた、随分と懐かれたようですね」
「まあな……」
「もう色々と、この少年から話は聴けたのですか?」
「いや、話は……」
ぽんぽんとカミールが、ガレイトの脚を叩く。
「ああ、そうだったな。……カミールだ」
「はい?」
「この少年の名だ。カミールというのだそうだ」
「へー、そうなんですね」
イルザードが興味なさそうに相槌をうつ。
「よ、よろしくね、カミールくん」
「お、おう……」
ブリギットがぎこちなく挨拶をすると、カミールもそれにつられたのか、照れながら挨拶を返した。
「ちなみに、カミールからは、話はあまり聞いていない。昨日の夜はすこしドタバタしていたからな」
「……何かあったのですか?」
「ルビィタイガーに襲われていたんだ。まさか、こんなところにまで生息しているとはな、驚いたよ」
「……驚いた人間は、あんな感じで撃退しないでござる」
ガレイトの後ろで、サキガケが小さくツッコむ。
「ほう、それはまた難儀な……」
「あ、それなら、まずは腹ごしらえでも……? ガレイトさんたち、昨日から何も食べてないんでしょ? お魚なら──」
ブリギットの発言を、ガレイトが制す。
「いえ、大丈夫です。俺たちは皆、昨晩狩ったルビィタイガーを食べたので」
「あれ? そうなんですか……?」
「しかし、誰が料理を? 消去法的には、やはりサキガケ殿が……?」
「あー……それはだな……」
言いよどむガレイトを変に思ったのか、サキガケが代わりに口を開く。
「いやいや、消去法も何も、もちろん、がれいと殿が料理をしていたのでござるよ」
「え?」
それを聞いたイルザードとブリギットは、二人して訊き返す。
「あ、あの、それじゃあ……サキガケさんとカミールくんは、ガレイトさんの作った料理を食べた……て、事でいいんだよね? それも、ルビィタイガーの……」
「ニン。そうでござるが……何か、問題でもあるのでござるか?」
「とぼけている……わけではないのか?」
イルザードが顎に手をやり、訝しむようにサキガケを見る。
「……あの、さっきからなんなのでござるか、この空気」
「あ、あの、サキガケさん、その……ガレイトさんの作った料理はどうでしたか?」
「料理……? 特段、変な感じはなかったでござ──」
「まずかった」
にしし、と楽しそうに笑いながら言うカミール。
「こ、こら、かみぃる殿。そんなことを言うと、がれいと殿がへこんでしまうでござるよ……」
「それだけ?」
「え?」
「まずかっただけだったの……?」
「そ、それだけだけど……」
「体に異変とかはない?」
「イヘン?」
「変なところは……気持ち悪くなったり、お腹が痛くなったり、熱っぽかったり……」
「ぶ、ブリギットさん……」
ガレイトが顔を手で覆いながら、情けない声をあげる。
「あっ、ご、ごめんなさい、ガレイトさん……」
「……あの、おふたりは一体、さっきから何を言いたいのでござる……?」
「いや、そういえば、サキガケ殿はガレイトさんの料理を知らなかったのか……」
「料理……? がれいと殿の料理が、何か……?」
「あ、あの、じつはね──」
ブリギットはガレイトに気を遣いつつ、ガレイトが今までどのようなものを作り、どのように失敗してきたかを伝えた。
「──こんなかんじ……かな」
「ま、まじでござる? でも、酸って……じゃあ、あの蛇の毒をかけて食べたのも、拙者たちを元気づけようとか、おちゃめな感じを演出するとか、そういうのじゃなく……本気で?」
「ふざけて毒を食べる人なんていないと思いますが──」
「真剣に毒食うとるほうがおかしいわ!」
サキガケのツッコミが響き、ガレイトがシュンと肩を落とす。
「……なるほど。だから、あんなに料理を作る前に躊躇っていたのでござるな」
「面目ない……いちおう、それなりに料理人はやっているのですが、知らない食材や調理法だとあまり上手くいかなくて……」
それを聞いたブリギットは「もしかして……」と、誰にも聞こえないくらいの、小さな声で呟く。
「それにしても、今になって冷汗が……」
そう言って、手の甲で額の汗を拭うサキガケ。
「……まったく。いつになったら、私はガレイトさんの料理を食べられるのでしょうか」
「まあ、あまり期待せずに待ってろ」
「それはあんまりですよ、ガレイトさ──」
「あ、あの、ガレイトさん……?」
「は、はい、なんでしょうか、ブリギットさん」
「いまって、その、手帳、持ってますか?」
「手帳……ですか? はい。持っていますが……」
「あの、すこし、見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです。……どうぞ」
ガレイトはどこからか手帳を取り出すと、それをブリギットに渡した。
ブリギットはそれを受け取ると、パラパラとページをめくっていく。
「そういえば、虎汁を作るときも、がれいと殿はそれを見ながら作っていたでござるな……。あれは一体なんなのでござる?」
「ああ、あれは、ただのメモ帳ですよ」
「めも……」
「はい。料理人を志してから、これまでに勉強した事、教えてもらった事、経験した事などを記してあります。あとできちんと見返せるように」
「はー……マメでござるな……なぜそんな人が、凶悪な料理を……」
「あっ」
ブリギットが突然声をあげると、手に持ったそのメモ帳──
〝ルビィタイガー〟と大きく記載されている見開きページを、全員に見えるように広げる。
「えっと、どういうことでしょうか、ブリギットさん……」
「たぶんだけど……あの、ガレイトさん、いままで料理の本や、レシピ集なんかを買ったことはありますか?」
「い、いえ……ですが、読んだことはあります。それがなにか……?」
「……その通りに作ったことは?」
「え?」
「料理本や、レシピ集を片手に料理を作ったことは?」
「あ、ありません。……頭の中に入ってるので……」
「やっぱり」
「やっぱり……?」
「ガレイトさんは、いままで自分の勘だけで、料理をしていたんです!」
「……いや、それはあかんやろ」
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