137 / 147
懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人と英雄の孫
しおりを挟む夕暮れ時。
レストラン、グロース・アルティヒの入り口前。
そこに黒いコートを着た、赤髪の少年がいた。
年の頃は十六から十八歳ほど。
身長は一七〇センチほどで、すこし痩せ気味。
髪はくせ毛のようなウェーブがかかっている。
少年はしきりに胸ポケットから懐中時計を取り出しては、辺りを見回していた。
そこへ──
「……待たせたな」
コフー……コフー……。
息苦しそうに息をする、麻袋をかぶったガレイトが現れた。
ざわざわ。
広場の人間の視線が、一斉にその二人に集まる。
「いえ、こちらもさきほど着いたところですよ……お爺さ……ま……?」
少年はガレイトを見上げるなり、その場で固まってしまった。
「久しぶりだな。アクレイド」
ガレイトは自身がアクレイドと呼ぶ、赤髪の少年に声をかける。
アクレイドはそれには答えず、ただじっとガレイトの顔を見ていたかと思うと──
「だ……誰だ!? 貴様は……!!」
即座に後方へ飛び退いて、ガレイトから距離を取った。
そしてすぐさま腰に手を持っていくが──
「くそ……! 剣が……!」
「……ふむ、なにやらわからんが、その跳躍力……日々、鍛錬は怠っておるんようだな、アクレイド」
「……き、貴様、卑怯だぞ、このような町中でボクを狙うとは……!」
アクレイドはそう言うと、ガレイトを睨みつけた。
「おい、落ち着けアクレイド。……エルロンド殿から、なにも聞かされていないのか?」
「貴様のような変態が来訪するなど知らされていない!」
「変態って……」
「そ、それに、お爺様がなんだと言うんだ! 関係ないだろう!」
「いや、関係はあるんだが……」
「と、とにかく、名を名乗れ! 貴様を見逃すのも捕縛するのも、その後だ!」
「ガレイトだ。ガレイト・ヴィントナーズ」
「う、嘘をつくな! あのような方が、貴様のような変態なわけがなかろう!」
「……そんなにダメなのか? この変装……?」
ガレイトは麻袋をわしゃわしゃと撫でて呟く。
「よかろう……ガレイト殿の名を騙る卑怯者には、剣などは不要。我が徒手空拳にて葬り去ってくれる……!」
アクレイドはコートを脱ぎ捨てると、シャツ一枚になり、こぶしを固めた。
「おいおい、やめろ、アクレイド……これ以上、騒ぎを大きくするんじゃない」
「どの口で言っているんだ! それに、ボクの名を気安く呼ぶんじゃない……! 覚悟──」
「ガレイトさん、何をやっているんですか。こんなところで」
「い、イルザード……隊長殿?」
どこからともなく、突然ひょっこりと現れるイルザード。
その登場に脱力し、目を丸くして驚くアクレイド。
「い、いつ、ニーベルンブルクへお戻りに……?」
「うん? ……ああ、アクレイド……殿か。一昨日ですよ」
「そ、そうなのですね。……しかし、訓練所でも先日の会合でも、お見掛けしていなかったような……」
「まぁ、便所掃除をしていましたから」
「べ……お手洗い清掃!?」
「わざわざ言い直すのだな」
話を聞いていたガレイトが冷静にツッコミを入れる。
「ええ、それも勅令での便所掃除でしたので」
「王直々に命じられたお手洗い清掃!?」
アクレイドは広場に響き渡るほどの大声を発すると、ひとり俯き、顎に手をあてた。
「そんなバカな……いやいや、よく考えろアクレイド。相手はあのイルザード隊長殿だ。騎士たるもの、物事の裏の裏、その真意まで読まなければ……この場合、勅令であるのは本当の事だとして、問題は〝便所〟という言葉を使った事の意図……隠語である可能性は十分高いが、それが何を示しているのかは──」
「……相変わらずのようだな、アクレイドは」
ひとりブツブツと呟くアクレイドを尻目に、ガレイトが口を開く。
「バカ真面目なボンボンぷりは相変わらずですけどね」
「……それで、今日のぶんの便所掃除は終えたのか?」
「ええ、そりゃあもう。今頃、必要以上にピッカピカですよ、王城の便所は」
「は? どういうことだ?」
「……明日、また怒られると思います。王に」
「何をやったんだ、おまえは……」
ガレイトが腰に手をあて、ため息を吐く。
「それよりも、いきなりアクレイドと打ち解けられているじゃないですか。……よかったですね、ガレイトさん」
「おまえには、これが打ち解けているように見えるのか?」
「見えませんが?」
ゴツン。
ガレイトのこぶしがイルザードの脳天に直撃する。
イルザードは涙目になりながら、ガレイトを睨みつけた。
「……ていうか、その麻袋はやめたほうがいいんじゃないですか?」
「ああ、じつは俺もやめようと思っていたところ……なんだが……」
「どうかしたんですか?」
「他に代案がなくてな」
「いや、たとえば顔を隠すだけでしたら……まぁ、いいです」
「なんなんだ」
「ところでブリギット殿が見当たりませんが……ここにはおられないのですか?」
「ああ、ブリギットさんなら──」
ガレイトはそう言うと、建物の陰になっている部分を指さした。
「あそこだ」
「ああ、あんなところに……」
ブリギットはそこで隠れるようにして、ガレイトたちの様子を窺っていた。
「なぜか、あまり連れだって歩きたくないと言われてな。少し困っているんだ」
「……反抗期なのでしょう」
「反ッ!? ……抗期って、俺に反抗しているのか?」
「まぁ……そうでしょうね。おそらく。十中八九」
「お、俺に……反抗? 嬉しいような、寂しいような……しかし、それはそれでブリギットさんが成長したという見方も……だが、俺を……なんで俺?」
ブツブツと呟くガレイトと、まだ考え込んでいるアクレイド。
イルザードは二人を見ると、つまらなさそうに眉をひそめた。
「ちょ、ちょっとイルザード殿、歩くのはやいでござ……」
イルザードの登場からすこし遅れて、サキガケとカミールが姿を現す。
サキガケはガレイトとアクレイド、そしてブリギットを見て、口を開いた。
「……なんでござる? この状況?」
「さあ?」
◇
レストラン、グロース・アルティヒ。
その店内は昨日と同じく盛況で、空席がひとつもない。
ガレイトたちは六人がけのテーブル席に座り、料理の登場を待っていた。
じぃ……。
そんな中、アクレイドがガレイトの顔を無言のまま見つめる。
ガレイトは視線を逸らしたり、水を飲んだりしていたが──
「……ひ、久しぶりだな、アクレイド」
やがて、おもむろにアクレイドに声をかけた。
「はい。お久しぶりです、ガレイト・ヴィントナーズ元団長殿」
アクレイドは一切ガレイトから視線を逸らさずに答えた。
その声色は淡々としており、感情は読み取れない。
「あー……元気か?」
「おかげさまで」
「訓練はどうだ? きつくはないか?」
「はい」
「部下たちはきちんとしているか?」
「はい」
「飯は……」
「はい」
「……最近、どんな感じだ?」
「どう、とは?」
「元気かなと」
「それはさきほどお答え致しました」
「お、おう……なんか、わるかった……」
「いえ」
アクレイドの最低限の受け答えに、ガレイトが固まってしまう。
その場にいた他の四人も、その空気を察したのか、同様に押し黙ってしまう。
「えーっと……そういえば、アクアから聞いたぞ。俺の料理の試食係をやってくれるんだってな」
「はい」
「やはりか。……てっきり、アクアがまた嘘でもついているのかと思っていたが、引き受けてくれたんだな」
「どうしても、と言われましたので」
「そ、そうか……それでも嬉しいよ。ちなみに、料理だが、あの頃と比べて多少はマシになっているから、それなりに期待してくれていい」
「はい」
「……あー……それとー……」
「それよりも、お爺様は……?」
「ああ、エルロンド殿ならなにか用事があると言っていたな」
「用事……ですか?」
「本当に何も聞いていないのか?」
「はい」
「いや、変な訊き方をしてしまったな。……とにかく、心配する必要はない」
「はぁ……」
「俺も詳しくは知らんが、そこまで大事な用ではないらしい」
「そうですか……」
「あ! いや! どうだろうな。アクレイドとの飯をキャンセルするくらいだから、それなりに大事な用事だったのかもしれん!」
「……気を遣っていただかなくても大丈夫ですよ」
「そ、そうか……」
「それで、ガレイト・ヴィントナーズ元団長殿たちがなぜ?」
「ああ、エルロンド殿がキャンセルしようとしたついでだ。たまたまそこに居合わせていてな……」
「なるほど」
「……いまの説明で理解できたのか?」
「大体は」
「そういえば、すんなりとこの人数でも予約が取れたが……エルロンド殿とアクレイドの他にも、誰か来る予定はあったのか?」
「いえ、僕とお爺様の二人だけです」
「そ、そうか」
再び、ガレイトたちのテーブルだけが沈黙に包まれる。
「あ、あの、がれいと殿?」
サキガケが手をあげてガレイトの顔を見る。
「こちらの方が、えるろんど殿のお孫さんの……?」
「ああ、はい。アクレイ──」
「アクレイド殿」
ガレイトの言葉を遮るようにして、イルザードが発言する。
「いい加減、切り替えたらどうです?」
「イルザード隊長殿……? 切り替えろとは?」
「大好きなガレイトさんが突然、料理人になるって言ってムカつくのはわかります」
「なっ!?」
「ですが、いつまでもそんな態度を取っているのは、さすがに幼すぎ──」
「だ、だれが大好きですか! だれが!」
アクレイドは顔を真っ赤にして、大声をあげながら立ち上がった。
店内のウエイターや客が、一斉にアクレイドを注視する。
アクレイドはハッなって我に返ると──
「す、すみません……」
と謝罪し、取り繕うように、静かに着席した。
0
あなたにおすすめの小説
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
神の加護を受けて異世界に
モンド
ファンタジー
親に言われるまま学校や塾に通い、卒業後は親の進める親族の会社に入り、上司や親の進める相手と見合いし、結婚。
その後馬車馬のように働き、特別好きな事をした覚えもないまま定年を迎えようとしている主人公、あとわずか数日の会社員生活でふと、何かに誘われるように会社を無断で休み、海の見える高台にある、神社に立ち寄った。
そこで野良犬に噛み殺されそうになっていた狐を助けたがその際、野良犬に喉笛を噛み切られその命を終えてしまうがその時、神社から不思議な光が放たれ新たな世界に生まれ変わる、そこでは自分の意思で何もかもしなければ生きてはいけない厳しい世界しかし、生きているという実感に震える主人公が、力強く生きるながら信仰と奇跡にに導かれて神に至る物語。
異世界転生した俺は、産まれながらに最強だった。
桜花龍炎舞
ファンタジー
主人公ミツルはある日、不慮の事故にあい死んでしまった。
だが目がさめると見知らぬ美形の男と見知らぬ美女が目の前にいて、ミツル自身の身体も見知らぬ美形の子供に変わっていた。
そして更に、恐らく転生したであろうこの場所は剣や魔法が行き交うゲームの世界とも思える異世界だったのである。
異世界転生 × 最強 × ギャグ × 仲間。
チートすぎる俺が、神様より自由に世界をぶっ壊す!?
“真面目な展開ゼロ”の爽快異世界バカ旅、始動!
転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜
ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。
アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった
騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。
今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。
しかし、この賭けは罠であった。
アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。
賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。
アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。
小説家になろうにも投稿しています。
なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる