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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人、元部下にいじられる。
しおりを挟む「──で、なんで来たんだ? アクア」
ガレイトの寮。その食卓。
そこにはエプロン姿のガレイト。
そして、ガレイトの前には、いつものプレートアーマーを脱いだアクアの姿があった。
白いジャケットに白いブーツ、白いズボン。
全身を白で固めたアクアは、ガレイトの問いを無視して、食卓に着いていた。
「おい」
「こんにちは、ガレイトさん。今日もいい天気ですね」
「……なんなんだ、おまえは。世間話でもしに来たのか?」
「とりあえず、座ったらどうですか?」
「いや、なぜおまえが着席を勧めるんだ……」
ガレイトはため息交じりにそう言うと、アクアのすぐ隣。
そこにある椅子を引き、腰かけようとして──止まった。
「……おい」
「チッ……」
ガレイトが椅子の座面部分を注視しながら声を出し、アクアが舌打ちをする。
そこには、びっしりと先が鋭く尖った氷柱が敷き詰められていた。
「なんだこれは」
「さあ?」
「さあって……おまえ……」
「ニーベルンベルクはよく冷えますからね。気が付いたら席に氷柱が生えていた……というのは、よくあることではないかと」
「そんなわけがあるか、馬鹿者。……それで、俺の邪魔でもしに来たか?」
「いいえ、そこまで暇ではないので」
「俺も暇ではないんだが……」
「……今から、料理の仕込みか何かですか?」
アクアは、少し離れたところ──二人の様子を窺っていたブリギットを見た。
ブリギットはそれに気が付くと、ぎこちなく頭を下げる。
「……そうだ。おまえは……鎧は着とらんようだが、なにかこれから任務でもあるのか?」
「いえ、とくにそういった任務はないのですが……いや、ガレイトさんになら言っても大丈夫か……」
「なんだ、言ってみろ。聞くだけ聞いてやる」
「いえ、じつはこの後、女の子と遊ぶ予定なんです」
「遊ぶ……なるほど。護衛だな」
ガレイトがそう答えると、ほんの一瞬だけ、アクアの眉がピクリと動く。
「それで俺にアドバイスをもらいに──」
「……いえ、何を深読みされているのかはわかりませんが、ただのデートです。団の経理係であるラーラちゃんと……」
「帰ってくれないか」
「まぁ、というのは──」
「おまえ、意図がわからん冗談を言うな。俺は暇じゃないと──」
「本当の話なんですが……」
「よし、追い出してやろう」
ガレイトは、アクアが座っている椅子ごと持ち上げた。
「ちょわ!? す、すみません、辞退しに来ました」
「辞退……? なんのことだ?」
ガレイトが椅子を持ち上げたまま尋ねる。
「もちろん、ガレイトさんが作る料理を食べる……という係の話ですよ」
「なんだと? ……ということは、陛下も──」
「いえ、陛下は昨日、薬局で胃腸薬を買っておられました」
「へ、陛下……ッ! そこまで……!」
ズダン!
ガレイトが急に手を離し、アクアが床に椅子ごと叩きつけられる。
「……っク、なぜかその場の流れで、僕も出ることになってしまったのですが……僕自身、まだ死にたくはありませんので」
腰をさすりながら、アクアが恨めしそうにガレイトを見上げる。
「おい。そこまで俺の飯は……」
「危険ではない、と?」
アクアが膝に手をつき、なんとかして立ち上がる。
「あ、ああ……まぁ、さすがに死にはしない。俺もほんの少しは成長したからな」
「ふむ……」
「というか、今回はブリギットさんもいる」
「……陛下はガレイトさんの成長を見たいのですから、ブリギットさんにやってもらうのは反則でしょう」
「心配するな。さすがにそこは理解している」
「おや、そうでしたか……」
「……そうだ。だから、ブリギットさんにおんぶにだっこというわけじゃない。ブリギットさんは俺という暴れ馬を制御するための手綱だ」
「なるほど。まぁ、手綱も手綱で、それを握る御者がいなければ機能しませんが……」
「貴様は揚げ足しかとれんのか」
「……ですが、それなら安心ですね」
「ふふ、だろう?」
「少なくとも陛下が崩御なさる心配は消えました」
「お、おまえというやつは……! 俺には構わんが、それは軽口にもほどがあるぞ……」
そう言って、困惑するように頭を抱えるガレイト。
「まあいい。だから、おまえはそこまで身構える必要はない。せいぜい俺の成長ぶりに舌を巻いていろ。料理だけにな──」
「……とはいえ、どのみち辞退はしますが」
「……そういえば貴様、俺が初めて団員に料理を振舞った時も、ひとりだけ半笑いで『なんですか、これゴミですか?』とか言って、捨てていたな」
「そんなことありましたっけ?」
「貴様……俺は未だに覚えているのだぞ……!」
「でも、よく考えてみてください。ガレイトさんはいちいち、捨てたごみの数と種類を覚えていますか?」
ガレイトが膝からその場に崩れ落ちる。
「いまのは……言い過ぎだ、貴様……!」
「すみません」
「……っく、まあいい。どうしても嫌だというのなら無理強いはせん。デートでもなんでも、好きにするといい……」
「──と、ここまでが冗談なのですが……」
ガシ。
ガレイトがアクアの胸ぐらを掴んで持ち上げると、こぶしを固めた。
「……最近、庭の植物の元気がないらしくてな。いい感じの肥料を探していたのだ」
「す、すみません……! さすがにはしゃぎ過ぎましたね……じつはこれから、本当に護衛任務があるんです……!」
「ふむ、なるほど……だからさきほど、すこし反応をを見せたのか……」
ガレイトはそう納得すると、アクアを床に降ろした。
アクアは乱れた服装を正すと、倒れた椅子を立て、再び座り、脚を組んだ。
「ということは、今度こそ俺にアドバイスを──」
「いえ、任務自体はそこまで難しくはないのですが、場所がすこし遠くて……」
「どこだ?」
「グロスターです」
「ああ、西国の……確かに、ここからだとすこし遠いな」
「はい。ですので、ガレイトさんには早めのお別れを言うついでに、おちょくってやろうと」
「おい」
「……そして、非常に残念ではありますが、ガレイトさんの料理が食べられないという報告を……」
「貴様……そう言うのなら、せめてそのにやけ顔はやめろ」
「もともとこんな顔ですが」
「嘘をつけ。おまえはそんな感じで楽しそうに笑わんだろうが」
ガレイトの言葉を聞いたアクアは、それ以上何も返さず、ガレイトを見た。
「……まあ、いい。了解した。もう時間がないのだろう? 行っていいぞ」
「ああ、すみません。じつはもうひとつ」
「……なんだ」
「俺の代わりの者を指名しておきました」
「代わり……だと?」
「ええ、はい。おそらくガレイトさんも知り合いだと思うのですが……」
「誰だ?」
「アクレイドです」
「知り合いも何も……というか、おまえ……なぜよりにもよって……アクレイドなんだ……」
「僕の個人的な都合で欠席するのですから、代わりの者を立てなければ失礼に当たりますからね」
「おまえは現時点で、十二分に失礼なのだがな」
「……ですが、一介の騎士には荷が重いと判断し、隊長格で、かつ英雄エルロンドの孫でもあるアクレイドを、と」
「わざとだな?」
「わざと? ……もしかしてガレイトさん、アクレイドとの間に何かあったのですか?」
「……というか、アクレイドのやつが来るはずがないだろう……あいつは俺を……」
「アクレイドは行くと言っていました」
「は?」
「二つ返事でしたよ」
「そんなバカな……」
「では、楽しんでくださいね」
「わかったから、これ以上俺の悩みの種を増やすな……任務があるのならさっさと行け……」
しっしっ。
ガレイトは手をひらひらと動かし、帰るように促した。
しかし、アクアはニコニコと笑ったまま、そこを動く気配はない。
「……なんだ」
「いえ、まだすこし時間があるので、どこまでガレイトさんの腕が成長したのか見ようかな、と」
「帰れ!」
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