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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人とめげない王子
しおりを挟む「──ところで、今は何を作っているんですか?」
アクアはガレイトを無視し、そのまま厨房内へと入っていった。
「おい、勝手に入るんじゃない」
「いいじゃないですか。手もきちんと洗いましたし」
「そういう問題じゃ……」
「ほぅ、ソーセージですか? ……なるほど。イノシシを討伐したからですね」
「あのなぁ……話を……」
「が、ガレイトさん……!」
ブリギットがガレイトの近くまで行き、話しかける。
「す、すみません。こいつ、見境いがなくて……おい、アクア。ブリギットさんが怖がっているだろ。さっさと──」
「あの、アクアさんを追いだすのは……その、いまはべつにいいんじゃないかな?」
「え?」
その言葉を聞いた瞬間、ガレイトの全身が硬直する。
「いままで、その、ほとんど私かモニモニしか、ガレイトさんの料理を見たことなかったから……それに、アクアさんってたしか王子様……なんだよね?」
「え? も、もしかして……ブリギットさん!? ああいうのが──」
ガレイトの顔が、鬼のように歪んでいく。
そして――
「き、貴様ァ……ッ!」
「ええ!?」
ガレイト突然、アクアの胸ぐらを掴み、天上近くまで持ち上げる。
「ブリギットさんをたぶらかすとは……! 承知せんぞ……!」
「な、なんの話ですか……!?」
「が、ガレイトさん! そういう意味じゃなくって……!」
ブリギットが顔を赤くさせながら、ガレイトの腕にしがみつく。
「はッ!? ブリギットさん!」
「あの、そうじゃなくって……! 王子様なら、いっぱい美味しいものを食べてるから、いい意見ももらえるんじゃないかなって……!」
「ああ、そういう……」
ガレイトがアクアから手を離す。
ドシャ。
アクアは二メートルほどの高さから、床へ落ち、尻を強打した。
「すまなかったな、アクア。俺の早とちりだったらしい」
「くっ、ぜってぇ……ぶっ殺す……!」
アクアは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「ふむ。冷やかしかとも思いましたが、これはこれで、案外、好機なのかもしれませんな……」
「でしょ?」
「──なあ、アクア」
ガレイトはその場にしゃがみ込むと、アクアの目をじっと見た。
「……なんですか」
「時間はまだ大丈夫だと言ってたよな?」
「え?」
アクアは肩眉を上げると、ブリギットを見て、もう一度ガレイトを見た。
「あー……いえ、すみません。じつはもう、行かなくては──」
「すまんが、試食を頼まれてくれないか」
「いや、だから……」
「試食係、頼めるよな?」
「拒否権は……」
「あると思うのか?」
ダッ――!!
アクアは突然立ち上がると、身を翻し、脱兎のごとく逃げ出した。
「あ、逃げた」
「……待っていてください、ブリギットさん。すぐに捕まえてきます」
◇
「──ぺっぺっぺっ! なんですか! これ!?」
食卓の椅子に縄で縛りつけられ、行動を著しく制限されているアクア。
そして、その前には皿とスプーンを持ったガレイトと、ブリギットが並んで立っている。
「……イノシシ肉をひき肉にして、薄く焼いたものだが……」
「いやいや、肉なんですか? これ? 土とかじゃなくて?」
「土を食わせるわけあるか。それで、どうだ? 美味いか?」
「さっき感想言ったでしょ。食べる食べない以前に、食べ物ですらないですって。そもそもソーセージ作るんでしょ? なんでそれを作らないんですか」
「腸が勿体ないからな」
「なんですか、その理由……」
「ふむ……だが、これもダメか……」
「でも、なんでこうなるのでしょうか……?」
隣にいたブリギットも首を傾げる。
「あの……お二人とも? 僕、そろそろ任務があるので……」
「ウソをつくな。出立は夜からのはずだろ」
「な、なんでそれを……!?」
「ふむ、本当に夜からだったか……」
「て、テメェ……マジで……!」
「……でもまぁ、前よりはマシになっているだろ?」
「……マシも何も、以前のはただの劇薬……毒でしたから……」
「劇薬って……まぁ、あながち間違いでもないな」
「ひ、否定はしないんですね……」
ブリギットが呆れたようにツッコミを入れる。
「それにしてもアクアよ、貴様はあの時食っていなかったのに、味がわかるのか」
「食べていなくても、あなたの部下たちが次々に倒れていく様は覚えていますよ」
「なるほど」
「……それよりも、なぜこのように拘束する必要があるんです?」
「おまえが逃げないようにだ」
「……ガレイトさんともあろうお方が、逃げた僕も満足に捕まえられないんですか?」
「さっき俺に捕まって泣き叫んでいたのは、どこのどいつだ。……それに、何度も捕まえているうちに、勢い余ってそのまま殺してしまうかもしれんしな」
「チッ……というか、ガレイトさんは今、ブリギットさんに料理を教わっているんですよね?」
「ああ。ご教授賜っている」
「あの、ダグザさんのお孫さんの……」
「なんだ。知っていたのか。……いや、だが、それもそうか。腐っても王子だからな貴様は」
「腐っても?」
「いいところの飯は嫌というほど食っているのだろう」
「美味い料理はどれだけ食べても嫌にはなりませんが……とはいえ、やっぱりガレイトさん、才能ないんじゃないですか?」
「……なんだと?」
「あのダグザさんの孫、ブリギットさんをもってしても、その腕を矯正できないなんて……もうどうしようもないんじゃ……」
「……そ、それが……ですね……」
ブリギットが振り絞るように声を出す。
「じつはガレイトさん、あんまりレシピ通りに作ってくれなくて……あと、教えても、あんまり言うとおりには……」
ブリギットの話を聞いたアクアは、呆れたような視線をガレイトに飛ばす。
「何やってんですか、あなたは……」
「し、仕方ないだろう……! 急に、頭にピーンと来るんだ、ピーンと!」
「なにが?」
「アイデアが」
「人はそれをアイデアとは言いません。発作と呼ぶのです。突発的メシマズ発作……とでも名付けておきましょう」
「勝手に名づけるんじゃない」
「それにしても、ブリギットさんの指示を無視してまでやる事なんですか?」
「ぐぬ……」
「今までそれで失敗しているのに、学習できないんですか?」
「ぐぬぬ……」
ガレイトの身長がだんだんと低くなっていく。
「挙句、それで勝手にアレンジして、勝手に自滅してたらブリギットさんの迷惑にもなるんですよ?」
「ぐぬぬぬ……」
何も言い返せないのか、ガレイトは皿を持ったまま、悔しそうに俯いている。
「……あ、あの、アクアさん」
「なんですか、ブリギットさん」
「ガレイトさんって、騎士をやっているときもこんな感じだったのでしょうか?」
「こんな感じ……とは?」
「あの、えっと……」
「人の話を聞かない感じ……ですか?」
「え? そ、そこまでじゃ……」
「ふむ……そうですね。そういえば……こんなことがありました」
アクアは椅子に縛られながら、思い出したように滔々と言葉を紡ぎだした。
「あれはまだ、〝現実〟という鋭い刃で両断される前──いまよりも、僕がまだ野望と自信に満ち溢れていた時のこと。僕は、ミラズールでも最強の剣士でした」
「この国に、スパイとして潜入する前の話だな」
「はい。注釈ありがとうございます」
「いや、そういうのはいいから、要点だけかいつまんで話せ」
「えぇ……せっかく気分がノッて来たのに?」
「ひとりで勝手にノリノリになるな。迷惑だ」
「……わかりましたよ。それで、なんやかんやあって、僕は見事、現在のヴィルヘルム・ナイツに入団することが出来たんです。当初の目的は当時の団長、エルロンド・オプティマスの殺害」
「さ、殺害……エルロンドさんを……」
ごくり。
ブリギットが生唾を飲み込む。
「はい。そして、エルロンド失脚後、団内で一番の使い手である僕が団長となり、後に合流する手筈だったミラズール軍と結託し、内から外から、ヴィルヘルムをかく乱させつつ、陥落させる……というのが、当初の目的だったのです。けど……」
「それは失敗に終わる」
「ええ、僕の目の前にいるメシマズ大男のせいでね」
「メシマ……言いたい放題だな、貴様は」
「……団長の座を勝ち取れなかった僕は、幾度となくメシマズ進歩ゼロ大男に挑みました」
「もう勝手にしてくれ……」
「そして、現実を知ったんです。『なんなんだ、この男は』と。……少年期、すでにミラズールの並み居る剣士たちを打ち負かしてきた僕の剣が、全く歯が立たない。それどころか、勝つヴィジョンさえ見えなかった。……はっきり言って無茶苦茶だと」
「だが、おまえは……」
「そう。まだ僕は挫けていなかった。何とかしてその強さの秘密を暴いてやろうと、なるべく多くの時間を共にしました。ガレイトが訓練をすると聞けば、一緒に訓練をし、仇敵であるのにも関わらず、恥も外聞もかなぐり捨て、教えも乞いました。しかし──」
アクアはガレイト見上げると、目を伏せてため息をついた。
「な、なんですか? ガレイトさんが……?」
「教えるのがすごく下手くそなんです。その人」
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