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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人、伝説と遭遇する
しおりを挟む「──生きている?」
その場にいた、ガレイト以外の全員が声をあげる。
「あの……ガレイトさん、入水時にどこか打ちました? 頭とか……頭とか」
ガレイトはイルザードの言葉に一瞬、眉をひそめる。
「……まあ、わかる。おまえがそんな反応になってしまうのも想定内だ。相変わらず、腹は立つが──それよりも、現状をどうにかするのが最優先……なのだが、どうすればいいものか」
「あの、がれいと殿が、珍しく慌てているのだけは伝わるのでござるが、いまいち拙者たちは状況が飲み込めぬというか……」
「そう……ですよね。俺自身も、そんなに現状を把握していなくて、とにかく、この島はまずいということだけ……」
ガレイトはそう言って、サキガケの顔を見る。
「あの、サキガケさん、ちょっと、よろしいでしょうか」
「ニン?」
「サキガケさんって泳げましたよね?」
「ニン。それなりに水練はやって来ているので、人並み以上には泳げるかと……」
「なら、とりあえず、これを見てもらえますか?」
ガレイトはそう言うと、ちょいちょいと、自身の足元──
海の下を指さした。
「ちょっとちょっと、ガレイトさん、いきなり下ネ──」
「いいからおまえも見ろ」
ガレイトはイルザードの頭を掴むと、そのまま海の中へと押し込む。
「ぶくぶくぶく……!」
海中へと沈められたイルザードは、不服そうに顔をしかめる。
しかし、ある一点。
ガレイトが指さしていた方向を見た途端、イルザードの顔は一変する。
島の下──
そこには巨大な、島の直径と同じほどの太さの何かが、島の下から、海深く、目視不可能な深さまで伸びていた。
それは赤く、ぬらぬらと光を反射しており、よく見てみると、その表面には鱗のようなものがあった。
そして時折り、まるで脈打つように、一定の間隔でピク、ピク、と蠢いている。
ザバァ。
イルザードが、海面へ顔を出す。
「……生きてる」
「え……」
三人が口を揃えて聞き返す。
「というか、なんか生えてる。島の下から……」
「島の下って……ど、どういうことでござるか……?」
「いや、私にもよくわからん。ただ、島の下に巨大ななにかがあって、それは時折動いているのだ。なんというか……そう、あれは海底から蛇のような……」
「へ、へび……?」
「……あの、俺の考えなのですが、サキガケさん、これはもしかして、密林にいた時にサキガケさんがおっしゃっていたモノなのでは……?」
「え?」
「ほら、サキガケさんが仕留めてらっしゃった、あの、蛇の成体……」
「ま、まじでござる?」
「蛇って……ど、どんなの?」
巨大な蛇に興味を持ったのか、カミールが身を乗り出そうとして──
ドン。
イカダの縁で、ガレイトたちの話を聞いていたサキガケにぶつかる。
「ちょ、あわわ……!」
サキガケは咄嗟にイカダの端を掴み、全身が海へ投げ出されることは防いだが──
ボチャン。
顔だけ海へ突っ込むような形になってしまった。
「ごぼごぼごぼごぼ……!!」
急にぶくぶくと気泡が上がり、ザバァッとサキガケが顔を上げる。
「赤大将でござる!」
顔面びしょ濡れのサキガケは、唾のように海水をまき散らしながら声をあげる。
「アカダイショウ……?」
ガレイト以外の全員が訊き返す。
「えっと、あ、そうでござった。がれいと殿以外は知らないでござったな……赤大将は蛇でござる。しかも、この大きさは間違いなく伝説級の……」
「では、サキガケさんが仰っていた、あの、島を吞み込むと呼ばれている……?」
「ニン。というか、そもそもが大きすぎて、意味が分からなくなっているでござるよ……」
「あ、あの……私とカミールくんがまだ、よくわかっていないんですけど……もしかして、この島、蛇なんですか?」
ブリギットが遠慮がちに質問する。
「あ……、申し訳ない。がれいと殿以外は、何のことやらさっぱりでござろう。……順を追って説明すると、がれいと殿といるざぁど殿が水中で見たモノ。これは、大きな蛇でござる」
「へ、蛇……? この島が?」
「そう、あれは蛇。赤大将と呼ばれる固有種なのでござるが……じつはこの蛇、成体になると、それこそ蟒蛇が如く成長するのでござる」
「蟒蛇……大蛇ですね。ですが、これはそんなものでは……」
「ニン。がれいと殿が仰っているとおり、これは異常も異常。でも、じつは……赤大将の中でも、極々稀に、際限なく体が大きくなる固体がいるのでござる」
「そ、それがもしかして……?」
ガレイトが口を開き、サキガケが小さくうなずく。
「おそらく。拙者も、そういった伝説があるとだけしか聞いていなかったので、俄かには信じられなかったのでござるが……これはまず間違いなく──島呑。赤大将の変異種でござる」
「し、しまのみ……」
ごくり。
その場にいた全員が生唾を呑み込む。
「……という事は、サキガケさん、あの島呑みは現在、この流され島を丸呑みにしようとしている……ということですか?」
ガレイトの問いに、サキガケが首を振る。
「島とは、すなわち陸のこと。噴火や地震などで隆起して、盛り上がった陸地のことを言うのでござる。しかし、この島の下には蛇の体のみで、陸地がない……こうなると、もはや笑うことしか出来ないでござるが……最初にがれいと殿が言っていた『島が生きている』という表現は正しいのでござろうな。だから、つまり──」
「この島の、木も、草も、砂浜も、島吞の一部である……と?」
ガレイトがそう言うと、サキガケは静かにうなずいた。
「……ですが、おかしいですよ」
ひとり考え込んでいたイルザードが声をあげる。
「何がだ」
「いや、だって……ならこの蛇、何をしているんですか? こんなところで? ただずっと海に浮かんでいるだけなんて、おかしくないですか?」
「おそらく──」
サキガケが深刻そうな顔で口を開く。
「獲物が集まるのを待っているのでござる」
「獲物……ですか?」
「……がれいと殿、この島に来てから、島吞の頭を見たでござるか?」
「いえ……」
「この島の下にあるのは胴体のみ。……いちおう拙者たちは、島をぐるりと回ったし、密林にも入った。けれど、頭のようなものはなかった……」
「もしかして、それはつまり、今現在……というより、島吞はずっと口を開けて待っていたということですか?」
「おそらく……」
「まさか……、そんな……」
「でも、そう考えると、この妙な潮流にも説明がつくでござる」
「潮流……ということは、我々が遭遇したあのルビィタイガーもやはり……?」
「ニン。外海からやってきたのでござろうな……」
「ど、どうしよう、ガレイトさん。それだと、ティムさんやイケメンさんたちが……」
「そうですね。多少の時間ロスにはなりますが、ここは一旦戻って、皆さんにこのことを報告したほうがいいのかも──」
「そ、それについては……、と、とりあえず心配いらないと思うでござるが……?」
「……なぜですか?」
「えっと……この島の、密林の成長具合や、漂着した者たちの年齢を見たでござろう?」
「このことから、おそらく、島吞の食事はそこまで頻度は高くないでござる」
「……そうですね」
「だから、いけめん殿も言っていたでござるし、そのうち島を出ていくでござ──」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
突如、海鳴りのような音が鳴り響く。
それから間もなく、海は荒れ、大きな波が立ち、三人が乗っているイカダが大きく揺れる。
「ぎゃあああああああああ!? な、なにが起こってんねん!?」
「が、ガレイトさん、これ……! これ……!」
イルザードが慌てた様子で、さきほどのガレイトのように海を指さす。
「貴様、こんなときにふざけている場合じゃ──」
「下ネタじゃありません! 下ですよ! し・た! 黒い影が……!」
「なに!?」
慌てて頭を下げ、自分の足元を確認するガレイト。
そこには、黒く、大きな影が外へと広がっていた。
「これはもしかして……サキガケさん、蛇が口を開いて──」
「あ、あかーん! うちら、食べられてまう!」
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