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懐かしのヴィルヘルム

見習い料理人と皇帝の挑戦状

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「ずっと守って来た資源を、手放しちゃったんですか……?」

「おいおい、ガレイト。それはおまえ、すこし意味合いが違ってくるだろう」

「も、申し訳ありません……」

「手放すのではなく、売るようにしたんだよ」

「売る……。でも、いいんですか? ずっと守ってきたんですよね?」

「そうだ。儂も最初、反対したんだが、息子に説得されてな。『これからは剣や魔法でバチバチにやり合う時代じゃない』とかなんとか……」


 どこか嬉しそうに語るアルブレヒト。


「とにかく、息子が玉座に座ってから、この国は、ヴィルヘルムはガラリと変わった。おかげで他国の文化も入るようになったし、おかげで──」


 そう言って、アルブレヒトがガレイトの顔を見る。


「ガレイトの道も見つかった。この変化が良いものなのか、悪いものなのかはわからんが、少なくとも、いまのヴィルヘルムは、これまでに歩んだことのない道を歩んでいる。……そのことは確かだな」


 それを聞いていたブリギットが、ガレイトを見上げる。
 ガレイトはその視線に気が付くと、フッと優しく微笑んだ。


「それで、〝罪滅ぼし〟に戻るわけだが……はじめに言った通り、その理由は単純だ」


 アルブレヒトはそう言うと、改めてガレイトの目をまっすぐ見た。


「ガレイト」

「……はい」

「おまえはいままで、十二分に尽くしてくれた。儂にも。この国にも」


 アルブレヒトはそう言って、腕を広げる。


「……感情を殺し、己を殺し、おまえのすべてを儂らに捧げてくれた」


 ザッザッ……。
 アルブレヒトがゆっくりとガレイトに近づいていく。


「……だから、これが儂の罪滅ぼしなんだ。せめて、おまえが気持ちよく料理人を、やりたいことを続けられるように、とな」


 ポンポン。
 アルブレヒトはそう言って、ガレイトの腕を優しく叩いた。


「皇……」


 ガレイトは一歩下がると、アルブレヒトに深々と頭を下げた。


「ありがとうございます。こんな俺の為に……」

「いや……いまさらになるが、儂こそ、いままで迷惑をかけた」

「め、迷惑だなんて、そんな……!」

「儂も同時に、おまえから色々なことを学ばせてもらった。──ありがとう」


 アルブレヒトが優しく微笑むと、ガレイトも頬を綻ばせ、それに応えた。


「だから、他の些事については、おまえは心配しなくていい。これまでどおり、おまえは料理人として頑張ってくれ」

「しかし……」

「はぁ~……ガレイトよ。これ以上問答を続けることは、儂の顔に泥を塗るようなものだぞ?」

「そのようなことは……!」

「一国の長がおまえの為に尽力すると言っているんだ。おまえは甘んじて受けていろ。おまえには、その資格がある」



 アルブレヒトがそう言うと、ガレイトはそれ以上何も言わず、黙ってしまった。


「──だが、それでもまた、騎士団に戻りたいというのであれば、そのように手続きをしてやる」

「……へ?」

「言っただろう。おまえの意志が第一だと。……なに、その時はまた歓迎してやる。実際、エルロンドのやつも喜ぶだろうしな。……それで、どうするんだ?」

「私は──」

「ガレイトさん……」


 ブリギットが心配そうにガレイトを見上げる。
 ガレイトはブリギットの顔を見ると、再び、アルブレヒトと向き合った。


「いいえ、私は──」

「ククク……」


 アルブレヒトが腕組みをして、堪えるように小さく笑う。


「皇……?」

「よい。皆まで言うな。ここで騎士団に戻るなどと抜かしておったら、張り倒していたところだ。おまえはそのまま、初志貫徹でやるべきこと・・・・・・をやり抜きとおせ。儂もそんなおまえを応援してやる」

「……迷惑をおかけします」


 ガレイトはそう言うと、再び頭を下げた。


「がっはっはっは! 結構! 好きなだけ迷惑をかけるがいい!」

「……あの、ところで、陛下・・

「ふむ、なんだ」

「このようなところで、一体何を……?」

「儂が体を動かしに来た……というのは、おかしいことか?」

「いえ、そのようなことは……ただ、アクアもいたので、すこし気になって──」

「──僕が」


 途端に霧が濃くなり、アクアの声が風呂場にいる時ように響く。
 やがて霧が晴れると、アルブレヒトの隣にアクアが立っていた。


「……どうかしたんですか、ガレイト・・・・

「チッ、呼び捨てについては……まあいい。それよりも、いままで、どこへ行っていたんだ?」

「なにやら込み入った話の雰囲気でしたので、そこらへんの散歩を」

「散歩?」

「フ……大丈夫ですよ。あなたの頭に筋肉しかつまっていない、という話以外は聞いていませんので」

「そのような会話はしていない。……というか、もうちょっと普通に出てこれんのか」

「すみませんね。目立ちたがりなもんで。──それよりも、陛下」

「なんだ?」

今回の件・・・・、ガレイトさんに押しつけてみては?」

「なぜだ?」

「ほら、いま、料理人を目指してるらしいですし、丁度良くないですか?」

「うん? ……ああ、そうか! なるほど……!」


 ニヤニヤ。
 二人は気味の悪い笑みを浮かべながら、ガレイトを見た。
 ガレイトはほんの少しだけ、後ずさる。


「おい、ガレイト」


 アルブレヒトが腕組みをしながらガレイトの名を呼ぶ。


「な、なんでしょうか……陛下……」

「おまえ、ここ出て……どれくらい経った?」

「え~……もうかれこれ……二年以上は……」

「よし、そんなおまえに課題を出してやろう」

「か、課題……ですか?」

「そうだ。……じつはな、ここ最近、この辺りを荒らしているイノシシ・・・・が出没しておってな……」

「ま、まさか……!?」


 ガレイトの額から、滝のような汗が流れる。


「そのイノシシを見事退治し、儂とアクアに馳走を作ってみろ!」


 ガレイトが無言で顔を覆う。


「期限は……そうだな。ガレイト、いつ向こうへ帰るつもりだ?」

「は、早くても三日後、明々後日しあさっての夜には……帰るつもり……ですが……」

「よし。では、期限は三日後だな」

「は!? しまった!!」

「僕が言うのもなんですが……こうなるってわかるのに、なぜ馬鹿正直に答えるんですか」


 アクアがため息交じりにツッコむ。


「ガレイトおまえはそれまでに、そのイノシシで美味いイノシシ料理を作れ。ただし、儂やアクアが納得するようなものをだ」

「二人を納得させる物を……ですか?」


 アルブレヒトの言葉を反芻するガレイト。
 そんなガレイトを、心配そうな顔で見上げるブリギット。


「そうだ。もし、納得できるほどの料理を作れれば……そうだな」


 アルブレヒトが腕組みをする。


「何かしらの援助をしてやろう。……無論、国の金ではなく儂のポケットマネーで出来る範囲で、だがな」

「も、もし、納得できなければ……?」

「『やる前から失敗することを考えるな』……これ、たしかあなたの言葉ですよね?」


 アクアが嫌味ぽく横槍を入れる。


「おまえ……それとこれは違うだろう……!」

「あれ? そうなんですか?」

「く……っ!」

「……安心しろ、ガレイト。そこまで無茶なことは言わぬ。言ったであろう。儂は全面的におまえの活動を応援していると」

「お、皇……!」

「だが、まあ、緊張感は持たなくてはならぬ。どんなときにもな」

「お、皇……?」

「なので、もし納得できなければ、ヴィルヘルム皇帝の全権限を持って……」

「ぜ、全権限を持って……?」

「おまえの持っているすべての金を没収する」
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